これは彼女の仕事の一つで、彼女が記した紀行の数頁。
身内用に作ったお話なので設定とか滅茶苦茶飛ばしてます。ごめんなさい。
魔女の圏域から離れた地、霊脈の直上。
そこには瞳を交換する施術を行う魔女の、診療所があった。
「~♪」
魔女の名前はハティネス。つい五年程前に夢の位階に指定された魔女。
今日も優雅にお茶を服みながら、瓶を眺める。瓶は貴重な素材を惜しみなく使用した保存液で満たされており、その中には手ずから一つ一つ丁寧に患者から摘出した、眼球の納められている。
「あぁ、本当に綺麗……」
「この眼を嵌めこむ子は一体誰なのかしら」
脚を組んでもう一口、お茶を服む。
「うん? あら、あらあらあら。お客さん」
「失礼のないように身だしなみを整えなくっちゃ。」
『お迎えに上がりますから、そちらでお待ちください』
ハティネスは上機嫌に鼻歌を歌いながら来訪者へと放送を流す。すぐにもクローゼットを開いて何着もあるお気に入りの服を選び始める。
「やっぱりドレスかしら。でも最近は冷えてきたから露出が多いのはねぇ」
「そうなるとワンピースも着れない。うーん、うーん」
「あぁ、いけない。早く選ばないと患者を待たせちゃう」
「魔眼の魔女」。それがハティネスに与えられた名札。
ハティネスは、魔女の変容を待つことが出来ず眼球の取り換えによる整形を望む魔女に施術を行っていた。大変な人気であり、今では霊脈という貴重な土地を手に入れ、そこへ望んだアトリエを築き正に夢のような世界の主となっていた。
5000本を超える薔薇の生垣、噴水が描くアーチ、雄大な白亜の城。絵本に出てくるような世界、それがハティネスのアトリエであり、診療所だった。
ふわりと宙から降り立つハティネスが迎えた来訪者は、目を閉じて杖をつきながらゆっくりと歩く女の子だった。
「いらっしゃい。さ、どのようなご用でいらっしゃったのかしら」
「ここが目を変えているハティネス先生の診療所だと聞きました!」
「その眼……もしかして、見えていないのね。診せて頂戴」
「あぁ……白く濁ってしまって……」
「今でも綺麗だけれど、見えていないのだとしたらそうは言っていられないわ」
「瞳の交換よね、大丈夫。私が絶対に光を見せてあげるわ」
「あ、今回は治療してもらいに来たわけじゃないんです」
「あら。ふふ、大丈夫よ。瞳の交換なんて怖いものね、分かったわ」
「ちょっと待っていてね。それならせめて、どんな目があるのかだけでも聞いていって貰うわ」
ハティネスは眼球入りの瓶を幾本も運び、自分もまた睨めっこをしながら訪問客の前に並べる。
「綺麗な茶色の髪の毛だものね。アジアあたりの黒か茶色の瞳もいいけれど、王道の赤、青も捨てがたいわ。」
「それか単純な色じゃなくて、模様の入った瞳でもいいわね」
「左から説明するわね。これは黒と茶色の輪が入った東洋じゃメジャーな瞳。こっちは青、白人系統ね。これは赤。アルビノって聞いた事ある? そういった人に典型的で────」
目の見えない少女の手をそって取って、眼球の入った瓶に置いて説明していく。女の子は自分を思いやる気持ちに溢れたその手と言葉に笑みが零れる。
ハティネスが保有している眼球は大きく二種類に分けられる。一から造り上げた眼球か、他者から摘出した眼球か。後者のほとんどは、患者から摘出した眼球が大部分を占めており、その実態は眼球のフリーマーケットと形容するのが近いかもしれない。
「ほへぇ……目、って言っても色んな種類があるんだぁ」
「そうよ。気持ち悪いって言う人もいるけど、この診療所では瞳を交換した人の元の瞳も保管しているの」
「元のままでも綺麗な瞳の子ばかりだから、色んな瞳が集まるのよ。もちろん、私が一から作ったものもあるわ。当然、瞳を通して物を見る事が可能よ」
「うぇ、他の人の目は確かに嫌かも」
「うふふ。意外に思うかもしれないけど、私の作った瞳ではなくて他の子の瞳を求める子だっているのよ」
「こういうの、変身願望って言うのかしらね? 魔女の変容を待つ事が出来なくて、すぐにでも変わりたい、別者になりたいって。」
「マイナスなコンプレックスを持っているのかもしれないけどね」
「あなたは……あぁいけない! ごめんなさいね、お名前聞いていなかったわ」
「私はハティネス。ハティネス先生って呼んでもらっているのは……ふふ、もう知っていたわね」
「ウルカって言います!」
「ウルカちゃん。可愛い名前ねぇ、お名前教えてくれてありがとう」
「ウルカちゃんはどんな瞳が良いか希望はあるかしら?」
「他の子の瞳が嫌なら先生が作ってあげるわ」
「安心して。これでも4503対の瞳を作ってきたのよ、手術の成功率は92.5%!」
「うーん、目はこのままでもいいかなぁ」
「先生。この目は自業自得なんだ」
「昔ね、大バカ野郎と私もバカやっちゃって、それでこうなったの」
「自分への戒め……ということ?」
「うん。だから色々苦労はあるけどこのままがいいんだ」
ウルカは少し自嘲気味に、けれどハッキリとハティネスに伝えた。その言葉を聞いたハティネスは涙をポロポロと流してしまう。
「そうなのね……ごめんなさい、先生そうとは知らずに押し付けがましい事言ったわ」
「先生泣いてるの!?」
「えっと、ご、ごめんなさいそこまで傷つくとは思わなくてー!」
「大丈夫。ふふごめんなさい、先生の方が心配させちゃったわね」
「落ち着いたわ。それで……」
「ウルカちゃんは今日はどうして来てくれたのかしら?」
「瞳に見えない以上の不調がないか、診察したいとか?」
「……」
ウルカは少し口を閉ざしてしまった。ハティネスの胸にはもやもやとした不安があって、診察やただの相談であって欲しいと念じる。
「先生のこの診療所が、魔女の夢に指定されたのは知ってるよね」
「……」
「じゃあ」
「うん。私はあなたの夢を晴らしに来た」
ハティネスはバッとその場を立ち上がり拳を握りしめ、大きな声を吐き出す。
「なんで……ッ」
「なんであなたみたいな子が夢狩りに派遣されるの!?」
「……」
「悪趣味……! 酷い事この上ない!」
「なんで私の所に盲目の夢狩りを寄越すのよ……! なんで目が見えない子にそんな危険なことをさせるのよ!?」
「ごめんね先生」
「あなたは悪くない」
「悪くないの……ッ」
ハティネスは暫くの間沈黙する。過ぎる時間は彼女の悲しみと怒りとを含んでいて、これからの行う懺悔と覚悟を彼女が得るためのものだった。
「ごめんなさい、ウルカちゃん」
「私を、恨んで」
ハティネスの謝罪と共に、室内に存在する全ての瓶からウルカへと視線が注がれる。
「光属性の魔力弾かな」
全ての視線は光の線と変じてウルカに解き放たれる。しかし、ウルカを覆うように現れた真っ赤な炎の壁によって光は乱反射し、彼女の代わりに室内の壁に当たると消え去ってしまった。
「お願い……抵抗しないで……ッ」
「そうすればせめて安らかに終わらせてあげれるから!!!」
「ごめんなさい先生」
ハティネスはボロボロと泣きながらも"目を見開いて"ウルカを見つめる。
「先生。先生の夢の名前を教えて」
「なんで……」
「なんで効かないの……」
ウルカは杖で床をトン、と音を立ててつくと、ハティネスは目に煙が染みたような感覚を覚えて目を閉じてしまう。
「盲目だからかな」
「冗談でもそんな事言わないでッッッ!!!!!」
ハティネスは怒号をあげる。例え自業自得だとしても、例え目の本人の言葉だとしても、世界を眺め望むことの出来ない不幸を冗談だとか皮肉だとかに使われたくないから。
「……ごめん」
「でも先生、お願い。教えて」
「私は先生を夢から覚ましに来た」
「でも、私は他の人みたいに先生たちのことを何も知らない、知ろうとしないまま外から壊すようなことは嫌なんだ」
「私は先生と向き合いたいんだ。それが例え私のエゴだとしても」
「あなたはどうしてこんな事をするの……」
「夢狩りも、夢は入り込む事も、あなたのためになんかならない! 暗闇の中で道を歩いているのに、どうしてそれ以上の苦痛を背負い込むの!?」
「先生が優しい人だからだよ」
「私は自分のことしか考えていない夢には興味ないし、そんなのは他の誰かが壊せばいいと思うよ」
「でも、さっきも言ったように、誰かのために夢見る人の夢が、乱暴に壊されるのは嫌なの。それなら私が先に向かって、優しく目覚めさせる方がずっといいから」
「優しく目覚めるって言っても、自分の人生を否定されるようなものだから抵抗するよね。殆どの夢は創世魔法で作られた世界だから絶対に勝てるし。でも、だからこそ私は正面からその夢に向き合いたいの。これは戦争とかではなくて、一つの対話だから」
盲目のウルカは容姿に反して、老熟した落ち着いて、そして確かな信念に基づいた声でもってハティネスに自らの考えを語る。
「だから」
「……『あなたの瞳』」
「…………そう」
「可愛い」
「夢の魔女らしい、先生らしい、素敵な名前!」
ハティネスが涙を流しながら、答えと共にウィンクを送る。片目を閉じるのと同時に部屋は光で真っ白に染め上げられる。
しかしウルカはその光の中にあっても自分を見失うことはなく、黒い煙をモクモクと立ち込めらせて部屋を覆い尽くし、光を喰らうようにかき消してしまう。
「光と命属性による高度な精神干渉魔法……洗脳一歩手前のものだね。手前で止めてるのはやっぱり先生の優しさかな?」
「この感じだと、命属性主体の光の性質で飛ばすだけじゃなくて……」
「あなたや、私が私自身に向ける『視線』に応じて作用を強くするって感じかな?」
「相手自身の意志を操るために、相手の視線を使うなんて面白おかしいね」
「……そうよ」
「そしてこれは創世魔法による────この世界に先生が作った現象なわけだね」
「そうよ」
「あなたは……本当に……どうやって私の現象を無効化しているの?」
「今までここにきた夢狩りにはちゃんと効いた。そもそも現象そのものは無効化も軽減も出来ない。魔力に紐付かない現象は、魔力に紐付いた現象とは噛み合わないから」
「……」
「そうだなぁ……私は眼が冷めているからかな」
「夢を見る魔女の眼差しはいつだって熱望しているものだけど……」
「私は夢から覚めた事があるからね」
「だから夢の魔女の魔法は通じないって? そんなわけないでしょう」
「効かないのを棚に上げても、創世魔法で作った、現象そのものをどうやって……」
「私の中は煙で満ちているからね」
「煙の魔女……」
「惜しい。私に与えられた名札は『目覚めの魔女』。」
「それに、現象を消したんじゃないよ。煙で覆って一時的に使えなくしただけ」
「先生の価値観に合わせて言うなら……見えていないものを使う事は出来ない、それは世界にとっても同じ、ってところかな?」
「……その力で、夢を狩っているのから、『目覚めの魔女』ということ?」
「逆だけどね。私が魔女を夢から覚ましていたからそう付けられたわけなんだけど、まぁそれはいっか」
「先生は覚醒って言葉、知っている?」
「力を得る事、麻薬の名前」
「目覚める事……」
「そうそうそう!」
「みんなして、力が目覚めるとか違法な薬物を指して使うけどさ?」
「そんな非日常的な意味合いよりも、もっと平和的で日常的な使い方があるって思わないーーー?」
「目覚める事。寝て、起きること!」
「そんな当たり前の言葉の意味をみんなは逸れて使ってるんだよ、酷くない?」
「まぁ、日常会話で朝覚醒してからご飯食べて~、なんて使わないけどさぁ……」
「……いいえ、目覚める魔法という性質は、精神干渉の魔法を払いのけても創世魔法への干渉の理由にはならない」
「でもね、覚えておいて」
「何を言って」
「夢から覚めるという事は、とても大切な事なんだよ」
「な、に、この、金属音」
ハティネスはウルカから聞こえる、金属がすり合うような高音の耳鳴りに耳を塞ぐ。
「あ、聞こえるんだ?」
「やっぱり先生の夢は素敵な夢なんだね。この酷い耳鳴りが聞こえるのなら、それは誰にも否定の出来ない事実だよ」
「なら余計、私は
彼女は白く濁った瞳を再び開く。瞳孔は煙のようにごろごろと滞留して白く濁った涙が零れる。
「あ、あぁ……お願い泣かないで。あなたの綺麗な瞳が更に曇るなんて」
「私の眼は自業自得だって言ったよね。小さいころにバカとバカをやって、その跳ねっかえりだって」
「火遊びをしたからその煙と灰で光を失ったんだ」
「でも、例えこの眼が灰にやられ白く濁ったとしても。そんな不幸なんて誰にでもある事なんだよ」
彼女は瞬きをして、目を見開く。床に落ちた涙は黒く燃え上がり、部屋を黒い煙で満たしていく。
「ッ……頭が割れる……」
「なに、その瞳、は」
ウルカの瞳は黒く染まっていて、その瞳孔には火山のような熱い炎が燃え上がっていた。
「あぁ……綺麗な瞳」
「だから私はそれでも目を見開いて、黒い煙を揺蕩わせてやるんだ」
「この煙がきっと、あなたのように夢に溺れてしまった人の瞳を冷まして、夢という深い水底から手を引いてあげる事が出来るだろうから」
煙が全てを真黒に覆う。
ハティネスが創り上げた天地万物の悉くは煙に覆われ、光もなくただ暗い闇の世界へと変じる。
「────私の世界が……」
しかしその時は多くなく、黒く染め上げられた世界は晴れていく。
ハティネスの世界は帰還する。
けれどその空には雨雲よりも黒い煙が立ち込めて、その隙間から朝日が差し込む。目覚めを告げる魔女は朝日を背に黒い炎と黒い煙を衣にして、夢の主に言い放つ。
「覚悟して」
「今日、魔女の夢が一つ覚める事になるから。」
★★★
「『
「『七日目の朝日』」
「ッ、当たり前のように魔法を無視して……!」
「
「『黒の
夢の主は直様次の視線を送る。凍てつく冷たい視線は『あなたの瞳』に差し掛かる朝日の陽光によって暖かく溶け、カエルに向ける蛇の視線は噴出する黒い煙によって視線が阻まれる。
「(あの煙以外にも、太陽が創世魔法に拮抗している……! 太陽は分かりやすい。煙も恐らく火属性をベースにした魔法、なら属性を禁止にして────)」
「魔力に紐付かない現象は確かに対抗出来ない。確かにね、でも創世魔法が作った現象なら、創世魔法に匹敵する魔力と高ランクの魔法で対抗すればいい」
「『
「『
ウルカが悪友から奪い取った魔法を唱えると、その姿は兜と鎧を身に纏った騎士の姿となる。唱えた魔法は全ての罪を裁く断罪の神鳴となって降り注ぎ、その跡には全てを包み凍てつかせる氷花の花畑が咲き誇る。
その魔力は霊脈に流れる膨大な魔力そのものに匹敵、あるいは凌駕する無限にすら思える程で、視線を断ち切り光を焼き切り暗闇を引き裂いた。
「ッ……!?」
「相反する属性を魔法道具も無しにそこまで……! "
「
火属性をメインにする魔女から火属性を取り上げた後に、「
「『黒の斑』 最大展開!」
しかし、ウルカの煙と炎はより一層の猛る炎を上げる。
「(この世界を取り巻く法則が火を停止している。だからこの煙と炎は火属性に由来するものではない、あるいは……ウルカちゃん自身が、創世魔法に抗うほどの魔力を持っているか)」
ウルカは真正面からハティネスの視線を受け止めて、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに距離を詰めていく。その瞳はただただハティネスを見つめ、鏡のようですらあった。
「っ」
ハティネスは思わず目を閉ざした。目を閉じればハティネスの周りには暗闇が立ち込めて、全て一切の脅威と害悪とを遮断してくれる。見たくないものは目を閉ざせばいい。そうすれば暗闇が自分を守ってくれるから。
「(きっと後者。私の夢はそのままなのに、正面から押し切られる)」
「(どうして……)」
「(どうして貴女はそこまでして他人の目を開かせようとするの)」
目を閉ざしたのは、ハティネスがウルカの視線を受け止める事が出来なくなったから。光が見えているかは重要ではなく、その目がものを言うことを彼女自身が最も理解している。他者の想いを受け止めることは、強い心を必要とする。それが強く、純粋無垢であれば、罪穢れがその心を蝕む時、時に胸を虫歯に障るような沁みた痛みを齎すため。
彼女の心には、今まで露に払った夢狩りの魔女という穢れが染み付いていた。
「(もう……やめよう。このまま続けて、ウルカちゃんのような子をまた派遣させて……切り刻んで死ぬように見つめなきゃいけないのなら。燃えて凍てついて死ぬように望まないといけないなら……)」
「(私の望みも、私も、居なくなった方がいい)」
夢狩りの魔女を殺した。その眼球を摘出して、魔女の再誕を待つ事もなく殺すためにバラバラにして燃やし尽くして消滅させた。殺して眼球を奪った事も、魔女を殺意でもって殺したことも、彼女には初めてのことだった。いくら夢狩りが自分の夢を散々に否定して酷い言葉を投げかけても、そんなことはすべきでは無かった。
その死に様が目の前の少女に置き換わって、その死体の虚な瞳が自分を見つめ返すようだった。それは全て妄想でしかないけれど、光を見ることの出来ない少女から、光を見れるという選択肢を永久に奪い去る可能性は絶対に認められない事だから。
パキン、と音が鳴る。
閉じこもる彼女の暗闇は真黒に侵される。
そして真黒からは殻を割ったように光の亀裂が広がり、亀裂を広げた頭上から手が降りて、ハティネスの手を掴む。
「私が目覚めさせる魔女は、本当に皆んなが皆、優しい夢を見ていたよ」
「でも、魔女たちは他人の夢を恐れるんだ。恐れると、その恐怖は敵意になって、他人を攻撃するの」
「優しい人の夢が、そんな人に壊されるのは悲しいから」
「自分のことしか考えなかった私たちとは違う、他人のための夢が、そんな人たちに壊されるのは嫌だから」
「だから私は代わって魔女の夢を覚ますの」
「そうすれば、その人が次に夢見るために相応しい場所を教えてあげられるから」
ウルカの言葉と共に、『あなたの瞳』に漂っていた煙と昇る朝日が薄く消えていく。
「相応しい場所……」
「閉じこもって瞳を見つめていたから、先生の夢は現象に成りかけていただけなんだよ」
「私ね、先生の夢は色んな人の中にあると思うよ」
「私のような魔女も、私のようなただの人も、先生を欲している人はたくさんいるんだよ」
「だから先生、ここではない場所。外へ出て皆んなの治療をしてあげて!」
「皆んなが、先生の素敵な瞳を見れるようにしてあげて!」
「先生の治療が遠くまで行かないと受けられないなんて、人類全体の損だもの!」
握る手を引き上げて、光の亀裂はハティネスの閉じた目を開かせる。
ハティネスの夢は優しく覚めて、二人を見つめる独りぼっちの視線が晴れていく。もうそこに、世界に成りかける不安は無かった。
数ヶ月後。ハティネスを見つめる視線は、暖かい無数の数になっていた。
人々の瞳、人々の視線に囲まれるハティネスの振る舞いは決して自由なものではなく、多くの束縛と治療に時間を囚われていた。
しかし彼女の目にはいつにも増した光が煌々と指していて、燃え上がるような熱意と、目の覚めるような透き通った屈折とを発していた。
「魔眼の魔女」は、朝日を経て夢から覚めた。
・「魔眼の魔女」ハティネス
夢の位階の魔女。光属性を最も得意とし、瞳、眼球、視線を愛する。
かつては魔女の圏域で施術を行っていたが、ある日眼球型の遺物を手に入れその遺物に魅了されてしまう。遺物の研究を行うために魔女の圏域から離れた場所にある霊脈を買い取り創世魔法で研究しやすい環境を整え、長らく籠っていた。
が、遺物を手に入れて創世魔法で閉じこもっているという状態が魔女たちには悪く映ってしまったために夢の位階に指定され、夢狩りの対象となってしまった。6人の夢狩りを撃退したが、今回ウルカが来た事で夢から覚める事になった。
・魔女の圏域
魔女たちがその場所に存在する法則や魔法生物を含め、安全に生活出来る土台が築かれている領域のこと。危険な現象があっても対策及び封じ込めが完全に出来ていれば安全と見做される。
・魔女の夢
現象そのものになる可能性がある魔女の行動を指す。あるいは夢の位階の魔女のこととも。
現象になる事は確立された、魔法法則に干渉する手段の一つ。
魔法とは、魔女たちが勝手に発見し築いた魔法法則というものに基づいて、魔力というものを媒体に発現させる現象に過ぎない。そして、夢の魔女が魔法法則を手を加えてしまえば、長年培った魔法の使用や、現象への対処が出来なくなるのかもしれない。
故に魔女たちは、他人の夢を恐れる。己の夢を棚に上げて、他人の夢を壊しにかかる。
・創世魔法
属性や術式への理解と結界魔法を極めた先に存在する最上の魔法。自分の思い描いた世界、天地建造物を創造する。
通常の結界魔法との最大の違いは、魔法法則の追加・削除・変更機能。これにより、創造主の魔女の設計した現象を起こすことが可能。
欠点は途方もない魔力が必要な点。夜の魔女でも単独での創世は不可能。ごくごく少数の強者は数秒だけ創世出来るらしいが、基本は脈を利用して立てられる。
・眼球の遺物
遺物とは特別な魔法道具であるアーティファクトの中でも、更に特別扱いされるもの。
この眼球に送られた視線・認識を反射し、鏡のように反射する性質を持つ。戦闘に使う限りは強力な魔法道具といった評価になる。
しかしこの眼球を見つめる行いをすると、問題が起きる。鏡に映る自分に対して会話をするのと似た状況になり、更に罰が悪いのはその人の魂と精神を反射するため、会話が実際に出来てしまう。そしてこの眼球と一人で過ごしていると精神が緩やかに崩壊してしまう。
ハティネスは実はこの遺物による精神崩壊を克服していたが、その性質に魅入られていたため、精神崩壊ではなく魔女の夢として行くところまで行ってしまった。
遺物の名前は『あなたの視線』。