運命の錬金   作:天野河

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第5話 鈴原美音は鳴らす

乾いたコンクリートの階段が二人の靴の音を響かせる。少しずつ湿り気が増してきた階段を降りるとパイプや電線が壁や床に無数に伸びている。顔を顰めている鈴原美音(すずはらみおと)の様子と肉眼でもわかりやすく漏出している数多の呪力と一際大きな呪力に本番はここからだと嫌でもわからされる。金城譲(かねしろゆずる)が足を止めた時には床が粘液のようなものでベタついており、既に二人が腹の中に迷い込んだことを知るのは十数秒後である。

 

 

「なに、これ…ッ。臭すぎるし……嫌な音…が幾つも…!」

 

 

「まずいな……これは《生得領域》の具現化!」

 

 

《生得領域》とは人間、呪霊が生まれながらに持つ心象風景とも言うべき空間。術師のみならず、非術師でさえも有しているものである。異臭が漂い、羽音や引き摺り音、不規則な足音、鼓動音が響き渡る。奥に仰向けで座り込む腹部が異常に膨らんだ不定形、背中や体内で抱える卵を蠢かせる人に近い姿をした異形…「卵生呪霊」と名前を仮定するそれの仕業。

 

 

「展開した生得領域に術式が付与されているなら……初めて遭遇するタイプだ…無事じゃあ済まない。水中で呼吸をするくらい無謀な挑戦だッ!」

 

 

「…待って。自分達は呪霊の生得領域…に囲まれてるとして、術式が付与されていたらどうなるのよ!」

 

 

「知らないのか?展開された生得領域に術式を付与する離れ業、術式を必中にする《領域展開》を今されているのなら俺たちが99パー負ける」

 

 

「……今なんともないってことは?」

 

 

「…杞憂、とは言い難い。術式が付与されていない生得領域だけの展開であれば70パー不利で収められる。あの呪霊にとって戦いやすい環境であることに変わりはないが、『希望の活路』ってヤツをまだ探し当てられるッ!」

 

 

卵生呪霊による生得領域は一瞬にして殺風景な地下を血管の浮き出た卵が数多も埋もれ、畝る肉壁へと早変わりさせた。クッションのように足の踏み場が悪い戦場に蠅、蜘蛛、芋虫に形の崩れた赤子の顔が張り付いて動き回り、飛び回り、笑い声に虫の鳴き声が混じる。親玉は特に関心も無さそうに譲達に見向きもせず、体外へと卵を飛ばしながら肉壁に植え付けられる様を眺めている。

 

 

「周りの低級呪霊を片付けたら、積極的に卵を壊そう」

 

 

「数が多過ぎて埒明かない気がするけど!ていうか気持ち悪い!」

 

 

譲は『錬金(アルケミア)』を顕現させ、釘とネジを複数個取り出して錬金する。それぞれその形を模ったエネルギーに変化するとアルケミアによって射出され、虫の姿をした呪霊の体が弾ける。生気に寄ってくる呪霊を美音は紐を振り回し、その軌道に沿った鈴の音が呪霊を分断、取り囲まれようと数回鈴を鳴らすだけで音符の弾幕が呪霊を焼き払う。その威力は先刻よりも強く、鈴鳴生成の派生技である。

 

 

「ハサミを《錬金》して道を切り拓く、文字通りにな」

 

 

「『音符恩譜(おんぷおんぷ)』!!」

 

 

拳に二又の鋭利な刃を纏うとそのまま走り出して卵を通りすがりに裂いていく。美音も追従するように音符の弾幕を拡散して卵を蹴散らしていく。二人が同時に卵を破壊した時、それは赤く光を灯して禍々しい呪力が放出して爆ぜた。スタンドのアルケミアで受けた譲だったが、肉壁にバウンドしながら腕と腹に擦り傷と火傷を負ったことを目視し、美音の方向をすぐに振り向く。美音は卵の異音を自慢の聴覚で聞き取り、咄嗟の判断ではあったが弾幕で爆発を相殺して吹き飛ぶのみで済ませたため、軽傷に留まった。

 

 

「無事ですか、美音さん!」

 

 

「平気!今の普通の卵じゃなかった!」

 

 

「尚も呪霊が生まれる卵、それとは別に爆発する卵が隠されているのか?」

 

 

「アホ面のくせに知恵だけは振り絞ってるみたいね、あの呪霊!」

 

 

譲の理論は正しい。卵生呪霊の術式は周囲の負の感情を「卵」として具現化し、時間経過で孵化させ、質量と数によって対象を押し潰す《孵化圧殺》。卵は呪力の塊だが未完成の呪霊であり、孵化前は脆いがそれを補うように生得領域を具現化することで地形的有利を取る。爆発の正体は拡張術式《爆卵烈子》、時間経過後または外部刺激で呪力が放出して爆発する。爆卵烈子は通常の卵と見分けがつかず、ランダムに産み落とされているため苦戦を強いられる。

 

 

「もう一つ……わかったことがある。体が重たいッ…!高重量の筋トレをした後のような疲労感ッ」

 

 

「かなり効くわね…息切れも…」

 

 

爆卵烈子による効果は呪力汚染で敵を衰弱させる。更にそれは自らが産み落とした卵の孵化への時間を短縮し、地獄のような術式の連鎖が続くこととなる。譲達に羽休めの時間は与えられず、ひたすらに増殖する卵と呪霊に手間取って本体には辿り着くのが困難になっていく。近接技はリスキーであると考えを改めた譲は再度、釘とネジを《錬金》してその形状のエネルギーを押し出して破壊を試みる。素直に破壊してくれたものもあれば、卵に関しては直前で孵化して攻撃から逃れた呪霊もいるのでフラストレーションが溜まっていく。

 

 

「役割を分けた方がいい…か。後手に回るのは悪手だ」

 

 

「ジョジョが取りこぼした呪霊を自分が倒す、でどう?」

 

 

「…いいや、それじゃあダメだ。君は集中するんだ。“わかる”まで手は出させない、俺が時間を稼ぐ」

 

 

「………頼りにするわ」

 

 

「…グラッツェ・ア・テ(こちらこそ)

 

 

美音に耳を差すジェスチャーを示し、彼女の前に出た譲はネジと釘の在庫を目視で数えつつ宙にばら撒いた。それら全てをほぼ同時に《錬金》、先程と同様のパワーに再定義して攻撃を呪霊のみに絞り、狙い撃つ。問答無用で付け狙ってくる呪霊は直接アルケミアの殴打を叩き込んで祓ってやることで呪霊の数をとことん減らす。時間経過で爆卵烈子の数個が破裂、誘爆するように周囲の卵も巻き込んで破裂してくと遠距離から狙撃している譲にも呪力汚染の影響がじわじわと染み出し、平衡感覚の乱れや耳鳴りが次第に襲ってくる。

 

 

「風車を……風力に《錬金》するッ!!」

 

 

懐から風車を摘み出した譲は呪力汚染の悪影響をこれ以上、美音に与えてはならない。それが優先事項だと風車を風力に《錬金》し、卵生呪霊の濃い呪力を風力で向こう側へと流し、美音への影響をなるべく遅延させる。呪力感知が疎かになっていた譲の足元には分厚い肉の床から潜って顔を出した芋虫呪霊が一体、美音に狙いを定めていたためスタンドで割って入ることしかできず、腹部に芋虫呪霊の口から発射された棘を喰らってしまう。

 

1/2にダメージは軽減されるが、スタンドが受けた攻撃は本体である譲にも跳ね返る。すぐにアルケミアの拳を叩きつけて芋虫呪霊を圧砕するが、譲の体力は限界スレスレまで磨耗していた。嘲笑うかのように騒ぎ立てる低級呪霊達に痙攣する肉体を手で押さえながらも鼻で笑って返してやる。

 

 

「笑って高みの見物…いつまで…そうしていられるかな。君と…組んだのは…なるべく、して…なった……のだとしても…運が…良かった」

 

 

しどろもどろになり、舌の感覚も麻痺してきた譲はゆっくりと語り出した。呪力汚染の影響が進行しているのは芋虫呪霊からの攻撃を喰らってから早まった。もう譲に残された力はない。“この一手”を完了した後は。アルケミアの口内からマジシャンの手品のように引っ張ったのは病院のカーテンであった。

 

 

「これ、予備……なんですよ。いつか……使うだろうから…ってね………俺も…お前(呪霊)も……予備の…使い方…上手いんだ……。俺だけなら…それでも勝負には…負けていた…」

 

 

「ジョジョ、ありがとう。全部聞こえた」

 

 

か細くなっていく声に呼吸すら苦しくなってきた譲はほぼ倒れ込みながらそのカーテンを静かに《錬金》し始めた。全て聞き逃さないように目を瞑って聴覚に神経を巡らせ、待機していた美音が開眼した。一体残らず生まれた呪霊に音波を絞って当てることで肉体を内部から破壊、鈴の音は振動へと変わるッ。その振動は時に破壊し、時に平衡感覚を乱して低級呪霊を惑わすことで本体の卵生呪霊を敵と誤認させて邪魔をする。呪霊がまた生まれる前に譲はカーテンで生成した透明な被膜シートを四方八方にばら撒き、卵の孵化を制限する。

 

 

「爆発する卵は全体の3割。放ったらかしてまずは呪霊の卵をやる…!その後は爆発卵!」

 

 

美音は全ての呪霊、卵の識別、敵の総数を聞き分けていた。聖徳太子が嘗て成したことを現代で更に高度な状況で実現した。シート内で揺れる卵を優先しつつ呪霊が生まれる卵を音波で破壊、その後は爆卵烈子をシート内で破裂するものの処理していく。シート内で呪力汚染の空気が滞留し、美音は調子を下げていない。

 

 

「コドモニ罪ハァアアアア"」

 

 

「さてと…梃子摺らせてくれたわね、今一生懸命作った卵も全部お見通しだから壊す。本体の呪霊は大したことできないんでしょ?焦りの音がじわじわと大きくなってる」

 

 

「返シテエエエエ……!」

 

 

「ジョジョには感謝しなきゃね…MVPは譲らせてあげる。もちろんあんた(呪霊)はワーストよッ!!」

 

 

仮名・卵生呪霊、術式名—「孵化圧殺」———譲が切り拓く活路を信じた美音の術式で周囲の卵ごと弾け飛んで再起不能(リタイア)。後日、呪霊を討伐したことで容態が回復してから院長に二人で報告をして依頼料を同額いただいてその場を後にすることとなった。

 

 

******

 

 

スマートフォンに呪霊掃討の写真を残したところで呪霊は写真にも姿が残らないので証拠として収めるのは難しい。病院側には呪霊が見える人間を通して真偽を確認してもらう他なかったが、地下の一件のことを話すと顔色が変わった。病院が改築する遥か昔に使われていた霊安室で既に封鎖していた場所だったらしい。不可解なのは丸ごと部屋が残っていたこと、埋め立てたという話の真実はわかりかねるが呪霊が無理矢理、生得領域を具現化してでも残したがったのかもしれない。

 

 

「俺も君も体の調子が戻って良かったですよ」

 

 

「…そーね。案外やられちゃったし、油断は禁物ってわかったわ」

 

 

「勉強になりました。やはり俺にはまだ早い」

 

 

病院を出てから二人でそよ風に吹かれながら、実力不足を痛感した。特に譲は猪野からの高専入学の件を頭の片隅に置いていたが、呪術師としての金城譲の価値を「証明」するには力及ばずであったため、尚更今回の件で高専入学への未来は遠くなったと実感していた。

 

 

「……ありがとう。あんたが居なかったら解決できてなかったと思う…ジョジョ」

 

 

「お互い様ですよ。俺もまだまだでした」

 

 

「それとさ…あんたのその敬語、やめにしない?堅苦しくて。戦ってた時の砕けてる感じの方がその……やりやすいから」

 

 

「わかった。美音ちゃんが望むのならそれで」

 

 

「……え?“ちゃん”…?」

 

 

「変だった?敬語ってのはそこも含んでるもんだと」

 

 

金城譲は基本的に他者との一線を引いて関わっているが、本来の性格はかなりフランクで故郷のイタリアでは好かれやすい方だった。呪術師を仕事として成り立たせるために敬語を自らに強要していたが、砕けるとかなり砕ける…脆い岩のように。

 

 

「まあいいわ。あんたこれからどうするの?」

 

 

「予約していた近場のホテルで休息を取るよ。次の依頼のアポにもまだかなり猶予がある」

 

 

「じゃあ、自分も行くから部屋追加してよ」

 

 

「ん?」

 

 

真顔での提案、というよりも命令に疑問符を浮かべた譲の答えを聞かずに鈴原美音は強引についてきたので仕方なくバイクの後部座席に乗せることにした。金城譲の忙しない旅が暫くは続きそうだ。

 

 

******

 

 

数日前の東京都立呪術高等専門学校、教師として働くある男の元に手土産もなく来客が訪問していた。サラリーマンのような白いスーツ、独特な形の眼鏡、豹柄のネクタイ、金髪七三分けの来客…それは七海建人(ななみけんと)、1級術師である。

 

 

「やあ、相変わらず早いね七海」

 

 

「あなたが遅いんでしょう、“五条さん”」

 

 

待たされて不服そうな七海が深いため息を吐く。教師として働くある男とは現代最強の特級術師であり、呪術界御三家・五条家の現当主…五条悟だった。軽薄そうでヘラヘラとした態度は相変わらず七海の性分とは合わない。

 

 

「猪野君から報告がありました。例の人狼を生け捕ったと」

 

 

「へえ〜やるじゃん。結構厄介だったっぽいのに」

 

 

「彼だけの力ではありませんでした」

 

 

「他の術師と連携するのも大事だよ。上手くいったならオーケーでしょ!」

 

 

「あなたも興味がある話題です。呪術師ジョジョ、人知れず呪霊を狩って呪詛師を連行する謎多き人物。猪野君と協力してくれたようです」

 

 

「………あっははー…マジ?」

 

 

「マジです」

 

 

呪術師ジョジョの名前が出た途端に五条の上がったままの口角と体の挙動が固まり、声音は低く真顔になる。情報が手薄だったジョジョは組織に所属せずに単独で呪いを祓っている時点でかなりの実力者として上層部からも危険視されており、拘禁…最悪の場合は死刑執行も留意される程の案件だと呪術界を騒がせつつあった。素性も人柄も呪術総監部は知る由もない。危険因子は排除せよというのが彼らの考えだが、五条悟は異なる。

 

 

「あなたでしょう?上層部に待ったと訴えかけ、呪術師ジョジョへの判決に猶予を設けたのは」

 

 

「もー七海ったら誰から聞いたのよ、また」

 

 

「猪野君です。どうせまたぺらぺらと喋ったんでしょう、あなたのことですから」

 

 

「……バレた?正直さ、ジョジョがどんな存在かってのはみーんな知りたいわけ。それまでの時間を僕が作って根回しした方が早いじゃん」

 

 

「で、何かわかったんですか?呪術師ジョジョは情に厚く、強固な信念を持ったかなりの手練れというのが猪野君の評価です」

 

 

「結構気に入られてんじゃん、それなら問題なさそうだ。実はさ、ジョジョの素性をちょこっと調べたんだけど血統が面白いんだよね」

 

 

「勿体ぶるなら帰りますよ」

 

 

「七海、イタリアのパッショーネっていうギャング組織わかる?」

 

 

五条の口から語られた組織とは———!!

 

 

******

 

 

《パラメータ》

 

【術式名】   【術者】

孵化圧殺   卵生呪霊

 

等級-1級呪霊

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