月の軍勢による攻勢は、まさにとめどなく現れるモンスターハウスの如き様相を呈していた。
以前より確実に攻撃の練度が上がり、戦略性を高めてきている。より狡猾に、こちらを消耗させるような動きだ。
恐ろしいのは、ここまでやられているのに相手がまだまだ本気には見えないこと。宙に浮かぶ本体を見ても、余力を残していることは明らかだ。
……いや、ハッキリ言おう。
自分たちは彼らに遊ばれている。
いつでもやろうと思えば羽虫のように潰せる状況を、あえて拮抗させているのだ。
「舐めやがって」
その事実に自分以外で唯一気付いたのは帝アキラだった。
彼は、月人が戦況を完全に操っている事に勘付くと自身のステータスを操作し始めた。
瞬間、目に見えて彼のアバターの身体性能が跳ね上がり、まるで常識を無視したような挙動で月人達を殲滅し始めた。
これはバフやグリッチの類では説明のつかない大幅なパワーアップだ。
まさかチートか? と呆れながらアキラに問う。
「妹のためだ。ツクヨミからBANされるぐらいワケないさ」
ジジ……とノイズが走るアバターで、より獰猛に、鬼らしい容貌になったアキラが笑う。
「おにーさんは後ろで見てなよー」
「ここは俺たちで片付ける」
見れば、どうやら乃衣と雷までもがチートモードを使用していた。
全員、これでツクヨミから弾かれても文句はないというわけか。
大衆の面前だ。これを見逃せば、ただでさえ怪しくなっているヤチヨの立場も地に落ちる。
ふむ、ならば。
「行くぞ!!」
「はーい」
「はっ!」
チートモードで駆け出した三人に合わせて。
「……って、なんで追いついてくんだよ!?」
自分もまた横並びになって暴れ出した。
「おい落武者! こっちはチート使ってんだぞ!? ふざけんな!」
チート? それがなんだと言うのか。
チートでバグった能力値よりさらに早く動けばいいだけのことだ。何も難しいことじゃない。
「……おにーさん、規格外すぎー」
「俺たちの立つ瀬がないな」
今度はこちらが呆れたようなため息を吐かれる。
「……落武者、お前まさか」
チート同然のスピードで動き回る自分に、アキラが目を細める。
「俺たちを庇ってんのか? 俺たちがチートなんか使ってないって証明するために……」
自分はそれには答えず、月人を同時に3体屠ると。
“考えすぎだ”とアキラの言葉を一蹴した。
「……まったく、どこまでも腹立たしい奴だな! お前は!」
自分の返答をアキラがどう解釈したかはわからないが。
「っしゃあ! もうひと踏ん張りだ!」
それから戦うアキラはとても楽しそうだった。
*
この戦い、決して自分達に落ち度はなかった。
揃えられる戦力も、正体不明の敵に対するアドリブも。
現状、持てる戦力の全てを賭けて月からの勢力に対抗できていたと胸を張って言える。
だが。
「……く、そ」
「もうむりぃ〜」
「くっ……!」
へたり込む黒鬼たち。
どうやら限界突破した出力に、デバイスの方がついていかないらしい。
オーバーフローだ。
「はぁ、はぁ……!」
「彩葉! もう無茶だって!」
「敵多すぎ……」
「だけど、まだ、かぐやは……!」
残る彩葉たちもすでに、限界状態。
対して。
──月人たちの軍勢は、最初の頃よりむしろ勢いを増していた。
こちらの抵抗など、無意味とばかりに。
地面を蹴る。
斬る、斬る、避ける、斬る。
避ける、避ける、斬り、損ねる。避け損ねる。擦り傷。
ダメージを最小に抑え、その上で最大のダメージを敵に与え続けても、確実にこちらが消耗し続ける泥試合。
このまま消耗戦をし続ければ、勝てないのは目に見えている。
自分はアキラに振り返り、一言言った。
“この場は任せた”と。
「? 落武者、お前……ッ!!」
自分は地面を蹴り。
月人たちの頭を踏み場にして、空中へと躍り出た。
四方八方のみならず、上下からも、あらゆる方向から伸びてくる月人たちの手。
それらを文字通りの電光石火で掻い潜る。
「落武者くん!?」
かぐやの側で彼女を守っているはずのヤチヨの。
聞こえるわけがない普通な声が耳に届いた、気がした。
だが無視する。
このまま受け続けても勝てないなら、懐に飛び込むまでだ。
そうして、100回通れば99回は失敗するような死路を、たった一度きりのチャンスで通し続けるような、無茶な攻防を続けて。
月人たちの肉壁というべきものを、ボロボロになりながらも飛び越えて。
ついに辿り着く。
月人たちを生み出している、空の要塞。
本丸。
ここを落とせば、流石の不滅の月人たちといえど……。
と、顔を上げて。
ひゅ、と思わず喉が鳴った。
一瞬の思考の空白。
そして、理解する。
ああ、確かにそれは“有効”だと。
生まれた硬直に、うちだされた無数の矢。
一瞬でも動きを止めた自分にそれを避ける手段はなく、左腕が吹き飛ぶ。
蝶のエフェクトと共に、光となって消えていく。
その光の粒子の向こう側に。
『おまえのせいだ』
『おまえがころした』
『おまえがにくい』
『なぜオレたちをみすてた』
『おまえはクズだ』
『ころしてやる』
『おなじめにあわせてやる』
『今度はおまえの番だ──クライン』
かつて、一時として忘れたことがない。
一人として忘れたことがない。
ずっと、脳の裏側にこびり付いて離れなかった、彼らの顔。
片腕を失い、姿勢を崩しながら、怨嗟の声を上げる者たちの中を逃げ惑う。
まだ残っている右腕のカタナを振るう気はすでに失せていた。
何故なら、彼らは“それ”をする資格がある。
自分を殺す資格があり、そして自分には彼らを殺す資格がない。
それが、ただ顔を借りただけの
自分にはもう、彼らを二度殺す気概は残されていなかった。
自分がまだ、あのデスゲームの中で死の中に自分を置いていたなら彼らに刃を振るえたかもしれない。
だが、自分はこのツクヨミで、死とは無縁の仮想世界で短いながらも生きて。
ほんの少しだけ、“死にたくない”と思ってしまった。
生を望んでしまった。
それは、彼らに対して……いや。
『お前は俺たちと同じだぜ? クライン。愚かで浅ましい、自分勝手なクズと同じだ。ククッ』
心のどこかで否定していた。
体に棺桶を刻んでいても、どこかで“自分はこいつらとは違う”と。
だが、あの男の言うことは正しかった。
自分はただのクズだ。
だが。
「──俺の仲間まで侮辱すんのは、いただけねぇな」
刀が雷光のように迸る。
そして。
かつての──“風林火山”の顔を模した月人たちを斬った。
自分が殺した奴らは、確かに斬れない。
だが……自分の、クラインの仲間ならば、容赦なく斬れる。
「お前ら程度に、あいつらの器が測れるかよ」
SAOの中で、どうしようもなくなったクラインを。
最後の最後まで見捨てなかった恩人たち。
彼らの顔まで侮辱するつもりなら、容赦はしない。
腹が決まった。
やはりこいつらは、ここで殺す。
カタナを構える。
そうして、腕を一本失いながら。
悪鬼のような気迫を漂わせるクラインを前に、初めて月人たちが感情らしい反応を見せた。
“恐怖”と“動揺”だ。
「ハッ、なんだよ。人らしい振る舞いも出来んじゃねぇか」
安心した。
思っていたより、こいつらは化け物でもなんでもない。
ただの臆病な引きこもりだ。
つまり、クラインたちと同種。
歩みを進めるクラインに対し、引いていく月人たち。
及び腰。
なら、懐に飛び込んで──と。
突撃の構えを見せたクラインの前に。
一人の、少年の姿をした月人が立ちはだかった。
その顔と、長い裾と。
二振りの長剣を構えた姿に、思わず鼻を鳴らす。
「なんだよ、随分弱そうになっちまったなぁ? ──キリの字」
クラインの挑発するような声に。
無表情の“黒の剣士”が構えた。