さびしきもの   作:ひまんちゅ

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第四十話 止まり木の増殖

 朝、目を覚ましたとき、私は最初に昨日見つけた「流れの境界」のことを思い出していた。

 

 流れは止まらない。

 だが、その中には一時的に集まり、滞留し、密度を変える場所がある。

 完全な静止ではない。

 流れの一部として存在する、止まり木のような点。

 

 昨日はそれをひとつ見つけた。

 だが、ひとつ見つかったということは、おそらくひとつだけではない。

 

「……増えてるのか、それとも最初からあったのか」

 

 布団の中で小さく呟いてから起き上がり、居間へ向かった。

 

 彼女はすでに起きていた。

 いつものように静かに座っている。

 けれど、その存在は以前よりも「そこにいる」と感じやすくなっていた。曖昧さを含んだまま、定着している。そういう感じだった。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 私はそのまま彼女の向かいに座り、すぐに言った。

 

「今日は、止まり場所を探します」

「昨日の境界ですか」

「はい。でも、ひとつじゃない気がする」

 

 彼女は少しだけ首をかしげた。

 

「増えているんでしょうか」

「それを確かめます」

「……どうやって」

 

 私は紙を引き寄せた。

 これまで描いてきた中心、輪郭、重なり、流れ、その図の余白に、小さな点をいくつも打つ。

 

「昨日見つけたのは、流れの中の“集まり方の偏り”でした」

「はい」

「もし同じ性質のものが他にもあるなら」

「流れの途中に、いくつも節がある」

「そういうことです」

 

 彼女は少しだけ考え込んだあと、静かにうなずいた。

 

「木の枝みたいですね」

「枝?」

「流れが幹なら、止まる場所は節です」

「……なるほど」

 

 その比喩はかなりしっくりきた。

 私は小さく笑いながら立ち上がった。

 

 午前中いっぱいを使って、私は境内と石段、林道のあいだを何度も往復した。

 

 最初の一つは、昨日と同じ石段の中ほど。

 そこは相変わらず、流れがほんの少しだけ滞る。止まるのではない。密度が変わる。そこを通ると、外へ向かう意識がわずかに引き留められ、同時に内側へ向かう感覚が濃くなる。

 

 次に見つけたのは、鳥居のすぐ外だった。

 

「……ここにもあるのか」

 

 そこは一見、ただの通り道にしか思えない。

 だが、立ち止まって意識を向けると、確かに流れの厚みが変わる。境内の内側ほど濃くはない。けれど、完全な外でもない。何かが一度そこに触れ、向きを変え、選び直しているような感覚があった。

 

 さらに林道を下り、少し歩いた先でも、弱い節をひとつ見つけた。

 そこは以前、私が外に関係の断片を残したあたりに近かった。つまり、流れの節は自然に生まれるだけでなく、行き来や残留の積み重ねによって形成される可能性がある。

 

 戻ってきた私は、縁側に腰を下ろして大きく息を吐いた。

 彼女が少し遅れて近づいてくる。

 

「見つかりましたか」

「三つ」

「そんなに」

 

 少し驚いたような声だった。

 

「まだありそうです」

「……それは、いいことですか」

 

 私は少し考えてから答えた。

 

「分かりません。でも、少なくとも単純ではない」

「単純ではない」

「中心があって、そこに集まるだけじゃないんです」

 

 私は手元の紙に、見つけた三つの節を書き込んだ。

 

「途中に、いくつも“迷う場所”がある」

「迷う場所」

 

 彼女はその言葉を小さく繰り返した。

 

「はい。外に行く流れが、一度そこに触れて、向きを微妙に変える」

「……では」

「戻る流れも、そこを通る」

「はい」

 

 彼女はしばらく紙を見つめていた。

 やがて、自分の袖を軽くつまみながら言う。

 

「それが増えると」

「はい」

「外と内のあいだが、もっと長くなりますか」

 

 私はその言葉に、少しだけ感心した。

 

「長くなる、か」

「違いますか」

「いや、かなり近いです」

 

 私は図の上で、中心と外側を結ぶ線をなぞった。

 

「まっすぐじゃなくなる」

「……」

「途中に節ができると、そのぶん流れは曲がるし、滞るし、選び直すことになる」

「では、遠くなるんですね」

「距離というより、手順が増える」

 

 彼女はそれを聞いて、静かにうなずいた。

 

 午後、私はさらにその仮説を確かめるために、あえて何度か外に出て、戻ることを繰り返した。

 一度目は普通に。

 二度目は意識的に昨日見つけた節をなぞるように。

 三度目は逆に、それらをできるだけ無視して通り過ぎようとして。

 

 結果ははっきりしていた。

 

 無視しようとしても、完全には無視できない。

 流れの節は、通る者の意識に応じて強さを変えるが、存在そのものは消えない。

 そして、節を意識したほうが、戻るときの感覚は滑らかだった。つまり、節は妨げではなく、流れの調整点なのだ。

 

「……止まり木じゃなくて、継ぎ目かもしれないな」

 

 戻ってきた私は、居間でそう呟いた。

 

「継ぎ目」

「はい。内と外がつながる途中の」

「縫い目みたいなものですか」

「それも近いです」

 

 彼女は少しだけ笑った。

 その笑い方は、以前より自然で、しかし少しだけ慎重だった。

 自分の言葉がこの場所の形に触れてしまうことを、彼女自身も少し意識しているのかもしれない。

 

 夕方、縁側に並んで座る。

 風が吹く。

 その流れの中に、私は今までよりも細かな凹凸を感じ取っていた。

 大きな内と外だけではない。途中途中に、流れが留まり、形を変える場所がある。

 

「……あの」

 

 彼女が言った。

 

「何ですか」

「増えるんでしょうか」

「節が?」

「はい」

 

 私は少し考えた。

 

「たぶん」

「どうして」

「行き来が続いているからです」

 

 彼女は静かに聞いている。

 

「外へ出て、戻る」

「はい」

「残して、呼び戻す」

「はい」

「そのたびに、途中の場所にも癖がつく」

 

 彼女は小さく息を吐いた。

 

「では」

「はい」

「ここへ来る道も、変わっていくんですね」

 

 私はうなずいた。

 

「もう、最初に来た時と同じじゃないはずです」

「……」

 

 彼女はそれきり黙った。

 けれどその横顔には、妙な表情が浮かんでいた。

 寂しさにも見えるし、安心にも見える。

 最初の偶然ではなく、今の関わりが道そのものを変えてしまっていると知って、たぶん複雑なのだろう。

 

 夜、布団に入ってからも、私はそのことを考えていた。

 

 中心が強くなっている。

 流れは内側へ偏っている。

 そして今、途中に複数の節が生まれている。

 

 それは単なる構造の複雑化ではない。

 内と外のあいだが、ただ断絶しているのではなく、細かく接続され直しているということだ。

 つまり、ここへ至る道は一本ではないし、戻る手順もひとつではない。

 

「……増殖、してるんだな」

 

 私は暗闇の中で小さく呟いた。

 

 止まり場所は増えている。

 あるいは、見えるようになっている。

 どちらにせよ、この場所はもう、ただの一点を中心にした単純な構図ではない。

 幾つもの継ぎ目を持ちながら、なお内側へ収束する構造へ変わっている。

 

 目を閉じると、胸の奥の核が静かに脈打った。

 その周囲に、昨日までよりも細かな響きがいくつも生まれているのが分かった。

 

 私はその複雑さを不快とは感じなかった。

 むしろ、ようやく本当の形が見え始めた気がしていた。

 

 この場所は、迷い込んだ先ではない。

 戻る場所であり、広がる場所であり、途中の継ぎ目を増やしながら、自分と彼女のあいだに新しい道筋を作っていく場所なのだと。

 

 そんなことを考えながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。

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