「これで良かったのか? ヤチヨ」
「……」
FUSHIが悲しげな顔で手すりに乗りながら、ドサリと音を立てて倒れた“彼”を見つめている。
傷だらけの甲冑とボロボロの外套というスキンの彼は、いつもどこか自罰的だった。
KASSENで無敗記録を伸ばし続けても決して慢心はせず。ブラックオニキスと友好な関係を築いてもそれを鼻にかけるような真似はせず、かぐや達の護衛も実直に勤めていた。
それは、裏で帝アキラに彼をかぐや達の護衛につけるよう頼んでいた本当の依頼主であるヤチヨとしても文句のつけようのない仕事ぶりだった。
落武者は仮想空間に精通しており、人柄も良好で、誠実で、強さをひけらかさない。彼がこのヤチヨカップでかぐやとブラックオニキスに次いで3番目に多くの新規ファンを獲得している事実にも驚きはない。
だからこそ、ヤチヨにはこうする他手段はなかった。
彼はあまりにも危険すぎる。だからもう、強硬手段に出るしか選択肢はなかったんだ。
「本当か? ヤチヨ」
「……本当、だよ」
「嘘をついてもわかるんだからな」
いつもはヤチヨのやることに異を挟むことは少ないFUSHIが、明確にヤチヨを非難していた。
ぎりっと音を立てるほど強く拳を握り込む。
「……じゃあ、どうすればいいの!?」
そうして気づけば、私は涙を流しながら爆発していた。
「この人は危険なの! ツクヨミを壊しちゃうんだよ!? だから隔離するしかないの! こうするしか……! じゃないと……!」
何も言わないFUSHIに対して、暴力のように罵声を浴びせ続けて……それでも少しずつ、尻すぼみに小さくなっていく言葉。
自分が発している言葉を、自分自身が信じていない。それを何よりも証明するかのように言葉は弱々しくなっていく。
「どうすればいいの……?」
そして最後には、救いを求めるかのような呟きだけがポツリと口の中から溢れ出ていた。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。一体何を信じて、何をすればいいのかまるでわからない。
「助けて……彩葉ぁ……」
私は地面に膝を抱えて蹲り、子供のように泣きじゃくっていた。八千年も生きているのに、情けない。
FUSHIがそっと私のそばに寄り添い、慰めをかけてくれようと……。
「……ん? おい、ヤチヨ!? あいつはどこに行った!?」
「……え?」
しかし、突如上がったFUSHIの悲鳴に似た声に顔を上げて、気づいた。
「落武者はどこに行ったんだ!?」
たった今までそこに倒れていたはずの彼が、忽然と姿を消していたことに。
*
目を覚ますとそこが見覚えのある場所であることに気づき、そして目を覚ましたという事実に驚いた。
場所は、自分がツクヨミに最初に飛ばされてきたあの大通りだ。鉄の城から近未来の和風都市に飛ばされてきた驚きを最初に感じたあの場所。
なぜ自分がそこに立っているのかはわからない。しかし考えるよりも先にあの時と同じように、自分は小走りに狭い裏路地へと入り今の状況を確認した。
腹部を確認すると当然のように傷は残っておらず、血も出ていない。これは治療されたとか傷が治ったというわけではなく、ツクヨミでの怪我を処理した結果によるものだ。
ツクヨミでは、大きなダメージを受けて部位を欠損するような場合、欠損部位は花のようなエフェクトとなって消える。暴力表現を極力排したツクヨミならではの表現ということだろう。
流血表現もない。しかし、だからと言ってあの光景が夢だったわけではないはずだ。
正直に言って、ヤチヨの不意打ちを受けたあの瞬間、自分はもう二度と目を覚ますことはないと覚悟した。
ツクヨミで死んだことは一度もない。KASSENでの残機損失という形も含めて、一度もだ。
ツクヨミにおける“死”がどう処理されるのかがわからなかったから死なない様に立ち回っていたのがその理由。
死んだ瞬間、きっと今も自分の頭を覆っているナーヴギアが脳を焼いた可能性もあるし、あるいはアインクラッドに転送される可能性もあった。
アインクラッドに戻るならまだマシだ。だが、もしツクヨミでの死が現実の死と直結しているならどうあっても死ぬわけにはいかない。
自分の死に場所はツクヨミではなく、現実世界でもなく、アインクラッドにしかないのだから。
だからこそヤチヨに想定外の攻撃を受けた時は本当に焦ったし、しくじったと思った。
だが、自分はいまだ生きているらしい。それも、周囲の景色や自分の姿を見るにここはまだツクヨミの中だ。
死ななかったのか、それとも死んでツクヨミにリスポーンしたのかはわからない。
しかしひとまずは命を拾ったことに安堵し、そして今後の動きについて考える。
まず、ヤチヨはなんらかの手段で排除しなければならない。これは確定事項だ。
ツクヨミで敵というものについぞ遭遇してこなかったせいで随分感覚が鈍ってしまっていたようだが、そもそもSAOでは自分以外の全ては敵という状況だった。
ヤチヨが自分の敵ならば、自分は生存のためにあらゆる手段を用いて彼女を排除する。わかりやすく言えば殺す。
殺すとは言っても、ツクヨミに死の概念はないので彼女をなんとかして自分の行動範囲外に追いやるなどして危険を無くしたい。それで殺したという事にしよう。
問題はその先だ。よりにもよってヤチヨはツクヨミでの最高権限保持者。ヤチヨを敵に回すということは、ツクヨミそのものを敵に回すことに他ならないのではないか。
例えるならそれは、SAOの最高権限保持者と思われる茅場と攻略組の猛者たち全員を同時に相手取るという愚行。
無論、ツクヨミとアインクラッドではプレイヤーの練度がまるで異なるので単純比較はできないが、多勢に無勢どころの話ではない。
SAOには戻らなければならない。しかし、ヤチヨという障害はあまりにも自分にとって大きかった。
正面から彼女と交戦する選択肢はありえない。であれば、彼女がやったようにこちらも彼女を不意打ちするべきだろう。
可能であれば、殺害する前にアインクラッドへの戻り方を吐かせたい。彼女がそれを知っているかどうかはわからないが、現状最もその手の情報を持っている可能性が高い人物だ。
なにせ、自分は彼女に直接被害を齎したわけでもないのに彼女から攻撃を受けたのだ。
彼女の思惑は定かではないが、少なくともヤチヨが自分を危険な存在と見做していることは確実。
そして今の所、ツクヨミでこれといった悪事を働いてない自分がヤチヨに危険視されるとしたら、それはアインクラッドでの自分を知っている可能性が高いと考えるべきだ。
どこまで知っているのか? 重要なのはそこだ。
ラフィン・コフィンやPKのことまで知られているなら完全にアウト。ヤチヨと自分は敵対以外の道はない。
知っているのがSAOと、自分がそのプレイヤーであるという事実だけならまだ話が通じる可能性がある。近づく隙が生まれる。
ただ、後者の可能性は低いと考える。
なぜなら先述した通り自分はツクヨミでは“まだ”何もしていないからだ。
彼女の性格上、真っ先に攻撃を加えてくるならそれは自分が脅威だという確信があっての行動のはずだ。彼女もツクヨミの管理人として、事態が大事になるのは避けたいはずなのだ。
つまり、ヤチヨはほぼ間違いなく敵対する確率が非常に高い。というより、もう敵対している。
ツクヨミの管理人である彼女だが、自分を排除するのに直接的な攻撃を加えてきた以上、無条件でこちらを無力化するようなコマンドが存在しないと考えていい。
やはり不意打ちは有効だ。というより、それ以外の手段はない。そして、そのための場に選ぶべきは。
ライブだ。
ヤチヨカップ終了後、ヤチヨは優勝したライバーとコラボライブを行う。そこに現れるのは必ずヤチヨ本人のはず。
人目が多いが、その分ライブの雰囲気に当てられて会場は浮かれているはずだ。
ライブ中にヤチヨを襲撃する。そして彼女から聞き出す。
自分の何を知っているのか。そして、あの地獄へと帰るための方法を。