「さっきから聞いてて思ったんだけどさぁー」
緊迫とした空気に似合わぬ、うんざりとしたようなかぐやの声色はいつも以上にやけに響いて聞こえた。
「オッチン、別に悪くなくね?」
「え、えぇ!?」
「い、いや流石に……」
そして投げ込まれたかぐやの意見は、まさに爆弾と呼ぶべき威力を秘めたものだった。つまりそれは、ここまでの話を聞いた上で自分に非がないとする訴えだ。
反応するのはヤチヨと彩葉。二人はかぐやの突拍子もない意見に、流石に首を傾げて困惑げな表情。そんな二人の態度に不満を抱いたのか、かぐやが「むっ」と頬を膨らませて言葉を続けようと──。
「ちょ、ちょっと!?」
する前に、かぐやの喉元に鈍く輝くカタナの切先が向けられた。あとほんの数ミリ、前に突き出すだけで彼女の喉を突き刺す位置に。
勿論、それをしたのは自分だ。先んじて言っておくとこれは冗談でも脅しでもなく、ここから先の展開如何によっては自分は本当にかぐやの喉を刺し貫くつもりでいる。
そんな自分とかぐやの一触即発の空気を感じてか、彩葉が慌ててこちらに駆け寄る……それをヤチヨが手を伸ばして制するのを背後に感じながら、自分はかぐやとの対峙を続けた。
「……」
怯えか動揺か、いずれにせよ、かぐやはこの状況下で微動だにせずこちらの目をまっすぐな視線で貫いてきていた。
それは不思議なことに、ヤチヨと同じ性質のものを持った、強い意志を感じられるものだった。
「……やんなくていいの?」
そのまましばしの沈黙の後、かぐやはそう言って眦をキッと吊り上げた。喉元を抑えるこちらの脅しには目もくれない。
正直に言って驚いた。
かぐやがここまでの胆力を見せるとは予想外だったのだ。そこまで肝が据わっている性格には……いや。
思えば自分は、かぐやの事をあまり知ろうとしていなかった。見た目通りの直情的な少女。それ以外のことを深掘りしようなどとは考えてすらいない。
仮にも護衛対象だというのに、自分の仕事に対する手抜きぶりを自覚して、苦笑まじりに呆れるばかりだ。
自分はカタナを鞘に納め、正面からかぐやと向き合う構えを取った。どうやら半端な暴力や脅しは通用しないらしい。
「あ、焦った……」
背後で体から力が抜けた様子の彩葉が膝をついたのが、チラリと背後を見て確認できた。
「……び、ビビってねぇし」
そして、なぜか連動して今更かぐやの体がガタガタと震え出した。どうやらさっきまでの堂々たる態度は虚勢だったらしい。
「落武者くん……?」
そんなこんなで、今のやり取りで少女二人の肝を冷やしてしまった自分にヤチヨが全く目が笑っていない笑顔を向けてくる。
仮想空間だというのになぜか現実以上に強く感じられる凄まじい圧から目を逸らしつつ、自分は肩を落とした。
「……とりあえず、話をする時間はできたね」
緊迫とした空気感はすっかりどこかへ消え失せ、その場には修羅場を乗り切ったような疲労感と安堵感が広がりつつあった。
自分が意図的に作り出した、“事態を後戻りさせないため”の仕込みは、こうして3人の少女によって無効化されてしまったのだ。
*
「はい、お茶」
「ありがと、ヤチヨ」
「わーい」
かぐやと彩葉の二人が落ち着いてから、自分たちはヤチヨの持てなしを受けていた。
だが二人はともかく、自分がこの場にいるのは違和感しかない。一体ヤチヨはどんな心持ちで今、自分と相対しているのか。
「ごめんね、落武者くん」
そんな鬱屈とした疑問を茶と共に流し込もうとした矢先に疑問の答えが返されて、文字通りそれを水に流す機会は失われた。
「最初っから、こうやって話し合ってればよかった」
茶をたてながら、言葉の端に僅かな後悔を乗せながらそう語るヤチヨを見て……屈む彼女の胸元に一瞬目が行ったのを全力で視線を逸らした。
「えっち」
「え?」
だのに、ほんの一瞬だけ沸いた邪心をしっかりと咎められジトっと睨めつけられた自分は苦々しい顔をせざるを得なかった。
これだ。彼女のこういう異常な鋭さが、どうにも自分が悪巧みをする気勢を削いでしまう。
きっと最初に出会った時からヤチヨは、自分がこの世界とは別時空の存在だとなんとなく勘づいていたのだろう。このツクヨミのすべてを、彼女は常に監視していた状況だったと考えられる。
そう考えると、ヤチヨに対して悪巧みで対抗しようというのは最初から無理な話だった。
「彩葉〜。落武者くんに視姦されちゃった〜。お嫁に貰って〜」
「え、えぇ!? 視姦!? だ、駄目ですからね落武者さん! するなら私にしてください!」
「彩葉? ダメだからね〜?」
……このふざけた態度を見ていると、真面目に彼女の裏を読もうとするのは馬鹿らしくも思えてくるが。
自分は二人の絡み(意味深)を無視して、かぐやに話を振った。
「んぁ? なにオッチン?」
胡座をかいて茶器をひっくり返すかぐや。こっちはこっちで、武器を向けられた相手に無防備を晒しすぎだが。とにかく自分はかぐやに問いかけた。
なぜ“落武者は悪くない”などと世迷いごとを言ったのか。
「世迷いごとぉ? ふっつーに思ったこと言っただけだし。ってか、事実じゃん!」
どうやら余程喉を刺し貫かれたいらしい。自分はすくっと立ち上がり刀に手を伸ばした。
「止めて止めて! 落武者くんのカタナ取り上げて!」
「確保! 確保したよ! ……落武者さんってあんなに怒ることあるんだ」
「ね。意外な地雷」
しかし、こうなる事を予想していたらしいヤチヨによって、彩葉の近くに置かれていた武器は取り上げられてしまった。なんともまぁ信用のないことだ。
怒るというのも心外だ。別に自分は怒っているわけじゃなく、訳のわからぬことを言われたからハッキリと不快感を態度に出しているだけなのに。
「……そんなに“悪くない”って言われたくないの?」
かぐやに問われ、即座に自分は頷いた。
わざわざ言うまでもないことだ。仮に、他の誰かが……それこそアインクラッドで自分が殺した者たちが、今この瞬間蘇って許すと言ったって、それを受け入れるのは無理な話だ。
なにせアインクラッドも含めて、この世界で最も自分を許していないのは、他ならぬ自分自身。
その自分が許しを受け入れてしまったら、一体誰がこの身を地獄へ送るというのだろうか。
自分が死んで、殺した者と殺させてしまった者たちの怨嗟をこの身に受けて……それで、ようやくだ。
それでようやく、自分の命を自分で扱えるようになる。それでようやくの、スタートラインなのだから。
「……」
自分が語ったことの意味と重さが伝わったのかどうかはわからない。しかし、そのことに自分が並々ならぬ執着をしていることだけは、言い切った直後の間が証明していた。
理解して欲しいとは思わない。ハナからそんなものは期待していないし、そもそもこんなことを人に話すつもりもなかった。
いつか“殺人者の一人”として殺されるまで、勝手に抱いて死ぬつもりだった、自分だけの矜持なのだから。
「……まっ、二人とも言いたいことはあると思うけど!」
重くなった空気を入れ替えるように、パンというヤチヨの乾いた柏手が打ち響いた。
「忘れちゃった? ヤチヨカップ。最終イベントはかぐや・いろPチームの優勝だよ」
「……えっ? そうなの?」
「そうなのです。なにせ落武者くんを捕まえて、私の元に連れてきたわけだから」
「あー……そうかも?」
あまりにもあからさまな話題転換に、二人の調子が乗り切らない。
自分が援護射撃をするように“つまり、コラボライブは……”とヤチヨに振ると、彼女は待ってましたとばかりに立ち上がって宣言。
「私とかぐや、いろPの三人でやっちゃうよ〜!!」
「……えっ!?」
と、予想外の巻き込まれを喰らった彩葉が今日何度目かの驚きの声を上げた。