さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第三十一話 持ち出される側

 朝、私は「持ち出される側」という言葉を考えていた。

 

 これまでは、持ち出す側だった。

 

 物。

 情報。

 そして、自分。

 

 だが。

 

 ――持ち出される側はどうなるのか。

 

 その視点は、まだ検証していない。

 

 居間に出る。

 

 彼女がいる。

 

 距離は近い。

 だが、重なりの中で揺れている。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 短いやりとり。

 

 そして。

 

「試したいことがあります」

 

 彼女は静かにうなずく。

 

「何ですか」

「あなたです」

 

 彼女は一瞬だけ、動きを止めた。

 

「……わたし」

「はい」

 

 私はうなずく。

 

「外に出られるか」

 

 彼女はしばらく黙っていた。

 

 やがて。

 

「……できません」

 

 そう答えた。

 

「どうして」

「構造です」

 

 彼女は自分の足元を見る。

 

「ここに固定されています」

 

 私はそれを聞いて、少し考えた。

 

「完全には」

「はい」

 

「でも」

 私は続ける。

「部分的には」

 

 彼女は顔を上げる。

 

「……どういう意味ですか」

 

 午前。

 

 私はそれを試した。

 

 彼女に近づく。

 

 距離を詰める。

 

 そして。

 

 手を伸ばす。

 

「触れます」

 

 彼女はうなずく。

 

 触れる。

 

 その瞬間。

 

 結び目が強く反応する。

 

 内側が、密になる。

 

「……」

 

 私はそのまま、石段のほうへ歩く。

 

 彼女の手を、軽く引く。

 

 だが。

 

 動かない。

 

 足はその場にある。

 

「……やっぱりか」

 

 私は小さく言った。

 

 彼女は少しだけ苦笑した。

 

「無理です」

 

 だが。

 

 私は手を離さない。

 

 そのまま、外へ出る。

 

 石段。

 林道。

 

 その瞬間。

 

 ――何かが、ついてくる。

 

 私は立ち止まる。

 

 振り返る。

 

 彼女は、境内にいる。

 

 動いていない。

 

 だが。

 

 感覚がある。

 

 近い。

 

 つながっている。

 

「……なるほど」

 

 私は息を吐いた。

 

 彼女は、動いていない。

 

 だが。

 

 ――関係は動く。

 

 午後。

 

 私はそれを確認した。

 

 町へ出る。

 

 距離を取る。

 

 だが。

 

 完全には切れない。

 

 彼女の感覚が、残る。

 

 弱い。

 だが、確実に。

 

「……これが」

 

 私は小さく呟いた。

 

「持ち出される側か」

 

 物ではない。

 情報でもない。

 

 ――関係そのもの。

 

 それが外に出る。

 

 彼女は境内にいる。

 

 だが。

 

 同時に。

 

 外にもいる。

 

 夕方。

 

 戻る。

 

 石段。

 鳥居。

 境内。

 

 その瞬間。

 

 彼女の存在が、強くなる。

 

 位置が、はっきりする。

 

「どうでしたか」

 

 彼女が言う。

 

「来てました」

「……」

 

「あなたの一部が」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「外に」

「はい」

 

 彼女は少しだけ目を伏せた。

 

「……それは」

 

 少し迷う。

 

「いいことですか」

 

 私は少し考えた。

 

 そして。

 

「分かりません」

 

 そう答えた。

 

「でも」

 私は続ける。

「可能です」

 

 彼女は小さくうなずいた。

 

 夜。

 

 布団に入る。

 

 目を閉じる。

 

 結び目は、ある。

 

 核。

 

 中心。

 

 そして。

 

 そこから伸びる。

 

 関係。

 

 それは。

 

 内側だけではない。

 

 外にも広がっている。

 

「……」

 

 私は小さく息を吐いた。

 

 彼女はここにいる。

 

 だが。

 

 同時に。

 

 ここ以外にもいる。

 

 その状態を。

 

 私は、はっきりと理解した。

 

 そして。

 

 それが何を意味するのか。

 

 まだ完全には分からないことも。

 

 同時に、分かっていた。

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