ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
月明かりに照らされたゼス村の広場南側の通りを、不意に冷たい風が吹き抜けた。
地面に残っていた黒い灰がふわりと舞い上がり、夜空へ散っていく。
あの、いつも嫌味ばかり言っていたおしゃべりなドワーフは、こんな形で本当にこの世界から消えてしまったんだ。
「うああああああっ!!!!」
人間とは思えない咆哮が、突如として響いた。
半獣人のルクが、怒り狂った獣のように両手斧を振り上げ、そのまま外套の人物へ突っ込もうとする。
「ルク!止まれ!お前まで死にに行く気か!」
隊長カッセの怒号で、ルクははっと我に返った。
頭の中に、さっきのあの不気味で凄まじい緑の光がよみがえったんだろう。踏み出しかけた足が、その場でぴたりと止まる。
「で、でも隊長……シ、シモンズが……」
だが、言葉を言い終える前に、ルクは一つの影が自分の脇を凄まじい勢いで駆け抜けていくのを見た。
「コロン……」
「コロン、お前、正気か!?」
……
背後から聞こえるカッセとルクの叫び声が、夜風の音と一緒に俺の耳へ流れ込んでくる。
だが、俺にはそれに答えている余裕なんてなかった。
意識のすべては、十数メートル先に立つあの外套の人物へ向いている。
いや、正確には――アンデッドプリーストへ、だ。
アンデッド族に属する低級魔法使いであるアンデッドプリーストは、特に二つの術を得意としている。
ひとつは《死体操作》。
もうひとつは《衰滅の光線》。
どちらも、“闇”の奥術粒子を媒介にして放たれる黒魔法だ。
死体操作は分かりやすい。
死者を再び動かし、命令に従う屍へ変える術だ。
そして衰滅の光線――その恐ろしさは、もう誰もが目の当たりにしたばかりだった。
大量の闇の奥術粒子を一点に圧縮し、それを一気に放出する。
ゲーム序盤では、Lv5未満で魔法防御装備もない新米プレイヤーにとって、この光線はまさに悪夢だった。
野原で緑の光に貫かれ、そのまま一撃で消し飛ばされる。
そんな光景はいくらでも見てきた。
だがそのぶん、あの術には明確な欠点がある。
膨大な闇の粒子を練り上げる必要があるせいで、詠唱準備に時間がかかるんだ。
そして、そのわずかな時間こそが――俺に残された、唯一の攻撃機会だった。
「隊長!今のうちに弓で撃ってください!アンデッドプリーストは、あんたたちが思ってるほど無敵じゃない!」
俺は走りながら叫ぶ。
「胸のあたりが弱点です!今はローブで隠れてるけど、その中にあるのが魂核です!そこを――」
そこまで言ったとき、アンデッドプリーストが唐突に顔を上げた。
眼窩の奥で揺れる蒼い炎が、激しく明滅する。
距離はまだある。
なのに、喉をぎゅっと掴まれたような感覚が走った。
分かる。
――こいつ、俺を狙った。
次の瞬間、アンデッドプリーストは陰気に笑い、干からびた腕をすっと持ち上げて、俺の背後を指さした。
嫌な予感がした。
そう思った直後には、後ろからカッセの悲鳴が響いていた。
振り向く。
隊長カッセは地面に倒れ込み、両手で太腿の付け根を必死に押さえていた。苦悶の声を上げながらのたうっている。
少し離れた場所には、一本の脚が転がっていた。
切断面は異様なほど滑らかで、そこから血が絶え間なく噴き出している。
そして、その背後。
広場に並べていたあのゴブリン精鋭戦士の死体が、半身ほどの大剣を杖のようについて、ゆっくりと立ち上がっていた。
火に炙られて黒く煤けた皮膚には、あちこち裂けた傷口がある。立ち上がるたび、その裂け目から黄褐色の薄い腐液がとろりと流れ落ちた。
「隊長!」
ルクが叫ぶ。
カッセのすぐそばにいたくせに、足元の死体にはまったく警戒していなかった。そのせいで、ゴブリン精鋭戦士の成れの果てに、不意打ちを許したんだ。
怒りに駆られたルクは、重い両手斧を握りしめ、咆哮を上げながら、自分より頭一つ分も大きいゴブリンゾンビへ突進した。
だが、ルクの視界の外では、さらに四体のゴブリン兵の死体がゆっくりと起き上がりつつあった。
そいつらの狙いは一つ。
もう戦えないカッセだ。
「くそっ……!」
事態の切迫さが、一瞬で頭の中を満たした。
このままアンデッドプリーストを攻めれば、隊長とルクは確実に死ぬ。
かといって引き返して助ければ、その間にプリーストが詠唱を終え、また誰かが倒れる。
どうする。
どう選ぶ。
いくつもの可能性が一瞬で脳裏を駆け巡る。
そして俺は、振り返って仲間のほうへ走った。
アンデッドプリーストの詠唱完了まで、あとどれくらい時間があるのかは分からない。
だが一つだけは、確信できた。
今ここで引き返さなければ、あいつらは死ぬ。
木の家から逃げ出したときとは違う。
今度は四体のゴブリン兵ゾンビを正面から相手にしなきゃならない。
逃げることも、かわすことも許されない。
一体ずつ、自分の手で仕留めるしかない。
幸いだったのは、ゼス村へ入った頃には、俺の“衰弱”状態がすでに解除されていたことだ。
全身に痛みはまだ残っている。
だが能力値そのものは、Lv3相当まで戻っている。
それに、ついさっき。
俺は持っていたスキルポイントをすべて使い切り、《基礎剣術》を一気にLv3まで引き上げていた。
昔、自分の体に染みつくほど使った型なら、今の俺でもぎりぎり再現できる。
武器を拾い上げた四体のゴブリンゾンビを見た、その瞬間。
頭の中にひとつの閃きが走った。
「真正面からまとめてやるのは効率が悪い……なら、各個撃破だ!」
迷いはなかった。
Lv3まで上がった剣術が、ほとんど反射みたいに体を動かす。
走りながら、もう斬撃のための力を溜めていた。
ブンッ――
刃が閃く。
俺に最も近かった一体のゴブリンゾンビは、胴を真横に断たれ、二つに分かれて崩れ落ちた。
緑の光が一瞬だけまたたき、そのまま黒い灰になって消えていく。
だが、残る三体も止まらない。
それぞれ短剣を手に、横一列で突っ込んでくる。
その瞬間、俺の意識は戦いの中へ完全に沈み込んだ。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、俺はゲームの中へ戻ったような感覚を覚える。
あの頃の俺は、山を埋めるほどの敵に囲まれても、怖いなんて思わなかった。
積み重ねた戦闘経験と、ひたすら学んだ知識のおかげで、ゲーム内に存在するほとんどあらゆる剣術に、俺は一定の理解を持っていた。
弱点はどこか。
次にどう斬るか。
どう反撃をかわすか。
どう勝つか。
その答えが、すべて頭と体の中にあった。
俺は前へ二歩踏み込む。
片手剣をすっと前へ突き出した。
鋭い刃が、先頭のゴブリンゾンビの眼窩を正確に貫く。
その直後、身をひねって横から振られたもう一体の斬撃をかわす。
だが、眼窩に刺した剣は引き抜かない。
そのまま、まるで肉串みたいに突き通した状態で、両手に力を込める。
「はあっ!」
バキッ!
全身の力を乗せた剣撃が走り、無防備だったゴブリンの肉体は一気に裂けた。
俺はその勢いのまま踏み込み、腰を切って横薙ぎへ移る。
三体目もまとめて斬り裂かれ、二つに分かれて崩れた。
傍目には、ただ力任せに三回剣を振っただけに見えたかもしれない。
だが、本当に剣を知る人間が見れば分かる。
刃を入れる角度も。
踏み込みの力の流し方も。
次の一手へのつなぎ方も。
どれ一つ取っても、もうLv3の範囲には収まっていなかった。
「はっ……はぁっ……」
精神を極限まで集中させたせいで、たった十数秒の攻防だというのに、体力の大半を一気に持っていかれた。
肩には鈍い痛みが走る。
体に巻いた包帯も、またじわじわと血を滲ませ始めていた。
それでも――少なくとも今だけは、隊長の命は繋いだ。
俺は息を荒くしながら振り向き、ルクのほうへ目を向ける。
「加勢に来たぞ……お前――」