真白なる断罪の英雄と純朴なる不屈の少女   作:銀河の星屑

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prologue2 桔梗落日

 ジンが辿り着いたその場所は、一言で言えば地獄の入口のようだった。部屋の中は赤黒く染まり、壁には何かの影がゆらゆらと不気味に映っている。そして、鼻を突く硫黄のような不快な臭いが充満していた。

 

 しかし、何よりもその部屋を満たしているのは死の香り。その香りを発しているのは、部屋の中心に座する窯からだろうか? それとも、今ジンの目の前で、腹を手刀で貫かれている、ジンと同じ金髪に翡翠色の瞳をした青年からだろうか?。

 

 青年は、ジンの着ているものと同じような形状で、色違いの真っ赤な陣羽織を纏っている。そして、その血のように赤い羽織は、青年自身の血で黒く染め上げられる。さらに、羽織を染め上げる血は、それでは足りぬと言わんがばかりに体を伝い、彼自身の足元に血の池を作り上げている。

 

 青年の手にはまるで血が凝結し、赤黒くなったような黒い刀身をした長刀が握られている。そして、その刀にも青年の血が伝っている。そのさまはまるで刀自体が青年の血で出来ている様にさえ感じさせるものだ。

 

 青年の名はラグナ=A=マーキュリー。かつてはジンの兄であり、ジンがキサラギ家に養子として引き取られ、ジン=キサラギに名を変えた今であっても、

 

「兄さん!」

 

 たった1人の兄と呼ぶ人物である。

 

 ラグナは今腹を手刀で貫かれ、宙に浮かせられている。ラグナはそのまま、まるで壊れたブリキの人形がギコギコと鳴るかのように、首をジンの方へと回し、唇の端を吊り上げて、いつものように笑う。

 

「情けねー」

 

 ラグナの口から発せられたその言葉は、全身がボロボロとなり何も出来ない自身への嘲笑か? 赤く目を充血させながら、今にも泣き出しそうな弟を馬鹿にしてのものか?。

 

 いや、きっといつものように弟を安心させるためのものだろう。ラグナの今浮かべている表情は、ジンへ向ける瞳は、いつものように優しいものなのだから。

 

「貴様。兄さんを離せ!」

 

 ラグナがひとまず生きていることを確認したジンが、安堵も見せずに、次に見据えたのはラグナを貫いている女性。

 

 女性は、長い銀髪と深紅の瞳をし、黒き衣を纏っている。年齢はジンやラグナと同じか、少し上程度だろう。だが、背には4枚の黒い羽が生えており、人間とは思えないような神々しさを持っていた。一言で表現するなら堕天使と言ったところだ。

 

 堕天使はラグナからジンへと視線を移す。その目には何故か悲しみが見て取れる。

 

 ジンがラグナを救うため、2人に駆け寄ろうとした時、そばに控えていた1つの影がジンの前に立ちはだかる。その影の正体は、薄紅色の髪に鎧と言うには軽装な服を纏った剣士の女性。

 

 彼女はラグナと堕天使に近づけまいと、ジンの前に剣を構え立ちふさがる。その佇まいはまるで主を守護する騎士のようだ――顔を俯かせ、体を震わせている点を除いて。

 

「邪魔だ。消えろ!」

 

 ジンは足を止めることなく刀を構え、一直線にラグナへ向かい駆ける。そして、目の前に立ちふさがる障害たる剣士へと切りかかる。

 

 互いの武器が激突し、火花が散る。加速を加えた分、ジンのパワーが勝ったのだろう。剣士はジンに押し込められるように僅かに後退する。しかし、剣士の体勢は殆ど崩れることなく、即座に体勢を整え、ジンへと切りかかる。

 

 ジンは苛立たしげに更に一歩踏み込み、自身へと振るわれる斬撃を弾き返すかのように、相手の剣へと荒々しく刀を振るう。そして、振るわれた互いの武器が再度交差する。しかし、結果は先と違い、今度は双方の力が互角であったのか拮抗し、鍔迫り合う。

 

「貴様は一体なんだ」

 

 鍔迫り合の中、互いの武器が上げる悲鳴と同じように、奥歯をギリギリとかみ締めながらジンが問う。ジンが視線の先に見据えるのは剣士の顔。その表情に見て取れるのは、先の堕天使のような悲しみだった。

 

 そして、怒りを含んだ視線を向けられた剣士は、僅かに顔を俯ける。

 

「クソ」

 

 剣士のその姿は、この状況を望んだわけではない。まるでそう言っている気がし、ますますジンをイラつかせる。そして、ジンはそのまま怒りに任せ、剣士を弾き飛ばす。

 

 その後も、ジンは怒りに任せながら刀を振るい、攻め立てる。対して剣士は、時折反撃をしながらも、消極的にジンの攻撃を受け凌ぐ。

 

 ならばと、ジンは何度か戦士を振り払い、ラグナの元へ向かおうとする。しかし、その度に、守勢へ務めていたのが嘘のように、剣士は激しくジンへ向かい苛烈な攻撃を加えてくる。

 

「貴様などに構っている暇はないのに」

 

 ジンは、軍の指揮官学校を総合成績において主席で卒業した。そして、軍へ所属後も指揮官として、戦士として高い戦果を挙げ、若くして英雄と呼ばれるほどの人物だ。

 

 そのジンが刀を交え、相対する限り、目の前にいる剣士の技量は自身と同等、或いはそれ以上だ。まともにぶつかり合えば、今の冷静さを欠いているジンでは、勝利することは叶わないだろう。

 

「貴様は、貴様は、何故邪魔をする! 戦う意思もないくせに僕の前に立つな、この障害!」

 

 ジンもそのことは理解している。にも関わらず、敗れることもなく、目の前の障害を排除しきれず、ラグナの元へも向かえない。そんな中、ジンは苛立ちを抑えきれず吐露してゆく。

 

「何故どいつもこいつも、僕の邪魔をする! いつも、いつも、いつも、いつもおおおお!! 僕は只兄さんと――」

 

 ジンの脳裏によぎるのは、兄と妹と自身を育ててくれた老婆の姿。

 

「大切な人達と――」

 

 そして、自身の側で支えてくれた、獣人の女性や、むさ苦しい忍者の姿。

 

「一緒に居たいだけなのに――」

 

 そして、先ほど永遠の別離を終えた女性の姿。

 

「何故僕から奪う!!」 

 

 ジンの叫びと共に振るわれた剣を受け、騎士が奥歯をかみ締め、体を震わせる。

 

「私も――」

 

 そして、剣士もまた、ジンと同様に自身の内にある想いが堪えきれず、初めて言葉を発する。

 

「私とて!」

 

 剣士が俯きぎみだった面を上げ、ジンを睨む。しかし、それ以上の言葉は出ず、変らず悲しみを携えたまま、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 

「レヴァンティン!」

 

 そして、言葉の続きを発さぬまま、代わりに剣士は自身の愛剣の名を叫ぶ。すると、剣はまるで無数に切り裂かれたかのように半分離する。そして、無数の刃を兼ね備えた鞭のような形状を取る、連結刃へと姿を変える。剣士はそのままジンへ、連結刃を鞭を操る要領で振るう。

 

 突如姿を変え向かってくる連結刃を、ジンは咄嗟に弾く。しかし、弾かれた連結刃は、一旦はジンから軌道を外したものの、即座に軌道を修正し、再度ジンへと迫り来る。

 

 ジンは舌打ちをしながら回避行動を取りつつ、連結刃を弾き、受け流し、凌ぎ続ける。しかし、初見な武器の上、変幻自在に軌道を変えながら襲い来る連結刃を凌ぎきることは難しく、徐々にジンは追い詰められてゆく。

 

 しかし、それでも剣士の攻撃はジンに致命傷を与えることはなく、戦いはいたずらに長引いてゆく。

 

「クソ、クソ!」

 

 そして、冷静さを欠いたまま、ジンは負傷をしてでも決着を着けるため、駆け出そうとする。その直後、

 

「シグナム!」

 

 部屋の中に男の叫び声がこだまし、剣士の攻撃が止まる。そして、ジンと剣士――シグナムは、声のした方へと視線を向ける。そこに写るのは、堕天使に抱きかかえられるように上半身を起こし、座るラグナの姿があった。

 

「テメーはなに手を抜いてやがる、馬鹿か!」

 

「な!?」

 

 満身創痍の姿ながらも、堂々と面と向かい罵倒してくるラグナの姿に、シグナムが困惑し戸惑う。しかし、シグナム以上に困惑したのはジンの方だ。

 

「兄さん、何を……」

 

 ジンはラグナを救うためにこの場所までやって来た。にも関わらず、そのジンと相対し、あまつさえラグナ自身に重症を負わせた人物の仲間に、激励とも取れる言葉を投げかけるなど、理解できるはずがない。

 

「それじゃあ、まるで――」

 

「テメーもだ、ジン!」

 

「まるで、僕に負けて欲しいみたいじゃないか」と、続けようとしたジンの言葉は、再度叫んだラグナの声に遮られる。

 

「何らしくない戦いしてやがる。力押しなんて馬鹿のすることだとかほざいてたのは、何処の馬鹿だ、この馬鹿が!」

 

「でも!」

 

「でもも何もあるか!」

 

 ラグナはふらつく足で立ち上がりながら、強い眼差しでジンを見据える。

 

「俺のことはいいから、テメーは自分のための戦いをしやがれ」

 

 そこまで言って、ラグナは呻き声を上げながら、胸を押さえ膝を付く。

 

「貴方は変りませんね」

 

 そして、そのラグナを支えるように、堕天使はラグナに寄り添いながら、少しだけ優しく微笑みかける。そして、ラグナは舌打ちをしながら堕天使から視線を背けた。

 

 その2人の、敵同士とは思えぬやり取りを見たジンは、更に混乱する。この場に1人だけ、何も知らず、理解できぬまま取り残されているのだから当然だ。

 

 しかし、混乱する思考とは裏腹に、ジンの心の中は、静かに落ち着いてゆく。それは、かつてラグナと決別をした際の言葉を思い出したためだ。

 

「そうだ、僕は……なら」

 

 そして、ジンは先ほどまで自身を襲っていた激情が嘘だったかのように、流れる流水のごとく、静かに刀を構える。

 

 対して、シグナムも先ほどまでの決意の弱い、揺らぐ火とは対照的な、燃え盛る炎のごとき強き瞳でジンを見据える。

 

「行くぞ、女」

 

 まず先に仕掛けたのはジン。シグナムから距離を離したまま刀を振るう。振るわれる最中、氷で形成された刀――《ユキアネサ》は、輝きが増してゆく。そして、振り切られると同時に、無数に煌く氷の結晶が刀から放たれる。シグナムに向かい放たれた結晶は、徐々に肥大、集合し、氷槍――氷翔剣となってシグナムに迫る。

 

 シグナムは、その攻撃を連結刃で打ち落とす。ジンは構わず距離を取ったまま、氷翔剣で攻め、シグナムは、それを打ち落としながらジンへ反撃を続ける。

 

 連結刃は、まるで熱を放っているかのように氷翔剣を溶かす。激しくぶつかり合う氷と炎は、衝突の瞬間に閃光を上る。そして、氷は蒸発し、霧散する。氷翔剣を粉砕し、迫る連結刃を、ジンはかわし、弾き、受け流す。

 

 その展開は、いくらかの違いこそあるものの、ほぼ先ほどの再現。しかし、決定的な違いがある。それは、ジンとシグナムの間に霧が発生していることだ。

 

 ジンとシグナムの攻撃が交差するたびに、霧の濃度は濃くなり、徐々に互いの姿を覆い隠してゆく。そして、霧がシグナムからジンの姿をほぼ隠し終え始めた頃から、どこか生暖かかった部屋の温度が徐々に肌寒くなってゆく。そして、ジンの周辺でなにやら耳鳴りな金切り声のような甲高い音が響きだす。

 

 その音は、共鳴を起こすように徐々に部屋全体へ広がっていく。共鳴する音はまるで悲鳴となり、これから訪れる事象への警告のように響き渡る。

 

 目の前で起きてゆく事象に危機感を覚えたシグナムは、勝負を決めるために連結刃でジンを囲み、ジンの頭上より連結刃の先端を振り落とす。

 

 ジンの姿は、連結刃が巻き起こす旋風の間から僅かに覗くしか見ることが出来ない。が、連結刃に囲まれ、逃げ場がないジンにこの攻撃をかわす術はないかに思われる。しかし、シグナムには必勝となるイメージが浮かばない。

 

 そして、連結刃の間隔が狭まりジンを襲う。その中、シグナムが霧と連結刃の間から覗き目にしたのは、ジンの口元が歪み、吊り上るさま。

 

「煉獄氷夜」

 

 直後、ジンが静かに告げ、刀を勢いよく地面へ突き刺す。すると、一瞬にしてジンを覆うように地面から氷柱が出現し、連結刃を弾き飛ばす。続き、ジンの周辺にも無数の氷柱が剣山のように突き出す。そして、氷柱はジンを中心に広がり、辺り一面を白銀に染め上てゆく。

 

「クッッ!」

 

 シグナムは咄嗟に宙へ飛び、その攻撃を避ける。そして、跳躍したまま、腰にある鞘を引き抜き自身の剣と連結させる。連結したそれは弓の形となり、虚空より出現した矢を弓に掛け、

 

「駆けよ、隼!」

 

 射る。

 

 放たれた矢は炎を纏い、ジンの前方に生成された氷柱を粉砕しながらジンへと迫り、ジンを覆う巨大な氷柱さえも貫通、粉砕した。しかし、矢は貫通したものの、ジンの姿は既に氷壁に囲われていた上、氷が蒸発し気化して発生した霧に完全に覆われたため、捕らえたかは確認できない。

 

 その後、シグナムは弓を剣の形状へ戻し、地面へ降り立つ。しかし、地面へ降り立った後も、いつまでもジンの姿を確認することを出来ずにいる。それは、霧が変らず煌きながら、空中に停滞しているからだ。その霧の中でジンが唱える。

 

氷霧星塵(ひょうむせいじん)

 

 すると、霧はジンを中心とし、渦を巻くように更に広がってゆく。

 

 その中で、ジンは気配を殺しながら移動する。そして、弓を受け左腕から血を流すジンは、自身の鞘を持った左腕を氷結させていく。それは別に止血をするための行為ではない。次の攻撃に移るための行為。腕と鞘を包む氷は徐々に弓を形作ってゆく、そして、同時に空いた右手には氷の矢が生成されてゆく。

 

 霧は既に窯周辺を除く部屋全体を覆い、シグナムはジンの姿を見失っている。対しジンは、霧の中においてもハッキリとシグナムを捕らえ認識している。

 

 霧の中ジンは、兄の姿を視界の端に見た後、改めてシグナムを見据え、弓を構える。

 

「穿て。氷翼月鳴!」

 

 弓から放たれた氷の矢はシグナムへ向かい、霧を切り裂きまっすぐに突き進む。煌く霧の中を駆け抜ける閃光を見たシグナムは、自身の前方に剣を収めた鞘を構え、それを受ける。

 

 強い衝撃を受け後退しながらも、ジンの攻撃地点を特定し、反撃へ転じようとしたシグナムの目前に影が迫る。それは、氷剣に乗り突撃してくるジンの姿。形こそ剣のようであるものの、氷剣はまるで槍のようである。

 

 シグナムは鞘から剣を抜き、氷剣ごとジンを両断にかかる。すると、氷剣とジンは氷のように砕け散った。否、ようにでは無く、氷そのものだったのだ。そして、気付く。シグナムの周りを囲むように、無数のジンが立っていることを

 

「幻覚か!?」

 

 咄嗟にシグナムは、再度防御の体制を取る。

 

「死ね。雪華・幻影斬!!」

 

 そして、無数のジンがシグナムに切りかかり、一閃、二閃、と縦に横に斬撃を浴びせてゆく。ジン自身は別に分身をしているわけではない。無数のジンの正体はシグナムの予測通り只の幻覚。

 

 ジンのアークエネミー《ユキアネサ》には、氷結させた相手を蝕む毒が含まれている。そして、この部屋を包む《ユキアネサ》が元となった氷の霧にも僅かに毒素が含まれている。結果シグナムは、その霧に含まれる毒素を知らずの内に吸い込むこととなる。

 

 更に大気中の氷の結晶に自身の姿を投影し、幻覚の術も複合させることで、より高度な幻影を生み出す。霧が立ち込める視界の悪い中、目視では本物と判別できない程の幻影に加え、神速抜刀による冷気の衝撃波を飛ばす凍牙氷刃を放つのが雪華・幻影斬である。

 

 そして、数十斬を超える斬撃をシグナムへ浴びせたジンは刀を鞘に納める。すると霧は嘘のように晴れ渡っていく。そして、ジンハ最後に残った自身周辺の霧を、煩わしそうに払いのける。すると、最後に残った霧は、まるで翼を閃かせるように揺らぎ、消えていった。

 

 跡に残されたのは、負傷した片腕を氷結させたジン。そして、全身を切り裂かれ、傷付きながらも、地面へ突き刺した剣を支えに立つシグナムの姿。シグナムの表情には、苦痛や疲労が見えながらも、それ以上の安堵の表情が見て取れた。

 

「貴様は――」

 

 そのシグナムの表情を見たジンが発した言葉を遮るように、場の空気が変化する。未だ肌寒さを残していた気温は、不快な生暖かさを取り戻す。同時にその場にいた全員の背筋に、ヘドロでもこびり付いたような、不快な嫌悪感が襲う。

 

「ヒャーハハハハ。なかなかやるじゃねーかジン=キサラギ」

 

 悪寒を感じさせる、不快な笑い声が部屋に響き渡る。声がしたのは窯の方。ジンが視線を窯に向けると、そこから1つの影が、まるで這い出るように現れた。

 

「なっ!?」

 

 窯から現れたそれを見たジンは声を失う。

 

 その姿はまるで西洋の甲冑のような姿。それが全身を影のようなものが覆い、いたるところに青白く不気味に光る線が走っている。更に体のいたるところには無数の赤い目がギョロギョロと辺りを見回している。そして、背からは蛇のような影が無数に伸び、不気味に揺らめいている。とてもこの世のものとは思えぬ異形な存在だ。

 

 それを見たジンが感じるのは嫌悪と憎悪。

 

「ぐっぅ!?」

 

 同時に頭の中を様々な言葉が響き渡り、ジンは思わず膝を着く。あれは存在してはならない。許してはならない。滅ぼさなければならない、と。そして、這い出てきた『なにか』に時折線がチラつく。しかし、それははっきりと視覚できず、本当にあるのかさえも怪しく感じさせた。

 

「どうだ? 俺を見えるようになったのか? なったのかよ、ええ、泣き虫坊や!」

 

 『なにか』は、変らず不快な笑い声を浮かべながら、楽しそうにジンへと迫る。その姿を見て、ジンは知らずとも理解し、確信する。自分達の月を奪ったのは、狂わせたのは目の前の存在だと。

 

「漆黒のスサノヲ!」

 

 ラグナが『なにか』の名を叫び立ち上がろうとする。しかし、体は思うように動かず、膝を付く。

 

「ん? ああ、何だラグナちゃんまだ居たの? さっきあんまりにも無様にノサれてたから、もうってっきり窯に落ちたかと思ってたわ」

 

「テメェーは!」

 

 動ければ今にも飛び掛らんばかりに激昂するラグナを嘲笑しながら、漆黒のスサノヲはジンへ歩み続ける。

 

 そして、その姿を見据えたジンの内から、憎悪と嫌悪感が湧き上がる。

 

「貴様が僕の敵か!」

 

 ジンが顔を上げ、憎悪を込めた視線で睨み付ける。その言葉と視線を受け、漆黒のスサノヲは口元を三日月のように歪ませ笑った。

 

 この後、世界には新たな『蒼』が誕生し、新たな『白』が芽生えた。

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