「一旦は、落ち着いたみたいだね」
その一言で、張り詰めていた空気が弛緩して全員がドカドカと倒れ始める。
「よ、ようやく終わったぁ……」
「いろは゛ぁ〜、づがれだぁ〜……」
チン、と音を立てて納刀すると。側に寄り立つ影。
「おつかれ、落武者くん」
ヤチヨはそう言って、どこから取り出したかおちょこと盃をその手に持っていた。
まさかここで一杯やる気か?と苦笑すると、ヤチヨはとんと胸を叩いた。
「当たり前じゃん! ツクヨミを狙う悪者を倒したんだから、みんなでお祝いしよ〜!」
「うおおおお!」
「私、未成年だけど……」
「仮想空間だから問題ナッシング!」
そんなこんなで、トントン拍子に始まってしまった宴会。
ツクヨミを襲った謎の侵略者も、いつのまにかライブの演出の一部だったということになって参加者達はお祭り騒ぎとなった。
自分とは違い、彼らには味覚も嗅覚もないはずだが、こういうのは雰囲気だけでも楽しめるものだ。
現に自分は、この宴会を心から楽しんでいた。
「落武者くん」
そんな宴会の空気に当てられた酔いを覚ますために夜風に当たっていると、盃を持ったヤチヨが近くへと寄って来た。
「一緒に飲も?」
そう言って、屋上の手すりに身を預ける自分と並ぶヤチヨの横顔は、言葉に表しようがないくらい美しかった。
「んふふ、なぁに照れてるの〜? 落武者くん大人でしょ? ヤッチョとお話ししようよ〜」
視線を逸らす自分の脇腹を、うりうりと突いてくるヤチヨ。
そのまましばらく、ヤチヨを無視しようとする自分と覆い被さってちょっかいをかけてくるヤチヨの応酬が交わされた。
「ひゃっ!?」
お互い意地になった結果、四つ手で取っ組み合う状態からの脱出を図ろうと振り上げた自分の腕が、不意にヤチヨの脇を掴む形になった。
「ご、ごめん」
気づくとお互いの衣服が洒落にならないレベルで乱れていて、いそいそと乱れを整えて気まずい空気が流れる。チラと見ると、ヤチヨは耳まで赤くなっていた。
気のせいだと思うが、着崩した自分のうなじにやけにヤチヨの視線が注がれている気がするのは気のせいだろうか。うむ、気のせいだろう。そうに違いない。
そもそも、ヤチヨは男に興味はあまりないだろうし……。
と、そこまで考えて自分はふと気になってヤチヨに聞いた。
ヤチヨは彩葉のことをいつ好きになったのか、と。
「どぅえぇ!?」
突然、自分が投げ込んだ爆弾にヤチヨがひっくり返ってオーバーリアクションな驚き方をする。
「な、なな、何言ってるのカナ〜?」
体を起こしながら、泳ぎまくりキョドりまくりで質問をかわそうとするヤチヨ。その態度が何よりも雄弁に答えを示していた。
「あ、あのねぇ落武者くん! そういうのは気がついても言わないのが大人ってもので……」
きっとヤチヨは、初めて会った時から彩葉に惹かれていたのだろう。
それこそ、まだかぐやだった頃から。
「……え?」
ヤチヨが何を言われたのか理解できないかのように、表情が固まる。
それもまた、何よりも雄弁な答えだった。
「えっ、えっ、ちょ、ちょっと待って。落ち着いて整理させて」
パニックに陥ったヤチヨが、頭に手を当てて考えを整理する。その時間を自分は黙って待った。
「……いつから、気づいてたの?」
ややあってからヤチヨが搾り出したのはそんな声。
確信したのは、あの人型……突如としてツクヨミに現れた彼らの狙いが明らかにかぐやだったこと。
そしてヤチヨは彼らを知っている様子だったこと……いや、そもそもそれ以前に。
ヤチヨはまるで、今日起こることを全て事前に知っていたかのように行動していた。
「……」
今日だけではない。
ヤチヨはいつも、何かを見て語るたびに、すでに知っているものを語るかのような口調で語る。
配信の時でもツクヨミでも、彼女は心の底から何かに驚いたり、恐れたりする様子がない。
例外は、それこそ自分というイレギュラーくらいか。
だからこそ、ヤチヨは自分のことを強く警戒していたのだろう。“知っている”歴史から逸脱した自分という存在を。
元の歴史から離れすぎないように、自分を排除したかったのだと思われる。
「……あちゃ〜」
語り終えると、ヤチヨは頬をかきながら。
まるで悪戯がバレてしまった子供のように笑ったのだった。
「バレちゃったか。まぁ、そりゃバレるよね」
そう話すヤチヨの声には、然程驚きはなかったように感じられた。
「まぁね。もうこの世界は、私の知ってる歴史と変わっちゃってるから」
そう言って語り出したのは、二人のかぐや姫の物語。
月で生まれたかぐや姫が彩葉という女子高生に拾われ、成長し、月へと帰り、もう一度地球に帰る途上で盛大に事故って、8000年という時間を生きることになる物語。
ヤチヨは彩葉に会うために、本当に8000年間生きてきたのだ。決していいことばかりではない……むしろ、比率的には悪いことの方が多かった8000年を。
「誰にも言わなかった理由も、落武者くんを……殺そうとしたのもそう。全部、全部私の身勝手」
ヤチヨはそう言って、わざと口角を上げて悪い笑みを浮かべた。
あえて“殺す”などという単語まで使って、悪役のように。
「そう! 私がこの物語の黒幕なのでした! ずっと生きてる悪〜いババアだぞ〜! 参ったか!!」
がおー、と何イメージかわからないポーズを取るヤチヨに自分は手を上げ、参ったのポーズを取る。
確かに、今の話を聞いたらお手上げだ。こんなの取れる選択肢なんて一つしかないだろう。
ヤチヨが望む、彩葉と共に過ごす未来のために……自分も協力する他あるまい。
「へっ?」
そう言うと、ヤチヨは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
なんだかさっきも似たような反応をされた気がする。演技でなく、素で驚くヤチヨの姿を二度も見れるのは中々の役得だ。
「……」
ぱちくりと目を瞬かせるヤチヨ。
一体どこを見ているのか、と目の前で手のひらを振っても反応なし。まさか本体がフリーズしたか、と嫌な予感が脳裏によぎり……。
「あ」
気づくと、ヤチヨの大きな両の目から涙が溢れていた。
「ご、ごめっ。これは、違くてっ……えと、はは、なんていうかな……」
慌てて涙を拭き始めるヤチヨ。
「……ヤッチョ、最っ低だよね!? ごめんね!? 落武者くんからしたら、いきなり襲いかかってきた意味わかんない奴なのにね!? こんな……こんな……」
ポン、とヤチヨの頭に手を置いた。
「あぅ」
謝らなければいけないのは自分の方だ。
自分はツクヨミに来て最初……この世界をどうにかして滅茶苦茶にしてやろうと考えたのだ。
その理由は、たぶん嫉妬だ。
この世界がアインクラッドとあまりに違いすぎて……純粋に楽しむ彼らに、自分は嫉妬心を抑えられなかった。
ヤチヨはそんな自分の醜い思惑に気づいて対抗しようとしただけのことだ。当たり前のことをしただけなのだ。
ヤチヨはただ、もう一度平和に彩葉と過ごしたいだけだったのだから。
自分は一歩間違えれば二人の間を引き裂いていたかもしれなかった。
いや、もうすでにヤチヨの知る歴史からは逸れてしまったとのことなので、既に手遅れの可能性すらある。
ならば、それを取り戻す意味でも自分はヤチヨに手を貸そう。
近いうちに来るという月からの使者との戦い。相手は絶望的な強さだと言うので、どれほど力になれるかはわからないが。
ヤチヨの8000年の歴史を無駄にしないために、尽力すると約束しよう。
「……」
ぽけーっと惚けたように、自分の顔を見るヤチヨ。
もう一度、顔の前でひらひらと手を振ると。
「……おはなつんでくる〜」
くるりと踵を返して、頭や体をあちこちにぶつけながら。
ふらふらとどこかへ消えていった。
百合の間に挟まる男絶対許さない侍「(無言で立ち上がる)」