最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第17話 領主

 朝霧が晴れたとはいえ、森の中の湿った冷たさまでは消えてくれない。

 

 俺は荒い息を吐きながら、半ば機械のように足を前へ運んでいた。口からは長い白い息が絶えず漏れ出していく。

 

 背には大剣と両手斧。腰には短剣が二本。さらに重たい背嚢まで背負っているせいで、さすがに疲れが溜まっていた。

 

 それでも、チカ町へ戻りさえすれば、こいつらがかなりの金になる。

 そう思うと、不思議と足にもまた力が戻ってきた。

 

 頭の中には、ときどきカッセの顔が浮かんだ。

 付き合いはたった二日ほどだったが、あの隊長に対して俺がいちばん強く抱いている感情は、怒りよりもむしろ惜しさだった。

 

 別に、綺麗事を言っているわけじゃない。

 現代社会から来た人間としては、あいつが戦利品を奪うために、わざわざ不意打ちなんて選ぶ必要はまったくなかったと思っている。

 

 正面から話せばよかったんだ。

 取り分の話なら、いくらでも交渉の余地はあった。

 

 なにしろアンデッドプリーストは、俺とカッセの二人で倒したようなものだ。あの一矢こそ《抗拒光環》に防がれたが、そのおかげで俺は決定的な時間を稼げた。

 言ってしまえば、あの矢は間接的に俺の命を救っている。

 

 だからこそ、そのあとに繋がる討伐が成立したんだ。

 

 そういう状況なら、カッセがきちんと口にしてくれさえすれば、たとえ今身につけているこの外套であっても、俺は十分な補償さえもらえれば譲るつもりはあった。

 

 だが、あいつは他の冒険者と同じ尺度で俺を測った。

 そして同時に、俺の実力も見誤った。

 

 そこまで考えたところで、俺は属性画面を開いた。

 

【名前:コロン】

【種族:人間】

【職業:見習い傭兵(Lv5)】

【経験値:21/50】

【筋力:7】

【知力:3+1】

【敏捷:5+1】

【耐久:7】

【天賦:無畏】

【技能:基礎剣術Lv4(4/40)、基礎格闘Lv1(6/10)、応急手当】

【スキルポイント:11】

【装備:】

【洞察の指輪】【烏の編み羽】

 

 ……

 

 昨夜の時点で、俺は不意打ちの可能性に備え、その前の戦いで得た経験値をすでに職業レベルの上昇へ回していた。

 

 効果はてきめんだった。

 傷はすべて癒え、各能力値も全体的に底上げされている。

 

 普通の成人男性の平均値を3とするなら、今の俺の身体能力は、おおむね大人二人分に相当する。

 

 そして何より大きいのは、属性画面の最下部に、俺がずっと待ち望んでいた文言がついに現れたことだ。

 

【キャラクターレベルがLv5に到達しました。職業認定協会へ行き、能力試験を受けてください。】

 

 Lv5。

 それは、どんなプレイヤーにとっても一つの運命の分岐点だった。

 

 ここから先、人はそれぞれの選択によって、まったく違う道へ進んでいく。

 

 農民の子。

 牢獄の囚人。

 街の商人。

 学舎で学ぶ学生。

 あるいは王族の王子や姫でさえも。

 そうした過去の肩書は、この瞬間から意味を変える。

 彼らはアラレン大陸を駆ける、本当の意味での“主役”になっていくんだ。

 

 ゲームの設定上、通常の進路として選べる職業は五つある。

 ウォーリア、クレリック、レンジャー、魔法使い、アサシン。

 プレイヤーは自分の適性や好みに応じて、その中から進化先を選ぶことになる。

 

 進みたい道が決まれば、対応する職業協会へ行き、認定試験を受ける。

 しかもその内容は、実にばらばらだ。

 

 ある者は一人で特定の魔物を討伐させられ、ある者は秘境へ送り込まれて、指定の物を持ち帰らされる。

 

 俺の記憶の中でいちばんひどかったのは、うちのギルドにいたアサシンだ。

 そいつは試験で、とある貴族屋敷の便所に五日間潜伏しろと言われていた。

 

 死ぬ思いでその任務をやり切った結果、そいつの体には永久状態異常――【永遠に消えない悪臭】が付いた。

 これが野外では獣避けに使えるという救いがなければ、あいつは間違いなくキャラを消して作り直していただろう。

 

 そのあたりからも分かるように、このゲームの自由度はかなり高い。

 

 もっとも、以上の五職はあくまで最も一般的な進路だ。

 大多数のプレイヤーは、結局そこへ落ち着く。

 

 だが、十年分の知識を持っている俺は、そんなありきたりな道を選ぶ気はなかった。

 

 俺が選ぶつもりなのは、最も険しく、最も厳しく、だが同時に最も強く、最も将来性のある進路――領主だ。

 

 ゲーム内に存在する隠し職業の一つである【領主】は、その名の通り、“覇者になる”ための道に近い。

 自分の領地を持ち、民を抱え、軍を育て、資源の後押しを受けながら自身の力を強めていく。

 敵対勢力を討ち、信念を守り、自らの秩序を築いていく職業だ。

 

 だがこの道は、最初から棘だらけだった。

 

 まず、プレイヤーは何らかの方法で、“合法的な”貴族身分を手に入れなければならない。

 市井に捨てられた王女を装う者もいれば、どこかの大人物を救ったことで養子として迎えられる者もいる。

 方法は実に千差万別だ。

 だが、どの道を選ぶにせよ、必要なのは運だけではない。

 頭の回転も、かなり試される。

 

 そのうえで、職業認定任務を達成し、【貴族】から“個人封地を持つ資格を備えた存在”――すなわち“騎士”へと昇格する。

 

 しかも、たとえこの【騎士】身分を手に入れたとしても、ゲーム内には、この職業を選んだプレイヤーに対して、さらに心が折れそうになる硬性規定が存在した。

 三年以内に、自分の合法的な領地を持たなければならない。

 そうでなければ、システムによって職業認定失敗と判定され、永久にレベルアップできなくなるという罰を受けることになる。

 

 このゲームを始めたばかりのプレイヤーにとって、それはまさしく地獄モードだった。

 

 これのせいで、隠し職業に当たったと浮かれていた連中の多くが、痛い目を見ることになった。

 

 統計では、大陸全土でこの隠し職業を取ったプレイヤーは百二十八人。

 そのうち、本当に自前の領地を持って正式な【領主】になれたのは、たった二人だけだった。

 

 そして運のいいことに、その二人のうち一人は、俺のギルドの副官だった。

 

 だからこそ、俺は【領主】について、ほとんどのプレイヤーより深く知っている。

 そして、その苦難の先にある莫大な見返りも知っている。

 

 さらに俺の背中を押した理由が、もう一つあった。

 チカ町は、アラレン大陸各地に点在する【領主】発生条件付きの町の一つなんだ。

 普通の職業なら、職業ギルドへ行けば認定に進める。

 

 だが、隠し職業は違う。

 特定の場所で、特定の条件を満たし、特定の出来事を起こさなければ、認定任務そのものが始まらない。

 

 しかも、こうした任務はたいてい一回限りだ。

 誰か一人が発生させた時点で、成功しようが失敗しようが、その地域からは完全に消えてしまう。

 

 それこそが、隠し職業が極めて希少な理由でもあった。

 

 もちろん、隠し職業だからといって全部が当たりとは限らない。

 とんでもない外れも存在する。

 

 たとえば俺が昔聞いた話では、ある女性プレイヤーが【ゴブリンの守護者】という隠し任務を引き当てたことがあった。

 その先にある認定職は【森林魔法師】と呼ばれるもので、植物を操る力が得られるらしい。

 

 もしこれが男のプレイヤーだったら、もしかすると大きな成果を得られたかもしれない。

 だが、相手は女性だった。

 結果として彼女は職業認定どころか、ゴブリンの集落に一週間も監禁され、最後には耐えきれず強制的にキャラを削除してログアウトした。

 

 それに比べれば、【領主】の道は確かに難しいが、少なくとも理不尽な罠ではない。

 もっとも、それは前に挙げたあらゆる苦難に耐えられることが前提だが。

 

 俺の予定は、チカ町へ戻る前に、その任務を先に発生させて受けておくことだった。

 

 認定のスタート地点は、たしか以前見たあの川の源流――がカエル湖のほとり、そのどこかにあるはずだ。

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