運命の錬金   作:天野河

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第11話 特級術師

夏油一派へ参入した鈴原美音(すずはらみおと)との決別から更に1週間後、2017年11月17日の午後2時、静岡県下田市の工場跡地へ黒塗りの高級車が到着する。運転手は孔時雨(こんしう)、扉を開けて降りたのは呪術師ジョジョとして活動する金城譲(かねしろゆずる)

 

 

「呪力が漂っている。以前のように心霊スポットとして人の出入りが激しい場所で失踪者も続出しているとのことでしたが」

 

 

「ああ、今月だけで十三人は行方不明だ。かなりやられてるもんだから調査してくれってのが今回の依頼だ」

 

 

「根本を断てれば尚良し、ですか。今回も一筋縄ではいかなそうだ」

 

 

「やばいか?」

 

 

「情報だけ見ると1級は下らないかもしれないですね。ここまで来たんだから引き返すのは時間の無駄でしょう。時雨さんはここから離れて後で合流しましょう。帳を張ります」

 

 

孔時雨が車を出し、点となった車体の背中を譲は見送る。目の前の如何にもな雰囲気を醸し出す工場跡地に巣食う呪いから逃げ切った者達の証言が存在する。「幽霊だけではなく、そこには本物の人も居て、襲われた」と。最悪な想定はできれば外れていて欲しいが、1級相当の強力な呪霊と呪詛師が手を組んで跡地へ侵入した非術師を襲っているのならかなりシビアだ。

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

詠唱を唱えて黒の結界を展開し、工場跡地を丸ごと囲う。呪術に於いて最もスタンダードな結界術であり、難易度は低い。外部からの侵入を防ぎ、内部を視認できないようにする術だ。そして帳の効果は内部を夜間時のような闇に包み、呪いを炙り出す。敷地に侵入したとて群れて発生する呪霊の塊が十個点在するのみ、時間はかかるが譲は直に叩くことにした。

 

 

「呪力の位置がわかりやすくなって助かるよ」

 

 

模範解答を凝視しながら解く難関大学の受験のようなものだ。帳とはそれ程に重要な結界術、最寄りの呪力を頼りに建物と建物の間にうねうねと蠢く呪霊を発見し、自身の幽波紋(スタンド)である「錬金(アルケミア)」の手で薙ぎ払って現世から魂を解き放つ。その作業を繰り返し、廃工場の内部へと足を踏み入れる。砂埃が落下したままの静まり返った大きな広場に気配は一つ、他と比較しても一帯を縄張り(テリトリー)と言わんばかりの呪力が譲を威嚇する。

 

 

「ケけケガシナイイイイデエエエエエ」

 

 

砂埃を巻き上げ、拙い人語で喚く口のついた太い尾を振り回すのは大型のニホンザルの姿形をした呪霊。他の呪霊を寄せ付けない縄張り意識と呪力量、失踪者が多発する原因は明白だ。尾を伸ばして噛みつこうとしてくるのを譲はスクラップの塊に飛び込み、物陰で様子を窺う。覗き込むように頭上から呪霊の尾の先端の口が体液を垂らしながら突っ込んでくる。咄嗟にスクラップの一部を錬金して作り出したキューブ状のエネルギーで尾の口を塞ぎながら突き上げる。

 

 

「触れちゃあいけないッ!この体液には触れちゃあいけない『予感』で満ちているッ!」

 

 

地面を侵食した呪霊の唾液に嫌悪感を覚え、踏まないようにアルケミアで殴りかかる。エネルギーで塞いだはずの尾の口から唾液が漏れ出てアルケミアが被る寸前で引っ込める。距離を取って相手の出方を探るが、呪霊は両腕で周辺のスクラップを投擲する。耳障りな落下音と共に降ってくる鉄の塊を回避しているが、呪霊の尾を塞いでいたはずのエネルギーが時間切れで霧消する。今度はスクラップだけではなく、尾から唾液も発射してくるが着弾地点を予想して譲は躱す。

 

 

「キ–キキキ!ユカイタノシイネエエ」

 

 

「なッ…!ガラクタだったはずのゴミ山がひとりでに動いているッ!」

 

 

ぎょろぎょろと大きな充血した目玉を動かし、あたかもお歯黒のような不気味な色をした牙を剥き出して哄笑する呪霊。同時に幾多のスクラップが震え出し、2m程度の人型を形成する。ただの鉄屑だったはずが、呪霊の操り人形となってガシャガシャと金属音を立てながら譲に集団で襲いかかる。目測で五体、動作は遅いが単純なパワーであれば全員相手したとてアルケミアは捩じ伏せられるだろう。譲はポケットに隠し持っていたフックをアルケミアに錬金させ、気持ち大きめなフック型のエネルギーへと変化させて一体の人形の足を引っ掛ける。

 

 

「行いは返ってくる、そっくりそのままな」

 

 

フックのエネルギーで倒れた一体を起点に雪崩れのようにバランスを保てずに横たわる鉄の人形達をアルケミアによるラッシュで錬金し、それらは灰へ還る。譲の前方には特性をそのまま受け継いだ五体の人形を模ったエネルギーが出現し、呪霊へと突進する。呪霊は尾でそれらを薙ぎ払うが、譲は人形のエネルギーを踏み台に天井からぶら下がる赤く錆びた鎖を掴む。瞬間的に錆びた鎖を綺麗な新品同様の鎖へと錬金し、体重を支えられる程までに耐久度を上げる。思い切り引っ張って宙へ身を投げ出し、呪霊の顔面にアルケミアと共に飛び蹴りを直撃させて地面へ転がる。

 

 

******

 

 

錬金による圧力干渉が呪霊の顔面を中心に働き、疼痛が発生することでのたうち回って巨体による重量が揺れ動くことで廃工場内が揺れ動く。目に見える玉の埃がふわりと雪のように降り注ぐ中、譲は全身の皮膚が粟立つ殺気に背後を振り返る。何者かが駆け出す音までは鼓膜を撫でていたが、正体は定かではない。

 

 

「最近よお、まともに『衣食住』を確保するのも難しくなったよなあ〜〜〜ッ」

 

 

「…誰です?」

 

 

「なあ、まずは『共感』が他者間との好感度を上げる秘策だと思うのだが間違っているか?」

 

 

「ええ、普通の方が相手ならですけどね」

 

 

「悉く失礼だとは思わないか?自分で毒を口にしておいてよお〜〜〜ッ。欠落しているぞ、コミュニケーション能力、大事じゃあないか」

 

 

ニホンザルの呪霊は未だ暴れ回っている。体力と呪力を消耗している好機(チャンス)、呪霊の術式もはっきりとではないが大方探り終わった。叩くなら今だというのに、青髭が目立ち、距離が離れる吊り目の男から目を離す隙を与えられない。およそ三十代から四十代の男はボサボサの長い白髪に指を通すのも面倒そうに頭皮をガリガリと掻き毟り、変色して所々破れがかっている作業着のジッパーを解く。

 

 

「『健康で文化的な最低限度の生活』だったかァ?日本国憲法第四十……五じゃあなかっただろうか。ははっ、得意なんだよ日本史は」

 

 

「公民の間違いでしょう。それと憲法は二十五です」

 

 

「……気に入らないなあ、君。やっと手に入れた藁にもすがるような『衣食住』を荒らす無礼者、『共感』が秘策と言ったろうに…最近の若者に『対話』を求めた俺の間違いか。あァ…自己紹介がまだだった。俺は苦硪宏介(くがひろすけ)、35歳……残念ながらホームレス、覚えてもらうこともないか。呪霊諸共身包みを剥いで死んでもらうからなあ〜〜〜」

 

 

呪霊の復帰よりも先に男、苦硪宏介が仕掛けてきた。呪力操作による肉体強化で圧倒的な走行速度で間合いを詰め、呪力が走る手縫い針を譲の肉体へ叩きつけてくる。譲も呪力操作で強度を高め、ダメージを最小限に抑えながらアルケミアで爪先を苦硪の側頭部に伸ばす。首を傾けて避けた苦硪はアルケミアの胴体と譲の腹部に肘鉄、蹴りを浴びせて退かせる。まず間違いなく、1級相当の呪詛師…そして譲が相対した呪詛師の中でも群を抜き、強者。

 

 

「あんた…呪霊と仲間じゃあないんだな」

 

 

「ん?あァ、厄介なんだよ奴は。君と共倒れてくれるのが一番だが、それよりも優先すべきはマイホームを荒らす不届者を懲らしめてやることさ。そう、君のことだ」

 

 

苦硪が突き出す手縫い針が確実に急所を狙って防戦一方の譲は苦硪の武器の扱いや呪力操作の練度を間近で体感し、1級の猛者が何故こうも世間から埋もれてホームレスを貫くのか理解に苦しんでいた。相性はさて置き、呪霊と縄張り争いで小競り合いをしているのも不可解だった。

 

 

「君の式神は利便性に長けているが、持続もしにくければパワーも足りていない。そろそろ奴も調子に乗って立ち上がる頃合いだ。若く才のある君を処すのはエコではないがァ…終わらせようかなあ〜〜〜ッ」

 

 

「動かないッ!?いつの間にこんなことを、あんたの術式かッ!」

 

 

譲と苦硪の攻撃の応酬は長く続かなかった。アルケミアによる打撃もスタンド能力も命中しなければ効果を発揮することはない。苦硪はそれを術師としての勘で探り当て、捌いた末に呪力を込めた裏拳のカウンターで譲の顔面を強打する。鼻血を噴き出す譲は鮮血で地面の砂埃を固めるが、自らの肉体が微動だにしないことに焦燥感を覚える。

 

 

「手縫い針で“縫い付ける”ってのが俺の術式よ、簡単だろお〜〜〜ッ?」

 

 

「こんなにも高度な術式の運用…どうしてのさばるッ」

 

 

「若い君にはわからんことだろうが、飽き飽きする人生ってのはあると思うよ。脱力して違う人生を謳歌して自由に『脱力感』に身を預ける。俺のこれは悪くない選択なんだ」

 

 

苦硪の挙動を動体視力で捉えきれなかった。つまり譲が顔面に攻撃をもらった時点で手縫い針による術式で譲を封じたことになる。後方でズッシリと身を起こした呪霊の音に顔を顰める。同時に幾人もの足音が不規則に響き、アルケミアで様子を把握しようにもスタンド自体も体に縫い付けられていてコントロールが効かない。

 

 

「猿の呪霊の術式、君はわかるかい?」

 

 

「奴の体液を浴びた無生物を操る術式と考えているが…」

 

 

「残念、これがちょこおっと違うんだな〜〜〜ッ。正解は体液を浴びた物体を操る術式だ、奴の術式も簡単だよなあ〜〜〜ッ。呪力で死ぬ気で守らねえと一生人形だろうなあ〜〜〜ッ」

 

 

「まさか…失踪者は全て…『(ゾンビ)』のように既に手駒にッ!」

 

 

苦硪の術式で無抵抗の譲、そこへのろのろと近寄る夥しい量の跫音、たとえスタンド使いでも能力そのものの制御が効かなければ無駄だ。完全に苦硪が一枚上手、そして呪霊の秘策である屍の群勢からは逃れられない。末路はぐちゃぐちゃの肉片か、それとも体液を注入されることが条件であれば譲自身も屍になるのか。苦硪の術式が干渉しているせいか呪力もスタンドエネルギーも練り辛い。

 

 

「惜しかったなあ、金になりそうなもんは頂いておくからなあ」

 

 

苦硪は譲の体を服の上からべたべたと触り始め、財布やらスマホを抜き取る。屍の手が肩を掴み、不気味な唸り声と吐息が首筋にかかった。その時、轟音と共に廃工場の壁に大きな風穴が開いて入り込んだ風で吹き荒れる。屍は吹き飛び、反対側の壁や鉄筋に衝突する。苦硪と呪霊は目を腕で覆い、穴の方向に視線を向けるがそこには既に何者かが過ぎ去った後しかない。

 

 

「あの、大丈夫?」

 

 

声をかけられるまで誰一人としてその存在に気づくことはなかった。誰よりも優しい声音をしていたというのに全員に悪寒が走る。声の主はツンツン頭の黒髪、三白眼気味の瞳、細身で白い上着を纏う少年……ただ者ではない。譲の全細胞は警鐘を鳴らす。感覚は2週間前に邂逅した夏油傑に近似していた。日本へ渡って初めて冷や汗が止まらない。

 

 

「ごめんなさい、こんな時に!今、助けます!」

 

 

「あ、ありがとう。あなたは…?」

 

 

「僕は乙骨憂太(おっこつゆうた)。君と同じでここに派遣された。一人の予定だったんだけど、心細かったらよかった」

 

 

慌てふためく少年は呪力を流した刀で譲を切らずに譲の足と地面を接着する糸、そして譲とスタンドを繋ぐ糸を切り離した。譲は非公式の呪術師であるため、依頼を受けたのみ。乙骨は容姿を見ても正式に派遣された高専生だろう。しかし、その名は譲と苦硪を震撼させる。

 

 

「乙骨憂太だってえ!?冗談じゃあないッ!最近は呪術師ジョジョとやらも注目を浴びちゃあいるが、巷ではそれを凌ぐ脅威ッ!それが乙骨だろおお!!??」

 

 

「若くして日本国内で確認された四人目の特級術師、まさかここで相見えるなんてッ」

 

 

苦硪が対峙する二人こそが呪術師ジョジョと乙骨憂太なのだが、知る由もない。しかし、特級術師が味方として助っ人に加わるのなら幸先のいい誤算だ。乙骨は柄を両腕で握り、刀身を頭部の位置まで上げて呪霊と苦硪を交互に確認した上で落ち着いた状態で譲に尋ねた。

 

 

「呪詛師と呪霊、僕はどっちを叩けばいいかな」

 

 

「俺の術式では苦硪……男の方の術式による手縫い針で縫い付けられるから相性が悪い。呪霊の方は体液を浴びせた物体を非生物だろうと生物だろうと屍として操る。客観的に見て、俺は苦硪には勝てません」

 

 

「わかった。じゃあ、僕が苦硪をやるよ。上手くいかなかったらごめんね」

 

 

「全力でフォローします。臨機応変にッ!」

 

 

初動の走り出し、勢い余った上での刀の一振りがズシリと苦硪の手縫い針に響く。手縫い針を解除した苦硪は前傾姿勢になった乙骨の頭部に回し蹴りを浴びせ、再度手元に呼び起こした手縫い針で肩口を貫こうとする。乙骨はそれを刀で弾き、頭を少し押さえながら柄の先端で数回だけ苦硪の腕を殴り飛ばし、足裏で苦硪の胴体を汚れた作業着ごと蹴破る。

 

 

「おいおい…俺の術式使う隙、あるのかね」

 

 

「聞く限り、術式を使われたらきついですから。その……僕だって命まで取るつもりなんてないんです。高専以外の術師のことなんてわかりませんから」

 

 

「バカでかい呪力量…マイホームとはおさらばだなあ〜〜〜ッ、どう凌ぐか考えなくちゃあいけない」

 

 

苦硪の済ました余裕顔や愉快な雑談は特級を前にして消失する。苦硪にとっての最大のアドバンテージは重ねた年齢由来の経験値、乙骨との勝負との勝敗の分け目は出し抜き、逃走完了を果たすことである。

 

 

******

 

 

目覚めた呪霊の猛攻、尾で叩き折った鉄筋を武器にして譲へ叩きつけてくる。後方へ跳躍して砂地に引き摺られた靴の跡が残り、周囲の屍をアルケミアの打撃の連打で薙ぎ倒す。苦硪の術式で地面に繋ぎ止められていた時とは異なって軽快に屍を拳、足で殴り飛ばす。

 

 

「猿ってのは動物界でも知能が高い方らしいが、そろそろ俺の能力もバレてきたか」

 

 

呪霊は遠距離からスクラップや鉄筋を投擲し、屍に譲を襲わせるのみ。彼のスタンドによる打撃が致命打となることを先の戦闘で理解していた。しかし、このままでは互いにジリ貧。

 

 

「ただ猿だって知能に限界があるから、持ち前の運動能力で欠点を補っている。知能で人様に勝とうだなんて無駄でしかないんだ、無駄無駄」

 

 

呪霊は不思議がっている。やはり譲のスタンド攻撃によって傀儡としていた人間の屍は機能を停止してしまったのだろうか、と。明らかに譲に纏わりつく屍の数が激減した。寝そべっている者の方が多く、指示を出しても従属する気配すらない。術式の制御下から外れたような———

 

 

「人間も呪霊も《錬金》は働かない。それが俺のアルケミアの弱点であり、強みでもあった。しかし、だ…人間の理から外れた人間の形をした屍ってのは本当に漫画や映画の屍のように命を弄ばれているのか?単に術式で操られているだけじゃあないのかッ」

 

 

呪霊の理解が遥かに遅れたが、譲の言動を全て解読せずとも自然とわからされる。呪霊の術式下にあった屍達は今、譲のアルケミアによって《錬金》されたのだ。イメージで屍を架空のゾンビとして扱った譲は呪霊の術式の(ルール)ごと塗り替えた。屍から通常の人間に《錬金》した。人間を錬金することは不可能でも人間の形をした異形であれば錬金は可能。

 

 

「俺は『賭け』に出たんだ。俺ですら未知の使い方、アルケミアによる錬金で人間へと逆行させる荒療治。肝を冷やしながらではあったけど、呪霊(お前)を倒して術式効果を消すのと変わらないと思った。よかったよ、元の人間の状態を想像できないくらいに損傷しているゾンビのタイプなら治せなかった」

 

 

譲も未知の領域、アルケミアの《錬金》を応用して編み出した屍からの蘇生術。厳密に言えば、呪霊の術式効果を塗り替えたのみ。譲は屍だったはずの人間の呼吸と鼓動を確かめ、実験兼治療は成功したのだとガッツポーズを呪霊に見せつける。

 

 

「タタタノシシシシィィィ」

 

 

「どうせ暴れて無抵抗の人間を喰い殺すだろうな。わかっていたことだ…俺よりも憂太君に賭けるッ!」

 

 

「臨機応変、だね。呪詛師も呪霊も油断してくれるといいな」

 

 

譲のスタンド能力は呪霊に警戒されているため、不用意に接近すれば治した一般人でさえも簡単に人質または食料として喰われる。乙骨は苦硪からターゲットを呪霊に変更し、捨て鉢になっている呪霊が暴れる前に懐へ入り込んで刀で切り刻む。紫色の血液は被らぬようにバックステップで回避して肉塊となった呪霊が滅び始めたのを一瞥してから苦硪の元へ駆け出す。

 

 

******

 

 

選手交代、苦硪へ差し迫る間に屍として居残り続ける人々を錬金で救済する。苦硪へ豪快に飛び掛かり、アルケミアでラッシュを繰り出すが全て見切られた上に手縫い針が腹部を浅く刺入する。それを真上から叩き折ろうとするが、自在に消して反対の手に渡った手縫い針が今度はアルケミアの腕を狙う。

 

 

「驚いたよ、君がこんなにも無茶な戦い方をするだなんてなあ〜〜〜ッ」

 

 

「今日が初対面でしょう。わかった気になるのはやめた方がいい」

 

 

アルケミアを即座に引っ込め、代わりに呪力を滾らせた拳で苦硪の手縫い針を持つ腕を殴る。アルケミアの足のみを顕現、後方の地面を蹴ってもらうことで速度をつけたまま呪力を込めた徒手空拳で苦硪を壁へ追い遣る。譲は鉄屑に埋もれている一本の鉄パイプを引き出し、片手でそれをくるくると巧みに回す。そちらに視線を向けさせた上で上着のポケットからネジを複数個だけ宙へ弾き、アルケミアによる錬金で発生した象られたエネルギー弾を射出する。

 

 

「式神による攻撃を部分的に活用して俺を劣勢に追い込んでいる…こりゃあ、将来化けちゃうあッ!!」

 

 

「ッ!アルケミア、お前だけでも戦うんだ!鉄パイプを《錬金》しろッ!!」

 

 

壁に穴が幾つも作られただけで、回り込んでいた苦硪は譲を蹴飛ばして手縫い針で壁へ縫い付けた。手から落下した鉄パイプを錬金して射程距離5mという制限下で棒状のエネルギーで苦硪の顎先を突いて掠める。苦硪はアルケミアの射程距離を学んでいたが、5mという限界ギリギリで棒状のエネルギーを投げ飛ばして手縫い針を宙へ弾く。

 

 

「ありがとう、君のおかげだよ」

 

 

「乙骨……ッ!?そんな……ウゴおッ…」

 

 

苦硪は手縫い針を戻す時間も与えられず、鞘に収まる乙骨の刀が鳩尾に食い込んで意識を飛ばした。術式が解けたのか譲は壁から外れて荒くなった息と心拍を整え、苦硪から自身の財布とスマホを取り返す。しかし、視界の端で蠢く呪霊の肉塊に違和感を覚える。乙骨は正確に刀の斬撃で仕留めたはずだった。消滅するはずの肉塊は元の大型ニホンザルよりも歪んだ形に成し、白濁に膿みが流れ落ちる目と濁った体液を垂れ流す呪霊へと変貌を遂げる。

 

 

「奴は自らも屍にしたのか…!呪霊として祓われたというのに術式で我を失って一人歩きしているッ!」

 

 

呪霊は祓われていたが呪霊の肉体は術式で暴走する。血液や唾液を撒き散らし、突進してくる呪霊はこちらの都合などお構いなしに闘牛の如く攻撃してくる。尾を無理矢理振り回し、体液を飛散させるだけでも脅威であることは間違いない。必ずここで潰さなければ最悪、ゾンビのクラスターになってバイオハザードが実現しかねない。

 

 

「俺が奴を拘束するので、憂太君は奴の体液に触れずに祓ってください!」

 

 

「斬るだけでもいけるかな……これ」

 

 

「いや、俺の術式なら多分戻せるはずだ」

 

 

「僕が囮になるからその間にお願い!」

 

 

頷いた譲はアルケミアの跳躍で飛び上がり、吊り下がる鎖を《錬金》する。乙骨は呪霊を引き付けて回避に徹している間に譲が鎖を具現化したエネルギーで呪霊の肉体を縛り付ける。頭上目掛けて振り下ろしたアルケミアの拳が炸裂し、呪霊の肉体から術式効果を剥奪して元の肉塊に戻す。呪霊は既に呪霊ではなく、屍であると解釈した譲のイメージの勝利。

 

 

「やった……知略による勝利ッ」

 

 

「あ、あれ……呪詛師がいなくなってる!」

 

 

「……メルダ(ちくしょう)ッ…混乱を利用して逃げられた。苦硪には敗北した」

 

 

廃工場の主である呪霊を排除することには成功したが、そこに住まう呪詛師は取り逃した。乙骨と譲の経験不足が招いたことではあるが、まずは二人の無事を讃えることにした。

 

 

******

 

 

乙骨は譲の素性を知り得ることを条件に高専引いては呪術総監部に譲の件を報告しないことを約束した。呪術師ジョジョが譲であることに心底驚いていた様子だった。譲も本名まで名乗るのはリスクが高いかと内心悩んでいたが、特級の乙骨であれば総監部の意向に縛られることはないだろうと判断した。

 

 

「金城君はすごいなあ。一人で戦い抜いているなんて、廃工場の呪霊も殆ど居なかったのも君のおかげだったんだね」

 

 

「…一人ではどうしようもない時もあります。さっきみたいにね」

 

 

「僕も助かったよ。一人で任務だなんてまだ怖くって。やっと最近、動けるようになってきたばかりだから」

 

 

気さくな人というか絡みやすい性格の乙骨ではあるが、本音は言えない。かなり悍ましい呪力の質と量、はっきり言って並の術師では相手にはならない。気配を探らせない程の最高速度、とてつもない威力を誇る乙骨の発言に本当かどうか疑わしいほどのそれだけの実力差がある。

 

 

「金城君はこれからどうするの?」

 

 

「これから、ですか。今まで通りに呪術師を続けていくだけです」

 

 

「一緒に戦ってわかったんだ。君とも力を合わせられたらきっと心強いだろうなって」

 

 

「…言いたいことはなんですか、つまり」

 

 

「……高専に来ない?詳しいことはわからないけど、今の状態ってその…金城君はいつか危なくなるんじゃないかなって」

 

 

その選択肢も頭にないわけではない。ただ自らで「選択」して決めたい、ただそれだけで頑固な思考がきっと邪魔している。呪いと対峙してその分だけ成長を実感しているが、譲自身もそのやり方では呪術師としての彼の「価値」を「証明」し切れぬまま「信用」も得られなくなるかもしれないと危惧していた。

 

 

「折角のお誘いですが、今はお断りします」

 

 

「寂しいけど、強制はできないよね。ごめん」

 

 

「いえ、あなたほどの術師と共闘できた。それだけで俺のこれまでの旅路は無駄ではないと『証明』できる。呪術師ジョジョとして呪いを祓う、その躍動はいつか必ず身を結ぶためにある時間だと見つめ直せた」

 

 

「また会えるといいなって僕は思う。僕にとっても君と出会えたことが思い出になったから」

 

 

乙骨憂太と金城譲は互いに強い強振を生み出した。影響し合い、刺激し合う心地良い関係…それさえも今は跳ね除けて譲は笑いかけ、握手を交わしてから背を向けた。呪いとの垣根を取り払う渦中で育成する自身の成長を痛感することに意味がある。今回の依頼は成功ではなく、呪詛師を捕縛することもできずに見失ったという失敗だ。刻まれた初めての失敗。

 

 

「これは『前進』だ。未来を切り拓き、『信用』への第一歩となる一部が『前進』だ」

 

 

失敗を経て、金城譲は未だ前へ———!!

 

 

******

 

 

《パラメータ》

 

【術式名】       【術者】

不明(物体の屍化)  ニホンザル呪霊

 

等級-1級呪霊

_______

 

【術式名】     【術者】

不明(縫い付け) 苦硪宏介

 

等級-1級呪詛師

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