ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
食物連鎖の底辺で生きる冒険者にとって、人の実力なんてものは、たいてい見た目だけで大まかに判断できる。
ひょろくて頼りなさそうな体つきの人間は、ほとんどの場合、そのまま近接戦闘の力も大したことがない。
逆に、筋肉が盛り上がり、体格の大きい蛮人みたいな相手なら、それに見合うだけの力はまず持っている。
ゴブリン精鋭戦士の身長は、およそ百九十センチ。
しかもゾンビ化したことで、骨格も筋肉もさらに膨れ上がり、遠目にはまるで二足で立つ大熊みたいに見えた。
それに比べれば、ルクは獣人の血を引いているとはいえ、せいぜい普通の大人より少し大きい程度だ。狂化状態に入っても、ようやく相手の肩に届くかどうか。
二人を並べれば、まるで大人と中学生くらいの差がある。
さっきまで俺は、四体のゴブリン兵との戦いに集中しきっていて、もう一方の戦場で何が起きていたのかまるで見えていなかった。
だから、振り向いた瞬間に目に入った光景は、あまりにも唐突だった。
ルクが、静かに宙へ浮いていた。
いつものような腹の底から響く怒鳴り声もない。
動きもない。
ずっと手にしていた両手斧でさえ、今は力なく地面へ斜めに突き刺さっている。
なぜなら、その時点でもう、こいつには声を出す力が残っていなかったからだ。
折れた骨の先が皮膚を突き破り、右肩を内側から持ち上げている。胸には深々と陥没した大穴が開き、全身がぼろ布みたいに歪んでいた。
そんなルクを、ゴブリン精鋭戦士は髪の毛を掴んだまま、まるで壊れた人形でも持ち上げるように宙へぶら下げていた。
次の瞬間、視界の端で白い光が走った。
ぶしゃっ――
生ぬるい液体が頬へ飛び散る。
前方で、ルクの体が振り子みたいにぐらりと揺れた。
そして数秒後、上半身の残りが地面へと重たい音を立てて落ちた。
「あああああっ!死ねぇっ!!」
長年の仲間が目の前で惨殺されたのを見て、カッセが絶叫した。
怒りと悲しみで顔を歪めたまま、傷口を押さえていた手を放し、太腿から血があふれるのも構わず、すぐ脇に落ちていた弓を掴み上げる。
弓弦がいっぱいまで引き絞られる。
背は今にも折れそうなほど湾曲し、冷たい光を帯びた鉄箭が、その指先で震えていた。
狙うのは、ゴブリンの頭。
息を整える暇もない。
照準を細かく合わせる余裕もない。
失血と激痛による眩暈が、波のように何度も脳を揺さぶっていた。腕はすでに震え始め、指先はもう限界に近い。
ビィンッ!
ヒュッ――
放たれた矢は、空気を切り裂いて一瞬でゴブリンの目の前まで到達した。
だが、ほんのわずかな手ぶれ。
そのせいで狙いはわずかに下へ逸れ、矢は首へ深々と突き立った。
もし相手がまだ生きていた頃のゴブリン精鋭戦士なら、それでも大打撃になったはずだ。
だが、今のそいつはゾンビだ。
頭蓋の中に宿る魂火を砕かない限り、どれほど深い傷でも意味がない。
矢を受けたゴブリン精鋭戦士は、ただ小さく首を傾けただけだった。
それから何事もなかったように、地面へ倒れるカッセを見下ろす。
口の端が、わずかに吊り上がったように見えた。
まるで、自分の身の程も知らずに抵抗した人間を嘲笑っているみたいに。
「くっ……そ……!」
カッセは力なく腕を下ろした。
顔は血の気を失い、目の中には絶望がはっきり浮かんでいる。
強すぎる。
勝てる相手じゃない。
隊の中でいちばん前線向きだったルクが、十秒も持たずに殺された。
なら他の誰が相手になれる?
自分たち程度の相手なら、あいつは剣なんか抜かなくても、拳だけで十分に潰せるだろう。
不意打ちを受けていなかったとしても、正面から戦えば、自分たちの小隊が勝てたはずなんてない。
――自分も、ここで終わりなのか。
ゴブリン精鋭戦士は、首に刺さった矢なんてまるで気にも留めなかった。
憐れみも、躊躇もない。
そのまま重剣を持ち上げる。
次の瞬間には、小山のような巨体がカッセのすぐ目の前にあった。
死の気配をまとった影が、彼を完全に覆い尽くす。
そして、剣が振り下ろされた。
「Zako!」
ブゥン――
赤い光が、夜気を裂いた。
ゴブリン精鋭戦士の耳の脇から突き入り、反対側のこめかみを貫いて抜ける。
振り上げた重剣もろとも、その巨体はその場でぴたりと止まった。
眼窩に揺れていた蒼い火が、ひときわ強くまたたく。
そして、次の瞬間には完全に消えた。
傷口から細い亀裂が全身へ広がり、蜘蛛の巣のように這い回っていく。
二秒後、その体は砂で作った城みたいに、上から順に崩れ落ちて灰へ変わった。
ガラン、ガラン――
重剣が地面へ落ち、土埃を巻き上げる。
「コ……コロン!?」
赤光が飛んできた方角を見たカッセの目が、大きく見開かれた。
少し離れた場所で、片腕をまっすぐ前へ突き出したまま立っている俺を見つけたんだ。
その顔には、ありありとした驚愕が浮かんでいた。
「お前……まさか、魔法使いだったのか!?」
俺は答えず、ただ小さく首を振った。
本当なら、《洞察の指輪》はアンデッドプリーストに対して取っておくつもりだった。
あいつらのことはある程度知っている。下手をすると、まだ何かしらの切り札を隠している可能性がある。
しかも今の俺の魔力では、この指輪を使えるのは一回だけだ。
けれど、後悔はしていない。
たとえもう一度同じ場面に戻ったとしても、俺は隊長が目の前で真っ二つにされるのを黙って見ていることなんてできなかっただろう。
今いちばん危険なのは、あのアンデッドプリーストだ。
「隊長!話は後です!先にアンデッドプリーストを!」
まだ何か言おうとしていたカッセの言葉を断ち切り、俺は振り返ると、通りの向こうにいるアンデッドプリースト目がけて全力で駆け出した。
まだ塞がっていない傷口。
そこへ何度も続いた戦闘。
そのせいで、今の俺は肺が破れそうなほど苦しかった。
昨日まで、魚一匹まともに殺したこともない普通の人間だった俺が、もう今は限界に近い。
休む間もなく走り続けたこと。
刃で斬られ、死にかけたこと。
さっきまで、少なくとも三回は吐きそうになるのを必死でこらえていたこと。
足が重い。
もう自分の足じゃないみたいに。
家に帰りたい。
湯船にゆっくり浸かりたい。
洗剤の匂いがする、あの清潔なシーツの上で眠りたい。
……それにしても。
あのアンデッドプリースト、ゲームの中で見たときより、実物のほうがよっぽど醜いな。
……
十数メートル先。
外套の下で、アンデッドプリーストがゆっくりと腕を持ち上げた。
わずかに開かれた掌の中へ、緑色の光が集まっていく。
……
「もう、間に合わないか」
「これで……やっと、帰れるのかもな……」