『ヤオヨロ〜!!』
「あっ、ヤチヨだ」
「? どうしたんだろ。緊急生配信?」
私とかぐやは、その日もツクヨミで路上ライブを開催していた。
今日は落武者さんは来ていないが、元々かぐやへの求婚目的に集まっていたライバーの多くは彼に蹴散らされていたので、特に問題はない。
ただ、ここしばらくは毎日顔を見せに来てくれていた彼が連絡なしに来なくなってしまったのは……なんというか、別に義務じゃないから仕方ないんだけど、少し寂しいと思っていた。
かぐやは「オッチン? KASSENやってんじゃない?」とお気楽な様子だけど。うん、まぁ多分そうだよね。
そんなヤチヨカップも終盤に入った今日、ツクヨミの頭上にヤチヨの配信画面が大きく映し出されていた。
『ヤチヨカップも終盤戦! みんな〜!! 楽しんでる〜!?』
「「イェーイ!!」」
『声が小さいぞ〜!!』
「「「イェーーーーーイ!!」」」
いつもの調子でノリノリなヤチヨに、周りのみんなが一斉にコールを上げる。
だけど、なんだろう。なんか、ちょっと変な感じがする……? いつもとちょっと違うような。
ヤチヨの声、少し震えて……なんだか、焦ってるみたい。
『よしよし。そんな最高な君たちのためにぃ〜……! ヤチヨカップ終盤戦を彩るゲリライベントを開催しちゃうよ〜!! 題して“踊る!落武者大包囲網”!! わ〜! パチパチパチ〜!!』
「踊る落武者……」
「大包囲網……?」
私とかぐやは二人して首を傾突如開催された謎のイベントに首を傾げた。
『ルールは簡単! みんなはあの最強のKASSENプレイヤー。通称、落武者くんのことは勿論知ってるよね! 今回はなんと彼に協力してもらって、ツクヨミのライバーみんなで落武者くんを捕まえちゃおうってイベントなのだ〜!!』
「え!? オッチンをみんなで!? 面白そうじゃん!!」
驚きのイベント内容にかぐやが目をキラキラと輝かせ、ざわざわと周囲の人たちが騒がしくなる。
『見事落武者くんを捕まえた人には、一気にヤチヨカップ優勝に近づく特大ポイントをプレゼントしちゃうよ〜!! あ、ちなみにイベントに参加するだけで優勝者ほどじゃなくても特典があるから、奮ってご参加しちゃってね!』
「うおおお! これなら俺もワンチャンあるじゃん!」
「いや、無理じゃね?」
「全員でやるんならいけるだろ」
「でもあの人めっちゃ速いよ……?」
「参加するだけでポイントもらえるならやってもいいかな」
「ってか単独イベント開いてもらえるなんて羨ましい〜」
喧騒の内容はやる気6割、不安3割、傍観1割といった割合だ。落武者さんの強さはかぐやの護衛の件もあって語り草。そこにフォーカスされたイベントが開催されることを疑問視する人はあまりいないみたいだった。
「だけど、なんだろう……」
私の胸にはなんとも言い難いざわざわとした不安感が込み上げてきていた。
こんな大規模なイベントが開催されるなら、ヤチヨと落武者さんの間では事前に話し合いがされていたはず。それなのに彼はそんな素振り全く見せなかった。いや、サプライズなら言わないのは当然だけど……昨日ヤチヨと二人でどこかへ行ったのがそれだったのかな……?
それにこのイベントの内容も、なんというか……いつもみんなを公平に扱ってくれるヤチヨにしては珍しいというか、少し唐突気味というか。
ヤチヨのことは大好きだけど。なんか、少しらしくないって思っちゃう。
「考えすぎかな……」
だけど、何よりも私が不安に感じるのはきっと。
他でもないヤチヨの顔に、ほんの僅かに……いつも彼女を見ていないとわからない程度に、ぼんやりとしか感じられないけど。
ヤチヨがどこか、怖がっているように感じられたのがいちばんの理由なんじゃないかと思った。
「いろは! 行こ行こっ! 早くしないとオッチン捕まっちゃうよ! 私たちで捕まえようよ!」
「……うん、そうだね」
そんな不安も今は押し殺して……せっかく落武者さんを捕まえるイベントなら、彼に直接聞けばいいと私は思い直した。
*
ヤチヨはこちらの位置を把握できていない。
ツクヨミの上空に浮かぶモニターで告知されたゲリライベントの内容を聞いて、まず自分はその事実を確認した。
もしヤチヨが自分の位置を把握できているなら、マップ上にリアルタイムでその情報を全ライバーに共有させればいいはずだし、そもそも自分の周囲の区画を封鎖するなりなんなりして無力化する手はいくらでも打てたはずだ。
どこにどんな状態でいるのかがわからない。だからこそツクヨミのライバーを総動員して自分を捕まえさせる。
それをイベントと称して実行するために、わざわざこんな回りくどい方法を取ったというわけだ。
ツクヨミに必要以上の混乱を呼ばず、開催中のイベントを邪魔することもなく、むしろ盛り上げるのに活用してしまう。その立ち回りと機転の速さは流石にトップライバーの地力を感じさせるものだった。
ニィ、と口の端が吊り上がり自分の中の闘争心が久しぶりに沸き立つのを感じる。
いいだろう、月見ヤチヨ。お前が仕掛けた大舞台にこちらも乗ってやろうじゃないか。
足に力を溜めて、暗がりの路地から景色がぐにゃりと歪むほどのスピードで飛び出した。
「ん? あっ!? おまっ……!」
ピシィン、という金属が擦れ合う高い音がして、刃を鞘に納める。
その瞬間、自分が飛び出した場所に立っていたライバーの一人が胸に一閃の傷を受けて上体と下半に別れた。
なるほど、KASSEN中でもないのに装備が使えるようになっている。自分を捕まえるために解放したのだろう。
かぐやのように武器がそのままライドになっている場合もあるわけだから、素で足が速い自分に追いつくためには鬼側に装備があった方が都合が良い。
逆に、自分に装備が解禁されていたとしても近接主体のカタナと連発ができないライフルは逃走に不向きというわけだ。
しかしだ、月見ヤチヨよ。もしかしたらお前は勘違いしているのかもしれないな。
自分は確かにKASSENで正面戦闘をしてきた。それは現実的に可能だったからということと、ツクヨミでは“魅せプレイ”をすることでふじゅ〜が獲得できるという明確な利があったからだ。
だがアインクラッドで自分が生き残ってきた理由は、決して正面戦闘の巧さが理由ではない。
逃走、罠、妨害、工作……むしろ徹底的に正面から敵とぶつかることを避け、ただひたすら命を守ることに全力を賭けてきたからこそ、凡人である自分が化け物だらけのあの戦場でかろうじて立っていられたのだ。
背中を走る悪寒のようなものに反射的に従い視界を動かし、大きく右側に飛ぶ。
瞬間、たった今自分が立っていた場所に無数の矢が突き立っていた。それだけを確認すると素早く地面を転がって建物の軒下に身を隠す。
「おにーさーん? 痛くしないから出ておいでー?」
「ダメよ、出てきちゃ。そこにいなさい。あなたを倒すのは私なんだから」
遠くから聞こえてきた甘ったるくてやる気のない声と、頭上に聞こえた大人びていながらも子供じみた声に舌打ちする。
考えられる中で、見つかりたくないランキング1位と2位に早々見つかってしまった。幸先が悪いなんてもんじゃない。
「ちょっと、そこのカラスのおねーさん? おにーさんが見えないんだけど? どいてくれない?」
「うるさいわよ、BLメイド。あんたはいつも通り帝の腰巾着でもやってなさい」
「……カッチーン」
挑発的な応酬を交わす、地と空の二人の弓使い。
駒沢乃衣と黒羽カカのタッグが、自分の逃げ場を完璧に塞ぎ込んでいた。