さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第二十四話 混ざる輪郭

 朝、私は境内の空気に違和感を覚えた。

 

 昨日よりも、さらに柔らかい。

 

 境界が、曖昧になっている。

 

「……進んでるな」

 

 私は小さく呟いた。

 

 彼女は少し離れた場所にいる。

 

 だが。

 

 その輪郭も、ほんのわずかに揺れている。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 いつものやりとり。

 

 だが。

 

 声の響きが、少し違う。

 

 距離の感じ方が、変わっている。

 

「……分かりますか」

 

 彼女が言う。

 

「何が」

「ここ」

 

 彼女は周囲を指す。

 

「混ざっています」

 

 私はその言葉を聞いて、少しだけ考えた。

 

「内側と外側」

「はい」

 

 私はゆっくりと歩き出す。

 

 境界のほうへ。

 

 昨日、確認した場所。

 

 そこに立つ。

 

 ――歪まない。

 

 完全ではないが。

 

 以前ほど、はっきりとした差がない。

 

「……確かに」

 

 私は小さく言った。

 

「境界が薄い」

「はい」

 

 彼女はうなずく。

 

「外が、少しだけ入っています」

 

 私は周囲を見る。

 

 木々。

 空。

 風。

 

 変わらないようで。

 

 少しだけ違う。

 

 密度が均一ではない。

 

 場所によって、内側と外側が重なっている。

 

「……混ざってるな」

 

 私はそのまま呟いた。

 

 午前。

 

 私は外へ出た。

 

 石段を下りる。

 

 だが。

 

 今日は感覚が違う。

 

 外に出ても。

 

 完全に切り替わらない。

 

 境内の感覚が、少しだけ残る。

 

「……これは」

 

 私は立ち止まる。

 

 胸に手を当てる。

 

 結び目はある。

 

 だが。

 

 それだけではない。

 

 周囲の空気にも、同じ質がある。

 

 内側の要素が、外に広がっている。

 

「……逆もあるか」

 

 私は呟いた。

 

 外の要素が、内側に入る。

 

 内側の要素が、外に出る。

 

 その結果。

 

 ――境界が混ざる。

 

 私はそのまま少し歩く。

 

 町の近くまで。

 

 人の気配。

 

 音。

 

 匂い。

 

 それらが、はっきりしている。

 

 だが。

 

 同時に。

 

 ――あの場所の感覚もある。

 

 完全には消えない。

 

「……やっぱりな」

 

 私は踵を返す。

 

 戻る。

 

 石段。

 鳥居。

 境内。

 

 その瞬間。

 

 変化は少ない。

 

 以前ほどの切り替えがない。

 

 内と外の差が、小さい。

 

 彼女が近づいてくる。

 

「どうでしたか」

「残ってます」

「何が」

「外でも、ここが」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「内側が広がってる」

「……」

 

「逆も」

 私は続ける。

「起きてる」

 

 彼女は少しだけ目を伏せた。

 

「わたしも」

「はい」

「感じます」

 

 午後。

 

 私は紙に書き加えた。

 

 ――混合(mixing)

 

 その下に。

 

 内→外:拡張

 外→内:侵入

 

 そして。

 

 ――境界:曖昧化

 

「これで」

 

 私は言う。

 

「次の段階です」

 

 彼女はそれを見ていた。

 

「次」

「はい」

 

「何が起きますか」

「分かりません」

 

 私は正直に答える。

 

「でも」

「はい」

「安定ではない」

 

 彼女は小さくうなずいた。

 

 夕方。

 

 縁側。

 

 風が吹く。

 

 だが。

 

 その風も、少し違う。

 

 外からの流れが、はっきりしている。

 

「……あの」

 

 彼女が言う。

 

「何ですか」

「混ざると」

 

 少し迷う。

 

「どうなりますか」

 

 私は少し考えた。

 

 そして。

 

「区別がなくなる」

 

 そう答えた。

 

「内と外」

「はい」

 

「どこからが内側で」

「はい」

「どこまでが外か」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「分からなくなる」

 

 その言葉に。

 

 彼女は何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 ほんのわずかに。

 

 近づいた。

 

 夜。

 

 布団に入る。

 

 目を閉じる。

 

 結び目は、安定している。

 

 だが。

 

 その意味が、少し変わっている。

 

 以前は、点だった。

 

 中心。

 

 接続。

 

 今は。

 

 ――広がり。

 

 輪郭を持つ。

 

 そして。

 

 外と混ざる。

 

 私はその変化を、静かに受け入れた。

 

 境界は、もはや固定されたものではない。

 

 動く。

 

 広がる。

 

 重なる。

 

 その中で。

 

 私はどこにいるのか。

 

 まだ、完全には分からない。

 

 だが。

 

 確実に。

 

 その中にいる。

 

 それだけは、はっきりしていた。

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