『ツクヨミ』に笑う棺桶がやって来た   作:ぷに凝

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17 笑う棺桶

「はい、クライン。出来たよ」

 

 迷宮区でのレベリングから帰ると、そう言って彼女は自分の好きな笑顔でその手に持つものを差し出してきた。

 目を瞬かせて一体何事かと受け取ると……それがあまりにも見慣れたもので、自分はギョッとした。

 

「誕生日プレゼント。デザイン、それで大丈夫そ?」

 

 それは、自分がかつて……風林火山の仲間たちと共に、短い間戦っていた時に巻いていたバンダナだった。

 赤い生地に、黄色の差し色。カルーが、アクトが、トーラスが、オブトラが、ジャンウーが、レントが、自分が。全員で赤備えして揃えて、いつかこのデスゲームを生き残ろうと。

 

 もうすでに捨ててしまったはずの誓いが、今また形を成して自分の前にあった。

 

「エギルからどんなデザインだったか聞いたんだ。喜んで教えてくれたよ、ずっとクラインのこと心配してたみたい」

 

 彼女がはにかみながらそう言ったのを、自分は歯を食いしばって涙を堪えた。

 わかってたことだ。エギルに心配も迷惑もかけ倒しなことは。それをわかった上で、その気遣いを全て踏み倒して生きてきたのが自分だったのだから。

 

「──は? 受け取れない?」

 

 自分は俯いて差し出されたバンダナを彼女に返した。今の自分にこれを巻く資格はない。本当なら背負っていかなければいけない重みに耐えかねて、それを捨ててここまで逃げてきた自分が今更どの面下げて──。

 

「あ゛〜! もうっ、うだうだ言わない! はい! さっさと受け取る! んで巻く! はよせんか!」

 

 そんな自分の覚悟もなんのその。彼女は全てを無視して無理やり自分の頭部にグルグルとバンダナを巻き始めた。あまりの力技に呆然としている間に、頭だけミイラ男の誕生だ。

 

「あのね、クライン。私はあんたの仲間に会ったことはないから、どんな人なのかは知らない。けど、そんなに思い詰めるくらいには、いい奴らだったんでしょ?」

 

 右目だけがバンダナで隠れ、残った左目ですぐそこまでずずいっと近寄った彼女の意思のこもった目に圧倒される。

 

「だったらさ……絶対、あんたが落ち込むよりは、楽しんで生きてる方が嬉しいって。少なくともあたしならそう。そりゃ、忘れられるのは寂しいけどさ」

 

 頭が……バンダナの上から、柔らかな何かで包まれて、全てを投げ出してしまいそうな心地よさが胸を満たしていく。

 

「いつまでも縛られるより……きっと、前を向いて生きてほしいと思うよ。今は難しくてもさ、少しずつでいいから」

 

 真っ暗な視界が、なにか熱いもので浸されていく。あぁ、彼女が編んだものを、自分のもので汚してしまう。そのことが、何よりも申し訳なく感じる。

 

「ほーら、泣かないの。あんたが守ってくれなかったら……あたしだってここにいないんだから。あんたのおかげで私は生きてるんだからさ」

 

 ──何故、自分はこれを忘れてしまったのだろう。何故自分はこの光景を、心の奥底にしまい込んでしまったのだろう。こんなに大切な彼女の……ミトの記憶を、なぜ。

 

「──」

 

 ……ああ、そうだ。思い出した。

 

「クラ、イン……」

「あれぇ……?遅かったねぇ。落武者ぁ?」

 

 この先の光景を忘れるために、一緒に封じ込めてしまったのだった。

 

 胸に深々と突き刺さったナイフ。麻痺毒により自由を奪われた彼女を足蹴にする、頭陀袋を被った男。

 

「もうすぐこの子は死んじゃうよお!?」

 

 減り続けていくHPバー。頭が沸騰したように駆け出して、猛然と男に襲いかかる。

 殺す気で、いやコイツを殺して彼女を助けなければいけない。

 

 殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す──。

 

「だからお前は、誰も救えない」

 

 ふと、真っ赤になった視界の片隅に。

 倒れたままの彼女の命が底を尽きた瞬間が、見え、見え、見え……。

 

──俺は、何をやってるんだ?

 

「──」

 

 取り返しのつかない失敗を犯したと気づいた時には全て遅く、伸ばした手も空を切って。

 最後まで笑顔だった彼女が何を言おうとしたのかも、拾いこぼして地面にぶちまけた。

 

 殺意と憎悪に呑まれた、愚かな男のせいで死んだのだ。

 

「……ブッ! ッギャハハハアッハアッハハハ!!」

 

 狂ったような笑い声が脳にこだまする。

 

「お前のせいだぞぉ!? 落武者ぁぁあッハっははあああ!!」

 

 不快なノイズと世界が崩壊していく音だけが全てを支配していく。

 

「酷い奴だなぁ! 自分の復讐のせいで、女を巻き込んで死なせちまうなんてさぁ〜! ひっどいなぁ本当ォにぃ!!」

 

 いなくなった彼女を探して……かつて、自分が復讐を果たしたその場所で彼女を見つけ、そして救えたはずの命を取りこぼして死んだのだ。

 

「……お前がオレの友達を殺したこの場所で、女とお前を殺してやりかったんだ〜。あ、もう女の方は死んでたか? アッハァ」

 

 彼女を殺したのは誰だ? このゲームか? レッドプレイヤーか? 毒ナイフか?

 違う。彼女を……ミトを殺したのは、ついぞ消えなかった自分の中の復讐心だ。

 

「お前も同じだ、落武者。お前が殺した奴らとお前は同じ人間さぁ……お前とオレに、なんの違いもない。そうだろ?」

 

 こいつと、自分は同じ。

 男のその言葉を聞いた瞬間……自分の中でカチリと、何かのスイッチが入った音がした。

 

 きっとこの時の自分は、救いを求めていた。救えない自分を救うための方便が、欲しかった。

 

「……がっ、ハッ!?」

 

 その救いを、男はくれたのだ。だから返礼として彼を殺した。

 

「……く、クククッ……やっぱ、お前……同類だなぁ……?」

 

 その通りだ。

 

 自分は最初から、こいつのようなクズと同類だったのだ。彼女に関わる資格も……かつての仲間たちを背負う資格も、何も持ち合わせてはいなかった。

 分不相応に人の温もりを求めたせいで、大勢を殺した。全ては自分が原因だ。だからここからは、間違えないようにしなければ。

 

 ちゃんと、生きる価値のないクズとして生きていく覚悟を決めなければならないのだ。

 そう思うと……なんだか、救われたような気がして、自分は初めて晴れやかな気持ちで人を殺すことができた。

 

「──オイオイ、マジかよ。ジョーがやられるなんて、全く予想外だぜ? ククッ」

 

 カーソルの色が変わった後、自分の前に現れたのは笑いが堪えきれないといった様子の黒ポンチョの男。

 あの男の仲間らしかったので、同じように殺そうとして……スッと突き出された“笑う棺桶”のタトゥーが彫られた平手に制される。

 

「なぁ、お前。俺についてこねぇか? どうせ、もうこんな茶番に付き合う気もねーんだろ? なら一緒にやろうぜ。ショータイムさ。俺のショーに加われば──」

 

 平手がそのまま、誘いの手引きへと変わる。誰の目にも明らかな、危険な誘いだ。その先に待っているのは間違いなく破滅。

 

「──このクソゲーが、神ゲーに思えてくるぜ?」

 

 ……そんな地獄への手引きなら、全てを失ってただの幽霊と成り果てた今の自分にはピッタリだと。

 そうしていつか、誰かが自分を殺すまで……当てのない、彷徨うだけの旅が始まった。

 

 

「……クラインさん」

 

 長い、長い長い旅だったように思う。

 アインクラッドから不意の事故で脱出してしまった時は、どうやって戻ればいいものかと頭を抱えたが。

 

 刀を抜き、まっすぐに目の前の彼女へと……月見ヤチヨへと向ける。

 

 自分は今からお前を殺す。自分に敵意を向けたお前を、敵とみなして攻撃を加える。

 ここがアインクラッドでなかろうと関係ない。あらゆる手段を用いて、自分はヤチヨを殺すだろう。それが嫌なら自分を殺す他ない。

 

 自分に敵意を持ち、自分の過去を知るヤチヨなら……きっと、背後で今か今かと自分の首を絞めようと機会を窺う幽霊たちも浮かばれるだろう。

 

「落武者、さん」

「……」

 

 さぁ、決着を付ける時だ。生き残りたければ殺す他ない。

 彼女と同じ場所で死ねないのは無念だが、それでも、ヤチヨならその資格はあると認め──。

 

「いや、話聞けよ」

 

 ──スパァン!という小気味よい音と共に、自分の頭がはたかれた。

 

「……えぇ」

 

 緊迫した空気を切り裂くその音にヤチヨが頬を引き攣らせてドン引き。

 

「……かぐや?」

 

 いまだ状況を掴めていない彩葉がぱちくりと目を瞬かせて。

 

「オッチンさー、ちょっと真面目すぎんじゃない?」

 

 ……自分の頭をはたいた下手人であるかぐやを、その場の全員が信じられない目で見つめていた。

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