第15話 東京都立呪術高等専門学校
百鬼夜行・閉幕後、2018年の元旦から数日間、平和な夜を明かす。1月3日の正午、
「ファミレスも久々な気がしますよ」
「そもそも三人でご飯食べるなんて滅多になかったよね」
二人が鱈腹食べるつもりだと孔時雨は察していた。しかし、そんなことよりも重要なのはこの二人の蟠りは何処へ消え失せたのかということ。美音が夏油一派に加入してからというもの真面な連絡すら取り合っていなかったはずだというのに今ではすっかり関係性が元通り。それどころか以前よりも雑談に花を咲かせ、笑みが溢れている気がする。
「改めまして明けましておめでとうございます。二人とも」
「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いねっ」
「………あけましておめでとう。それは良いんだが聞いても良い雰囲気なのか、これ」
新年を祝うよりも気になっていることが、この二人の距離感というのは腑に落ちない。譲というよりも美音の矢印が不思議と彼に向いていると決めつけてしまうのは早計だろうかと頭を悩ませる孔時雨であったが、下手なことを口走って全てに終止符を打つのは大人として恥ずべきことな気がしたので取り止めた。
「年始早々ですが、時雨さんに伝えたいことがあります。俺たちは呪術高専に行きます」
「……おお、遂にか。悪くねえと思う。よかったじゃあないか」
「意外とドライね、時雨さんって」
「手となり足となり時には頭となり、働くが良いさ。俺と連むよりもマシにはなるだろ」
呪術高専に入学すれば
「じゃ、これまでの協定関係も終わりってわけだ」
「ええ。要するにあんたはクビってことになる」
「本気でお前の父親に首をすっ飛ばされなくて寧ろ助かった」
「莫大な金を積まれたとはいえ、面倒な役回りを引き受けてくれてありがとうございました。あんたが居なくちゃ、どうにもならない場面しか無かった」
「互いにな。これからはもう頼まれてもお前に依頼を横流したりはしねえぞ」
「ケチですね。そこは誼みでサービスしてください」
「契約は破棄したんだ。金は取るからな」
金城譲の父親、イタリアのパッショーネと呼称されるギャング組織のボスに依頼された内容は「日本に渡った金城譲の相棒として振る舞う」ことである。「振る舞う」と言っても関係の偽造ではなく、互いの良し悪しを利用して呪いに立ち向かうという利害の一致による協力関係だった。ビジネスパートナー兼相棒としての彼らは終了するが、知人としてこれからも情報共有は交差しそうな予感がした。金の匂いはプンプン漂うところだが。
「……ファミレスで良かったのかよ。奢ってやるのに」
「だから良いんじゃあないか、ファミレスが」
「やった。奢り助かるー!時雨さん、ジェントルマンッ!」
二人の門出を祝福しようと珍しく金の羽ぶりが良かったというのにファミレスを指定した二人の意図に孔時雨は鼻で笑った。ありふれた日常に三人が適当に駄弁って料理をシェアして満腹で帰路に着く。彼らは彼らが望む日常を演出して幸せを分け合い、別れを告げにきたのだと。
「寂しん坊になんなよ。譲も美音ちゃんも」
「誰に言ってるんです。引き止めても無駄ですよ」
「もう自分達は『選択』して『決断』に移ったの。誰にも止めさせないわ」
「ま、精々頑張れよ。金城譲、鈴原美音という呪術師の活躍が呪術界を震撼させ、常識を塗り替えてくれると信じてやる。達者でな」
孔時雨が運転する黒塗りの高級車は二人を呪術高専に近いビジネスホテルへと送り届けた。夕焼けが空を茜色に焦がし、車へ乗り込むまで軽口を叩いていた孔時雨の背中は以前よりも少しだけ大きくて少しだけ猫背だった。
「今までありがとうございました」
深い感謝を深い礼で示す。背筋を伸ばし、両手を体の脇に自然に添える。指先まで伸ばし、頭から背中が一直線になるように腰から曲げる自然且つ丁寧に敬意を表するお辞儀を彼の車が見えなくなるまで維持した。幼少よりジャパニーズスタイルの礼儀作法も教え込まれた故の最後の深謝、二人の折り曲がった影は伸び続けた。
******
翌日、取り付けた約束の日時を迎える。朝の9時20分、日本の首都とは到底思えない山中を抜けた譲と美音は東京都立呪術高等専門学校に到着する。鳥の囀りが木霊するこの地に設立された日本に二校しか存在しない四年制の呪術教育機関の一つ、表向きは私立の宗教系学校を装っているものの実際は「都立」のため公費で運用されている。
「本当に田舎臭いところね」
「聞いたことあるみたいな言い様だ」
「うん。夏油の所に居た時にちょっとは勉強した」
多くの呪術師が卒業後も高専を拠点に活動しており、教育だけでなく任務の斡旋・サポートも行なっている呪術界の要。灯篭が並ぶ道を進み、川のせせらぎが奏でられる傾度の浅い坂と石の階段を上り、「東京都立呪術高等専門学校」と表札が掛かる門の前で待つこと20分、当然のように遅刻をするのは白髪を逆立てた上下黒の服装と動き難そうな革靴を着用する黒目隠しの男。
「お、いたいた。君たち二人が入学希望者の呪術師…鈴原美音と金城譲だね」
「はい、今日はよろしくお願いします。五条悟さん」
「君の友達の術師、
百鬼夜行の最中、連絡先を登録した譲は猪野をツテに呪術高専への入学の片道切符を手にした。五条悟に出迎えられ、門を潜って呪術高専東京校内に足を踏み入れる。杮葺きの屋根に黒漆の壁が特徴的な東山文化の如く傍に立ち並ぶ木造建築、本道を突き進んで五条悟は振り返った。
「二人にはこれから学長と面談をしてもらう」
「学長、そりゃあ顔くらい合わせますよね」
「下手なこと言うと入学拒否られるよ」
美音はただの顔合わせと浅く考えていたが、それは後に否定されることとなる。面談とは聞こえはいいが実際のところその実情は篩に掛ける採用試験といったところだろう。その手法はイタリアのパッショーネでも経験した譲は臆することはなく、堂々と挑むことにした。
「一人ずつ面談してもらうから。年長の美音から先ね」
「年長?待ってよ、譲の年齢っていくつなの?」
「15ですけど、言っていなかったか」
「15って自分より2個も下!?あんたって年下だったの?敬語使ってよね!」
「敬語やめろって口にしたのは君でしょう」
本堂と言わんばかりの大きさの建設物の扉の前で発覚した年齢差で軽い口論になる。先にずっしりとした重さの扉を開けて面談に臨むのは美音、五条も付き添いという体で先行する。扉の先には胡座をかいている刈り上げ頭で顎髭を蓄えるサングラスを掛けた強面の男が人形を針で縫って作成していた。
「遅いぞ、悟。5分遅刻だ。責めるほどでもない遅刻をする癖は直せ」
「紹介しまーす!呪術高専東京校の学長!
(おじさんが“カワイイ”を作ってるッ!)
最強の特級術師である五条悟でさえも叱責する夜蛾の威厳溢れる姿と人形を縫う姿のギャップに美音は混乱する。美音は挨拶をしなければと角度をつけたお辞儀をし、ハーフツインテールの髪が下へと垂れる。
「鈴原美音、17歳です。趣味はショッピングと服のコーディネート、後はネイルに———」
「何しに来た」
「えっと、面談です」
「呪術高専にだ」
「呪術について更に学んで力を付けたいからです」
「何故?」
「自分の様な被害者を少しでも呪いから遠ざけるためです。呪いが存在するから自分の家族や環境、立場は崩壊した。呪霊や呪詛師、どんな奴が立ち塞がろうと太刀打ちできるそんな呪術師になりたいッ!自分が強くなって大勢が呪いに取り憑かれないようにするには呪術高専が必要だとそう思いました」
「『君一人が術師になったところで何になる』そう心無いことを嘯かれることもあるだろう。めげずに結果で見返せる、そんな術師になれることを君には期待している。合格だ」
呪術高専への転学が決定した美音は小さくガッツポーズを取った。自身の呪術師になった動機は夏油への復讐であったが、今は行動原理からガラリと変わった。そして次に五条から呼び出されて入室するのは譲、美音は譲の許可を得てからその場で見学する。同様に夜蛾を五条から紹介された後にお辞儀をする。
「初めまして、金城譲です」
「噂には聞いている。呪術師ジョジョとしての経歴は非公式ながらもその名を轟かせていた。その上で聞こう、何しにここへ来た」
「それは呪術を研鑽した先をどう見据えているか、ということですよね。呪術師が憧れだったんですよ」
「何故?」
「幼少の頃、呪霊から助けられました。その呪術師はあまりにも輝いていた。しかし、呪術師の現実は甘くない。だから俺は『証明』してみせます。人を助け、生計を立て、名誉さえも総取りして呪術師としての『価値』を認めさせるッ!その『証明』こそが『信用』に繋がる、少なくとも俺はこの信念に一ミリたりとも疑いはないです」
「それで呪術高専に来た、と。呪術師は万年人手不足だ、決して楽な仕事でもない。若くしてその現実と向き合い、馬鹿げた理想であっても掲げ続けられる君がただの『注目の的』ではなく、目覚ましい結果で誰からも求められる『人材』になれることを期待している。合格だ、二人ともようこそ呪術高専へ」
呪術師としての現実を痛感していた譲だから発言を成せる大きな理想、夜蛾は合格を出した二人の歓喜を共有する姿を横目に口角を少しだけ上げる。そして五条に二人の寮への案内と諸々の
「へえ、部屋は意外と広いのね。実家ほどではないけど」
「てかさ、君たち荷物どうしたの?軽装っぽいけど」
「ああ、まだ俺の術式を見せてませんでしたね」
広々とした部屋に大きな窓とベッド、机、クローゼットが配置されている。譲は部屋の外でミニチュア模型のスーツケースを四つ取り出して元のサイズへと錬金する。
「美音ちゃんの荷物が多過ぎる。スーツケース三つ分っておかしいよ」
「あんたが少な過ぎるんでしょ。服でも増やせば?」
「服なら東京で新調できる。それに俺は服でさえも小さくできる」
「それさ、術式じゃないよね。僕を試そうたってそうはいかないよ」
スーツケースを運ぶ美音と能力についてサラリと説明する譲は五条が術式ではないと看破したのに驚愕を隠せず、動きがピタリと止まる。最強たる所以はその観察眼なのか、譲はここに来て最強を侮った。
「噂のスタンドってやつだね。呪いに対抗し得る呪術とは異なる超能力、それが術式なら僕はすぐにその概要すらわかる。目が良いんだよ僕は」
「流石ですね。試すような真似をしてすみません」
「いいよ、呪術師は大っぴらに手の内を明かすようなものでもない。譲の部屋も案内するよ」
呪術界にも「スタンド」の存在は確認されているのだろうか、ふと疑問に思ったが譲は心に仕舞っておいて自身の部屋に元のサイズの荷物を積む。拠点として滞在場所を呪術高専に絞ることができるのは僥倖だった。軽く体を伸ばしてから二人は五条の元へと合流した。
「さてと、色々面倒な処理とかが僕にもあってさ〜。身分証と申請書、その他諸々の提出できる?」
「猪野さんから聞いてたから自分は持ってきてます」
「申請書の方は親からの承認の意味でサインと判子が必要なんですよね?それ以外なら提出できそうです。イタリアに帰国できる時間が無かったので」
「あ、申請書ね、譲は必要ないよー。僕が直接もらってきたから」
美音が書類やら身分証明書を渡している傍で譲は五条の軽々と口にしたその行動の意味を理解するのに10秒はフリーズしていた。そう、この男…五条悟は金城譲の父親が構えるイタリアの地へと直接足を運んでいたのだ。
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金城譲と鈴原美音が呪術高専に立ち入るよりも1日前、夜風がイタリアの地へと吹き込む。そしてそれはギャング組織、パッショーネの内部にまで至る。月明かりが窓に差し込み、眺める夜景に見惚れている余韻を打ち破る来客に一度だけ金髪の男は目を瞑る。
「最近になって、息子の目付け役にしていた優秀な人材が辞めると言い出したんですよ。そろそろ来る頃だと思っていました、五条悟さん」
「ブォナセーラ…こんばんはってこれで合ってる?ジョルノ・ジョバーナさん」
「あなたは客人だ。目上の方には普通敬意を払うが、あなたは僕に敬意を払う必要はない。それに日本語は慣れてますよ」
「そ、じゃあ遠慮なく。気になってるところだと思うけど、あなたの素性は大体調べてる。ちょっとしたツテもあってね」
ギャング組織のボスとして素性を調べ上げられるのは良い気分のものではない。しかし、ジョルノ・ジョバーナは意に返さず、余裕の含んだ笑みを見せて客人である五条をソファに腰を掛けるように伸ばした手先で促した。
「僕も少しフランクに喋ろうか。何せ息子が憧れる呪術師の頂点に君臨する最強の五条悟君を前にしているのだから少しくらいは背伸びをしたい。それで態々、僕の元へ出向いたのだから用があるんでしょう?」
「ギャングの大将に目を付けられるなんて困ったもんだね、僕も。実のところ御宅の息子さんの力を借りたくて前々から調査してたんだ。やっと仕事もひと段落したんでね、彼をスカウトしたいんですよ」
「呪術高専、以前の息子が入学を決意するとは思えないがきっと今ならまた違う『真実』に辿り着くのだろう。その辺りは息子に全て委任している。僕はどうすれば?」
「入学に差し当たって申請書が必要になる。それにあなたの名義も必要になっているからサインと判子をお願いしたい」
父親としてのジョルノの意向も汲み取った上で五条は書類を幾つか手渡す。譲の入学の意思が加味されていない上での秘密裏で進行するやり取りに自信家である五条の肝っ玉に思わず鼻で笑いかける。ジョルノはティーポットの紅茶をカップに注ぎ、五条に差し出してからペンと判子を豪華な装飾の机に備え付けてある引き出しから取り出す。
「その紅茶、フィレンツェという都市の最高級ブランドから取り寄せたものだから是非。マリトッツォも実に美味しいですよ」
「本当に僕が来るってわかってたお持て成しだね、いただきます」
「持て成す相手は選ぶ。ただし、君は持て成すに値する客人だ。これから息子にご指導いただけるのだから上手くいけば『先生』と呼ばせてもらいます」
「恐れ多いなあ。呼ばせてしまうことにはなるんだけど、多分ね」
甘党の五条の好みを把握していたのか、ジョルノの準備は良かった。見張りも異様に少なく、部屋に長居してもパッショーネの幹部すら駆けつけようとしない。ただならぬ雰囲気を醸し出す男、ジョルノは全てを見透かしていた。マリトッツォを頬張り、咀嚼で甘みが広がる口内に深みが香る紅茶を流し込む五条を前にジョルノは書類全てにペンを滑らせ、判子を押し終わってそれを五条へと返した。
「数年前に『ティレニアの胃袋』と呼ばれる悪魔の海域が鳴りを潜めた。あれ、僕が嘗て仲間と対処したスタンド『ノトーリアス・
「んー、そんなこともあったような。海外の呪いなんて珍しいと思って祓っちゃったかも。ま、最近は増加傾向みたいだけどね」
当時のボスを打倒しようと移動していた矢先の刺客の死後も永遠に執着してきた怨念の塊とも豪語できるスタンドとの戦闘は至難を極めた。それをサラリとこの世から消し去った五条を前にしてジョルノはハッキリとこの男であればやり遂げたのだろうと確信めいたものを見出していた。そんな五条は土産をジョルノに献上する。
「はー、美味かった。今後ともよろしくお願いしますよ、ジョルノさん。それは“気持ち”なんで、苺大福もきっと気にいるはず」
「こちらこそ、末永く。暫く振りの大福…有り難くいただきます。息子を預けます、五条先生」
「暫くお借りしますよ、息子さん」
イタリアの地に二人の頂点———!!
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《パラメータ》
【術式名】 【術者】
傀儡操術 夜蛾正道
等級-1級呪術師