『ツクヨミ』に笑う棺桶がやって来た   作:ぷに凝

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5 貴公子

「──♪」

 

 ツクヨミ内、人の多い大通りで路上ライブを開く二人分の人影があった。

 一方は長い金色の頭髪を下ろし、朱色と若草色の着物に背負った水引、側頭部から垂れた兎耳。月の髪飾りと来てそこからの足元のスニーカーが最終的に「元気なうさぎっ子」のイメージを押し出す天性のアイドル気質ライバー、かぐや。

 その傍らで狐モチーフの着ぐるみを着て鍵盤をギターのように弾くのが“いろP”。

 

 ゲリラライブにも関わらず、二人の周囲にはなかなかの規模の観衆が集まっておりその注目度の高さが窺えた。

 

 一定期間中に最も多くの新規ファンを獲得したライバーが、トップライバー月見ヤチヨとのコラボライブに出演する権利を得る一大イベント「ヤチヨカップ」が宣告されてから、まさに破竹の勢いでランキングを上げ続ける“かぐや・いろP”。

 

「へぇー、君がかぐや姫? 可愛いじゃん」

 

 そんな二人に近づく、数人の男たち。

 かぐやが「あっ、今はライブ中だから……」と対応しようとする中、危うい雰囲気を感じ取ったいろPがかぐやの前に出る。

 

「え、なに笑 こわいんだけど笑。きつねの着ぐるみ超こえ〜」

「ぎゃはは」

「うっは、マジでいろPってこのスキンなのかよ。ウケる」

 

 男たちがいろPを囲み、ライブ中のその場は騒然とした空気に包まれる。

 ここに来てようやく雰囲気の変化を感じ取ったかぐやが眉尻を吊り上げて前に出る。

 

「ちょっと……! いろは……いろPのこと離してくんない!?」

「離してくんなーい!? ぎゃはは! かぐやちゃんかわいい〜」

「なぁ、俺らかぐやちゃんのファンでお話ししたいだけなんだって。大事にしてよ、ファンのこと」

 

 こんな形でライブを邪魔しといて、どこがファンだ。といろPは着ぐるみの中で憤慨する。

 だが、これは正式なライブならともかくゲリラライブだ。ここで何かが起きても、単なる路上のトラブルとして処理されてしまうかもしれない。考えすぎかもしれないが、この男たちはそこまで考えてちょっかいをかけてきたのかも。

 

 想定が甘かった。いろPは自身の認識の甘さを思い知り、しかしかぐやだけは守らなければと男たちを押しのけようとする。

 

「──は? なにこの手」

 

 が、伸ばした腕を男に掴まれ、引き抜こうとしてもびくともしない。

 なんでこんな所だけリアルなの……! と戦慄しながら、掴まれたその腕が引かれ、体勢を崩したいろPの肩をもう一人の男の手ががっしりと捉える。

 

「彩葉!!」

 

 前と後ろを、見下ろす男たちの冷たい目に囲まれて、かぐやを守らなきゃいけないのに、勝手に足が震える。そんな情けない自分の目の端に涙が浮かび……。

 

「……え」

「あ?」

 

 いろPの腕を掴む男の腕を、さらに別の腕が掴んでいた。それは男の陰に隠れて見えないが、白いボロ切れのような布を腕に纏っており。

 

“楽しそうだ、自分も混ぜてくれ”……と。

 

 幽霊のようなローブを被った仮面の落武者が姿を現したのだった。

 

 

 依頼を受け、かぐや姫がゲリラライブを開催しているとの情報を得て現地に向かうと早速諍いごとが発生していた。

 ツクヨミは平和な仮想空間だと思っていたが、案外治安は悪いのだろうか。いや、むしろこの手のトラブルが発生するのは平和な証か。

 

 アインクラッドでは小さな争いも長引けば死人が出た。“アイツむかつく”から“アイツ死ね”に人間の感情が置き換わるスピードは恐ろしく早いのだ。

 結果的に人は衝突も交流も最低限に控えるようになった。くだらないことがくだらないことで済むからこそ、こうした事は起こるのだろう。

 勿論、被害を受ける方からすればたまったものではないだろうが。

 

「ぶっ!?」

「ごっ!?」

「だっ!?」

 

 というわけで、手っ取り早く拳を握って“HA・NA・SI・A・I”をトラブルを起こしていた元凶たちと交わし、平和的に彼らを人のいない路地裏に引き込む。

 なんと穏便な解決方法だろうか。あまりにも穏便すぎて彼らは文句を言うこともなく完全に沈黙している。

 

 全く関係ない話だが、ツクヨミにも「気絶」という概念があると分かったのは収穫だった。SAOではこの手の暴力、ではなく“対話”は厳しく制限されていたから。

 

 そうして男たちを裏に連れ込んでしばらくは表もがやがやと騒がしかったが、恐らくはいろPが気を利かせてくれたのだろう。ライブが再開し、かぐやの楽しそうな声が響き始めた。

 

 さて、こっちもこっちで楽しくやるとしよう。

 自分は何故か気を失っている彼らの頬を叩いて一人ずつ叩き起こす。痛覚も触覚もないはずだが、どういう原理で目を覚ましているのだろうか、これは。

 

「うぇっ……!? お、俺ら気絶して……!?」

 

 その通りだ。君たちは自分とお話をしている最中に突然気絶してしまったのだ。きっと疲れてたんだろう。

 

「ちょ、ちょっと待て。こいつ見たこと……あぁ!? “落武者”!?」

「え!? うわっ、マジで落武者じゃん! すっげ!」

「やべー、本物やべー」

 

……。

 

 何故か男たちが推しライバーを目の前にしたオタクのように騒ぎ始めた。ビビるか反発するかの二択だと思っていたので、予想外の反応にこちらが戸惑う。

 

 とにかく、かぐやのライブを邪魔していた彼らに厳重注意をして、もしまた同じような事をしたら今度は気絶では済まない。というようなことを言い含めた。

 男たちは存外、意外そうにしながらもカクカクと首を縦に振って同意を示した。なんだ、つまらん。聞き分けが悪ければ殴る口実ができたのに。

 

「……あの、質問なんすけど」

 

 これで言うべきことは終わったと立ち上がると、男たちのうちの一人が身を乗り出してそう言ってきた。

 

「落武者さんも、“貴公子”なんすか?」

 

 キコウシ? と聞きなれない単語に首を捻ると、男が解説し始める。

 曰く、かぐやの固定ファン層はコメント欄でもツクヨミ内でも頻繁にかぐやに対して「結婚して」「かぐやは俺の嫁」とやたらかぐやと結婚したがる“ノリ”が形成されており、それが外部に疎ましがられ、彼らは本家竹取物語のかぐや姫に求婚する男たちになぞらえて“貴公子”と呼ばれているのだそう。

 

 なかなか好きなネーミングセンスだ。洒落も効いている。実態はくだらないものだが。

 

 ともかく、そんな貴公子達のノリも身内ノリで済んでいる内はまだマシだが、困ったことに彼らは他配信にもこのノリを持ち込んでやたらと求婚してくるただの発情猿と化した。そうした経緯で、かぐやは本人の預かり知らぬ所でアンチも増えてきているのだそう。

 男たちはそんなアンチの中でも急先鋒。貴公子達に推しライバーの配信を荒らされた被害者でもあるのだ。

 

 後で知った話だが、実は配信を荒らしていたのは貴公子達ではなく、貴公子達のノリに当てられてそれを輸入した本人のファンが多数を占めていたというのが実情だった。

 ただ、急速な勢いでランキングを駆け上がっていたかぐやと結び付けられて批判されるのは仕方のない側面もあり、どちらにせよかぐやはこの一件で全面的に巻き込まれただけの被害者だった。

 

 そんな事情もつゆ知らず「面倒なファンを抱えてるもんだな」とげんなりした自分は、男たちに自分はその貴公子とやらではないと否定した。

 

「あー、よかったぁ……俺、落武者さんのことガチで尊敬してて……嫌いにならずに済んで、良かったっす」

 

 ケラケラと笑うと、それでも他所のライバーに迷惑をかけるような行為は論外だ。と釘を刺すと頭を下げる男たちを後にして自分は表通りに戻った。

 

 かぐやはトラブルなどなかったかのようにライブを再開しており、いろPも戻ってきた自分に一瞬視線を向けたようだが、すぐにライブに集中しだした。

 

 そんな様子を見て、自分は一人アキラの思惑に勘付いて苦笑した。

 

 もし、あの男達と正面から衝突することがあれば、それはかぐやが他のライバーのファンと衝突したという事実に他ならない。

 世論はライブを邪魔した男たちを悪とするだろうが、同時に貴公子達に不満を抱いているユーザー達は「マナーの悪い貴公子が悪い面はある」と反論するだろう。

 そして批判側と擁護側に分かれて、言論空間は荒れる。かぐやは今注目度が高いこともあって、ただの野次馬が火をつけにくることもあるだろう。

 

 しかし、今回男たちに関与したのは部外者の自分一人。かぐやと自分に接点があるなんて情報はなく、事実話したこともないのだから、自分の行為の是非がかぐや達に向く事はない。

 

 つまり必要以上に事を荒立てることなく「推しライバーの警備員」を自発的にやっているだけの男がいる。ということにできるのだ。

 なるほど、物事というのは上手く回っている。平和な世界には平和な世界なりの秩序がある。自分という暴力装置も使いようによっては平和維持装置だ。

 

 任務ついでに、期待の新人ライバーの現地生ライブを特等席で見ることができるという役得も付いているとなれば言うことなし。

 

 そんな汚い裏事情など考えてもいないだろうかぐやの天真爛漫な笑顔を見ながら、自分はこの世界での役割というものに想いを馳せるのだった。

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