さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第二十五話 重なりの中心

 朝、目を覚ました瞬間に、位置が分かった。

 

 胸の結び目。

 

 それが、これまでと少し違う。

 

 点ではない。

 

 面でもない。

 

 ――重なりの中心。

 

 私は布団の中で、その感覚を確かめた。

 

 内側と外側。

 

 それが交わる場所。

 

 そこに、自分がいる。

 

「……」

 

 ゆっくりと起き上がる。

 

 居間へ向かう。

 

 彼女がいる。

 

 だが。

 

 距離の感じ方が、さらに変わっている。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 声は変わらない。

 

 だが。

 

 位置が曖昧だ。

 

 近い。

 遠い。

 

 同時に。

 

「……分かりますか」

 

 彼女が言う。

 

「何が」

「中心」

 

 私は少しだけ笑った。

 

「同じことを考えてました」

「……」

 

 彼女は少しだけ目を細める。

 

「どこですか」

「ここです」

 

 私は胸に手を当てる。

 

「でも」

「はい」

「ここだけじゃない」

 

 彼女は静かにうなずいた。

 

「わたしも」

「はい」

「同じです」

 

 午前。

 

 私は境内を歩いた。

 

 だが。

 

 歩くという感覚が、少し変わっている。

 

 位置が連続していない。

 

 ある場所にいる。

 次の瞬間、別の場所にいる。

 

 移動というより。

 

 ――重なりの移行。

 

「……」

 

 私は立ち止まる。

 

 境内の中央。

 

 そして。

 

 少しだけ外の感覚。

 

 林道。

 

 町。

 

 それらが、同時にある。

 

「……混ざりきったか」

 

 私は小さく呟いた。

 

 彼女が近づいてくる。

 

 だが。

 

 その動きも、滑らかではない。

 

 連続ではない。

 

 位置が、重なっている。

 

「どうですか」

「中心が複数ある」

「……」

 

 彼女は少し考える。

 

「どこが、本当ですか」

「全部です」

 

 私は答えた。

 

「全部が、中心」

「……」

 

 彼女はその言葉を、ゆっくりと受け止める。

 

 午後。

 

 私は紙を見ていた。

 

 これまでの図。

 

 境界。

 関係。

 条件。

 

 それらが、もう単純な形では表せない。

 

 私は新しく書く。

 

 ――重なり(overlap)

 

 その中心に、自分。

 

 そして、彼女。

 

 そして。

 

 外。

 

 すべてが交わる。

 

「これで」

 

 私は言う。

 

「説明は近い」

 

 彼女はそれを見ていた。

 

「分かりますか」

「少し」

 

 彼女は答える。

 

「全部ではないけど」

「はい」

 

 私はうなずいた。

 

 夕方。

 

 縁側。

 

 だが。

 

 もうその場所も、固定ではない。

 

 外と重なっている。

 

 風が吹く。

 

 それは外の風でもあり、内側の流れでもある。

 

「……あの」

 

 彼女が言う。

 

「何ですか」

「ここは」

 

 少し迷う。

 

「どこですか」

 

 私は少し考えた。

 

 そして。

 

「境界です」

 

 そう答えた。

 

「でも」

「はい」

「もう線じゃない」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「面でもない」

「……」

 

「重なりです」

 

 彼女はしばらく黙っていた。

 

 やがて。

 

「……分かりました」

 

 小さく言う。

 

 夜。

 

 布団に入る。

 

 目を閉じる。

 

 結び目は、はっきりしている。

 

 だが。

 

 それは一点ではない。

 

 広がっている。

 

 そして。

 

 内と外をつないでいる。

 

 私はその中にいる。

 

 同時に。

 

 その一部でもある。

 

「……」

 

 私は小さく息を吐いた。

 

 ここはもう。

 

 単なる場所ではない。

 

 構造だ。

 

 関係だ。

 

 そして。

 

 その中心に、自分がいる。

 

 私はその事実を、はっきりと受け入れた。

 

 そして。

 

 それが戻れるものなのかどうか。

 

 まだ、判断していないことにも。

 

 気づいていた。

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