さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第二十二話 外から来るもの

 昼過ぎ、風の流れが変わった。

 

 それは音ではなく、匂いでもない。

 ただ、空気の密度がわずかに変わる。

 

 私は縁側でそれを感じて、顔を上げた。

 

「……来ますね」

 

 彼女も同時に言った。

 

 石段の方向。

 

 だが、足音はしない。

 

 枝も鳴らない。

 

 静かすぎる。

 

「人ですか」

「分かりません」

 

 彼女の声は、少しだけ低い。

 

 私は立ち上がった。

 

 境内の中央へ出る。

 

 視線を石段に向ける。

 

 しばらくして。

 

 影が現れた。

 

 だが。

 

 ――違う。

 

 人の形ではある。

 

 だが、動きが不自然だ。

 

 歩いているのに、足音がない。

 

 距離があるのに、近く感じる。

 

「……」

 

 私は息を止めた。

 

 彼女は一歩、前に出る。

 

 その動きは、昨日までと違う。

 

 迷いがない。

 

 そして。

 

 ――わずかに、強い。

 

「下がってください」

 

 彼女が言う。

 

 私は従った。

 

 距離を取る。

 

 その瞬間。

 

 結び目が、わずかに強くなる。

 

 彼女が前に出たことで。

 

 内側が、前に押し出される。

 

 影は鳥居の手前で止まった。

 

 そこで、ゆっくりとこちらを見る。

 

 顔はある。

 

 だが。

 

 輪郭が曖昧だ。

 

「……通過ではないですね」

 

 私は小さく言った。

 

「はい」

 

 彼女が答える。

 

「関与があります」

 

 影が一歩、踏み出す。

 

 鳥居を越える。

 

 その瞬間。

 

 空気が変わる。

 

 重くなる。

 

 だが。

 

 昨日までの訪問者とは違う。

 

 止まる気配がない。

 

 ただ。

 

 ――入ってくる。

 

「……外から来るものか」

 

 私は呟いた。

 

 人ではない。

 

 だが。

 

 この場所に反応している。

 

 影はゆっくりと進む。

 

 境内の中央へ。

 

 彼女のほうへ。

 

「……」

 

 彼女は動かない。

 

 ただ、立っている。

 

 その場で。

 

 影が近づく。

 

 距離が縮まる。

 

 そのとき。

 

 結び目が、強く反応する。

 

 私と彼女。

 

 その間。

 

 そして。

 

 影との位置関係。

 

「……なるほど」

 

 私は理解する。

 

 これは。

 

 ――外から来る干渉。

 

 人ではない。

 

 だが。

 

 関与はある。

 

 影がさらに近づく。

 

 彼女との距離が、ほとんどなくなる。

 

 その瞬間。

 

 彼女が、手を伸ばした。

 

 触れる。

 

 軽く。

 

 その動作は、これまで私にしていたものと同じ。

 

 だが。

 

 対象は違う。

 

 影。

 

 触れた瞬間。

 

 ――崩れる。

 

 影の輪郭が揺れる。

 

 薄くなる。

 

 散る。

 

 そして。

 

 消える。

 

 音もなく。

 

 完全に。

 

「……」

 

 静寂が戻る。

 

 私はしばらく動かなかった。

 

 彼女が振り返る。

 

「大丈夫ですか」

「問題ありません」

 

 私は答えた。

 

 だが。

 

 理解が追いつかない。

 

「今のは」

「外から来たものです」

 

 彼女は静かに言う。

 

「何ですか」

「分かりません」

 

 少しだけ首を振る。

 

「でも」

「はい」

「たまに、来ます」

 

 私は息を吐いた。

 

「影響を受けるもの」

「はい」

「でも、残らない」

「残りません」

 

 彼女はうなずいた。

 

「触れると」

「崩れます」

 

 私は少しだけ考えた。

 

「つまり」

「はい」

「内側の強度が、外からの干渉を弾く」

 

 彼女は少しだけ考えてから、うなずいた。

 

「そうだと思います」

 

 午後。

 

 私は紙に書き加えた。

 

 ――外来干渉(external interference)

 

 その下に。

 

 人:条件依存

 非人:接触で崩壊

 

 彼女はそれを見ていた。

 

「それで、分かりますか」

「少しずつ」

 

 私は答える。

 

「全部ではないけど」

 

 彼女はうなずいた。

 

 夕方。

 

 縁側。

 

 風が吹く。

 

「……怖くなかったですか」

 

 彼女が言う。

 

 私は少し考えた。

 

「少しだけ」

「……」

 

「でも」

 私は続ける。

「あなたがいた」

 

 彼女は何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 ほんのわずかに。

 

 近づいた。

 

 夜。

 

 布団に入る。

 

 目を閉じる。

 

 結び目は、強い。

 

 安定している。

 

 だが。

 

 その周囲に。

 

 新しい感覚がある。

 

 ――外から来るもの。

 

 それに対する反応。

 

 私はそれを、静かに受け入れた。

 

 この場所は。

 

 閉じているわけではない。

 

 外とつながっている。

 

 そして。

 

 時々、何かが入ってくる。

 

 そのすべてを、私はまだ理解していない。

 

 だが。

 

 ひとつだけ分かっている。

 

 ここは。

 

 ただの拠点ではない。

 

 境界そのものだ。

 

 私はその事実を、ゆっくりと飲み込んだ。

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