運命の錬金   作:天野河

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第14話 百鬼夜行・終曲

2017年、12月24日の日没。東京新宿、京都にてそれぞれ千の呪いが放たれる。一般人を避難させた後に五条悟、夜蛾正道を含んだ術師達が新宿へ急行し、迎え討つ。幾多の呪霊が跋扈し、新宿と京都で戦力を分断された術師は周囲を大きく包囲されている。

 

 

「建物、インフラの破壊は可能な限り避けろ。逃げ遅れた一般人がいる可能性もある。見つけ次第、避難させろ!聞いているのか、悟!」

 

 

「一人、面倒臭そうな奴がいるな」

 

 

声を張り上げて術師に指示を出す夜蛾は遠方のビルの上を見上げたままの五条を呼びかける。右から左に話を流した五条は目元の包帯越しに面倒だと評価した対象をじっと視察する。月明かりに照らされた黒い暗雲の真下に佇み、同様に五条をサングラス越しに注視したのはケニア出身の呪詛師、ミゲル・オドゥオール。

 

 

「成程、アノ包帯(五条悟)カ」

 

 

「えぇ、他は私たちで引き受けます。何度も言いますが…」

 

 

「分カッテル。俺ラハ足止メデショ。ノラリクラリ、夏油ノ仕事ガ終ワルマデ遊ビマショ」

 

 

白いケープを首から棚引かせる菅田真奈美(すだまなみ)に釘を刺されたミゲル。彼らの目的は夏油傑が高専に密かに出向き、乙骨憂太を殺害して特級過呪怨霊・祈本里香の主導権を握り、形勢を逆転することである。接敵間もないというのに戦況は不利、呪術界と全面戦争に近い呪い合い。ミゲル達は時間を稼ぎ、術師に夏油の居所を知られぬようにすることが第一にすべきことだ。

 

 

「五条さん!報告が……。どうかされました?」

 

 

「いや……(あの目立ちたがり(夏油傑)が前線に出てこない?京都の方か?なら何かしら連絡があるだろ)」

 

 

顎先に手を当てて思考を回すがいまいちピンと来た解答は見つからない。補助監督の伊地知潔高(いじちきよたか)が慌てて駆け寄ってきた件についても聞きたいところなので、一度そちらに耳を傾けることにする。

 

 

「こんな時にはと思いますが、早い方が良いかと。以前、調査を依頼された乙骨君の件です」

 

 

伊地知の報告を聞いた途端にモヤがかかっていた脳内が晴れ渡った。すぐに東京都立呪術高等専門学校の1年生であるパンダと狗巻棘(いぬまきとげ)の元へ早歩きで出向き、首根っこ掴んで質問すら禁止して呪術高専東京校に転送する旨を伝えた。高専に待機する乙骨、禪院真希(ぜんいんまき)を付け狙う夏油の目論見に勘付いた五条は二人の足元に結界の円を作り、死守しろと命じて自身の両手を組んでそれを閉じた途端に二人は高専へ飛んだ。

 

 

「まさか…気づかれた!?」

 

 

「ダカラ影武者ノ一人デモ用意シテオケバト」

 

 

「下手なダミーは逆効果、夏油様がおっしゃってたでしょ。美々子、菜々子!予定を繰り上げます、開戦よ」

 

 

五条の行動を目にした真奈美は即座に無線通信機器のインカムで指示を出す。暗がりでスマホを操作し、人工的な明かりに照らされる枷場菜々子(はさばななこ)、首に縄を巻いたてるてる坊主のような桃色のぬいぐるみを抱き抱える枷場美々子(はさばみみこ)が複数の目を持ち、牙が生え揃う呪霊の口内から登場する。

 

 

「待ってましたぁ!」

 

 

「美音ちゃんがいないのは悲しい……」

 

 

「……いいの、美音っちが居なくたって私らだけでやれるし!私らは私らのやれることをするだけ、夏油様のために!そうでしょ、美々子」

 

 

「美音ちゃんは私たちとは違う暗がりを抜け出す道を進んだだけ。そうだよね、菜々子」

 

 

百鬼夜行に参戦しなかった美音の将来への決断を彼女らは聞いている。その上で衝突するのならば敵として相対するのみ、致し方なし。美音の行方は不明、彼女とは既に別れを済ませた。冬の凍てつくような風が髪を撫でる。

 

 

「アンタノ相手ハ、俺ダヨ。特級!」

 

 

「悪いけど、今忙しいんだ」

 

 

不気味な音を奏でる風が吹き荒れる、ビルの頂上でミゲルは無数の編み込まれた縄・黒縄(こくじょう)と呼称される呪具を握り締めて“最強”を見下ろす。包帯を掴んで引っ張った五条はドスの効いた低い声で振り返り、包帯の隙間からは煌びやかに光る碧眼で睨め付ける。

 

 

******

 

 

百鬼夜行開戦、同刻…夏油一派に所属していたはずの鈴原美音(すずはらみおと)は路頭に迷い、東京から離れた森林を傷だらけのまま枝木を掻き分けるように走っていた。地面から盛り上がった太い気の根っこが道を不安定にし、何度も転倒しそうになっては擦り傷を増やす。

 

 

「この傷は迷いに迷った自分への『戒め』…ッ!決断を迫る自分自身の『意思』の現れッ!」

 

 

呪術師として夏油を討ち倒すと決めてから初めて出会った呪術師のバディ、金城譲(かねしろゆずる)が嘗てそうしたように美音は自らに言い聞かせる。譲はもっと自信に満ちた発言や宣言だったと皮肉めいた言い回しを胸中で呟き、自身を揶揄する。

 

 

「自分は…ついて行かなかった。誰にだってついて行けなかった。誰よりも『覚悟』が足りていなかった…呪術師にも呪詛師にもなり切れていない!!」

 

 

まるでピエロだと自らを自らで嘲笑する。あれだけ憎むべき対象であった夏油傑に挑戦することもせずに懐柔され、あろうことか「家族」の一員に加えられただけの環境に居心地の良さを感じて満足していた。悔やんでも悔やみ切れず、半端な自分を呪った。美音は百鬼夜行に参戦もせず、かと言って高専側に寝返ることもしなかった。この戦争に加担したくない。彼女には呪術師と呪詛師の関係を学習するよりも人を手に掛ける行為そのものの『覚悟』を身につけていなかった。

 

 

「自分は逃げた。この目でまた人生を閉ざされ、ぐちゃぐちゃにされる人をもう見たくなかった…!」

 

 

誰だって聞いていない独白、耳を傾ける者すらこの森林にはいない。ならず者である呪詛師に勝利しても命まで取ろうとは思えず、如何なる理由があっても躊躇していただろうと『覚悟』の甘さを知る日々に美音は精神が憔悴していた。金城譲から時折り垣間見る無慈悲さ、未成年である譲を始末しようと躍起になって襲撃するスタンド使いの残忍さ、フィリオ・ピアッツィを手に掛けて非術師を蔑む夏油傑の冷酷さ、その一派の夏油への心酔具合、それぞれに理由が存在していることを理解しつつも美音はそれらを演じることすら叶わなかった。

 

 

「パパ、ママ……」

 

 

彼女は優しい女子高生のままであった。いつまでも未熟のまま日常に溶け込むつもりだったはずの高校生。生まれ育った街、東京都大田区へ緑地から転がるように帰郷する。美音は何も成し遂げることができなかったが、それでも肉親である「家族」に一言でも報告したかった。以前のように振る舞えるように話題を振って家族団欒に会話を弾ませたかった。夢想を追い求め、現実を突きつけられてギャップというナイフが突き刺さろうとも悄気る気はなかった。帰宅ラッシュ手前のため、人の波は少なく思い出深い街並みと自宅へ辿り着くのは苦ではなかった。その間、新宿へ集中する呪力の濃さや不穏な空の色がここまで伝わる。

 

 

「ただいま」

 

 

数ヶ月も留守にしていた自宅、そこそこ広い敷地に一軒家だったが人が住まう気配や物音は耳を澄ませても聞こえてこない。程良い緊張で鼓動が若干うるさくなりつつも鍵を取り出す。鍵穴に差し込んだ鍵が、少しだけ固く感じられた。ゆっくりと回すと乾いた音が空気に散った。扉に手を掛けた指先に伝わるヒンヤリとした冷たさは外気のせいだけではない気がした。扉を引くと蝶番が長い沈黙を破るように低く鳴いた。僅かに開いた隙間から動かない空気が流れ出てくる。埃の匂いとどこか懐かしい生活の残り香が混じっているが、玄関に足を踏み入れる。リビングは皺になった紙が散乱し、家具も殆どすっからかんだった。壁にかけられたままのカレンダーは家出をした少し後まで進んだ日付で止まっていた。

 

 

「ただいま」

 

 

もう一度、口に出してからその言葉がどこにも届かないことに気づく。返事はない。奥の部屋や階段の上から聞こえていたはずの生活音も、笑い声ももうここにはない。床板が足の重さに軋む。嘗ては誰かの気配で満ちていた空間が今はただ空白として広がっている。カーテンの隙間から差し込む光が、静かに部屋を照らしていた。時間だけが先に進み、ここだけが取り残されたようだった。暫く立ち尽くしたまま息を吐く。胸の奥に溜まっていた何かがゆっくりとほどけていくようで、同時にどうしようもない空洞が広がっていく。帰ってきたはずなのにもう帰る場所ではないことだけが、はっきりと分かっていた。

 

 

「話したいな…会いたいな」

 

 

肉親にすら会うことが許されないのか、これが呪いというものなのかと自問自答を繰り返す。何処にも「居場所」はなくなった。夏油一派という「家族」も美音の「覚悟」の薄っぺらさが拒絶を示してしまった。もう帰ることはできないと決め付け、家族としての「居場所」を本能的な欲求に従順になって渇望していたが全て自分の意思で捨てていたことに気づく。その時、唯一残っていた幼少期から大切に使っていたテーブルの隅に手書きの付箋が貼ってあることに違和感を覚えた。

 

 

『美音へ

 

連絡できる勇気がなくてごめんなさい、置き手紙にしました。ごめんね。今、精神病棟にいます。家は無くならないことになりました。親切な誰かが金銭的な援助をしてくれて助かりました。住所を書いておくのでもしこれを見つけて、会いたいと思ってくれる日が来たら面会に来てください。都合がいいと思われるかもしれないけど、ママとパパはいつまでも美音を愛しています。

 

ママとパパより』

 

 

以前とは比べ物にならないくらいの字の汚さだけれど、両親が希望の兆しに向かって回復しつつあるのに涙が頬を伝う。勇気が足りていなかったのは美音自身もだった。「家族」を求めていたくせに唯一の肉親に連絡するためにスマホの液晶に指を滑らせることも難しかった。付箋の裏には住所が記載されており、それを剥ぎ取ってショートジャケットの内ポケットに突っ込む。援助をした人物に見当は付いていた。

 

 

「最後にあんたと会って話を絶対してやるから」

 

 

その人物の名はスマホの連絡先に登録されており、液晶に映された文字を指でタップしてメッセージを送信する。美音は自室のクローゼット内に収納されたハンガーに掛けられたフルジップパーカーを引き取り、絆創膏を貼った後の自身の体に羽織る。部屋を見渡して戸締りをしてから意を決して家を飛び出し、スマホで駅やバスの運行情報を調べながら歩み出す。

 

 

******

 

 

呪術高専東京校に来襲した夏油により、禪院真希、馳せ参じた狗巻棘、パンダは健闘したものの深手を負って再起不能となった。友人がズタズタの滅多打ちにされ、広がる二人の血に零れ落ちているパンダの綿に染み込む。事が済んだ戦場に刀を握って立ち尽くす乙骨は激怒を露わにして指輪を媒介にした特級過呪怨霊・祈本里香の二度目の完全顕現を果たし、夏油と正面衝突を開始する。互いに殺意を剥き出し、真の呪い合いへの火蓋が切られた。一方、新宿では数多の術師と呪霊の戦闘で粉塵が生じる乱戦になっていた。

 

 

「はあッ!!」

 

 

縫うように駆け抜けた目の部分に穴が空いた黒マスクの男、猪野琢真(いのたくま)が巨体を誇るナメクジ呪霊の猛攻を掻い潜って腕の振り下ろし攻撃を避けてそこへ飛び乗る。同様に腕を戦場にしてきた複数の呪霊を呪力を込めた打撃で祓い、跳躍と同時に彼の生得術式である《来訪瑞獣(らいほうずいじゅう)》を発動、ドリルの形状をした中距離ホーミング弾・『獬豸(カイチ)』を炸裂させ、脳天から粉砕する。薄緑色の体液が滝のように流れ落ち、猪野はマスクを眉毛の上まで脱いで一息つく。

 

 

七海(ななみ)さぁーん、なんで京都なんすか。俺の活躍、見て欲しかったのに」

 

 

「うるせえ!ブツクサ言ってねぇで戦え!まだまだ来るぞ!」

 

 

「ああ…メンドクセー」

 

 

先輩であり、尊敬する1級呪術師の七海建人(ななみけんと)が京都の百鬼夜行戦に配属されたことに不服を垂れる。茶色のコートが似合う男、日下部篤也(くさかべあつや)が刀で応戦し、呪霊を切り払いながら猪野に喝を入れていた。猪野は七海が不在のため、あまり気合を入れずに呪霊掃討に駆り出されている。

 

 

「ふぅ…これで五十体、撃破数のインセンティブはクリア。満額ボーナス目指してもう少し働こうかな…」

 

 

不敵な笑みを浮かべる後ろ髪と同じ位の長い前髪を三つ編みにし、前へ垂らす1級呪術師、冥冥(めいめい)は巨大な斧を振り回して軽々と呪霊を切り飛ばし、その足で蹴り飛ばして空中に舞う。きっかり50体の呪霊を祓って尚も戦闘意欲を乱されないのは彼女が守銭奴故のもの。金払いさえ良好であれば冥冥は身を粉にしようと働く優秀な術師となる。

 

 

「わ、わあーーッ!なんだこの強さッ!!」

 

 

「まずい!呪霊の数も多すぎる!」

 

 

100m先からの悲鳴、日下部と猪野、冥冥は術師達の緊急事態と直様悟って呪力操作による身体能力向上に神経を注ぎ込んで疾走。筋骨隆々の3m級の人型呪霊が四体、大型の四足獣呪霊が三体と術師の肉体を容易く粉々にして貪ろうとしていた。三人の足でも救助が間に合わないかと思われた時、エンジン音が木霊し、甲高いスリップ音と共に人型呪霊を撥ねるのは紫に赤い炎がペイントされたバイク、型はYZF-R3 ABS。サドルから降り立つのは———

 

 

「間に合ったみたいですね。猪野さん」

 

 

「お前は…ジョジョ!!来てくれたのか!」

 

 

「なにぃ!?ジョジョだって?最近有名なお騒がせ野郎がそこのガキっちゅーことか!」

 

 

ヘルメットを脱いでハンドルに掛ける少年は金城譲、猪野は譲の急な参戦に思わずその正体である呪術師『ジョジョ』の名を口走る。厚めのバイク用グローブを脱ぎ捨てるかのように彼の幽波紋(スタンド)能力で錬金され、巨大な手が二つ現れる。譲が両手を突き出すのと合わせて手型のエネルギーが人型呪霊を二体握り、地面へ勢いよく打ち付けて転がす。そのまま襲われていた他の術師達を手型のエネルギーで引き寄せて猪野達に預け、その巨大な拳で四足獣の呪霊を殴り飛ばして寄せ付けない。

 

 

『無駄ッ!』

 

 

手のエネルギーが消滅すると飛び掛かる呪霊達を遇らいながらポケットから取り出したナイフを錬金する。スタンド、『錬金(アルケミア)』によって刺突のエネルギーに変換され、投げ付けることで人型呪霊の頭部を貫通して祓う。余った一体の人型呪霊にアルケミアの高蹴りを直撃、そのまま蹴りの連打で削り取って滅ぼした。

 

 

「おじさん、ちょっと借りますよ」

 

 

「な!おいッ!なんて失礼なガキだ」

 

 

日下部篤也は禁煙中、しかし物思いに耽ってしまうこともあるため懐かしさを味わうためにライターを携帯していた。間髪入れない四足獣呪霊の踏み荒らすような攻撃にバック転で退いた譲はコートに染みた僅かなタバコ臭さを嗅ぎ取り、そのライターを摘み出す。譲のイメージでライターは火のエネルギーに錬金され、四足獣呪霊を一気に焼き払う。付近のビル内に走り出して窓を蹴破るとその破片を錬金し、手裏剣の如く鋭利になった円盤状のエネルギーを投擲して四足獣呪霊の肉体を足から切り落とす。

 

 

「君が噂のジョジョ、まだ若いね」

 

 

「お姉さんも若く見えますよ」

 

 

「褒め言葉として素直に受け取っておくよ。果たして君を呪術総監部に売ればどれだけの金になるのか、試してみてもいいけどね。ふふ」

 

 

「正体を隠すのは今更無駄だが、はっきりと言おうか。あなたのその行動はもっと無駄だ」

 

 

冥冥であれば譲を力付くで呪術総監部に引き渡すことも可能だろうが、譲の萎縮すらしない「覚悟」の決まり切った眼光と自信に溢れた言動に斧に手を掛けたまま止めた。まだ生存していた四足獣呪霊の一体が突進してくるが、通知音と共に震えたスマホを片手にビルの中に設置されていた消化器をアルケミアへ運ばせる。譲の微量の呪力を込めたそれを至近距離でぶん投げると呪霊の肉体は粉微塵になり、燃え盛る炎は投げ込まれた消化器によって鎮火する。錬金が作用し、消化のエネルギーが働いたのだ。

 

 

「急用ができました。助太刀は終わりにしましょう」

 

 

「ジョジョ!悪い…思わず喋っちまって」

 

 

「猪野さん。いずれバレるだろうし、墓まで持っていくわけでもないんだ。それと例の件、頼むことになりそうなのでよろしくお願いします」

 

 

申し訳なさそうに謝罪してきた猪野を前に笑顔で接する譲は予備のグローブを手に嵌め込み、電話番号を猪野に聞いて連絡先に登録した。ヘルメットを被り、横目で彼らを見つつもバイクを発進させて新宿を後にする。譲にはまだやらなければならないことが残っている。

 

 

******

 

 

戦いの末、乙骨が自身を生贄にした呪力の制限解除により、夏油の所有する特級呪霊一体及び数千体の呪霊の呪いを束ねた極ノ番「うずまき」を撃ち破る程の呪力の指向放出を解放。建物を破壊し、地面を大きく抉るほどの呪力に敗北を喫した夏油は右肩より先を欠損、顔面の一部も焼け焦げていた。

 

 

「遅かったじゃないか、悟。君で詰むとはな、私の家族達は無事かい?」

 

 

「揃いも揃って逃げ果せたよ。京都の方もお前の指示だろ?」

 

 

「まぁね、君と違って私は優しいんだ。あの二人(狗巻棘とパンダ)を私にやられる前提で送り込んだな、乙骨の起爆剤として」

 

 

「そこは信用した。お前のような主義の人間は若い術師を理由もなく殺さないと」

 

 

「ふっ…信用か。まだ私にそんなものを残していたのか」

 

 

ミゲルを圧倒し、撤退に追い込んだ五条は瀕死の夏油をその碧眼で見下ろす。「信用」の単語に夏油は高専時代の思い出を脳裏に呼び起こし、3年間の青い春が駆け巡る。背中を預ける路地裏の壁もゴツゴツとした敷き詰められた石板の冷感に肉体が滲みる。

 

 

これ(学生証)、返しといてくれ」

 

 

「……何か言い残すことはあるか?」

 

 

「最期に頼みを聞いてくれないか」

 

 

「なんだよ、呪いか」

 

 

「………鈴原美音という子…そして金城譲という術師を気にかけてやって欲しい。頼らせてやってくれないか」

 

 

乙骨の学生証と共に夏油の頼みを心で引き受けた五条は前者は耳にすら入れたことはなかったが、自身の調べで呪術師ジョジョが金城譲であることに辿り着いていた。その名が夏油の口から語られ、尚且つ気を回せと懇願されて頷く他なかった。

 

 

「誰がなんと言おうと非術師(猿共)は嫌いだ。でも…別に高専の連中まで憎かったわけじゃない。ただ、この世界では私は心の底から笑えなかった」

 

 

「傑…———」

 

 

「ふっ…最期くらい呪いの言葉を吐けよ」

 

 

夏油の思想や思考は常識を逸脱していたが、五条はその最期まで親友として寄り添った。命を燃やし尽くす夏油の魂に残存することとなる五条の一言は決して誰も知ることはなく、二人の間にだけこびりつく。呪詛師として生を貫いた夏油に五条自らの手で引導を渡す。

 

 

******

 

 

百鬼夜行・閉幕——朝方手前、田舎道にポツンと佇むおでんの屋台、そこへ暖簾を潜って無言で席に着く二人の少年少女が座る距離にはぎこちなさがある。それぞれ食べたいおでんの具を大将に伝え、最後に付け加えるように注文した「厚焼き」のみ二人で揃う。

 

 

「………元気だった?」

 

 

「うん。そっちは?」

 

 

「うーん……元気、ではないかも」

 

 

出迎えたおでんの具と香り引き立つ汁が満たされる器を前に割り箸を分断、顔を見合わせることなく二人は箸で摘んだ具材を口へ運ぶ。食べ勧めている間だけは静寂が許される気がして言い訳をするように熱々のおでんに浸っていた。

 

 

「自分ね、どっちにも味方できなかった。きっと中途半端だったから。どちらかを選ぶことなんてできなかった。あんた達みたいに『覚悟』ってのが足りてなかったのよ」

 

 

「『覚悟』とはそう易々と養えるものでもない。だけれど俺は君に『覚悟』が無いとは思わない。『覚悟』が示す道は君に『選択』を与えた。『選択』を与えられた君は呪術師になり、夏油の元へ旅立った」

 

 

「…だったら今の自分はなんなのよ。うじうじして何も成し遂げられなくて、どっちつかず。あんたが言う『選択』を放棄したただの腑抜けた奴でしょ」

 

 

「それも君の『選択』だろ。『答え』というゴールを見据えた『選択』であれば迷うことだって『選択』だ。ゴールがわからなくなったのならそれを探し求める旅に出たっていいんだ。違うゴールだって見つけたっていい」

 

 

少年は少女を強く「信用」していた。既に彼は何度もその観察眼で刮目していたからだった。彼女の勇気、決断、その末の迷走を今ここで。それこそが「証明」になり、一語一句即ち微細な言葉の断片に至るまでの全てを少年は間違えることなく本音と持論を突き付ける。

 

 

「あんたに話してなかったな…自分が呪術師になった理由は家族や環境を夏油に壊されたから。寝返ったわけじゃあなくて、討つつもりだったの」

 

 

「復讐、か」

 

 

「でもね、感情移入しちゃった。バカみたい。本当の家族から離れてまでやり遂げようとしたことが、偽の家族の一員として迎え入れられて幸せを味わってしまってそれで満足しようとしてたの。甘くて情が湧く自分が許せない。独り善がりで『家族』という『居場所』に縋っていただけなんだと思う」

 

 

「『家族』やその概念である『居場所』を失った君がそれを求めて過ちを作るのは間違いじゃあない。そして君は夏油以外を手に掛けようとしなかった優しい人だ。偽とはいえ家族だから君は幸せだったのか、それともその人たち自体が好きになっていたのか…どちらなんだ?」

 

 

『君がどのような選択を取ろうと私達は家族だ、ずっとね』

 

 

少年は尚も肯定した。サラッと明かした少女の過去を受け入れた上での肯定、最後の問い掛けで美音は目を見開いてハッとする。家族という形体に満足していたわけではなく、少女は家族として受け入れてくれる寛大さを持ち、偏見なく関わってくれる夏油一派が大好きになっていた。生前、夏油から贈られた言の葉は強く心に刻まれていた。

 

 

「………夏油は死んじゃったの?」

 

 

「勝利したのは乙骨憂太らしい。死亡も確認された」

 

 

「…そっか。腑に落ちないけど、自分はあの人たち自体が好きになってたんだ。そんな人たちを自分の手で壊そうと決断することも怖かった」

 

 

「俺たちはこれまでの冒険で多くを学び、得た。俺は次にステップアップしてもいいんじゃあないかと思い始めている」

 

 

夏油の死亡報告は孔時雨(こんしう)から情報を受け取って知り得たこと。少しだけ晴々とした面持ちになった二人はおでんをつつきながら声音と共に暗い空も顔を出した太陽に焦がされて明るくなりつつあった。

 

 

「自分は家族のお見舞いと自宅の整理も帰ったらやるわ。それまであんたと話がしたくてここに来たの」

 

 

「奇遇だね。俺もそろそろやりたいことが増えたものだから『決断』する前に君と話したかった」

 

 

「自分の家族に金銭的な支援をしてくれたのは夏油じゃあなくて、あんたなんでしょ?譲。まさか今までの報酬でも注ぎ込んだの?やめてよそんなの」

 

 

「俺の金は出さないし、知らないよ」

 

 

「………ありがとう」

 

 

少年少女はおでんを完食し、汁を飲み干す。今の二人に迷いは消え、空は雲一つ浮かばない。天を見上げると何処へでも吸い込まれるような広大な青空に光が差し込まれ、チカチカと目が痛くなるくらいに眩しくなる。

 

 

「美音ちゃん」

 

 

「なーにっ」

 

 

「俺と一緒に呪術高専へ行かないか」

 

 

「いいわよ。行こっ」

 

 

朝日と共に新天地へ———!!

 

 

******

 

 

《パラメータ》

 

【術式名】   【術者】

無      日下部篤也

 

等級-1級呪術師

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