運命の錬金   作:天野河

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第18話 宿儺の器

冷たく硬めの床の感触がスニーカー越しに伝わり、床に幾つも置かれた和紙照明のほんのりと灯った光の眩しさにすら眼球を少し痛めつつもその光度に視界を慣らしていく。重い瞼を開けるとそこには白髪に黒目隠しの男と和紙証明、部屋全体を埋め尽くすように貼られた札が今、目を覚ました少年を見守る。

 

 

「おはよう。今の君はどっちなのかな?」

 

 

「あんた…確か…」

 

 

五条悟(ごじょうさとる)。呪術高専で1年を担当してる」

 

 

「呪術…伏黒……先輩ッ!ああ?」

 

 

五条悟、そう名乗った黒目隠しの男が素性を明かすと意識を閉ざす前の記憶が少年の頭を駆け巡り、すぐにでも駆け出そうとする。しかし、後ろに組まされた両腕は太い縄でキツく縛られており、更に杭で床に打たれて固定、周囲と同様の札も貼り付けられていた。

 

 

「なんだよ…これ…」

 

 

「人の心配してる場合じゃないよ。虎杖悠仁(いたどりゆうじ)。君の秘匿死刑が決定した」

 

 

軽薄そうな男、五条は淡々と透き通る声を狭い部屋に反響させながら少年の名を呼ぶ。薄茶色、薄ピンクにも見えるツーブロックの短髪頭で白いTシャツの少年、虎杖悠仁は拘束に至るまでの全ての記憶を振り返る。聞き分けの悪い頑固な祖父の見舞いに向かう前、自身が通う宮城県杉沢第三高等学校のいつもの如く「心霊現象研究会(オカ研)」という部活で二人の先輩と談笑していた。

 

 

宿儺(すくな)……」

 

 

祖父が亡くなり、喪中のタイミングで派遣された2級呪術師、伏黒恵(ふしぐろめぐみ)の説得を受ける。共に高校の百葉箱に保管された特級呪物・「宿儺の指」の回収を試みる。それを巡って発生した呪いによって窮地に陥った伏黒と二人の先輩を救出するために虎杖は宿儺の指を取り込み、その場を制した。

 

 

『お前は強いから人を助けろ』

 

 

祖父が生前に遺したその言葉がこびりつく。伏黒の制止を振り切り、正しい死に拘った。その呪いに従って宿儺の指を喰った。呪いは呪いで制するが、虎杖は宿儺の指に眠る魂・両面宿儺を受肉しながらも自身の精神をコントロールした上で宿儺の魂を内部へと抑え込める1000年に一人の逸材。器としての才能に長けていた。本来であれば呪術規定に則り、死刑対象の虎杖は伏黒の私情により上層部との交渉を試みた五条悟は———

 

 

「てなわけで改めて、君…死刑ね」

 

 

「回想と展開が合ってねえんだけど」

 

 

「いやいや、頑張ったんだよ。死刑は死刑でも執行猶予がついた」

 

 

「執行猶予…今すぐじゃねえってことか」

 

 

「そっ。一から説明するね。これは君が食べた呪物と同じ物だ。全部で二十本、ウチ(高専)ではその内の六本を保有してる」

 

 

「二十本?ああ、手足で?」

 

 

「いや、宿儺は腕が四本あるんだ」

 

 

五条の権力を持ってしても虎杖の死刑は免れない。その五条が見せびらかす特級呪物も虎杖が食した宿儺の指と見た目も特性も相違ない。その指を投げた瞬間に壁を凹ませる威力を誇る呪力をぶつけるが、煙が軽く上がるのみで宿儺の指には傷一つついていない。

 

 

「見ての通り、これは壊せない。それだけ強力な呪いなんだ。日に日に呪いは強まってるし、現存の呪術師じゃ、封印が追いついてない。そこで君だ。君が死ねば中の宿儺(呪い)も死ぬ。うちの老人共は臆病でね、今すぐ君を殺せと騒ぎ立ててる。でもそんなの勿体無いでしょ?」

 

 

「勿体無い?」

 

 

「宿儺に耐え得る器なんて今後生まれてくる保証はない。だからこう提言した。『どうせ殺すなら全ての宿儺を取り込ませてから殺せばいい。』上は了承したよ。君には今、二つの選択肢がある。今すぐ死ぬか、全ての宿儺を見つけ出し取り込んでから死ぬか」

 

 

虎杖に突きつけられた提案は二つ、どちらも五条が呪術総監部や呪術を重んじる老骨の術師と取り合って譲歩された上での虎杖の死を前提とした重苦しい提案。虎杖は呪いの被害に遭った先輩に事のあらましを説明し、別れを告げた。火葬した祖父の遺骨を壺に箸で一つ一つ丁寧に詰め終わり、虎杖は器として宿儺の指を回収することを決断する。

 

******

 

2018年6月某日、共同任務から帰還した金城譲(かねしろゆずる)、そして茶髪のハイツインテールのインナーには紫が差しており、結び目にはピンクでモダンな鈴が括られている鈴原美音(すずはらみおと)は呪術高専のカスタムした制服を着用していた。

 

高専の制服準拠ではあるが、ウエストはやや絞られ、喉元には小さな鈴が付いた黒いチョーカーが巻かれている。スカートはほんの少しだけ丈が短く、素足を隠すように黒のスパッツを履いている。ヒールの低い黒のショートブーツ、そして足首の細い鈴付きアンクレットが付け足されている。彼女らしい制服の改造具合だ。

 

初夏の暖かい木漏れ日が肉体労働が基本である呪術師である自分達の先程まで鞭打っていた体にじんわりと染み渡る。二人の任務が共同なのは初めてのことではない。もう数回は任を果たしているが、それには現在の呪術高専東京校の在学している3年生の美音のみで、他二人が停学中という訳が絡んでいる。

 

 

「どうしてあんただけ準2級で、自分は3級術師のままなの!」

 

 

「知らないよ。気づいていたら俺は繰り上がってただけで、運が良かったとしか言えない」

 

 

「そもそもスタンド使いのくせに、実は術式も持ってましたっておかしいでしょ!」

 

 

「別にスタンド使いだって術式を扱うケースは有り得るでしょうに。俺の場合は術式を自覚したのも悟先生と関わってからだから、高専に来たのは幸運だった」

 

 

決して口に出すことはしないが、仲は悪くない方だと互いに互いの関係を評価している。しかしながら、喧嘩するほど仲が良いという諺が日本に広まっているものの、二人は術師としての等級と年齢の上下差で軽いいざこざから口論に発展している。譲に至ってはスタンド能力を磨くだけに飽き足らず、発覚した生得術式のコントロールから戦法まで編み出している。美音からすればそこが気に入らないのだ。理由などそれだけで具体的にどうかと聞かれても、不明瞭な苛立ちだ。

 

 

「そういえば、今日1年生が転入してくるみたいだから今みたいにあまり威嚇しないで」

 

 

「誰彼構わずしてるわけじゃないし!ていうか1年生だけ増えてズルくない?」

 

 

「3年二人が停学中というのも可哀想な話だ。美音ちゃんからしてみれば」

 

 

新たな1年生の詳細は未だに掴めていないが、伏黒が特級呪物・宿儺の指の回収時に鉢合わせた少年だということだけは聞かされている。負傷して現在、学生寮で療養中の伏黒曰くかなりの身体能力を得意とする宿儺の指を喰って器のまま無事に済んだ下手物好きの同い年らしい。そんなこんなで学生寮に到着すると既に空き部屋の開放された扉から見える積み込まれた段ボールから生き生きとポスターを張り出している緑のパーカーの少年が居座っていた。そしてその傍らには教師である五条の姿があった。

 

 

「へえ、もう学長の面談通過してたんだ」

 

 

「君が噂の転入生ですね。ピアチェーレ(初めまして)

 

 

「二人とも意外と早かったね。紹介するよ、悠仁。3年の鈴原美音、悠仁と同じ1年の金城譲」

 

 

活発そうな少年、虎杖悠仁の前で五条が譲と美音の紹介を軽く済ませる。譲と比べても背丈とガタイが同じくらいだが、五条の端的な説明を聞いてまるで小学生が欲しかったゲームや虫取りに夢中になっているが如く物珍しそうに顔を覗き込んでから、角度の急なお辞儀をしてくる。

 

 

「こんちは!虎杖悠仁です!好みのタイプはジェニファー・ローレンス!よろしく!」

 

 

「……鈴原美音。よろしくね、虎杖」

 

 

「好みのタイプは……自我の強い日本人ですね。次までに具体的な人を考えておきます。よろしく、悠仁君」

 

 

第一印象は人と打ち解けるのが得意そうな表裏のない善人。美音は一瞬だけ視界に映り込んだ金髪で黒ビキニの綺麗な女性のポスターを二度見して眉を顰めながら挨拶を交わすが、虎杖のタイプなど一目瞭然だった。譲は微笑みかけながら虎杖に手を差し出し、がっちりと固い握手をするがその時に自身の術式に反応した虎杖の中に眠る紛うことなき呪いの王(両面宿儺)の呪力と接触する。背後を取られて心臓をグイッと引き裂かれるようなブルっちまう気迫に譲は冷や汗が全身の毛穴吹き出す。

 

 

「あれ?具合でも悪かった?」

 

 

「いや……すみません。任務でちょっと疲れていまして」

 

 

「そっか、伏黒も金城も見てるとやっぱ大変なんだな呪術師って」

 

 

「悠仁君こそ、環境も状況も目まぐるしく変化してストレスも沢山かかると思いますが、支え合いながら仲良くしましょう」

 

 

「もちろんだ。その為にも、金城も敬語やめにしようぜ。無理にとは言わんけどさ」

 

 

「ありがとう。そうするよ」

 

 

すぐにでも親密な関係が築けそうな虎杖、彼の人懐こい性格に少し救われた。それ程までに彼の体内で機会を窺う呪いの王(両面宿儺)の呪力で形作られたビジョンが身の毛もよだつようなプレッシャーが、全身に栄養と体温、水分を行き来させる血液の全てを凍て付かせるものだった。現在に至るまでの生涯で一番気取られ、スッと血の気が引いた瞬間だった。それでも虎杖を仲間として境遇を受け入れ、寄り添いたいと思える人間性の持ち主だった。

 

 

「げっ、隣かよ」

 

 

「おっ、伏黒!今度こそ元気そうだな!」

 

 

「空室なんて幾らでもあったでしょ」

 

 

先の件で体を休めていた伏黒が不機嫌そうに後頭部を掻きながら愚痴るのに対して、虎杖は伏黒の身を案じているのでなんて親切な男なのだろうかと譲と美音は感心していた。五条は賑やかな方がいいからという理由で伏黒の隣の部屋を虎杖のものにしていたが、そのいい加減さのお陰で譲と美音も伏黒とすぐに挨拶を交わせる距離の部屋を借りている。

 

 

「授業と任務で充分です。ありがた迷惑」

 

 

「おお〜、部屋ちゃんとしてる!」

 

 

「だから、迷惑だっつうの!」

 

 

「伏黒〜、新入り虐めんのやめなさいよ。良い子なのに」

 

 

「鈴原先輩だって人のこと言えないですよね、金城関連だと特に」

 

 

「余計なこと言うな!」

 

 

伏黒の整理整頓されたピカピカの部屋を勝手に覗き見て、扉に顔を挟まれる虎杖を庇う美音に伏黒は反論するが地雷を踏んだようで珍しく二人の間で言い合いに発展していた。騒がしくなって廊下中にヒートアップする声が広がる手前でその場を仕切るように両手を叩いて五条が制する。

 

 

「まっ、いいっしょ!それより明日はお出かけだよ!四人目の1年生を迎えに行きます」

 

 

「まだ増えんのかい!1年!」

 

 

「賑やかになりますね、楽しみだ」

 

 

1年生が更に一人加入して呪術師にしては大所帯の四人という事実に肩を落としながらツッコミを入れる美音は不憫である。益々、盛況しそうな高専の生活に想いを馳せながら明日の四人目の生徒との出会いを静かに楽しみを胸の中で膨らませた。

 

******

 

翌日の盛岡駅、耳にこびりつく特徴的なアナウンスで告げられたその地に降り立ったのは大きな欠伸をして茶髪のボブで髪を揺らすのは呪術高専1年の釘崎野薔薇(くぎさきのばら)、高専に籍だけ置いていた新たに加わる生徒である。

 

 

「盛岡までで既に4時間…ようやくあのクソ田舎ともおさらばね!午後には東京かあ、スカウトされたらどうしよう。スタダとか…!」

 

 

新たな1年生、予測不能の高専ライフ———!!

 

******

 

《パラメータ》

 

【術式名】   【術者】

鈴鳴生成   鈴原美音(高専転入ver.)

 

等級-3級呪術師

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