リュカ家の年代記 作:ひまんちゅ
秋の風が吹き始めると、バビロンの市場にはまた新しい人々が現れた。
彼らは背が高く、肩幅が広く、重そうな荷を運んでいた。
その荷の中に、見慣れない黒い道具があった。
剣だった。
私はそれを見て、すぐに違和感に気づいた。
青銅ではない。
青銅は少し赤みがあり、光る。
しかしその剣は、もっと暗い色をしていた。
「これは何?」
私が聞くと、父はその剣を手に取った。
重さを確かめ、刃を指で軽く弾く。
「鉄だ」
私は首をかしげた。
「鉄?」
父はうなずいた。
「新しい金属だ」
その剣を持ってきた男は、誇らしげに言った。
通訳が訳す。
「ヒッタイトの技術だ」
私は初めてその名前を聞いた。
「ヒッタイト?」
父は言った。
「北の山の国だ」
私は剣を見つめた。
青銅より少し黒い。
だが刃は鋭い。
「強いの?」
父は短く答えた。
「強い」
それだけで十分だった。
武器が強ければ、戦争は変わる。
戦争が変われば、国も変わる。
私は何となくそう思った。
ヒッタイトの商人は続けた。
「鉄は作るのが難しい」
通訳が訳す。
「だが作れれば、青銅より安い」
私は驚いた。
青銅は銅と錫を混ぜて作る。
錫は遠くの土地から運ばれてくる。
だから青銅は高価だ。
しかしもし鉄が安いなら。
もっと多くの剣が作れる。
もっと多くの農具も。
父は静かに言った。
「それは世界を変える」
私はその言葉を聞いて、少し背筋が寒くなった。
世界が変わる。
それはどういう意味だろう。
ヒッタイトの商人は、今度は別の道具を出した。
鉄の斧。
鉄の鎌。
「農民も使う」
通訳が言った。
私は考えた。
もし農具が強くなれば、畑は広がる。
収穫は増える。
都市は大きくなる。
だが同時に。
剣も増える。
戦争も増えるのだろうか。
父はヒッタイト人と取引を始めた。
鉄の道具と、羊毛や穀物を交換する。
私はその様子を見ながら、粘土板に記録を書いた。
鉄の剣 三本
鉄の斧 二本
交換品 羊毛
書き終えてから、私はふと家宝の粘土板を思い出した。
袋から取り出す。
> 世界は道でつながる
私は思った。
もし道がつながるなら。
技術もまた、道を通って広がる。
鉄もそうだ。
北の山の国で生まれた技術が、こうしてバビロンに届く。
そしてここから、さらに別の国へ行く。
私は新しい粘土板を取り出した。
そして書いた。
道は物を運ぶ。
そして知恵も運ぶ。
私は少し考えた。
川の道。
陸の道。
海の道。
そこを通るのは、商品だけではない。
言葉。
文字。
技術。
すべてが道を通って広がる。
父が私の肩を叩いた。
「何を書いている?」
私は粘土板を見せた。
父は読んでから、うなずいた。
「悪くない」
それから言った。
「覚えておけ」
私は父を見た。
父は市場を指さした。
そこには多くの人がいた。
メソポタミア人
シリア人
フェニキア人
ヒッタイト人
言葉も服も違う。
しかし同じ場所に立っている。
父は言った。
「文明は一つの場所で生まれる」
「だが広がるのは道のおかげだ」
私はその言葉を、ゆっくりと心に刻んだ。
その日の夕方、私は川辺に座った。
ユーフラテスの流れはいつもと同じだ。
だが世界は確実に変わっている。
鉄の剣。
海の船。
新しい文字。
それらはすべて、道を通ってやってくる。
私は空を見上げた。
遠くの山の向こうにヒッタイトがある。
海の向こうにフェニキアがある。
そして、その先には。
まだ知らない世界が広がっている。
私は家宝の粘土板を握った。
祖先の言葉は、少しずつ意味を持ち始めている。
> 世界は道でつながる
私はその下に、もう一行書いた。
道は世界を変える。