『ツクヨミ』に笑う棺桶がやって来た   作:ぷに凝

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「おらぁっ!!」

 

 空中で受けたアキラの刃。

 普段なら彼との鍔迫り合いを演じて力負けするようなことはそうそう無い。しかし今は向こうに勢いが付いていて、こちらは不安定な体勢だ。

 

 このまま空中で姿勢を崩せば、1秒と経たずに地面に叩きつけられて着地失敗。その隙を見逃す彼ではないだろう。何より自分は今、空中に飛んで目立ってしまった。

 地上に落ちれば、そのまま多勢に無勢でなす術もなく捕えられることになる。

 

 哀れ、落武者。結局は数という圧倒的な力の前には首を垂れて降伏するほかないのだ。このような盤面を整えられた時点でそもそも敗色は濃厚だった。

 

 自分にできるのは、せいぜい足場のない空中で“盛大に”姿勢を崩すことくらいである。

 

「……なっ!?」

 

 刃が触れ合い、そのまま押し切ろうとアキラが力を込めた瞬間、自分は刀にかけていた力をふっと抜いた。

 当然、抑えを失ったカタナはそのまま振り抜かれ自分の肩口を切り裂いた。しかし、アキラにとっても予想外の動きをしたことでそれはあくまで擦り傷を付けただけ。そうなるように受け流したのだ。

 

 代償に捧げたのは擦り傷と安定した姿勢。なれば代わりに得るものがあるのが道理だ。

 

「うぐっ!? て、てめぇ!」

 

 カタナを振り抜く勢いのまま空中をつんのめるアキラの襟首を掴み、カタナを握った腕も掴んで背後から彼を拘束する。

 足は踏み場のない空中でじたばたと暴れるのみで、空いている方の手も背後の自分には届かない。

 

「ごはぁっ!?」

 

 そうして、空中で“踏み場”を得た自分はそのままアキラの背を蹴って空中で跳ねた。

 

「わっ! ととっ」

 

 再度の跳躍で伸ばした腕が飛翔するカカの腕を取り、自分は再び空に逃れることに成功した。

 

「あ、あなた無茶苦茶するわね……あの一瞬でどんな風に動けばこうなるのよ」

 

 “何も難しいことなどしていない”とカカに返す。

 そも、仮想空間では人体の制限や常識など無視した機動が当たり前のように行われる。どれほど高度な物理エンジンを搭載した所でバグは起きるし予想外の挙動をするものだ。

 

 常識などというのはこの世界での可能性を狭める檻に過ぎない。好きに動きたいなら、まず常識を疑うところから始めなくては。

 

「相変わらず何言ってるのか全っ然わかんない……けど、これで逃げられるわ!」

 

 地面に墜落したアキラが地上からこちらを恨めしげに睨んでいるのが見える。その傍らには雷と、乃衣の姿が見えた。

 乃衣はこちらに照準を合わせ追撃を試みたようだったが、すでに射程外に気付き頬を膨らませながら弓を下ろした。

 

「私のおかげね?」

 

 捕まっている腕の先を見上げると、得意げにむふーと胸を張るカカの姿が見えた。

 確かに、今回は彼女に助けられた。こうして空に逃げられなければ今も地上を逃げ回っていただろうし、それはきっとどこかで限界が来たはずだ。

 

 いつもは何かと理由をつけて戦いを挑んでくる彼女だが、今回ばかりはそのしつこさに助けられ……。

 

「? どうしたの?」

 

 ほっと胸を撫で下ろすも束の間。自分はバッと顔を上げて首を傾げるカカの向こう側から飛んでくる小さな影を凝視していた。

 

 影は二つ。どちらも自分たちと同じように空中を飛んでいて……その影がハッキリしてくると、げんなりとした気分に沈んだ。

 

「え? え!? な、なんなの!? まだ誰か来るっていうの!?」

 

 

「──いぃやっほー!!」

「かぐや! スピード出し過ぎ!?」

 

 

 一方の影は、巨大な鷹に跨り湾曲した二振りの武器を携えて。また一方はジェット噴射で勢いに乗る竹筒を足場に、歓声を挙げながら自由に飛び回る。

 

「オッチーン! 迎え来たよー!!」

「え? く、黒羽カカ!? なんで一緒に!?」

 

 お馴染みの着ぐるみ姿のいろPとかぐやが、高速ライドで向かい側から急接近してきていた。

 

「……あなた、随分女の子の知り合いが多いのね?」

 

 二人の姿を認めたカカが、何故か不機嫌気味に言いながらブラブラと腕を揺らした。

 「腕を離すなよ」と念の為忠告しておくと、ぷいっと顔を背けて不機嫌な顔のまま空を駆けるスピードを上げた。

 

「あ! ちょっと! 逃げるな〜!!」

「いや、そりゃ逃げるでしょ……落武者さ〜ん! 私たち味方です!」

 

 大きく腕を振りながら、二人の少女が近づいてくるのを確認しながら、腕を掴むカカに確かに力が入るのに気づいて……つくづく,自分のような人間には似合わない役回りだと苦笑した。

 

 

「え!? オッチンなんも知らされてないの!? ヤバ! 詐欺じゃんヤチヨ!」

「そんな……ヤチヨがそんなことを……?」

 

 空中を飛びながら四人に増えた道中を進んでいく。

 このイベントは配信されていたようで、自分が逃げ回る姿がツクヨミ中に拡散されていた。

 

 その配信を見たいろPとかぐやは自分の逃げ方に違和感を覚えたようだ。

 確かにグリッチ技を使ってまで逃げに徹するような真似はしたことがないし、何より時折入る不自然な妨害が怪しさ満点だった。

 

 ここはツクヨミで、ライバー達の集う仮想空間である以上全ては“エンタメ”である。観衆を楽しませることこそ至上の世界。それなのに、どう見ても管理者権限を持つ者しか行えない妨害行為が配信で流れれば誰だって不信感を持つものだ。

 

「ヤチヨはいつも、私たちを楽しませることを第一に考えてた。だけど今のヤチヨは……なんていうか、余裕がないっていうか……」

「なんか怖いよね〜」

「……うん」

 

 言いながら、いろPが気落ちしたように肩を落とす。

 彼女は月見ヤチヨの大ファンだ。今では“推し”というのだろうが、いろPは何よりもヤチヨを推すことを人生の生きがいとしているような節があった。

 

 だからこそ、普段とは違うヤチヨの様子に気づいた。そして、そうなった原因を自分が知っているのではないかと考えここまでやってきたわけだ。

 

「ここに来る途中、みんなが何となく今回のイベントに不満があるのが聞こえてきて……まるでいじめみたいだ、とか。ヤチヨってこんな悪趣味だったっけ、とか……」

「彩葉……」

 

 声の調子が沈んでいくいろPの言葉に、自分は一人勝手に納得していた。

 なるほど、道理で黒鬼以外の追っ手の勢いが弱いと思ったら、どうやら一般ユーザー達もこのイベントの違和感に気づき始めているらしい。

 

 ヤチヨの妨害も、カカが援軍に入ったあたりから見られなくなった。ユーザーが不満を抱いているのを察して、大きく動くことが出来なくなったのだと思われる。

 

「落武者さん、その……ヤチヨのこと、嫌いにならないで欲しいんです」

「……今の話を聞いている限り、ヤチヨは随分勝手な事してるみたいじゃない。それで嫌わないで〜とか、都合が良すぎるんじゃない?」

「で、でもっ! ヤチヨは……本当はこんなことする人じゃ……!」

 

 いろPに振り向き「彼女にも事情があるんだろうから、まずは話を聞きに行こう」と、諭す。

 

「……そう、ですね。とにかく、ヤチヨに会わないと」

「むぅ〜っ、オッチンのみならず彩葉も悲しませるなんて……! ヤチヨー! 首洗って待ってろー!!」

「AIって体洗うの?」

「え? 洗うんじゃない? 知らんけど」

 

 自分たちは4人揃って、ツクヨミの中心……ヤチヨカップの優勝者がライブをする予定だったステージへと向かっていた。

 全てはヤチヨの真意を図るため。そして、自分を純粋に心配してくれる彼女らの厚意のため。

 

 好都合だ。

 自分だけでなくかぐや達も同席していれば、ヤチヨは姿を現すはず。そこで自分は改めて彼女に問うとしよう。

 

 この輝かしき暴力が遠ざけられたツクヨミの世界を、血みどろの地獄に変えるか。それとも、自ら命を絶つか。

 AIを名乗るが、恐らくは意思を持つ生命体である彼女がどんな選択をするのか。

 

 その瞬間を想像すると、全身の血が湧き立つような高揚を覚える。

 

 久しく忘れていた本能が地獄の底から芽を出して、今か今かと発芽の時を待っているのがわかった。

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