――黒い怪獣と五人の英雄――
昔、昔。広い世界のどこかの星で、黒い怪獣が現れました。
そして、怪獣はその星の人々を食べていきました。
人々は、食べられてしまうのが嫌で、頑張って黒い怪獣と戦いました。
でも、頑張っても頑張っても黒い怪獣を倒すことが出来ず、次々と怪獣に食べられてしまいました。
人々は願いました、早くこの悪夢から覚めてくれと。しかし、誰もこの悪夢から覚めることは出来ませんでした。
そして、悪夢を見る人が始めの頃の半分ぐらいになった頃、白いお侍さんと五人の勇者が現れました。
白いお侍さんはとても強く、とうとう黒い怪獣を倒してしまいました。
人々は喜びました。ようやく悪夢が終わり、平和が訪れたと。
その後、白いお侍さんは何処かに行ってしまいました。最後にもう悪いことをしては駄目だぞと言い残して。
人々は、白いお侍さんの言葉を理解できませんでしたが、気にせず黒い怪獣が現れる前の生活に戻っていきました。
だって、自分達は何も悪い事をしておらず、悪いのは全部黒い怪獣なのだから。
すると、どうしたことでしょう。黒い怪獣を倒した後、いなくなってしまった白いお侍さんがまた現れたのです。
そして、白いお侍さんは人々に聞きました。何故悪いことを続けるのかと。
不思議です。悪いことをしたのは、白いお侍さんが倒した黒い怪獣なのに。
怒った人々は、昔、白いお侍さんと一緒に現れた五人の勇者の力を借りて、白いお侍さんを何処かに連れて行ってしまいました。
そして、五人の勇者は英雄と称えられ、星には昔のような平穏が訪れてしまいました。
だから、平和は続きます。何時までも、いつまでも、イツマデモ。
人々は終わらない夢を見続けるのです。
めでたし。めでたし。
私立聖祥大附属小学校屋上。
1人の少女が友人を待ちながらベンチに腰掛けている。
年齢は9歳で、栗色の髪を少し高めの位置でツインテールに結び、蒼色の瞳をした大きな目が特徴の歳相応の可愛らしさを持った少女。
そんな少女が手に持ち、熱心に読み耽っているのは一冊の絵本。タイトルは『黒い怪獣と五人の英雄』。
少女は幾度もこの絵本を読み返している。それこそ全てのページにある文字や絵を一字一絵はっきりと。内容を全て見知ったそれを飽きることなく何度も読み返す。
少女はふとした時に考える「何故私はこんなにもこの絵本に惹かれるんだろう?」と。しかし、少女にもその答えは分からない。強いて挙げるなら、その絵本に描かれている、ある人物に会ってみたいという感情があるぐらいのものだ。
この絵本はある時からか少女の傍らにあり、何時も傍らにあるもの。だから、少女は今日もこの絵本と共にある。
「なのは、アンタまたその本読んでるの」
なのはと呼ばれた少女――高町なのはがよく聞き親しんだ声を耳にし、読んでいた絵本から顔を上げ、声の主に視線を移す。
そこに立っているのは待ち人の2人。友人のアリサ=バニングスと月村すずかだ。
「お待たせ、なのはちゃん。ハイ、イチゴ牛乳」
赤と青を混ぜたすみれ色の髪に、純白のヘアバンドを身に着け、髪と同じ美しいすみれ色の揺れる大きな瞳を持ち、少し歳不相応にも感じる柔らかい笑みを浮かべたのが月村すずか。
彼女は購入してきたなのはの分の飲み物を手渡し、なのはの横にスカートが捲れない様に、手で押さえながら腰掛ける。
「全く、このアタシをパシらせるなんて。相変わらずいい度胸してるわよ」
黄色に近い金髪をサイドテールで結び、エメラルドの様な碧色の瞳をギラギラと輝かせ、両腕に器用にもプリンを計3カップ持っている。そして、少し歳不相応にも感じる尊大さを感じさせながら、腕を組むのがアリサ=バニングス。
彼女はまるで頭突きをするかのように、なのはの額に自身の額を合わせながら、プリンを1つだけ手渡す。そして、すずかとは反対側のなのはの横に、何を気にするでもなく腰掛ける。
「ありがとう。すずかちゃん。アリサちゃん」
なのはは2人にお礼を言いながら、膝の上に乗せていた重層の弁当箱が包まれていた布を紐解いていく。それを見た2人はなのはとの間に少し間を作り、一緒に弁当を広げるのを手伝う。
「う~、これ、結構重かったんだよ」
なのはが可愛らしく唸りながら弁当を広げ終わると、3人は思い思いに取り皿に料理を取ってゆく。
「そんなもん、横に置いとけば良かったじゃない」
肉を中心に自身の持つ皿を彩らせながら、アリサが溜息をつく。
「だって、アリサちゃんが「もしも、カラスにでもかっさらわれて見なさい、屋上からダイブして、自縛霊になって祟ってやる」なんて言うんだもん」
なのはが、バランス良く自身の皿を盛り付けながら反論する。
「冗談よ、冗談。アタシの命は簡単に投げ捨てていいほど安くないの。ってか、なのはは馬鹿正直過ぎ」
「なのはちゃんは純粋なだけだよ」
すずかが、野菜を中心に皿に運びながら2人に微笑みかける。
「不肖高町なのは、全力で昼食を死守させて頂きました」
なのはが軽く敬礼をすると、すずかが優しく頭を撫で、アリサが呆れたように「ガッツリ本読んでたじゃない」と箸を口にくわえながら呆れる。
なのはは昼食を運び、食べる場所を確保する。アリサはデザートを購入。すずかは飲み物を購入。一仕事を終えた3人は「いただきます」と、手を合わせそれぞれの成果に手を付けてゆく。
そして、暫くの間3人は楽しそうに談笑をしながら、昼食を取る。それは、何処にでもある、何時ものありふれた平和な昼休み。それを当たり前のように3人は満喫する。
―――。
「っで、何でアンタは、またその絵本が気になんのよ」
それは、彼女たちが以前感じていた疑問であり、本人にもハッキリと分からないため、未だに答えの出ない問題。アリサは特に答えに期待するでもなく、なのはに問いかけながらポッケットに忍ばせていたあるものをコソコソと取り出す。
「う~ん。やっぱり分かんないよ。白いお侍さんに会いたいとは思うんだけど、何で会ってみたいのか……ってか、アリサちゃん何それ!? ずっるーい!」
なのはが思案しながら、ふとアリサの方へと視線を移す。3人は既にデザートまで食べ終え、後は手元にある、イチゴ牛乳、緑茶、コーラといった飲み物だけの筈だ。しかし、アリサの手の中には、新たに飲み物以外のものが握られていた。
「ちっ。気付いたか」
アリサは若干口の端を吊り上げ意地の悪い笑みを浮かべる。取り出していたのは4つ目のプリン。しかも、先の3つの一般的なのとは違い、上にクリームを乗せた若干豪勢なやつだ。
「アタシが自腹で買った自前よ。どうしようとアタシの自由でしょ」
アリサは、フッフッフと不穏な笑みを浮かべながら、抗議の声を気にせずプリンを開封していく。
「あー、この濃厚、クリーミーなとろみ具合が絶品だわ」
そして、ワザとらしく、なのはに見せ付けるように1口2口と口に運んでいく。
「う~、アリサちゃん、私にも1口!」
「いいわよ」
思いのほか簡単に同意したアリサに若干の肩透かしを食らいながら、
「やったー。あーん」
なのはは口を開け、とろりとクリーミーな食感に備える。
「じゃあ、200円ね」
アリサはサラっと条件を言い放ちながら、なのはの口元にプリンを運ぶ。
「ちょ、一口200円!?」
なのはは咄嗟に後ずさり、すずかに肩を支えられながら驚愕する。目の前では先ほどと変らず不穏な笑みを浮かべたアリサがスプーンを突き出している。
「さあ!」
アリサがプリンを突き出す。
「高いよ!」
「さあ!!」
慌てるなのはを気にせず、アリサはプリンを勧める。
「だから、高い、アリサちゃん高いよ!」
「すわあ!!!」
アリサがプリンを更に突き出す。
「高いって!」
「じゃあいいわよ」
「ああ!?」
幾度にも及ぶ誘いを断ったなのはを一瞥しながら、アリサは突き出していたプリンを自身の口へと運び、食した。
「ひ、酷いよ。あんなに高い値段を突きつけてのこの仕打ち」
焦らされた挙句、プリンを食べ損ねたなのはが落ち込む。
そして、プリンが目前まで迫ったにもかかわらず、変らず抵抗を見せたなのはに対し、アリサはプリンを咀嚼した後、盛大に溜息を吐きながら頭を振る。
「諸々の人件費込みの値よ、妥当でしょ。それともアンタにこの誘惑を拒めてか!」
そして、アリサは再度なのはにプリンを差し出す。今なのはの目の前にあるのは、スプーンの上に一口サイズで乗った夢。黄色くプリンとした身を白くとろりとコーディネートされた、女の子の夢が悪魔の手中にある光景が広がっている。そして、悪魔の手中で震えるその体は、あたかもなのはに助けを求めているかのようだ。
1人の女の子として、ここで助けないなどという選択しは無いだろう。しかし、救出費用200円の出費は、女の子の現実的な観点から考えて余りに痛い。
「う~、う~」
なのはが唸りながら、『夢』か『現実』かを思案する。その様子を見たアリサが勝ち誇ったかの様に鼻を鳴らし、「しょうがないわね、どうしてもって言うなら一口ぐらい……」っと、からかうのを切り上げ様とした折、なのはの袖が後ろから引っ張られる。
「なのはちゃん。屈する必要無し! だよ」
なのはが後ろを振り返ると、そこにあったのは天使の微笑と女の子の夢。右手にはメロンパンが、左手には杏仁豆腐が握られていた。
「はあ!? ちょっ、すずか、それどういうこと!」
なのはよりも先に反応したアリサが、驚愕の面持ちで立ち上がる。その視線の先にはしっかりとメロンパンがロックオンされていた。
「メロンパンは品切れって……購買のおばちゃんが!」
アリサはプリンを購入する際、確かに売店のおばちゃんにメロンパンの在庫があるかを確認した。しかし、アリサの前の人物が購入し、品切れ。やむなくクリーミープリンを購入するに妥協したのだ。
「うん、アリサちゃんが行った後に、その人が返品しに来てたよ」
「そ、そんな」
アリサは、あたかも世界の終焉を見たかのように崩れ落ち、膝を付いた。
「アリサちゃんが1つ多めに、ちょっと豪華なデザートを買っているのを見ましたこの不肖月村すずか。僭越ながら足りない分を補給させてもらったよ」
先のなのはに習ってか、すずかは敬礼こそしないものの、先のなのはのような物言いをしながら、愛らしく2人に微笑みかける。
「すずかちゃん、さっすがー!」
「ふふ、やるじゃない、すずか」
1人は笑顔ですずかを抱きしめ、1人は視線を逸らしながらたそがれる。
「でもね、すずか! そんな出戻った中古モンなんか、別に欲しく無いんだからね!」
かと思うと、1人たそがれていた少女が突然立ち上がりる。そして、言葉とは対照的にトレードを望むかのように、手に残っていた半分程のプリンとスプーンの取っ手方向を、すずかに突き出しながら近づいて行った。
「なのはちゃんはどっちがいい?」
「うーんとね、杏仁豆腐」
「じゃあ、私はメロンパンだね」
2人はアリサに視線すら送らず、楽しそうに談笑する。
「き、聞きなさいよ、人の話を! ハイ、ハイ!」
自身のことを無視しながら、楽しそうにする2人を見たアリサは、僅かに涙目になりながらもプリンとスプーンを突き出し続ける。
『えー聞いてるよ?』
「アタシ抜きでハ・モ・ルゥ・な!!」
そして、屋上には少女たちの笑い声や、叫び声が響き渡る。そんな中なのはは思う。友達と、大切な人達と紡ぐ、この幸せで穏やかな時間がいつまでも続けばいいと。
なのはがそんなことを考えていると、ふと頭上から視線を感じる気がして、空を見上げて見る。そこに広がるのは、サンサンと世界を照らす赤い太陽と、雲ひとつ無い晴れ渡る蒼穹の空。
もう1つそこにあるはずの月は、昼間だからだろうか? 姿を隠して目にすることは出来なかった。されど月は確かにそこにある。
全ての世界は『朱』なる太陽に照らされ、『蒼』たる空に抱かれている。そして、月は蒼き『黒』に抱かれながら全てを見守っているのだから。
これは、繰り返される約束を終わらせるための物語。『真白なる断罪の青年と純白なる不屈の少女』始まります。