夕闇が迫るグラウンド。未所属のウマ娘たちがフリーザの指導に目を輝かせ、充実した顔で寮へと引き上げていく中、その背中と入れ替わるようにして、一人のウマ娘が堂々たる足取りで歩み寄ってきた。
「随分と面倒見がよろしいのね」
挑発的な、それでいてどこか楽しげな響きを帯びた声。振り返るまでもない。フリーザは日傘の柄をステッキのように地面に突き、薄く笑みを作った。
「ホッホッホ。これはジェンティルドンナさん。本日はどのようなご用件で? まさか、私と力比べでもしようと?」
フリーザの言葉に、ジェンティルドンナは不敵に笑い、自らの逞しくも美しい腕の筋肉を軽く叩いた。
「ええ、そのつもりよ。あの日、手首一つで私を平伏させた屈辱……忘れるはずがないわ。あれから私なりに、さらに己の肉体を極限まで鍛え直してきましたの。今日はその成果を見せに来ました」
彼女が視線で促した先には、ウマ娘のトレーニング用として特注された、分厚い鉄板を何枚も重ねた超重量級のスレッド(そり)が用意されていた。ジェンティルドンナはハーネスを身につけると、気合いと共にそれを引き、ターフを深く抉りながら猛然とダッシュしてみせた。
地響きのような足音。常人ならピクリとも動かせない重さを、彼女は恐るべきスピードで牽引していく。まさに「貴婦人」の皮を被った暴君の如きパワーだ。
数本引き終え、息を乱すこともなくフリーザの前に戻ってきた彼女は、自信に満ちた瞳で問いかけた。
「どう? 私の力、少しは見直したかしら?」
その堂々たる佇まいは、明らかに自分より上の実力者であるフリーザに対しても、決してへりくだることのない『覇者』のそれだった。
しかし、フリーザの評価は冷酷なまでに冷静だった。
「……鍛え直した、ですか」
フリーザはスレッドとジェンティルドンナを交互に見やり、小さくため息をついた。
「厳しいことを言うようですが……私の目には、あの日から貴女が何一つ成長しているようには見えませんね」
ジェンティルドンナの眉がピクリと吊り上がる。
「……何ですって?」
「勘違いしないでいただきたい。貴女のその強大なパワーそのものは、地球の生物としては規格外です。しかし、使い方がひどく雑だ。先ほどの牽引……力任せに地面を蹴り上げているせいで、肝心な前方への推進力にパワーが100%変換されておらず、上や横に力が逃げてしまっている」
フリーザは彼女の横に並び立つと、その太ももから腰にかけての動きを指先でなぞるように指摘した。
「踏み込む際、ほんの数ミリ、骨盤の角度を前傾に固定なさい。そして、地面を『蹴る』のではなく、地球の重力に逆らわず『押し出す』のです。……さあ、もう一度、引いてごらんなさい」
言われるがまま、ジェンティルドンナは再びハーネスをつけ、フリーザの指示通りにフォームを修正して踏み込んだ。
――ゴウッ!!
「……っ!?」
先ほどと同じ重さのはずなのに、背後のスレッドが嘘のように軽く感じられた。ターフを抉る無駄な抵抗が消え、己の爆発的なパワーが淀みなく、全て前方への推進力として突き抜けていく感覚。スピードも、力強さも、先ほどとはまるで別物だった。
「……信じられない。ただ少し、重心と意識を変えただけで、これほどまでに……」
息を呑むジェンティルドンナに対し、フリーザは満足げに頷いた。
「敵に塩を送るわけではありませんが……貴女のその飽くなき『向上心』は見事です。強き者が、さらに高みを目指して牙を研ぐ姿は嫌いではありません。せっかくのその類稀なるパワー、宝の持ち腐れにしては惜しいですからね」
「……ふふっ。言いますわね」
ジェンティルドンナはハーネスを外し、前髪を優雅に掻き上げながらフリーザに向き直った。圧倒的な実力差を見せつけられ、さらに指導まで受けたというのに、彼女の瞳からは微塵もプライドが失われていない。
むしろ、さらなる高みへ導いてくれた目の前の存在を、対等な「好敵手」として、あるいは「導き手」として、真正面から認め、受け入れているようだった。
「認めて差し上げます、フリーザ……様」
僅かな逡巡の後、最強のウマ娘の口から絞り出すように紡がれた敬称。それは彼女なりの、自身を上回る実力者への最大限の譲歩であり、強者としての不屈の矜持だった。
「ホッホッホ。呼び方など、貴女の好きになさって構いませんよ。私に対して、無理にへりくだる必要などありませんからね」
フリーザは余裕の笑みを浮かべ、涼しい顔でそう返した。己の絶対的な優位を疑わないからこその、傲慢なまでの寛容さ。その言葉を受け、ジェンティルドンナはフッと不敵に笑う。
「では……、フリーザ。あなたの見識は本物よ。でも、次は絶対に驚かせてみせますわ。覚悟しておきなさい」
「ホッホッホ。ええ、楽しみに待っていますよ。ジェンティルドンナさん」
夕焼け空の下、次元を超えた二人の強者が、互いの実力と矜持を認め合い、不敵な笑みを交わす。
「……体を動かしたら、お腹が空きましたわね」
ジェンティルドンナがふと、普段の調子に戻って言った。
「フリーザ。あなた、学園の食堂にはもう行ったかしら? トレセン学園の食事は、なかなか質が高いのよ。よろしければ、ご案内して差し上げますが」
「ほう。ちょうど私も、この地球の食文化に興味があったところです。案内をお願いしますよ、ジェンティルドンナさん」
フリーザは日傘をステッキ代わりにクルリと回し、紳士的に歩き出した。
宇宙の帝王と、絶対の覇王たるウマ娘。
並び歩くその二人の姿には、周囲の生徒たちが思わず道を譲ってしまうほどの、圧倒的で優雅な『強者のオーラ』が漂っていた。