『ツクヨミ』に笑う棺桶がやって来た   作:ぷに凝

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見切り発車の衝動投稿。


1 「ラフコフ」がログインしました

 目を開けると、ホログラムやネオンが彩る和風の街並みと、その只中を闊歩する様相とりどりのアバターたちが織りなすいかにも仮想空間特有といった雰囲気の光景が視界に飛び込んできた。

 一瞬、その光景をすんなりと受け入れてしまいそうになるが、直後にその状況のおかしさに硬直した。

 

 プレイヤーの数、そして街の賑わいからしてここは明らかに「圏内」だ。何層の街かまではわからないが、今まで和風を押し出した街が存在するという情報は聞いたことがない。

 真っ先に考えられるのは、現在攻略組が挑戦している「迷宮区」の最前線、「転移門」を潜った先の未知の街である可能性だ。そうだとしてもなぜ自分がその街に飛ばされたのか、そして入ることができるのかはわからない。

 だが、予想外だとは驚かない。いや、驚いてばかりではいられない。このデスゲームはすでに凡百のプレイヤーの想定など軽々と上回ってきた負の実績を積み上げてきているのだから──。

 

「おい、邪魔だよボケ! 突っ立ってんじゃねぇよ!」

 

 背後から荒々しい声をかけられた瞬間、自分は反射的に左腰に下げていた“カタナ”に手を伸ばした。

 しかし、手のひらは空振り、常にそこにあったはずの相棒武器の姿はどこにもなくなっていた。

 

「なんだぁ? コイツ。ダッセ。ギャハハハ!」

「ね〜! かわいそう〜! キャハハハ!」

 

 ないものを掴もうとした自分の姿が余程滑稽だったのか、背後からやって来た男女のペアは無遠慮に笑いながら立ち去っていく。自然とその無防備な首筋に目線がいくが、かぶりを振ってその思考を打ち消す。

 今は異常事態。この状況で、必要以上に目立つ行動は控えるべきだ。

 

 自分は意識的に周囲に目を向けないようにしながら、少し歩いて表通りから外れた細い路地へと自分の身を投じた。

 そうやって人目を離れてから、悪い予感を胸に抱きながら右手の人差し指と中指を揃えて立てる。そして、祈るような気持ちと共に下にスライド。

 

 なにも起きない。

 もう一度、今度は左手で。何度も何度も試してみても、結果は変わらなかった。自分は嘆息して、ずるずると壁にもたれかかりながらその場にへたり込んだ。

 半ば予想していたことではあるが、やはりメニューウィンドウが開けない。

 これが一時的なバグや不具合で、修正パッチが当てられるものならまだいい。しかし、そうでないならとんでもないことだ。

 

 そして自分が知る限り、SAOで過ごした2年間でその手のアップデートが行われたことは一度もない。

 

 もし本当にメニュー画面が開けないなら、アイクラッドで2年間、文字通り「死ぬ気で」貯めたアイテムや装備品、果ては通貨にアクセスすることができないということなる。これは、かなり……いや、とてつもなく苦しい。ちょっとした自殺衝動が芽生えてくるレベルでショックだ。

 無論、この世の何よりも「生」に執着してきた自分がその選択をすることは、自分と、そしてこの手にかけてきたプレイヤーにかけてそれは無いと言い切ることができるが、それでもしばらくは立ち直れそうにないくらいの精神的ダメージがあった。

 

 しかし、落ち込んでいる暇は恐らく、ない。何故なら状況は狂気のデスゲームに閉じ込められていた、ついさっきまでとは一変しているのだから。

 通りの隙間から、大通りを歩くプレイヤーたちを覗き見る。そこに歩いていたのは間違いなく人間の肉体ではなく、ポリゴンのアバターだ。これは今までのアインクラッドでの生活の感覚からして間違いない。

 

 異様なのは、彼らの雰囲気や風体だ。ログイン初日のまだSAOがただのゲームだった頃ならともかく、発売初日のプレイヤー達はログインから数時間後には一様にシリアスな表情を浮かべざるを得ない状況に追い込まれた。現実以上に「生きる」ことの過酷さを知る者たちの顔だ。

 それが、道ゆく彼らのなんと緩んだ表情のことか。

 SAOのような必死さが見えないどころか、まるでこの世界が我が物であると疑っていないような万能感に満ちているとすら感じられる。そして、それをSAOのプレイヤー達が突如平和ボケしたと愚弄できない理由が、もう一つの重大な変化。

 

 それはアバター頭上に“プレイヤーカーソル”が存在せず、さらに視界隅のUIが軒並み消失しているという劇的な違いだった。

 

 SAOを受け入れ、その環境に慣れたプレイヤー達は同じプレイヤーに接触した時まず相手の頭上のカーソルを見る。

 ほとんどの場合、そのカーソルの色は緑だ。これは「通常プレイヤー」を意味し、ゲーム内の様々な機能を制限なしに利用することができる。

 逆にカーソルの色がオレンジだった時、そのプレイヤーは通称「レッドプレイヤー」と呼ばれ、窃盗や犯罪、そして「PK」。言ってしまえば殺人等の犯罪行為を犯したとして、相手プレイヤーに最大限の警戒をされると共に街中のような「圏内」と呼ばれる“アンチクリミナルコード”……わかりやすく言えば、犯罪防止措置の施されたエリアに入ろうとしてもNPCに足止めされることになる。転移することも、できない。

 

 それが存在しないということは、目の前のプレイヤーが「危険」か「安全」かを見極める術がないということだが……そもそも、そんな風にプレイヤーを見分ける必要がない世界観だったなら全く話は変わってくる。

 

 即ち。

 この世界は《ソードアート・オンライン》とは無関係の、全く別の仮想空間である可能性を考えるべきなのだ。

 

 

 仮想空間『ツクヨミ』は、“創作活動”を主眼に置いたクリエイターのための場を提供している。

 管理人兼、AIライバーの『月見ヤチヨ』は様々な形でクリエイター活動を推奨しており、それは『ツクヨミ』内で創作活動を行い、ユーザーの反応を得ることで仮想通貨「ふじゅ〜」を得て、商品の売買や応援に使えるという独自の仕様からも明確だ。

 

 はっきり言って、ぬるい。あまりにもぬるすぎる。SAOとは設計思想から何からまるで違う。

 アインクラッドが地に張った根をことごとく剪定した上で、残った新芽を厳選するひび割れた大地のような環境とするならば、この『ツクヨミ』は無計画に潤った大地を与えて雑草をのさばらせるような無法図さだ。

 

 現に少々聞き耳を立てながら通りを数分歩いただけで、この仮想空間の概要がおおよそ掴めてしまった。アインクラッドでは立ち話どころか鍵をかけた室内での密談でさえ外部に漏れる可能性を考えなければならなかった。あの世界で情報とは生命線であり、武器だった。

 

 ほんの僅かな油断が、即座に命取りとなる修羅の世界。その世界で自分は必要に駆られた結果とはいえ、自らの手で人を殺した。

 この事実を重く受け止めこそすれ、後悔したことは一度もない。『ラフィン・コフィン』に入団したのはケジメでもある。殺した以上、殺される覚悟は持っていた。それはあの「黒の剣士」との死闘を経た今でも変わらない。

 

 そんな自分が、一体なんの冗談でこのような命の危機も何もない仮想空間にやって来てしまったのだろうか。

 何故あの鉄の城に骨を埋める前に、たった一人でのうのうとデスゲームから離脱することに成功しているのだろうか。

 いや、デスゲームから離脱することに成功したとはまだ言えない。なにせこの『ツクヨミ』でも、いまだに自分には「ログアウト」の手段がないのだから。周囲のプレイヤーがやっているようにメニュー画面を開こうとしてもダメだった。自分はある種、この世界に生まれたバグのような存在なのだろうと思う。

 

 願わくば、このまま一生「ログアウト」など出来てくれるな、と。心からそう思わずにいられない。

 

「こんばんは。いい夜だね」

 

 そんな忸怩たる思いを抱え、いっそ自分自身の手でこの『ツクヨミ』を疑心と敵意渦巻く混沌に落とし入れてやろうか、という思惑が頭をよぎる中。

 しゃらんとした鈴を思わせる澄んだ声が耳に届き、振り向いた先にいたのはその名にある通り「月」を思わせるアバターの少女。

 

「あっ、やべ。間違えちゃった。こほんっ……ヤオヨロ〜!」

 

 今をときめくAIライバー。そして『ツクヨミ』の管理人である「月見ヤチヨ」がふわりとした挙動で笑顔を携えながら自分の背後に舞い降りた。

 

「すまん、後生ですのでさっきの挨拶は見逃していただければ、と! ヤッチョは配信内じゃキャラ設定ブレるのも持ち味にしてるけど、『ツクヨミ』の中は没入度高いから。その辺大事にしたいのです〜!」

 

 頬を引き攣らせながら、長い振袖をこすこすと擦り合わせて頭を下げるヤチヨ。その姿は寸分違わず、上空のホロディスプレイに映し出されるライバーが飛び出して来たと思わせる。

 彼女に手を振って「気にしないでください」と笑いかけながら、チラリと辺りを見渡す。

 不思議なことにこちらに視線を向ける者は少ない。奇妙だ。彼女は創作活動が何よりも尊重されるこの仮想空間で、一番のクリエイターのはずだが。

 

 そもそも、派手な装いをしたアバターが多い中で、なぜアインクラッド内の地味な服装をしている自分の元に彼女がやって来たのだろうか──と。そこまで考えて思わず頭を抱えそうになった。

 自らが犯したとんでもない失態に気づき、口元を手で隠しながら奥歯をぎりっと噛みしめる。あぁ、なるほど。そりゃ目をつけられて当然だと。馬鹿げた手抜かりだ。

 

「──君が使ってるの、『ツクヨミ』のアバターじゃないよね。ちょっとお話、聞かせてもらえるかな?」

 

 そうして自分は、管理人のヤチヨとしては当然の。そして自分にとっては致命的と言っていい疑問をぶつけられるに至った。

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