勇者の終焉、あるいは魔王の産声 作:アリスは魔王
「見つけました、モンスター……! アリスの攻撃、受けてください!」
『スーパーノヴァ』の銃口が、無慈悲な殺意を孕んで白く輝く。
エネルギー充填率100%。臨界点。アリスの指が、システムに強制されるままトリガーを引き絞ろうとしたその刹那。
"アリス今度は、どんなゲームをやる?"
静寂を切り裂く、穏やかで聞き慣れた声。
その一言が、濁流のような破壊衝動の中に、一筋の清冽なノイズを走らせた。
「……せ、ん……せい……?」
アリスの視界を覆う赤黒い警告表示の隙間に、こちらを見据える先生の瞳が映る。
先生の何気ない言葉が運命を変えた。ただ、アリスがかつてプレゼントした小さなゲームのストラップを握りしめ、まっすぐに立っていた。
思考が一瞬停止し、狙いが逸れた。
『……排除を継続します。王女よ、引き金を引きなさい』
脳内の「名もなき神々の王女」が冷酷に命じ、アリスの腕に強引な電気信号を送る。
「え……?」
ドォォォォン!!
爆音と共に放たれた極大の光軸。
しかし、それは先生の体を貫かなかった。
発射のコンマ0.1秒前、アリスが先生の声を聞き、狙いが逸れていた。
閃光は先生の頭上をかすめ、廃墟の天井を貫通して夜空へと消えていった。
「……はぁ、……はぁ……っ!」
赤く染まっていた瞳から色が抜け、いつもの澄んだ青い輝きが戻った。
禍々しく変貌しかけていたヘイローも、パリンと音を立てて元の丸い形へと修復されていく。
「先生! アリス、今……先生の事を」
"……ああ。外してくれてありがとう。でも、次は、仲間に撃たないようにしないと、アリス"
倒れた先生のもとへ、アリスが駆け寄る。
先生の頭は、熱線が掠めたことによる小さな火傷があった。けれど彼はそれを気にする様子もなく、震えるアリスを強く抱きしめた。
「違います。……外したのは、偶然何です」
「ごめんなさい、先生……アリス、先生を撃とうと……」
アリスは先生の胸の中で、壊れた機械のように何度も、何度も泣いた。
頬を伝うのは、プログラムのバグではない、温かな「心」の雫。
「……はい。アリスは、先生の仲間の勇者です。……これからも、一緒にクエスト、行ってくれますか?」
"もちろんだ。次のステージも、その次も、ずっと一緒だよ"
廃墟の隙間から差し込む月光が、寄り添う二人を優しく照らした。
それは、バッドエンドの確定を自らの手で書き換えた、勇者と先生だけの真のエンディングだった。
"シャーレに帰ろう"
「……はい、先生。帰りましょう。私たちの『セーブポイント』へ」
アリスは先生の差し伸べた手を、壊れ物を扱うようにそっと、けれど離さないように強く握りしめた。
崩れかけた廃墟を背に、二人はゆっくりと歩き出す。
月明かりに照らされた夜道、アリスの足取りはまだ少しおぼつかないものだったが、隣に先生がいるという確信が、彼女のシステムにこれ以上ない「バフ」を与えていた。
「先生、シャーレに帰ったら……まず、エネルギーを補給しないといけません」
"そうだね、何か食べて帰ろうか"
「はい! モモイに教えてもらった、あの24時間営業の牛丼屋さんのクエストを攻略したいです。紅生姜をたくさん乗せるのが、高得点の秘訣だそうです!」
さっきまで世界を終わらせようとしていた少女の口から、いつも通りの、平和で少しおかしな「勇者語」が溢れ出す。
先生はそれを聞きながら、焦げたなけなしの髪を触った。
"アリス"
「はい、何ですか先生?」
"髪の毛どうすれば良いかな?"
「よく分かりませんが髪の毛がどうかしたんですか?」
"いや、何でもないよ。取り敢えず"
"おかえり。……よく頑張ったね"
その言葉に、アリスは一瞬だけ立ち止まり、そして花が綻ぶような満面の笑みを浮かべた。
「はい!ただいま戻りました、先生! 勇者アリス、ただいまより帰還のパレードを開始します!」
二人の影が、街灯の下で長く伸びて重なる。
背後の暗闇には、もう「魔王」の気配は感じない。
ただ、夜風に揺れる先生のコートの裾と、それを見て楽しそうに笑う勇者の声だけが、静かなミレニアムの街に響いていた。
それは、どんなエピックアイテムよりも価値のある、ただの「日常」という名の報酬。
二人は手をつないだまま、光の溢れるシャーレへと帰っていった。
後日談も書いてあるよ