最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
「けど、ここはいったいどこなんだ?」
長年ギルドを率いてきたおかげか、俺は短い衝撃のあと、すぐに気持ちを立て直した。今は呆けている場合じゃない。まずは自分が置かれている状況を把握すること。それ以外は後で考えればいい。
屋根の穴から差し込む月明かりを頼りに、俺は部屋の内装をじっくり観察した。
家はすべてオーク材で造られている。少し離れた机の上には真鍮の置物がいくつも並び、壁には色とりどりの石片を貼り合わせた装飾画まであった。
「そうだ……これはアラレン大陸最南端、ロニクス王国の建築様式だ。家自体は古びてるが、この手の凝った調度品があるってことは、元の住人はただの平民じゃなかったはずだ」
ロニクス――その名前を思い浮かべた瞬間、俺は不意に意識が遠のくような感覚に襲われた。
あれは、いったいいつの記憶だった?三年前か、それとも五年前か。
年中青々とした山々。国境の町に響く風鈴の澄んだ音。鼻先にいつまでも残る柚子の香り。まるで昔の夢みたいに、それらが脳裏へ流れ込んでくる。
「けど、あそこはとっくにゴブリンどもの領土になってたはずじゃ……?」
そうだ。俺の記憶では、ロニクス王国はとうの昔に滅んでいる。第二次尖嶺戦争で。
「なんで俺が、こんな場所にいるんだ……!」
「待て……」
そのとき、頭の奥から、自分のものではない記憶がまた一気に浮かび上がってきた。
コロン。ロニクス王国の生まれ。祖父の代では王国騎士だったが、父の代になる頃にはただの猟師にまで落ちぶれ、一家は獲物を売って生計を立てていた。
コロンの体には四分の一だけエルフの血が流れている。だが、伝承にあるような高貴な特徴は何一つ出ていなかった。耳は尖っていないし、数百年の寿命があるわけでもない。ただ、見た目が普通の人間より少し大柄なくらいだ。
だが、その身体能力のおかげで、コロンは成人後、無事に見習い傭兵として登録することができた。
傭兵というのは、その名の通り、金で雇われて戦う兵士のことだ。正式に登録して初めて、冒険者パーティーに加入し、冒険者ギルドで依頼を受け、達成報酬を得られる。
教師になるには教員資格が必要で、車を運転するには免許が要る。それと同じことだ。
コロンの所属していた冒険者パーティーは、一昨日E級任務を受けていた。内容は、ゼス村へ向かい、なぜ村とチカ町の連絡が途絶えたのかを調査するというものだった。
最初はただの豪雨で道が崩れ、連絡が途絶えただけだろうと思われていた。だから誰も大して気にせず、半ば気楽な遠征のようなものとして受け止めていたらしい。
そして新人であるコロンは当然のように、先輩たちから村の中の調査役を押しつけられた。ほかの連中はというと、村の西にある鉱洞へ行って、一攫千金を狙うつもりだったらしい。あそこではたまに、鍛冶素材になる猫目石が採れるという話だった。
「違う……!」
記憶が次々と流れ込んでくるのに合わせて、俺の呼吸は一気に荒くなった。
思い出したんだ。自分の死因を。
いや、正確には、コロンの死因を。
「記憶の通りなら、俺は村でいちばん立派な屋敷に調査に入った。なのに、村人は一人も見当たらなかった。まるで全員が忽然と消えたみたいに。妙だと思いながら二階へ上がったところで、本棚の陰に潜んでいたゴブリンに不意打ちを受けた。最後にはそいつを殺したが、自分も重傷で死んだ……」
けど、たとえそうだとしても、誰か説明してくれよ。
なんで俺がゲームの中にいるんだ?
馬鹿げてるにもほどがある。
自分の手を見下ろくと、握り締めた指の関節は白くなっていた。二つの異なる魂が一つの体の中で溶け合っていくような感覚に、俺はどうしていいのか分からなくなる。
なぜなら、俺はもうはっきり感じ取れてしまっていたからだ。
コロンという青年が抱いていたものを、全部。
理想。信念。愛していたもの。嫌っていたもの。
そのすべてが流れ込んできた末に、全身へ広がったのは、どうしようもない脱力感だった。
「……仕方ない。もう変えられないなら、ちゃんと受け入れるしかないか」
胸の奥に残っていた執着を手放した途端、俺は意外にも、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
そうだ。あの世界を離れたことは、ある意味じゃ解放でもあったのかもしれない。
前世の俺は、何一つ成し遂げられないまま、ゲームの中に逃げ込んで現実から目を背けていた。
じゃあ、今度はどう生きる?
この未来を知る二度目の命を、どう使えば無駄にせずに済む?
「……それにしても、この程度の力でよく傭兵登録なんてしたもんだな」
俺が自嘲気味に笑ったその瞬間、胸の痛みが稲妻みたいに神経を刺した。そこで俺は、別の重大なことを思い出す。
ロニクス――それは、ゲーム本編の時代にはすでに存在しない国だった。
だが、俺がこのゲームを始めたばかりの頃には、まだゴブリン軍の侵攻を受けていなかった。
つまり今の世界で、これから起きることと、すでに起きつつあることを、俺ほど知っている人間はいない。
戦争の幕開けは、ロニクス王国の一方的な敗走から始まった。
同盟国の騎士団が到着するまで、戦況は最悪のままだった。
隣国出身のプレイヤーだった俺は、あの悲惨な戦争をよく覚えている。地方騎士団と共に行動したこともあったし、対ゴブリン戦で人類が敗れた後にどれほどの惨状が広がったかも、今なお鮮明に思い出せる。
「……ひょっとしたら、これが運命なのかもしれないな。俺をもう一度生かしたのは。本当の意味で生き直させるために……そして、この世界を救わせるために」
「ロニクス。俺は、また戻ってきたぞ」
……
目の前の木造の家は古びてはいたが、部屋の様子を見る限り、住んでいた人間はきちんと手入れをしていたようだった。
色とりどりの石片をはめ込んだ額縁が床に倒れている。中の石片はいくつも外れ、その裏から小さな装飾箱がのぞいていた。
「待て……これって、まさか『ゼスの絵画』か?」
俺は息を呑み、急いで壁に手をつきながらそちらへ向かった。同時に、周囲の気配にも意識を研ぎ澄ませる。
俺はよく知っている。この、腰布一枚で股間だけを隠したゴブリンは、敵軍の中でも最下級の斥候だ。比較的対処しやすい相手ではあるが、こんな奴がここにいるってことは、ゴブリンの本隊もそう遠くないはずだ。いや、ゼス村の住民が消えたこと自体、奴らと無関係なはずがない。
ゲームの中じゃ、プレイヤーは各種スキルを使って、こんなゴブリン斥候ぐらい簡単に片づけられる。
けど現実の話をすれば、相手の戦闘力はまともな成人男性とほとんど変わらない。コロンが不意打ちを受けて殺されたのも、だからこそだ。
俺は慎重に額縁の中から装飾箱を取り出し、そっと蓋を開けた。
すると、中から青い金属光沢を放つ指輪が一つ、ころりと転がり出てきた。
その瞬間、俺は思わず深く息を吸い込んだ。
この指輪の形には見覚えがありすぎたからだ。
ミスリルで作られた指輪は、暗がりの中でかすかに光を放っている。中央の透明な宝石には、目を模した紋様が刻まれていた。さらに指輪の内側には、精霊語で一文が記されている。
――智慧の眼、あらゆるものを見通せ。
俺は親指で、その指輪をそっと拭った。
まさか、復活した直後に『ゼスの絵画』の任務報酬を手に入れることになるなんて。
この《洞察の指輪》という指輪は、ゲーム初期バージョンではかなり有名な魔法装備だった。
古代エルフの墳墓から、とある盗賊が持ち出したものだと伝えられている。だが、ゲームが次のバージョンへ更新されたあと、この装備は完全に姿を消した。任務を最後まで達成して、実際に報酬を手にしたプレイヤーはごくわずかしかいない。
俺自身は手に入れたことがない。ただ、ゲーム掲示板で背景設定を読んだことがあるだけだ。
具体的な効果までは分からない。けれど、この指輪の存在そのものが、俺の推測を裏付けていた。
この世界は、まぎれもなく俺の知っているあのゲーム世界なんだ。
俺は少し迷った末、ゆっくりとその指輪を人差し指にはめた。
すると、その瞬間だった。
目の前がふっと明るくなり、半透明の画面が空中に浮かび上がった。
【洞察の指輪】
【知力+1】
【特殊効果:エネルギーを消費して灼熱の光線を放ち、正面の敵に30ポイントのダメージを与える。貫通効果あり】
……
「なんだこれ!?ステータス画面か!?」