さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第三十二話 持ち帰る形

 朝、私は「持ち帰る」という言葉を考えていた。

 

 持ち出すのではない。

 持ち帰る。

 

 外にあるものを、内側へ。

 

 その可能性を、まだ試していない。

 

 居間に出る。

 

 彼女がいる。

 

 距離は近い。

 だが、重なりの中で揺れている。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 短いやりとり。

 

 そして。

 

「試したいことがあります」

 

 彼女は静かにうなずく。

 

「何ですか」

「外のものを」

 

 私は言う。

 

「ここに持ち帰る」

 

 彼女は少しだけ目を細めた。

 

「……できますか」

「分かりません」

 

 私は正直に答える。

 

「でも」

「はい」

「やってみます」

 

 午前。

 

 私は外へ出た。

 

 石段。

 林道。

 舗装路。

 

 町へ。

 

 そこで、ひとつ選ぶ。

 

 小さな石。

 

 どこにでもあるもの。

 

 特別ではない。

 

 それを拾う。

 

「……これでいい」

 

 私は呟いた。

 

 そのまま戻る。

 

 石段。

 鳥居。

 境内。

 

 その瞬間。

 

 石の感触が変わる。

 

 重くなる。

 

 密度が増す。

 

「……」

 

 私はそれを見ていた。

 

 外では、ただの石だった。

 

 だが。

 

 ここでは。

 

 ――内側の性質を帯びる。

 

「どうですか」

 

 彼女が近づいてくる。

 

「変わります」

「何が」

「意味です」

 

 私は答える。

 

「ただの石じゃない」

「……」

 

 彼女はそれを見ている。

 

「ここにあると」

「はい」

「関係に入る」

 

 午後。

 

 私はさらに試した。

 

 外の空気。

 

 外の音。

 

 それらを意識して持ち帰る。

 

 すると。

 

 境内の一部に、外の性質が残る。

 

 完全ではない。

 

 だが。

 

 確かに混ざる。

 

「……逆も成立するな」

 

 私は小さく言った。

 

 内が外へ。

 外が内へ。

 

 その流れは、一方向ではない。

 

 夕方。

 

 縁側。

 

 今日は、風が違う。

 

 外の風が、そのまま流れ込んでいる。

 

「……あの」

 

 彼女が言う。

 

「何ですか」

「ここは」

 

 少し迷う。

 

「変わりますか」

 

 私は少し考えた。

 

 そして。

 

「変わります」

 

 そう答えた。

 

「どうして」

「関係が増えるから」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「内側だけじゃない」

「はい」

「外の要素も入る」

 

 彼女は小さくうなずいた。

 

「……では」

 

 少しだけ声が小さくなる。

 

「わたしも」

 

 私は彼女を見る。

 

「はい」

「変わりますか」

 

 私は少しだけ間を置いた。

 

 そして。

 

「すでに変わってます」

 

 そう答えた。

 

 彼女は何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 静かにそこにいる。

 

 夜。

 

 布団に入る。

 

 目を閉じる。

 

 結び目は、ある。

 

 核。

 

 中心。

 

 だが。

 

 その周囲が、さらに広がっている。

 

 内側。

 外側。

 

 その区別は、ますます曖昧になる。

 

「……」

 

 私は小さく息を吐いた。

 

 ここは。

 

 もはや固定された場所ではない。

 

 流れだ。

 

 関係の。

 

 そして。

 

 その流れの中で。

 

 私は何を持ち帰るのか。

 

 それが、次の問題だ。

 

 私はそのことを考えながら。

 

 ゆっくりと眠りに落ちた。

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