『ツクヨミ』に笑う棺桶がやって来た   作:ぷに凝

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3 落武者

 強さだけを求めて、ただひたすらレベリングに明け暮れる日々。迷宮区の前線を張るような攻略組に加わってからも、それ自体がおかしく思われることはなかった。

 

 命など惜しくもないとばかりにモンスターたちに躊躇なく突っ込んでいくのも、この極限状態下ではさほど珍しい精神状態ではない。

 SAOは技術的に可能な限りリアルに近づけた仮想世界だったが、ペインアブソーバーの効果で「痛み」は実装されなかった。それが戦いに対するプレイヤーの精神的なハードルをかなり押し下げていたと自分は考えている。

 

 その分、多くの人間が戦って死んでいったのも確かだ。

 ここまで計算していたのであれば、開発者の茅場晶彦はまさに悪魔的思考回路を持つ人間だ。

 

 だからそんな悪魔に勝手に命を賭け事のチップとして使われ、そこから負けて仲間という財産を失い、負債を抱えている現状の自分はマイナスをゼロに戻すためにとにかく戦い続ける他なかった。

 

 そんな自分が仲間を殺したプレイヤー達に復讐するためにやったことは、正気のまま狂うこと。

 復讐のためには、他プレイヤー……特に前線組の協力が欠かせない。計画的なPKを行うプレイヤーの存在は彼らにとっても有害なのだ。

 そんな彼らの協力を取り付けるために対話を惜しまず、しかし自分自身の手で奴らを殺すために無茶なレベリングを強行し続ける。

 

「あんた、そんなことやってたらいつか破滅するぞ」

 

 自分の様子を見かねて、とある攻略組ギルドの団長が声をかけてきた。

 

「ウチにこい。やる気があるのはいいが、死んじまったら元も子もねぇ」

 

 そんな彼の言葉に当時の自分が何を思ったか、今では思い出せない。ただ、確かなことはその提案を自分は蹴ったということだ。

 

「……あんたの目的は復讐なんだろう? だが、今の俺の目には」

 

 彼のこちらを気遣っていたわるような視線は今でも覚えてる。昔から思っていたことだが、自分は周囲の人間に恵まれすぎだ。

 

「死にたがっているようにしか見えんぞ」

 

 そして、恵まれた環境にありながら負債を完済するどころかさらなる借金地獄へと落ちていった自分は、本当にどうしようもない人間だった。

 

 

「乃衣! ボトムに行った! 死ぬ気で足止めしろ!」

「……ノルマ何秒?」

「最低でも30秒だ!」

「きっつ……」

 

 ボイスチャットから響いてくる切迫した声に、和風エプロンドレスの衣装を纏った男性プレイヤー、駒沢乃衣がげんなりとした声で応じる。

 常に飄々とした態度で、気怠げな雰囲気を崩さない余裕のある彼(彼女?)だが、この時ばかりはその余裕もなりを潜め、苦しそうな表情で細い勝ち筋を探っていた。

 

「さぁ、後がないぞ黒鬼! 雷はすでにダウンを取られ、陣地からの復活です! この戦局には間に合わないでしょう! 乃衣がどれだけ“彼”を止められるかに、全てが掛かっています!」

「うーん、なんというか、やはり規格外ですねぇ。他のチーム相手なら、乃衣さんで二人同時に相手取るような場面もザラにあるんですが……」

「長年ランキング不動の一位の座を欲しいままにしてきた『ブラックオニキス』! それがたった“一人”のプレイヤーに翻弄されているという現実!! くぅ〜! やっぱこのカードはアガるなぁ〜!!」

 

 会場に響く興奮と冷静で対比する二人分の声は、実況MCを務めるライバー「忠犬オタ公」と解説を務める「乙事照琴」のものだ。そしてその二人の声すら掻き消すほどの圧倒的な声援が、この『KASSEN』の舞台を賑わしていた。

 

 『KASSEN』はツクヨミ内でプレイできる対戦ゲームであり、1vs1の格闘ゲームである「SETHUNA」や7vs7の乱戦ルールまで幅広く、フルダイブ型の対戦ゲームとして他に類を見ない圧倒的な完成度を誇る人気ぶり。

 『ブラックオニキス』。通称黒鬼はツクヨミ内のライバーランキングでもKASSENでも不動の1位の座に着くプロゲーマーチームだった。特に3vs3の陣取りゲーム「SENGOKU」は彼らの得意分野。あまりの強さに対戦拒否が頻発するほどで、その戦場は彼らにとっての「鬼ヶ島」と言っていい。

 

「だとしたら、さながら彼は桃太郎って所かな」

 

 決死の表情で牛鬼と戦う黒鬼のリーダー、帝アキラを上空から俯瞰しながら、月見ヤチヨは柔らかく微笑む。

 黒鬼の不敗神話は突如として終わりを迎えた。他でもないSENGOKUで、帝アキラ、駒沢雷、駒沢乃衣のフルメンバーが揃った言い訳ができない状況で。

 

「……ぴえーん」

 

 まさに今、乃衣を一太刀の元に切り伏せた“幽霊”に彼らは敗れたのだ。

 

 

 “カタナ”単発ソードスキル「幻月」。

 駒沢妹の体力を削り切った技をアインクラッドではそう呼んだ。

 ただしソードスキルの特徴である派手なライトエフェクト、サウンドエフェクトや「オート発動」の機能はない。そのためツクヨミにおけるソードスキルの行使は全てマニュアル操作となっている。準備動作に入るだけで勝手に技が発動していた頃が懐かしい。

 

 と、物思いに耽る暇もなくボトムレーンとは対局のハイレーンで鐘が鳴った。帝アキラが牛鬼を撃破したのだ。

 これで敵陣への攻撃が可能となり、今まさに虎バイクに跨って進撃するアキラを止めねばこのゲームは負けだ。

 駒沢妹との接敵から撃破までの所要時間は21秒弱。想定よりも粘られてしまったので、自陣に迫るアキラを迎え撃つプランが時間的に微妙になってしまった。

 

 仕方ないので、ハイリスクだがここから彼を仕留めるプランに変更する。

 

 右手に持った刃が赤く発光するサイバーブレードを鞘に戻すと、トリガーを引いてロックを外す。

 ガシャン、と重々しい変形音が鳴り鞘ごとカタナが縦に割れ、内部から銃口が飛び出した。

 

 黒色のメタリックな質感が和風の世界観の中で一際異彩を放つそのフォルムは、まるで大口径スナイパーライフルのようなフォルムで。事実、これはカタナからライフルに変形する機構を備えた武器だった。

 地面に片膝で立ち、肩の上に変形銃の銃床を乗せ、飛び出たスコープを右目で覗き込み、左目で周囲の状況を把握する。虎バイクに跨がり今まさに陣地に侵入しようとする赤毛の青年をスコープの中心に捉えた。

 

 タイミングを測り、弾道を予測して、すぅと息を吸って、吐く。

 ぐっと腹に力を込めて息を止めた瞬間、不安定な姿勢が生み出す肉体のブレが止まる。と同時にトリガーに指をかけて、撃つ。

 ドッ、というマズルフラッシュの光と弾が空気を切り裂く発砲音がやけにリアルだ。と考えると同時にスコープの視界の中でアキラが倒れていくのが見えた。

 

 命中。その結果を見届けて一安心……する暇もなく、ライフルをカタナに戻しながら疾走し、牛鬼を屠る。

 大鐘の音が鳴り響くのにも構わず、自分は敵陣に向けて一直線に駆け抜けた。

 KASSENでは黒鬼が使う虎バイクのようにライドと呼ばれる移動用の乗り物があり、通常大きく移動する際はそれらを使って移動時間を短縮する。

 

 しかし、自分はライドを使わない。何故か? 答えは簡単だ。

 

「……相変わらず、デタラメすぎるぜ。アンタ」

 

 走ったほうが早い。たったそれだけの理由なのだ。

 

 敵陣に到着すると、今しがた撃破したアキラが大楯を構えた黒鬼のメンバーの一人、雷を前衛に立てて自分を出迎えた。姿は見えないが、乃衣も弓を構えてこちらの隙を窺っているはずだ。

 KASSEN最強の黒鬼を相手に、絶望の3vs1の盤面。常識で考えれば突破どころか瞬殺されて終わりだ。

 

 そのはずなのに、表情が険しく追い詰められているのは黒鬼側のように見えた。

 

「さぁクライマックスだ! 泣いても笑ってもこれで決まるぞー! 勝つのは果たして、黒鬼か!? それとも……」

 

 知らず知らずのうちに、唇が歪な弧を描く。表情を隠している仮面のおかげで、その凶悪極まりない人相が世に知られることはないが。

 この世界にあのデスゲームを最前線で生きた者がいたら、その顔に見覚えがあるはずだ。

 

「『落武者』かぁ〜〜!!」

 

 敗れ、逃げて、刀が折れて、落ちぶれて。ただの亡霊となった男の口が呪いのような言葉を紡ぐ。

 

イッツ・ショウ・タァーイム。

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