──昔々、あるところに。
ツクヨミに名を轟かせしクソ強プレイヤーありけり。其の者、一振りのカタナ振るひ目にも止まらぬとさに地を駆けば、
名をば「◼️◼️◼️◼️」となむいひける。「落武者」って呼ぶべし。
……なんか面倒くさくなってきちゃった。普通に話そ〜。
ともかくさー、ヤッチョとしてはそんなあり得ない存在がいきなりツクヨミに現れて、内心冷や汗ダラダラだったんだよね。強制ログアウトさせようとしても何故か弾かれちゃうし。
我、管理人ぞ? そのアクセスを弾くとか何? 意味わかんない。こちとら月のオーバーテクノロジー使ってんのに、普通に無効化してくるの草。草じゃないが……。
ただ、一個だけわかったことはある。それは落武者くんのアバターは、今の地球の技術体系とは全く違う進化を辿ってきた未知の技術が使われているってこと。
異星文明かな? と思ったけど、随所に地球の技術の発展系らしき痕跡が残っていたから、どちらかと言うと「今とは違う進化をした地球の技術」と言った方が正しいかもしれない。
ハイ、並行世界案件です。ほんとーにありがとうございましたー。
……マジで勘弁してよ〜。せっかく彩葉とかぐやが出会って、良い感じに正史通りに進んでるのにさー。こんな爆弾放り込んだら歴史変わっちゃうって。本当に、助けてほしい。
落武者さん、一見穏やかで無害そうだけど……立ち回りや視線の動きが明らかに周囲を警戒してるんだよね。
いきなり並行世界に来ちゃったんだから、そりゃ警戒するのは当然だけど、それとは少し違うっていうか……まるで周りの人間全員が敵だと思ってるような感じ。
だから、まずはツクヨミで好きに過ごしてもらって今の警戒心MAX状態が解除されるのを待ってたんだけど……全然、警戒解いてくれないんだよねー。
それでもいつかは……と、悠長に構えていられたのもあの事実を知るまでだ。
警戒は解いてなかったけど、ヤッチョがツクヨミの中で交わされる全ての会話を、常に聴いているとまでは思ってなかったんだろうね。彼が自分の素性を独り言で口にした時があった。
「ソードアート・オンライン」、「デスゲーム」、「PK」、「ラフィン・コフィン」、「レッドプレイヤー」。
それらの単語は初耳かつ途切れ途切れで、詳しい意味はわからない。だけど前後の文脈や声の調子から、どんな意味を持つ言葉なのか推測はできる。
落武者さんは、かつてこことは違う仮想空間で何度も「PK」を重ねていた、殺人者だった。
それも彼は自分の行いを反省などしておらず、また殺しの日々に戻るために、元の世界に帰ろうとしている。元の……多分、人の命が本当に奪われる仮想空間で。
あくまでそれは推測。だけど、これが事実なら彼の異常なまでに最適化された「対人戦」のスキルも、その動きが正面戦闘よりも暗殺や罠などに特化している理由も、全部、全部。説明がついてしまう。
この人は危ない。
ツクヨミでは体力がなくなっても人は死なない。だけど、もしこの人が元いた世界に帰ったら、一体何人が彼に殺されることになるの?
そうじゃなくても……こんな危ない人を、少しでも信用して彩葉のすぐ近くに置いてしまった自分の馬鹿さ加減には呆れるしかない。
8000年かけて辿り着いたこの未来が、彼のような異常者に壊されるわけにはいかない。ここまで来たのに、彩葉に何かがあったら死んでも死にきれない。
だけどこんな事……いきなり彩葉に話しても、びっくりさせちゃうだけだよね。だって、彼は“まだ”何もしていない。誰も彼の危険性に気づいてない。私だけが知ってる。
それなら、私がやらなくちゃ。何かが起きる前に、何も起こさないために、私が全部を終わらせるんだ。
それでさ、彩葉。このことが全部片付いて、かぐやと三人でライブをして。そしたらかぐやは月に帰っちゃうかもしれないけどさ……そのあとで。
彩葉に本当のこと、ちゃんと全部話すから。かぐやのことも、私のことも、彼のことも。だから……だから……。
「……そんな顔、させたくなかったな」
彼と一緒に私のことにやってきた彩葉が、泣きそうな顔をしているのを見て……私は、自分が選択を間違えてしまったことをようやく理解した。
*
「……追っ手が増えてきたわね」
空を飛びながら、ヤチヨがいると思われるツクヨミ中心部に聳え立つ五重塔のような建物を目指す。
カカの言葉に背後を見ると、確かに一時期まばらになっていた追っ手がどんどんと勢いを増しているのが見えた。
『さぁさぁ! 落武者さんは今、このエリアを空を飛んで逃走中! ここでゲスト参戦してきた黒羽カカちゃんも、撃破すればポイントゲットだ〜!!』
「いよいよ、なりふり構わなくなってきたわね」
その理由は、上空から響くオタ公氏のハイテンションなアナウンスが原因だろう。自分だけでなく、なんとカカまで捕獲イベントの対象となった。自分を捕まえるための障害はなんとしても排除したいとする思惑を感じる。
「……落武者、大通り上空に差し掛かったらそこで別れましょう。あなたは走ってヤチヨの元を目指して」
どうしたものかと思案する自分に上空から提案がかかり彼女を仰ぎ見る。
「ターゲットが二人になったなら、私とあなたで追っ手は二手に別れるはず。弓持ちは狙いをつけられない貴方より、私を捕えようとするわ。その方があなたにとっても都合がいいでしょ?」
「でも、カカさん……」
「勘違いしないで。あなたたちに協力するわけじゃなくて、簡単に捕まると思われてるのが癪に障るだけ。私のイメージに関わるのよ」
「わぁ、絵に描いたようなツンデレ……」
「う、うるっさいわね、かぐや! 一応言っとくけど私とあなたってライバルなんだからね!」
「え、ライバル!? なにそれ! かっこいい!!」
「……いろP、あなたの相方、大丈夫なの?」
「ま、まぁ。かぐやはいつもこうだから……」
「そう……お互い苦労するわね……」
「……もしかして今、かぐやバカって思われてる?」
かぐやの名推理を軽く流しながら、自分はカカの提案の有用性を考えていた。
確かに二手に別れる策は有効だ。この先、ヤチヨに近づくにあたり厚みを増すだろうだろうプレイヤーの壁を突破するにあたり、背後に警戒をしないで済むに越したことはない。
「わかりました。じゃあ、私はカカさんと一緒に……」
「はぁ? 何言ってんの。あんたたちは落武者に着いて行きなさい」
「え? でも、それじゃ……」
「何のためにここまで来たのか、もう忘れたの? ヤチヨと話をつけるためでしょう? 私を逃すためじゃない。そうね?」
「それは……」
「それならあなたは自分の目的を果たすのよ、いろP。顔に書いてあるわ。ヤチヨと話したくてたまらないって」
「……」
「じゃあ、降ろすわよ落武者! 後は頑張んなさい!」
「カカさん!」
大通りに差し掛かり、腕を掴んでいたカカが手を離す。と同時に自分は空中に放り出された。
「大丈夫よ、私のことは気にしないで。むしろあなたたちの方が心配だけど……まぁ」
腰のカタナに手を添え、一瞬目を閉じる。
「来たぞ!」
「囲め囲め! こんだけ人数いりゃ流石の落武者も……」
視線、人の数、動き。電子信号でしかないそれら一つ一つを「気配」として掴み取ることで、仮想空間では先読みに近い挙動を取ることができると、自分は知っていた。
「最強の護衛がついてるんだから、問題ないか」
カカが飛び去るのを確認して、カタナを一閃。
「えっ」
「は?」
その一振りで、着地点にいた野次馬を掃討し、さらにその先の進路までの道を切り拓く。
「……落武者さん」
「お、おお……生で見たの初めて」
自分は振り返り、消滅したアバターから舞い散る花弁を払って、“ヤチヨに会いに行こう”と笑った。