最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
戦場の後片づけは、終始ひどく重苦しく、単調な空気の中で進んでいった。
ゲームのように、鼠を一つクリックするだけで魔物の死体をすっかり漁り尽くせるわけじゃない。現実で戦利品を回収するのは、ずっと面倒で、ずっと生々しい。
まず、生き残っていたゴブリンの死体から、俺は順番に左耳を切り落としていった。
賞金の証拠になるそれらは、専用の袋へまとめて詰める。
いちばん値が張るはずのゴブリン精鋭戦士に関しては、もう灰になってしまっていた。だから仕方なく、あいつが使っていた大剣を回収して、討伐の証拠として持ち帰るしかなかった。
もっとも、それを冒険者ギルドが認めるかどうかは分からない。
そのあと、俺はさらに念入りに漁った。
対象の数そのものは多くない。だが、どうせ拾うなら少しでも高く売れるもの、持ち運びしやすいものを優先したい。そう思って、松明を掲げながら周囲を丁寧に見て回る。
だが残念なことに、ゴブリン兵どもは本当に貧乏だった。
身につけているのは穴だらけの革鎧くらいで、下着の一本すら持っていない。
昔のゲームなら、野原を跳ねてる野ウサギですら銅貨を一枚か二枚は落としてくれたのに。
もちろん、完全に空振りだったわけじゃない。
正体不明の緑色の宝石が二つ。
サイズの合う革ベルトが一本。
それに、小さな銅貨袋が一つ。
少しだけ重みのあるその袋を手の中で揺らし、それから足元の死体を見下ろして、俺は思った。
こいつは、この群れの中では比較的頭の回る個体だったのかもしれない。
そして、もっと期待を裏切ったのがあのアンデッドプリーストだ。
どうせなら何か珍しいものでも持っていてくれと思ったのに、こいつは外套以外、まともな金袋一つ残していなかった。もちろん、魔法装備なんてものも見当たらない。
ルクとシモンズの装備を回収し終えた頃には、隊長カッセのほうも傷の始末を終えていた。
「どうだ、全部見終わったか?」
壁に手をつきながら、彼がどうにか立ち上がる。
失った脚の先は包帯で簡単に巻かれ、脇には杖代わりの木の棒を挟んでいた。動きは苦しそうだったが、それでも何とか歩ける状態ではあるらしい。
「だいたいは。見落としはないと思います」
「本当にか?俺は、いちばん大事な物を見落としてる気がするがな」
カッセは顎を少ししゃくり、遠くのアンデッドプリーストが倒れたあたりへ視線を向けた。
俺は首をひねる。
おかしいな。
確かに現実とゲームの間には差がある。だが、俺の経験上、値打ちのある物ならまず見逃さない。
アンデッド族はゴブリンほど雑じゃない。上位の個体になれば、人間に劣らない知性を持つことすらある。
だからあのプリーストの灰も、俺は何度も確認した。
装備どころか、紙切れ一枚残っていても気づいたはずだ。
「その外套を忘れてるだろう?」
まだ腑に落ちない俺を見て、カッセがはっきりと口にした。
「コロン。俺の職を知ってるよな。猟師ってのは、木登りが下手でも、体が頑丈じゃなくても、弓が少し下手でも、どうにかなる」
「だが、一つだけ絶対に欠けちゃならんものがある」
「警戒心だ。遠くを見て、音を拾って、異変を先に察する。それができなきゃ、自分から死地に踏み込むのと同じだ」
そこで彼は、少しだけ声を落とした。
「じゃあ、あの……あの魔法使いは、どうしてあそこまで近づけたと思う?」
その説明を聞いた瞬間、俺はようやく引っかかっていた違和感の正体に気づいた。
森の中で、カッセはあの並外れた感知力を見せていた。
遠くに潜んでいたスケルトン弓兵を真っ先に見つけ、即座に反撃までしている。
なのに、アンデッドプリーストに対してだけは、そういった感覚がまるで鈍っていた。奴が視界に現れて初めて、ようやく全員が気づいたんだ。
そこから導ける答えは、一つしかない。
あの薄汚れた外套そのものが、魔法装備だったんだ。
そして、実際にカッセの推測は当たっていた。
俺がその外套を肩にかけた瞬間、属性画面に新しい情報が浮かび上がる。
【烏の編み羽】
【敏捷+1】
【特殊効果:装備中、移動時の存在感を低下させる】
……
着てまず感じたのは、とにかく蒸れる、ということだった。
真夏にこんなものを羽織ったら、まともな人間ならすぐ汗だくになるだろう。
だが、それでも間違いなく魔法装備だ。
「これだ!」
カッセは俺が差し出した外套を両手で受け取り、興奮を隠しきれない様子で、その揃った縫い目を何度も撫でた。
その顔には、俺がこれまで見たこともないような高揚が浮かんでいた。仲間を失ったことも、自分の怪我も、その瞬間だけは全部吹き飛んでいるみたいだった。
「おそらく一環術式の付与品だろう。でなきゃ、俺たち全員の感覚を抜けて近づけるはずがない」
俺は、隊長ほどには喜べなかった。
別にこの装備が悪いわけじゃない。
ただ、この程度の低位装備では、今の俺にはそこまで強い魅力を感じられなかっただけだ。
そのあと、俺は村の西側の空き地に二つ穴を掘り、ルクとシモンズを埋葬してから、ようやく出発を決めた。
だが、村を離れる直前、カッセの様子に小さな変化があることに気づいた。
さっきまであれほど高ぶっていた気配が、ある瞬間から急に冷えたんだ。
彼は何度も、自分の失った脚へ視線を落としかけては、すぐ逸らした。
そしてぎこちない笑みを浮かべながら、俺が再び《烏の編み羽》を身につける様子を、どこか惜しそうに見ていた。
「……そろそろ行くぞ。チカ町まで戻って知らせなきゃならんし、俺も体を休める必要がある」
……
帰り道、俺たちの足はひどく遅かった。
カッセはまともに歩けないし、俺も俺で荷を背負いすぎていたからだ。
しかも、チカ町へ続く本道はあえて使わなかった。
わざわざ東側の森を回るルートを選んだのは、カッセの判断だ。
ゴブリンやアンデッドと遭遇する危険を、少しでも減らすためらしい。
そのせいで、俺たちがようやくゼス村外れの森の端までたどり着いた頃には、もう翌日の夜になっていた。
ぎしっ。
革靴が積もった落ち葉を踏みしめ、その音に驚いた鳥が遠くの茂みから飛び立つ。
山の下のほうには、曲がりくねった細い川が、かすかに見えていた。
月明かりを受けた水面は、空の星よりも明るく光を返している。
「あの川の湿った匂いが分かるようになれば、もうチカ町は近い。遅くとも明日の夜には、乾いた柔らかい寝床で休めるさ」
カッセが遠くの川を指しながら、微笑んで言った。
「それは助かります……。チカ町に戻れたら、俺、一日中でも寝てられそうです」
目的地がはっきり見えたことで、俺も少しだけ肩の力が抜けた。
普通の街道を進むなら、俺はアラレン大陸を横断することだってたぶんできる。
だが、森となると話は別だ。
方向感覚なんてあっという間に狂う。
それに、転生してからこっち、ずっと神経を張り詰めっぱなしだった。野宿続きで心身はとっくに限界だ。さっきの言葉は本当に本音だった。
「はは、もう遅い。今夜はここで野営しよう」
ほどなくして焚き火が起こされる。
簡素な支柱の上では、でこぼこだらけの鉄鍋がぐつぐつと湯気を立てていた。
俺と隊長は火を囲み、それぞれの椀に入った野草の汁を少しずつ啜る。
「隊長、町へ戻ったら……その後はどうするつもりですか?」
俺は切っておいた黒パンを半分渡しながら、包帯を巻いた右脚をそっと見た。
「はは、お前が気にしてるのは足のことだろ?」
カッセは手を振って、大きく笑う。
「もっとひどい怪我だって、昔に何度もやってる。心配するな。街の教会まで行けりゃ、どんな厄介な傷だってどうにでもなる」
俺はうなずいた。
それ以上は、何も言えなかった。
揺れる火の色が、急にぬるく感じられる。
胸の奥に、言いようのない苦しさが込み上げてきて、息が詰まりそうになった。
――アラレン大陸の教会には、失った手足を再生させる力なんてない。
「もういい、今日はかなり歩いた。そんなに荷物を背負ってたら、相当くたびれてるだろ」
カッセは苦労しながら立ち上がり、尻についた土を軽く払った。
「いつも通りだ。前半の見張りは俺がやる。警戒用の罠も仕掛けてくるから、お前は先に休め」
俺は、夜の中へ少しずつ溶けていくその背中を見つめながら、深く息を吐いた。