ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

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第10話 再出発

ヒュッ!!

 

 風を裂く音が、頭上の梢の中で鋭く弾けた。

 直後、かすかな弓弦の震えが耳に届く。

 

 林の暗がりを、銀色の光が一筋だけ走った。それは瞬きする間に、遠くで揺れていたあの蒼い火の片方へ吸い込まれていく。

 

 ぶすっ!

 

 まるで風船に穴でも開いたみたいに、そのうちの一つの火が、すぐに消えた。

 

 ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ――

 

 続けざまにさらに三本。

 放たれた銀光は、最初の一射ほど正確じゃなかったが、相手がスケルトン兵一体なら十分すぎた。

 

 やがて、遠くの木立の奥で火がぼっと燃え上がる。

 隠れていたスケルトン弓兵は、そのまま灰へと崩れ落ちた。

 長い付き合いから来る信頼だったのか、それともルクが単にそこまで頭が回っていなかったのか。

 とにかく、遠くのスケルトン弓兵が灰になったのとほぼ同時に、地面へ倒れていた四体のスケルトン兵も、一本一本の斧で確実に止めを刺されていった。

 

「ふぅ……」

 

 そこでようやく、俺は少しだけ気を抜いた。

 あの骨どもから入ったはずの経験値が惜しくないと言えば嘘になる。だが、あの状況じゃ仕方ない。

 

「ほら、受け取れ」

 

 泥まみれでくたびれた背嚢が、俺の前へ差し出された。

 

 顔をそむけるようにしながらそれを差し出してきたルクを見て、俺は少し意外に思う。

 

 俺の記憶が正しければ、冒険者パーティーの戦利品分配は基本的に「倒した奴のもの」が原則だ。

 確かに俺は経験を頼りに何度か指示を飛ばした。

 けれど実際に手を動かしたのは、ルクと隊長のカッセだ。

 

 だから俺は、スケルトンどもの遺した品は当然そっちの取り分だと思って、特に気にもしていなかった。

 まさか、この半獣人がわざわざいちばん値打ちのありそうな物を持ってくるとは。

 

「お前、やるじゃねえか……。町に戻ったら俺がおごってやる。酒でも――いってぇっ……」

 

 いつの間にか横に来ていたシモンズが、血のついた大きな手で俺の肩をばんばん叩いた。

 ただ、さすがに加減が雑すぎたらしい。自分の肩の矢傷を引っ張ったのか、すぐに顔をしかめて歯をむき出しにする。

 

 ドワーフの太い神経の中には、「強い奴は敬うべきだ」という考えが、ほとんど生まれつき染みついている。

 

 こいつは今まで、コロンが隊に加わったところで足を引っ張るだけだと思っていた。邪魔な荷物でしかなく、何の価値もないと。

 

 だが、さっき草むらの中から自分の目で見た。

 あの土壇場で取り乱さず、冷静に指示を飛ばした姿を。

 それで、ようやく腹の底から認めたらしい。

 

 木から滑り降りてきたカッセが、シモンズの脇に膝をついた。包帯で傷を巻きながら、いつもの平坦な口調で俺に問いかける。

 

「コロン……お前、前にああいう“化け物”を見たことがあるのか?」

「化け物?ああ、隊長、あのスケルトン兵のことですか」

「スケルトン兵?……そうだ、それだ」

「見たことがある、ってほどじゃないです。ただ、前に本で読んだことがあって」

「本だと?どんな本に、あんなものが載ってるんだ」

「えっと……町の図書館、です。俺、暇なときはああいう本を読むのが好きで。題名まではちょっと覚えてないんですけど……」

 

 カッセは、ふむ、と小さくうなずいた。

 頭の中では、冒険者ギルドのすぐ隣に建っている、あの町の図書館を必死に思い返しているんだろう。

 

 ギルドへ依頼の受け渡しに行くたび、あの建物の前は通っていたはずだ。だが、自分は一度も中へ入ったことがない。下手をすると、入口のガラスが何色だったかさえ覚えていない。

 

 ――なるほどな。

 職業認定で座学まで試されるのには、ちゃんと理由があるわけだ。

 普段からこういう本を読んでおけば、今日みたいにひどい目には遭わなかったかもしれない。

 

 ともあれ、俺たちは間違いなくこの若造を見くびっていた。

 

 もしかすると、こいつの隊の中での立ち位置も変えるべきかもしれない。

 戦う力そのものは大したことがなくても、“軍師”役くらいなら十分務まるんじゃないか――。

 そんなことを、カッセは内心で考えていた。

 

 ――今回の依頼が終わったら、こいつを正式に隊へ入れるか。

 ……

 ……

 もっとも、戦利品の確認と言っても、骨の連中が残していった物は大したものじゃなかった。

 

 錆びついた鎌が二本。

 それと、まだ少しは使えそうな狩猟弓が一本。

 あとは俺の手の中にある、少し黒ずんだ銀貨が四枚だけだ。

 

 だが、逆に言えば、それでよかったのかもしれない。

 小隊はその場で三十分も足を止めることなく、すぐに再出発できたからだ。

 

 シモンズの故郷にある諺で言うなら、こういうことらしい。

 ――困難が大きいほど、その先の実りも大きい。

 

 その言葉を聞いたとき、俺が最初に思ったのはこれだった。

 だからドワーフ族は、アラレン大陸のどこへ行っても数が少ないんじゃないか。

 たぶん成体の八割くらいは、その諺に騙されて冒険の途中でくたばってるんだろう。

 

 まあ、とにかく。

 俺を除いた他の全員は、すっかりやる気を取り戻していた。

 

 しばらく進むと、ゼス村の三角屋根がいくつか、視界の奥にぼんやり浮かび上がってきた。

 

 まだ村の中へ入る前だというのに、空気の中にはすでに、木が焼けたあとの焦げ臭さが混じっている。

 

「着いたな」

 

 先頭で道を切り開いていたカッセが、興奮を押し殺した顔で振り返り、低い声で言った。

 

「どうする?このまま中へ入るか?」

 

 ルクは両手に斧を提げたまま問い返す。瞳はわずかに赤く、さっき森で襲われたせいで、今まで以上に警戒を強めているのが分かった。

 カッセはルクに答えず、まず俺のほうを見た。

 

「コロン、お前が言ってた、その魔法使いが火をつけた木の家は、村のどの位置だ?」

 

 ただ尋ねているだけじゃない。

 少し試しているんだろうな、というのはすぐに分かった。

 

 俺はすぐには答えず、足元に落ちていた乾いた枝を一本拾い上げた。

 そして小さく地面を払って平らな場所を作ると、そこへ一本ずつ線を引いていく。

 

 ルクとシモンズは、互いにちらっと顔を見合わせた。

 だが、相手の目の中にも自分と同じく大きな「?」しか浮かんでいないと分かると、二人とも大人しくしゃがみ込み、黙って地面を覗き込んだ。

 

 その一方で、カッセだけはわずかに眉を動かした。

 森を渡り歩く猟師であるこいつは、俺が描いているものの正体をすぐに見抜いたんだ。

 ――ゼス村の簡略地図だと。

 

 地図なんてものなら、カッセだって見慣れている。実際、背中の荷袋の中には、冒険者ギルドで買ったチカ町周辺の地図が一枚入っているはずだ。

 十枚もの銀貨を払って手に入れた、自分にとっては宝物みたいな地図。

 

 だが、その貴重な一枚も、今俺が地面へさらさらと描いているものと比べたら、まるで話にならなかった。

 

 家ごとの大きさや向き。

 道と路地のつながり方。

 村の中にある二つの井戸の位置に至るまで、全部がきっちり示されている。

 

 コロンって奴、思っていた以上に使える人材じゃないか――。

 カッセの頭の中では、そんな評価が一気に跳ね上がっていた。

 

 ――もう町へ戻ってからじゃ遅いな。戦利品を分けるときに、その場で正式加入を言い渡すか。

 ――いや、待てよ。そうなると、取り分の話も少し考え直さないといけないか……。

 

 

 そんなふうに、一人で勝手に考えを巡らせているとも知らず、俺はただ黙々と地図を描いていた。

 

 仮に今のこいつの内心を知ったところで、たぶん俺は大して気にしなかっただろうけどな。

 

 だって、ゲームの地図は今のこれよりずっと精密だったし、そもそもこんなの大した技術でも何でもない。

 

 現実世界で普通に暮らしてきた人間なら、誰だってこの程度はできるはずだ。

 

 まして本をよく読むような人間なら、もっとまともな図まで描けるだろう。

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