運命の錬金   作:天野河

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第4話 鈴鳴生成

2017年10月16日、宮城県・大崎市のパーキングエリアにて愛車のバイクを駐車する。昼間に牛タンの定食を平らげ、宮城の銘菓である萩の月を頬張りながらバイクに腰を預け、孔時雨(こんしう)とスマートフォンで通話をしていた。

 

 

『人狼の件での報酬……かなり多くねえか』

 

 

「順当でしょう。灰田洋(はいだひろし)はあんたの言う通り手強かった。困っている依頼人も多かったからそれなりに金は舞い込んできましたよ」

 

 

『それなり……か。つっても俺への金だけで50は超えてる。殺し屋でも雇ってるみてえだ、懐かしい』

 

 

「そんなことより、このカスタードの入ったカステラ菓子かなりいけますね。萩の月……だったかな」

 

 

人狼の件は譲への収入だけでとてつもない額を稼いでいた。決して安くはない食事に銘菓、以前よりも金払いは良い。多額の報酬を得た譲の今後の成長に悪影響が出ないか、孔時雨は若干心配で尻込みをしていた。日本での銀行口座は開設させたし、上手く利用しているのを見るに全財産を持ち歩いているわけではないからその点は心配ご無用だろう。

 

 

『今回の依頼、本当についてかなくていいのか』

 

 

「ええ、前回はあなたに無理をさせ過ぎた。ビジネスパートナーとはいえ、呪霊や呪詛師の魔の手に侵されるのは不本意です」

 

 

『…猪野琢真(いのたくま)は黙認してるだろうが、高専やフリーの術師がお前を嗅ぎ回り始めた。自分の心配もしておけよ』

 

 

チェルト(もちろん)。あなたの力だって借りますよ。現に…依頼が真実に基づいているかの判断を最終的にはあなたへ委ねているし、頼りにもしています」

 

 

『お前に何かあればこっぴどく叱られるのは俺なんだからな…つーか首飛ぶんじゃあねえかな、物理的に』

 

 

「そうならないために『証明』するんですよ、この俺を。『証明』は『功績』の上で成り立つのだからッ」

 

 

人狼での件は結果論でいえば、成功した。しかし、譲は上手く事が運んだとは思っていない。自らの幽波紋(スタンド)による攻撃で一般人に危害が加わり、作戦とはいえビジネスパートナーの孔時雨は呪詛師である灰田洋と接敵して危険な目に遭った。元は単独で日本へ飛び込み、呪術師として活動するつもりであった譲のプライドはそれを過ちと判断した。何よりも依頼人、協力者を傷つける前提の作戦は彼の流儀に反するのだッ!

 

 

******

 

 

バイクを走らせて2時間半、代わる代わるの景色と街並みは旅を飽きさせることはない。道中の自動販売機でオレンジジュースを購入して喉を鳴らして飲み干す。目的地である宮城の某国立病院の駐車場を見据え、手前の木陰で止まるとスタンド能力でバイクを小型の玩具へと《錬金》してジャケットの内側に仕舞う。

 

 

「…なるほど、広い病院だ…これは」

 

 

当たり前のことを呟いた譲だが、呪術師の立場からするとちょっぴり面倒なのである。学校や病院は人間が「辛酸、後悔、恥辱」などの記憶を反芻する度に負の感情の受け皿となりやすい。その積み重ねが呪いの発生の要因となるのが殆どのケース、広い病院は人も集まりやすく、負の感情が溜まりやすい。それ即ち、呪いの数も段違いとなって対処すべき呪いの特定に時間を要することに繋がる。

 

 

「こんにちは、院長に面会を」

 

 

「ご予約はされていますでしょうか?」

 

 

「ええ、ジョジョとお伝えすればわかるはずです」

 

 

「少々お待ちください、電話をお繋ぎしますので」

 

 

特に指定もされていないので院内に正面玄関から入って受付の事務員に申し出ることにした。5分も経たずして別の事務員に案内をされ、エレベーターで6階に到着すると重々しい雰囲気が漂う院長室の扉を開けてもらう。部屋へ踏み入れると靴から足へと伝わる踏み具合で良い素材の絨毯を敷いていることがわかった。

 

 

「おお、よくぞ来てくれました。君が最近有名な呪術師の〜〜〜……えーとぉ〜」

 

 

「ジョジョです。ボンジョルノ(こんにちは)

 

 

「失礼しました。私は明石鉄朗(あかしてつろう)、この病院で院長をやっている者です」

 

 

膨れ上がった腹がトレードマークと言わんばかりの肥満体型、金を稼いでさぞご馳走を鱈腹食べてきたんだろう。丸眼鏡がいい味を出している院長に頭を下げ、指定された高級なソファに腰を下ろそうとした時に気がついた。そのソファには誰にでも噛みつきそうな気が強そうで、長い足を組み、色白のすらっとした細身の女性が座っていた。

 

 

「先客、ですかね。それともお孫さん?」

 

 

「ジョジョさん、こちらは———」

 

 

「誰が孫!?失礼な口を聞いてくると思えば、へえ〜〜……あんたが噂のジョジョ?」

 

 

ダークグリーンのワンピースに真緑のネクタイ、三つのボタンで留めたブラックのハイウエストのプリーツスカートを着こなす彼女は口振り的に呪術師だろう。茶髪のハイツインテールのインナーにはピンクが差しており、結び目にはピンクでモダンな鈴が括られていた。

 

 

「言っておくけど!あんたには譲らないわよ、この依頼ッ!」

 

 

「それで、院内に発生した呪霊を祓うということでいいんですよね?鉄朗さん」

 

 

「無視すんなし!」

 

 

依頼の内容は粗方頭に入れてきているが、定期的な呪術師による呪霊の掃討という形になりそうだ。それであれば人手が欲しいが故に面倒だし、関わり合いは避けたいところだが、隣の控えめに言っても美少女と豪語できるであろう目立ちそうな容姿の彼女と組むべきだと結論づけた。

 

 

「そちらもお願いしたいところなのですが、患者や看護師から最近変な報告が相次いでまして」

 

 

「確か…『赤子の顔をした虫の幽霊』ですよね」

 

 

「特徴も一致しているその幽霊が多くの方々に散見されているとのことで…私にはさっぱりですけど。怪奇現象も増えてきましたし、原因を究明して欲しいのです。もちろん報酬は弾みます!!」

 

 

状況的に一体や二体ではなく、複数体存在していると譲は仮定した。院長室への通り道に特徴に一致する呪霊は見当たらなかったが、3級以下の他の呪霊であればうじゃうじゃ湧いていた。探るならやはり日没からの方が好都合だが、今見えている分は祓えるだけ祓っておくのがベストだと判断した。

 

 

「お任せください。その依頼、呪術師ジョジョのプライドに懸けて必ずや達成してみせますよ」

 

 

「おお!助かります、それでは———」

 

 

「ちょっと待ってよ。自分のメンツはどうなるわけ?遥々遠方から来てそれで終わりってのは筋が通ってなくなぁ〜い?ジョジョ、自分は言ったじゃない…譲らないって!確かにね」

 

 

譲のプライドだけでどうにかなる話ではないのは重々承知していた。彼女だって呪術師である限り、せっかく掴んだ依頼をみすみす見逃すのは癪だろう。何よりコネは作っておいて損はない。作れる相手かどうかはこれから見極めつつ、共同作業に移るしかない。

 

 

「この広い病院で呪霊を限りなく0にするなら猫の手も借りたいくらいですよ」

 

 

「つまり自分に手を貸せってこと?」

 

 

「お願いしているんです、直々にね。君の術式はわかりませんが、協力するに越したことはない」

 

 

「…………ふん、いいわよ。お手並み拝見といこうじゃない。ちょーど張り合う相手が欲しかったところよ」

 

 

初対面でありながらその場限りのタッグが結成成立した。恐らく彼女は何かしらの譲への対抗心を抱いたに過ぎない興味本位の承諾だろう。この際何でも利用してやろうと譲は魂胆は隠しつつ、イタリアでは人当たりも良く、世渡り上手で生き残る場面も多々あったため、その微笑みはごく自然だった。

 

 

******

 

 

院長室を出て自動販売機で彼女が物欲しそうにしていた紅茶を購入して手渡す。目を丸にして好きな飲み物をドンピシャで当てたことに対して驚愕している様子だった。

 

 

「あ、ありがと。自分が紅茶好きだってよくわかったわね」

 

 

「匂いですかね、紅茶の香りがしました」

 

 

「うわっ、なんかキモ」

 

 

凄く心外ではあるが、視線が分かりやすかったなどと言えば反感を買うだろうと予想しての言動であったが逆効果だったらしい。紅茶の香りがふんわりと鼻をくすぐっていたのは確かだが、どちらにせよいちゃもんをつけられていただろう。素直に飲み物を献上したことに対して感謝を伝えられる人間性であれば許容範囲だ。

 

 

「昼間の配置は君が好きに決めていいですよ。夜は状況次第になりますけど」

 

 

「勝手に決めるなって言いたいところだけど、異論なし。じゃ、自分は南から攻めるわ」

 

 

「即決即断」が似合う性格だと一目見て思ったが、偏見もたまにはアテになると譲は静かに悟られぬように笑みを浮かべた。買い足したオレンジジュースを片手に飲みながらズカズカと進んでいく彼女を尻目に院内のマップを一瞥し、頭に入れる。

 

 

「そういえば自己紹介がまだだった!自分は鈴原美音(すずはらみおと)!よろしく!あんたの名前は?」

 

 

「ジョジョです。よろしく、美音さん」

 

 

「いや…え?本名なの?それ」

 

 

鈴原美音という個性の強い呪術師が味方についたが、本名は語りたがらない譲なのであった。適当に濁すと怪しまれたが、周囲の4級呪霊を手刀で祓い始めると焦ったように向こうも動き出したので事なきを得た。院内の呪霊を祓う際に周囲の患者や看護師、医者に挨拶のみならず、長話まで嗾けられつつも順調に呪霊の数を減らしていくのだった。

 

 

******

 

 

人足が途切れ、受付終了時間の17時30分を過ぎてから呪霊を消し飛ばしたはずの廊下からまた低級呪霊が這い出て来る。手分けして祓う譲と美音は再度、各フロアの呪霊を片付けてから交換していた連絡先で報告し、一度6階に合流することにした。

 

 

「数が多いから疲れるわね〜。あんたがいて助かったかも」

 

 

「同感です。これなら夜はもっと大変だろうな、入院患者や夜勤の医療従事者の邪魔になってはいけない」

 

 

「う〜ん、スマホからガラケーに機種変するくらい無理な話ね。自分の術式だと尚更不向きなのよ」

 

 

「そこは追々考えましょう。それより例の呪霊、美音さんは見つけました?」

 

 

「『赤子の顔をした虫の幽霊』でしょ?さっぱりよ、本当に彷徨いてるのかも怪しい」

 

 

ここまで二人で合計した百〜百五十は呪霊を祓った。それだけの数の呪霊を相手取ったというのに体力と呪力を消耗するのみで、上記の特徴の呪霊は一切見当たらなかった。目撃情報も多いため、信憑性があるだけに嘘と断定はするのは早計だろう。譲に至ってはスタンドを使用する場面も少なかったが、夜は恐らく嫌でも使用するだろうという嫌な予感が働いた。

 

 

「ターゲットは夜に捜索するのが一番か」

 

 

「こうなることはわかっていたけど、仕方ないかぁ〜。また分かれて祓う?」

 

 

「いえ、今度は二人で行動しましょう。仮に例の呪霊が決まって夜に姿を現すのなら妙だと思いませんか」

 

 

「まあね。そもそも複数居るんだとしたらその時点で何か種がありそうよ」

 

 

二人の考えは一致していた。例の呪霊には何か法則が存在し、その上で発生条件にも仕掛けがあるのではないかと睨んだ。まずは探し当てることが先決、二人は6階からしらみ潰しに離れ過ぎないように低級呪霊を祓っていく。消灯時間に差し掛かった頃、4階地点にてトイレ前に一際大きい呪力を感じ取った二人は急行する。

 

 

「かイカイカいセんドンガたベタ~」

 

 

「夜になれば一筋縄じゃいかないか」

 

 

「ジョジョ、ここは自分にやらせて。見せてあげるわ、自分の術式をッ!」

 

 

トイレの入り口で訳の分からない言葉を使い、蛸のような体と触手に鋭利な歯と不規則な大きさの眼球がズラリと顔面に並んだ呪霊が立ち塞がる。術式は好んでひけらかすものではないが、美音の術式を知っておくのはこの場では有益だと譲は考え、静観を貫いた。

 

 

「タベさセンテ~」

 

 

「行くわよ、《鈴鳴生成(すずなるなるなる)》!!」

 

 

鈴原美音の術式《鈴鳴生成》は所有する鈴から発した音を波や振動に変換する。彼女が取り出した紐に垂らす鈴が音色を奏でる度に呪霊の肉体を押し出し、音色が重複すれば波の破壊力と伝播は強まる。三回奏でた時に呪霊は呻きながら腹に風穴を空けてへたり込むとそのまま肉体が崩れ落ちる。

 

 

「音で攻撃を…聞こえはするが、見えはしない。いい術式だ」

 

 

「でしょ!この調子で呪霊倒していくわよ」

 

 

今、遭遇した呪霊と同等の準2級相当の呪霊がその後も数体相対することとなる。殆どの呪霊は譲が出る幕もなく、美音の術式で祓うこととなる。2階に差し掛かった時、フロア全体の呪力の濃度が強まり、二人の緊張感が高まった。

 

 

「美音さん、警戒を。今までとは違うッ!何かが違うんだ!」

 

 

「わかってるわよ!何処……横っ、挟み討ち!?」

 

 

「君の言う通りだったな。《錬金(アルケミア)》、彼女を守れッ!」

 

 

階段を下って2階に降り立ち、周囲を見渡す。カサカサと這い回るような音を美音は院内の誰よりも先に聞き取った。鼓膜を逆撫でするような不気味な音だ。ゆっくりと摺り足で検査室方向への廊下を進行していた時、左右へ分かれる廊下側から無数の『赤子の顔をした胴体が虫の呪霊』が質量の暴力で押し寄せてくる。美音の予告を信じて飛び上がった譲は咄嗟にアルケミアを引っ張り出し、美音の腰を掴んで天井まで浮かせて術式の発動を促す。

 

 

「これって…あんたの術式!てか式神!?」

 

 

「俺に打たないでくれよ。君の術式、音ならよく響くだろ」

 

 

「そうね。人が寝泊まりしてる所なら迷惑になっちゃうかもなんて思ってたけど、固まってるなら当てやすい!あんた達(呪霊)はボーリングのピンよ!!」

 

 

譲は地に足をつけたまま微動だにせず、囮役を引き受けた。アルケミアに浮かされたままの美音は紐に括られた鈴を遠心力で回し、円形状の音波を広げて一気に呪霊を消し飛ばす。中心に直立していた譲に影響はなく、満を持して目的の呪霊が蛆のように集合するのを刮目し、表情はより真剣さを増した。患者が眠る病室も看護師達と連携して呪霊の有無を確認したが一体も見当たらなかった。

 

 

「最後の1階ね。思うんだけど、例の呪霊…自分たちのせいで引きこもってるんじゃあないの?」

 

 

「鋭いですね。俺たちへ差し向けた迎撃部隊がやられててんやわんや、と見るのが正解かな」

 

 

「ジョジョ、あんたはこの病院に入る前にどんな印象を抱いた?」

 

 

「広い病院………だから、負の感情が集まりやすく、全体が呪力に覆われている…と最初は思っていましたね」

 

 

「なぁ〜んだ、その口振り…気づいてたのね」

 

 

「付け足すのであれば、その負の感情で育った特定の呪霊による呪力がそれだった。推測に過ぎませんが、でないと昼間の低級呪霊しかいない病院を覆い尽くす呪力の説明がつかない」

 

 

「………………自分も知ってたけどね!」

 

 

多分だが、譲の最後の結論に美音は思考が追いついていないが納得はした。『赤子の顔をした虫の呪霊』の発生要因が病院全体を覆う呪力に関連しているのだとすれば、その親玉が何処かに棲みついているはずだ。呪霊とのかくれんぼに付き合っている暇はない、時間はかけない方針で譲は定めた。

 

 

「美音さん、君は耳がいいですよね。さっきの戦いで俺よりも先に呪霊の襲撃に勘づいていた」

 

 

「よく見てるわね。術式の副次的効果よ」

 

 

「俺は病院を覆う呪力の正体、つまり親玉が地下に構えているんじゃあないかと踏んだ。呪力は下から上へ滝登りするように流動している」

 

 

「自分の術式と聴力で道を切り拓けってことね。……………見つけた、間違いないわ」

 

 

気色の悪い這いずるような音、複数の不気味な鼓動音、異形の鳴き声の形を確かに真下から捉えていた。目を瞑って鈴を何度か鳴らし、反響音の微細な差異にロビーの壁際を一点に見つめる。譲は何の変哲もない硬い壁を触り、押したり叩いたりしてみたが変化がないことに首を傾げつつもアルケミアによって《錬金》し、生成したエネルギーは適当に解除する。軈て壁は崩壊し、人が数人通過できる地下へ繋がる階段が露見する。

 

 

「不快な呪力が漂ってますね」

 

 

「気は乗らないけど、祓うわよ」

 

 

親玉眼前、気合いは充分———!!

 

 

******

 

 

《パラメータ》

 

【術式名】         【術者】

鈴鳴生成         鈴原美音

 

等級-不明

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