さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第三十話 持ち出し可能なもの

 朝、私は「持ち出し」という言葉を思い浮かべていた。

 

 核は残る。

 完全には切れない。

 

 ならば。

 

 ――何が外に持ち出せるのか。

 

 それを確認する段階だ。

 

 居間に出る。

 

 彼女がいる。

 

 距離は近い。

 だが、重なりの中で曖昧でもある。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 短いやりとり。

 

 そして。

 

「試したいことがあります」

 

 彼女は静かにうなずく。

 

「何ですか」

「ここにあるものを」

「はい」

「外に持っていけるか」

 

 彼女の表情が、わずかに変わる。

 

「……何を」

「まずは、物から」

 

 午前。

 

 私は棚から一つ、物を選んだ。

 

 古い木の札。

 ここに元からあったもの。

 

 軽い。

 特別な力は感じない。

 

 だが。

 

 ――内側のものだ。

 

「これを持っていきます」

「……はい」

 

 彼女はそれを見ている。

 

 止めない。

 

 ただ、見ている。

 

 私は札を手に取り、石段へ向かう。

 

 境内。

 鳥居。

 林道。

 

 外へ。

 

 その瞬間。

 

 札の感触が変わる。

 

 軽い。

 

 薄い。

 

 存在が、弱くなる。

 

「……」

 

 私は立ち止まる。

 

 札を見る。

 

 見た目は変わらない。

 

 だが。

 

 確実に、内側の性質が薄れている。

 

「……持ち出せるが」

 

 私は呟く。

 

「維持されない」

 

 そのまま歩く。

 

 町へ。

 

 さらに外へ。

 

 札は、ただの木片になる。

 

 完全に。

 

 戻る。

 

 石段。

 鳥居。

 境内。

 

 その瞬間。

 

 札の感触が戻る。

 

 重さ。

 密度。

 

 内側の性質。

 

「……なるほど」

 

 私は息を吐いた。

 

 午後。

 

 次は、別のもの。

 

 ――情報。

 

 私は紙に書いた。

 

 境界。

 結び目。

 条件。

 

 それを持って外へ出る。

 

 町へ。

 

 紙は変わらない。

 

 文字もそのまま。

 

 だが。

 

 意味が、薄れる。

 

「……」

 

 私はそれを見ていた。

 

 読める。

 理解できる。

 

 だが。

 

 実感がない。

 

 ただの記録になる。

 

 戻る。

 

 境内。

 

 その瞬間。

 

 意味が戻る。

 

 理解が、深くなる。

 

「……情報も同じか」

 

 私は小さく言った。

 

 夕方。

 

 縁側。

 

 彼女がいる。

 

「どうでしたか」

「持ち出せます」

「……」

 

「でも」

 私は続ける。

「性質は変わる」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「ここにあるときだけ」

「はい」

「意味を持つ」

 

 彼女は少しだけ目を伏せた。

 

「では」

「はい」

「わたしは」

 

 その言葉に。

 

 私は少しだけ間を置いた。

 

 そして。

 

「持ち出せません」

 

 そう答えた。

 

 彼女は何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 静かにそこにいる。

 

 夜。

 

 布団に入る。

 

 目を閉じる。

 

 結び目は、ある。

 

 核。

 

 中心。

 

 それは、持ち出されている。

 

 自分の中に。

 

 外にいても、消えない。

 

「……」

 

 私は小さく息を吐いた。

 

 物は持ち出せる。

 だが、性質は変わる。

 

 情報も持ち出せる。

 だが、意味は薄れる。

 

 では。

 

 何が持ち出せるのか。

 

 完全な形で。

 

 ――関係。

 

 私はその言葉を思い浮かべた。

 

 それだけが。

 

 変わらずに残る。

 

 私はその結論を、静かに受け入れた。

 

 そして。

 

 それが何を意味するのか。

 

 まだ、完全には理解していないことも。

 

 同時に、分かっていた。

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