さて、KASSEN用のバトルフィールドも含めて、ツクヨミ内で“自由飛行”をすることは原則不可能だ。
その理由は単純で、“立ち入り禁止エリア”に侵入できてしまうからだ。
仮想空間とてなにも世界の全て、どこにでも行けるというわけではない。実装されているのはあくまで開発側が想定し、設計したエリアに限られる。これは当然のことだ。
自由飛行を実装すれば、そうした開発側が位置していないエリアにプレイヤーが侵入する可能性を考えざるを得なくなる。自由度が高すればゲームバランスは崩壊するのだ。
しかし、何事にも例外はあり、KASSENで使用できる一部の高速ライド……かぐやの竹筒ハンマーやいろPが愛用するオオタカなどは地上の地形を無視して飛行することができる。移動速度も普通に走るよりは断然速い。普通なら。
ただし、これらはしばらく飛行モードを使用すると地上にいるミニオンと呼ばれる敵Mobに総攻撃を喰らい、地上に降りざるを得なくなる。そのため無制限な飛行ではないし、空を飛ぶ都合上どうしても目立つ。エイム力さえあれば弓やライフルなどの長距離武器には良い的だ。
ちなみに、アキラたち黒鬼が乗る虎バイクは地上移動しかできない代わりにミニオンに狙われず無制限に使用可能な中速ライドである。彼らも含めて、プレイヤーは武器種やスキル構成に応じて戦略的にライドを切り替えるのだ。
しかし、それらはあくまでSENGOKUルールでの話であり、SETHUNAに高速ライドは存在しない。中速もだ。
当然だろう。それが必要になるほどSETHUNAのバトルフィールドは広くないのだから。
「いつまで隠れてるつもりなん?」
そんな前提を無視して、黒羽カカは空を飛んでいた。
もっと言えば、空中から弓で遠距離攻撃をしてきている。なんてクソ戦法だ。SAOではみんな近距離武器で戦っていたというのに。あの女には誇りというものがないらしい。
竹を障壁としつつ、カカの周囲を円形に走り回る。竹から出る瞬間を狙ったり、移動先を読んで偏差撃ちしてきたりと気を緩めば当たりかねない。
「そんなセコい逃げ方する男に負けたつもりはないんやけど、なぁ!」
何故カカは空を飛ぶことができるのか? それは、スキル“跳躍”の効果である。
スキルとは職業ごとに設定されている特殊能力。自分やアキラは職業“侍”。乃衣やカカは“弓術士”だ。そして弓術士のスキルが跳躍という、言ってしまえば二段ジャンプが可能になるスキルになっている。
ちなみに、侍のスキルは“加速”という速度上昇のスキルである。
「いつまでも逃げてるばっかじゃ勝たれへんで。落武者は〜ん」
二段ジャンプのスキルでどうして空を飛ぶことができるのか……と思うだろうが、そこがフルダイブ型VRゲームの面白い所。
跳躍は一度空中で発動したら、地面に降りてクールタイムを挟まなければ復活することはない。しかし、跳躍使用後、ほんの一瞬の隙を置いてその動作をキャンセルすることで、使用回数を減らさずに、理論上は半永久的に空中浮遊することが可能なグリッチ技が存在する。
某有名漫画の技名から取って“月歩”と呼ばれるそのグリッチは、フレーム感覚が非常に掴みづらい仮想空間において、膨大な思考回数と反復動作の果てに一つの技術として確立された。
そうは言っても、姿勢制御がキモの月歩を武器を使用しながら行うなんて正気ではない。浮遊している間、一度でも月歩を失敗すれば着地の隙を狩られて終わりだ。
それを事もなげに成立させてしまうカカは間違いなく上位プレイヤーに相応しい研鑽と技術、そして執念の持ち主と言っていい。
だからこそ油断もあったのだろう。まだ自分の名がそれほど知れ渡っていなかった前回の対戦時、カカは地上からでも大きく跳べばギリギリ届く低空を飛んでいたために、試合直後に自分に速攻を決められて敗北した。
前回の反省を踏まえ、カカはどうあがいても地上からでは届きようもない高所から一方的な攻撃を浴びせ続けてきている。距離が離れた分エイムは難しくなったはずだが、それを感じさせない命中精度。
「はよ姿見せんかい!!」
強い。と、シンプルに評価できる。怖いので本人に直接言うことはないだろうが。
今もなんか頭の上でギャーギャー言ってるし、ああいうのは出来るだけ関わらないようにするのが吉だ。
そうは言ったものの、実際アレをどうしたものだろうか。月歩を失敗するまで逃げに徹する戦術も気づかれたか、今は攻めの手を止めて万が一にも月歩を失敗しないように姿勢制御に努めている様だし。
だからと言って迂闊に体を出せば攻撃が再開され、また逃げ回る羽目になる。
いたちごっこだ。お互いに相手のミス待ちをしている膠着状態。そして先に被弾する可能性が高いのはこちら側だ。
そうなれば、時間切れでHPが削れている自分が判定負けとなる。それも一つの戦術だ。
待ち合いは分が悪い。となればやることは一つしかないだろう。
「! ようやく姿を見せたか!」
自分は身を隠していた竹藪の密集地帯から姿を晒し、地面を駆けた。
「相変わらずイカれた速度よのう!」
視界で捉えることが困難なほどの速度で駆ける自分に対し、しかしカカは焦らない。速度では高さを克服できないことをよくわかっているからだ。
その判断は間違っていない。実際、今の自分が直接カカに触る手段はない。最も重要なことはカカが地上に堕ちないことだ。そう。
“直接”自分が彼女に触れる方法は存在しないのだから。
「えっ」
不意にカカの顔に影が差す。上空を飛んでいたカカのさらに上から、何かが降ってきていた。
「竹!?」
それは、カカが飛んでいる高さを超えて、さらに上へと伸びていた竹の一本。ハッとして根本を見ると、刃によって断ち切られているのが見えた。
「……なるほど。考えたなぁ、落武者はん。けど、こんなおっそいオブジェクト如き、月歩を崩さず避けることなんて造作も……ッ!?」
迫り来る竹に対して、カカが身を逸らして回避しようとする。
その隙をまさに狙ったかのようなタイミングで、地上から投擲されたカタナがカカの体を貫いた。
「こ、この……っ!? うちが、こんなんでぇ……!!」
それでも、それでも。体に染み付いた反復動作は。月歩だけは崩すまいと、空中で体勢を立て直し……。
「あっ」
その直後、背後から倒れてきたもう一本の竹が強かにカカの体を打ち据えた。
*
「……」
体力が削り切られ、地面にへたり込んだカカの前で、自分は地面に落ちた刀を回収した。視界に踊る“Perfect K.O.”の文字を素直には受け取れない心情があった。
結果的にはノーダメージだったが、地形を利用したあの奇襲が成功しなければ本格的に撃つ手はなく、負けていたのは自分だった可能性が高い。
この勝負はどちらに転ぶかわからなかった。そういう意味で、自分は彼女を讃え手を差し出した。
「……い」
差し出された手をカカは取らなかった。プライドの高い彼女らしいが、何かを言いかけたのか桜色の唇がわずかに動く。
一体何を、と耳を近づけたところで……。
「う゛あ゛あ゛〜!! ま゛だまげだぁ゛〜!! ぐやじい〜〜〜!! 」
至近距離で浴びせかけられた“号泣”が耳をつんざいて、フィールドに響き渡った。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ん゛!!!」
呆然とする自分の前で……黒羽カカは、ついさっきまでの余裕のある姿もどこへやら。
子供のように大粒の涙を流しながら、数十分後に泣き止むまで、自分に背中をさすられながら号泣し続けたのだった。