『ツクヨミ』に笑う棺桶がやって来た   作:ぷに凝

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4 かぐや姫

「っっだぁ〜!! 負けだ負けだ! 完敗だよ落武者! マジでバケモンすぎるぜ。アンタ」

「おにーさーん? 結局俺いいとこなしだったんだけどー?」

「乃衣はまだマシだ。俺に至ってはそもそも台詞が無かったぞ」

「なんの話だよ」

 

 KASSENが終わり、自分と黒鬼たちは「月夜見茶屋」のテラス席に座り、4人で先の試合の反省会……もとい単なる愚痴を言い合う会を開いていた。

 アキラはみたらし団子。駒沢兄弟……もとい雷は珈琲。乃衣はタピオカミルクティーをそれぞれ手元に置いている。ちなみに自分は紅茶に浸して食べる黒パンを好んで食べていた。

 

 自分が初めてツクヨミを訪れてから、早いもので3ヶ月が経過していた。その3ヶ月で自分はツクヨミのトップライバーチーム『ブラックオニキス』とこうして関わりを持つようになっていた。

 新人もいいところの自分が彼らと関わることができる理由。それはひとえにKASSENで彼らに単独で勝利するという異例の快挙を成し遂げたからに他ならない。

 

 1vs1のSETHUNAならいざ知らず、数の差が圧倒的な有利不利を決めるSENGOKUで、新人プレイヤーが、王者の黒鬼相手に勝利をもぎ取るというのは、ツクヨミ内においてはまさに天変地異に等しい衝撃的な出来事だったようだ。

 

 自分はその圧倒的な戦績と共に、面白みのない元ネームを無視した「落武者」の名で知られるようになり、たちまちランキング上位に躍り出ることになった。

 その後も連戦連勝を重ねて、いまだ不敗。それどころか自分は一度もKASSENで自機を失っていない。名実共に無敗のプレイヤーだ。

 

 周囲の人間が言うほど、自分はその功績を困難なことだとは思っていない。自機のロストが死に直結した世界で生きてきたのだから、そうならないように動くのは当たり前のことだった。

 

「いつも思ってたんだけど、そんなんでいいの? せっかく味がわかるのに」

 

 側から見ても美味しそうには見えない黒パンを、乃衣は疑わしそうな目線で見つめていた。

 欲しいのかと思いパンを半分に割って差し出すと、乃衣は身を乗り出して「はむっ」と可愛らしくかぶりついた。

 

「……やっぱり俺には味しないなぁ。まっ、こんな硬そうなパンの味なんて分からなくてもいいけどさ」

 

 パンを咀嚼し、肩をすくめる乃衣はぺろりと唇についたカスを舐めて舌を見せた。やけに色っぽいその仕草を見ると、乃衣が男だということを忘れそうになる。

 ちなみにこれは本人に言わないようにしているが、乃衣の声質はアインクラッドでも非常に耳馴染みのあるもので、自分は初めて乃衣に会った時、すわツクヨミまで追いかけてきたのかと戦慄してしまったほどだ。ただの偶然なのだろうが。

 

「落武者だけ味覚があるってのはどういう理屈なんだろうな。やっぱ、その辺があの速さの秘訣なのか……?」

「おにーさんは特別だからね」

「それにも限度があるだろう」

 

 黒鬼の面々から発せられる諦念とやるせなさが混じった愚痴を、自分は苦笑しながら受け流す。

 ツクヨミには味覚や触覚がない。アプローチできているのは視覚と聴覚のみだ。

 それもそのはず。彼らがダイブに使っているのはアイコンタクト型のデバイス『スマコン』。ヘッドギアタイプの『ナーヴギア』ではない。つまり完全な形式のフルダイブではないのだ。

 この事実を知った時、自分はやはりツクヨミは真の異世界であると確信した。自分が知るフルダイブ技術の進化の歴史とは全く異なる体系を辿った仮想空間なのだと。

 

 そもそも、自分の知る日本では2022年時点でもそこまでライバー文化が発展していなかった。「投げ銭」も「推し活」も初耳の単語。世間はそうしたオタク文化を見下していた風潮だったと記憶しているが、こちらではむしろ一般化している。

 自分だけが味覚も触覚もあるという矛盾も含めて、きっとこの仮想世界における自分は「バグ」のような存在なのだろう。

 

 自分がこうしてトップライバーの黒鬼たちと対等な関係を築けているのは、そのバグを利用した結果だ。本来の実力ではない。しかし、利用できるものはなんでも利用して、それを如何にも自分の実力であるかのように取り繕うのは得意だった。

 SAOでは弱いプレイヤーは食い物にされて終わりだった。侮られることは生命の危機だ。特に、道を踏み外したレッドプレイヤー間では尚更。

 

 デスゲームを生き残るための処世術が、死とは無縁のツクヨミで役立つことになるとは皮肉な話だった。

 

「……そういや落武者。お前、“かぐや姫”のことはもう掴んでるか?」

 

 黒パンを頬張りながら、「かぐやひめ」と口の中でその単語を咀嚼する。

 竹取物語? いや、ツクヨミの文脈ならそういう名前のライバーの話だろう。

 

「ああ。今すげー勢いで上がってきてるライバーがいてな。かぐや姫って呼ばれてんだが……問題は、そのかぐやとタッグ組んでる作曲担当の“いろP”だ」

 

 ふむ、と頷きながら乃衣の反応を見る。乃衣はやや不機嫌そうにしながら、「過保護野郎」と小さく悪態をついていた。

 自分が言うことではないが、アキラは今の“俺様系”キャラから少し転向した方がいいのではないか、と思わずにはいられない。

 観客を盛り上げるための演出なのは百も承知だが、それを気に食わない伏兵は案外懐に潜んでいるものだ。

 

「いろPは俺の妹だ。実のな。今まではずっとヤチヨのライブを追っかけてるくらいだったんで放置してたんだが……この勢いで注目を浴びてると、よくねぇ連中も群がってくる。わかるだろ?」

 

 なるほど、と首肯しながら納得もする。妹がネット上で注目を浴びていれば家族として心配するのは当然だし「過保護野郎」にもなるだろう。反応を見るに雷と乃衣はその辺りの事情を知らされているらしい。

 だが、自分にその話をしてどうするのか。アキラの言う「よくねぇ連中」には自分も入っていると思うのだが、勝手に妹のリアルの情報を漏らしていいのだろうか。

 

「? アンタはKASSEN以外興味ねぇだろ、どうせ。女にちょっかい出すような性分じゃねぇよ」

 

 当然のように言うアキラに一瞬目を見開いて、それからぷっと吹き出す。

 まぁ、確かに間違ってはいないが、確定事項のように話すアキラが面白おかしかったのだ。出会って3ヶ月かそこらの男を、よくここまで信頼できるものだ。

 

 少なくとも、ツクヨミ内の全ライバーの中で自分ほど信用に値しない人間は中々いないだろうに。

 

「そこで、かぐや姫に変なちょっかい出す奴が出ないように後ろ盾が欲しいと思ってる。特に馬鹿な男共が尻込みするような盾がな。だが、俺が下手に関わればアイツは反発するだろうし、ウチのファンにも攻撃されるかもしれない。逆効果だ」

 

 アキラはツクヨミを、そしてネットをよくわかっている。周りを見ずに行動すればどんな影響を齎すのか、人間の恐ろしさと愚かさを理解していた。

 なるほど、確かにこの視野の広さはトップライバーを率いるリーダーの器だ。と、自分は表情にも言葉にも出さずに密かに感心していた。

 

 そんな自分の密かな高評価を知ってか知らずか、アキラは自分に頭を下げて頼み込んだ。

 

「頼む。かぐやと妹を守っちゃくれねぇか。アンタなら任せられるし、妹もそこまで反発しねぇはずだ。こんなこと頼めた義理じゃねぇのは分かってるが……それでも、頼む」

 

 帝アキラはモニター上で見せる絶対王者としての姿とは違う“人間”として、今、頭を下げているのだと自分は理解した。

 プライドも、矜持も捨てて目的のためには手段を選ばない。それは少なくとも、自分好みのやり方だった。

 

 だから自分も「そのかぐや姫がおとぎ話の通り、絶世の美女なら考えよう」と、人間らしく答えた。

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