ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

24 / 39
第24話 自ら打って出る

【名前:コロン】

【種族:人間】

【職業:落魄貴族(Lv5)】

【経験値:21/50】

【職業認定任務を完了すると、『タワーナイト(Tower Knight)』へ昇格し、レベル上昇機能が解放されます】

 

 薄暗い民家の中で、俺は属性画面を素早く一瞥し、心の中で小さくため息をついた。

 

 実のところ、がカエル湖であの手紙を開いた時点で、職業はすでに【見習い傭兵】から【落魄貴族】へ変わっていた。

 だが厄介なのは、そこに肝心の“職業認定任務”の内容がまるで書かれていないことだ。

 おそらく、トゥー・リバーズ・シティへ行って、あの“キャサリン”とやらを見つけて初めて、話が進むんだろう。

 けれど、そんなのは後回しだ。

 

 今の俺は、レベルアップによる即時回復という、これまで何度も頼ってきた大きな強みを失っている。

 つまり、ここで傷を負えば、回復手段は血瓶か包帯しかない。

 だが問題は、昨日、チカ町をほとんど歩き回って分かったことだ。

 この辺境の町には、血瓶を扱う店が存在しない。

 

 調べてみて初めて知ったが、現実世界の血瓶は、ゲームみたいに誰でも気軽に持てる代物じゃないらしい。各地の錬金術師組合や、魔女の薬剤工房にほぼ独占されていて、数そのものが少ないうえ、値段も馬鹿みたいに高い。

 カッセがあの半瓶の血瓶を使うとき、あれほど苦い顔をしていたのも、それでようやく腑に落ちた。

 

 だが、そういう事情があるからといって、見殺しにしていい理由にはならない。

 

「トーヴ、ここで待っててください。いいですか、絶対に声を出さないで!!」

 俺は急いでそれだけ言い残し、長剣を手に飛び出した。

 

 外へ出た瞬間、少し先に、完全に足を止めてしまっている一家三人の姿が見えた。

 さっきまで笑っていた小さな女の子は、今は母親に抱き込まれている。顔は涙でぐしゃぐしゃで、手にした布人形を口に押しつけて、必死に泣き声を漏らさないようにしていた。

 父親のほうも全身が震えていた。

 目の前から二体のゴブリン精鋭戦士が迫っているというのに、それでも両手で木の棒を握りしめ、家族を庇うように前へ立っている。

 

「こっちへ!早く!」

 

 俺が声をかけようとしたそのとき、背後から思いがけない声が飛んだ。

 

「こっちだよぉ、はやくぅ!」

 トーヴだ。

「隠れてろって言ったでしょう!なんで出てくるんですか!」

 

 振り返ると、トーヴはこっちへぱちぱち瞬きをしていた。

 もう笑うしかない。

 まさかこの幼なじみが、ここまで肝が据わっているとは思わなかった。

 普通の人間なら、灰熊みたいな体格のゴブリン戦士を目にした時点で、足がすくんで当然だ。

 なのにこいつは、何でもないことみたいな顔をしている。

 

「コロン、わたし、じゃましちゃったぁ……?」

 パン職人見習いの少女は、ちょっとだけしゅんとした目で俺を見た。

 

「あなたは……もう、いいから、その人たちを先に家の中へ」

 責めても状況は変わらない。

 俺は歯を食いしばりながら、そう言うしかなかった。

 

「うんっ。ねえ、こっち来てぇ!」

 

 遠くにいた一家三人は、その声を聞いて、まるで救いの糸でも見つけたみたいに慌ててこちらへ駆けてくる。

 父親は俺の横を通るとき、手伝おうかと聞いてきた。

 

 だが俺は、相手の握っている木の棒を一目見て、静かに首を振った。

 あんなもの、援護どころか、当たっても少し痛い程度だ。

 俺は改めて、迫ってくる二体のゴブリン精鋭戦士へ意識を向ける。

 今の俺はもうLv5だ。

 能力値は以前よりはるかに高いし、実戦経験も一度や二度じゃない。

 それでも、戦士級の敵を二体同時に相手にするとなると、さすがに心臓は激しく脈打った。

 

 仲間の援護はない。

《洞察の指輪》も、できればここで切りたくない。

 頼れるのは、記憶に叩き込まれた剣術と、目の前の敵の弱点だけだ。

 

 ふぅ――

 俺は深く息を吐き、長剣をゆっくり引き抜く。

 月光を受けた刃が、冷たい銀色に光った。

 二体のゴブリン精鋭戦士は、もうすぐそこまで迫っている。先頭の個体の口元では、粘ついた唾液まで揺れているのが見えた。

 

 ――待て。

 立ち位置が、ほんの少しずれた。

 その瞬間、頭の中に稲妻が走る。

 俺は迎え撃つのをやめ、逆に敵へ向かって走り出した。

 狙いは右側、わずかに前へ出ていた個体。

 

 向こうは明らかに一瞬戸惑った。

 まさかこの弱い人間が、自分から死にに来るとは思わなかったんだろう。

 だがすぐに顔を歪め、ニヤリと笑いながら釘付きのメイスを振り上げた。俺の進路を読んで、その頭上から叩き潰そうとしてくる。

 

 次の瞬間には、俺はあの一撃で挽き肉になっていてもおかしくなかった。

 だが、あいつが計算に入れていなかったことが一つある。

 ――俺は、まだ全力を出していなかった。

 

 武器が上がった、その瞬間。

 俺は地面を蹴り、速度を一気に倍まで引き上げた。

 同時に、体を深く沈める。

 魚が水を裂くみたいに、相手の脇の下の空間へ滑り込み、右手首を返して剣先に弧を描かせた。

 狙うのは、鎧に守られていない左脚の腱。

 斬る。

 切断。

 

 俺が相手の背後へ抜けた直後、メイスはようやく地面へ叩きつけられた。

 ドン、と鈍い音が響く。

 その直後、腱を断たれた激痛で、ゴブリンはその場に膝をついた。

 

 もう一体も、俺が前へ回り込んだのを見て、即座に反応した。

 迷わずメイスを横薙ぎに振り抜いてくる。

 この距離じゃ避けきれない。

 俺は剣を立てて受けるしかなかった。

 

 ガンッ――

 

 山でもぶつかったみたいな衝撃が、腕から全身へ一気に流れ込んだ。

 全力で踏ん張ったのに、それでも俺の体はそのまま吹き飛ばされる。

 

 これまで《洞察の指輪》でしか倒してこなかったから、こいつらの膂力を実感したのはこれが初めてだった。

 まるで全速力の荷馬車に跳ね飛ばされたみたいだ。

 一瞬、思考まで止まりかける。

 胸に走った激痛だけで、意識が飛びそうになる。

 だが、その吹き飛ばされた勢いが、逆に俺を最初の個体の背後へ戻してくれた。

 

 ――好機!

 俺は振り向きもしなかった。

 頭の中に叩き込んだ位置だけを頼りに、そのまま長剣を背後へ突き出す。

 刃は皮鎧を貫き、正確に肋骨の隙間へ潜り込んだ。

 

「グォォッ!!」

 背後で苦悶の咆哮が上がる。

 だが、剣がさらに深く入った途端、その叫びは一秒も経たずに途切れた。

 その間に、もう一体が目の前まで迫ってきている。

 再びメイスが振り下ろされる。

 

 今度は受けない。

 俺はほんの少し頭を傾け、髪をかすめるぎりぎりでその一撃をやり過ごした。

 次の瞬間、背後の死体から剣を引き抜き、その勢いのまま銀光を反転させる。

 斬る。

 

 敵のメイスを握る手首が、手ごと飛んだ。

 鈍い音を立てて武器が落ちる。

 悲鳴が上がる前に、俺の剣先はもうその喉を貫いていた。

 

 ぶしゅっ――

 刃を引き抜く。

 振り返る。

 二つの巨大な体が、ほぼ同時に地面へ崩れ落ちた。

 

「コロン!す、すごぉい……!なんだか、すっごく強くなってるぅ……!」

 トーヴが目をまん丸にして、信じられないものでも見るように俺を見ていた。

 

 その後ろでは、さっきの一家三人がもっと露骨だった。

 父親は口をあんぐり開け、握っていた木の棒をぽろりと取り落とし、女の子のほうは布人形を高く掲げて、きゃあきゃあと興奮した声を漏らしている。

 

 俺は何も答えず、ただ大きく肩で息をした。

 片手を軽く振って、無事だとだけ示す。

 ……本当に無事か?

 自分の胸にそっと手を当てると、すぐに鋭い痛みが返ってきた。

「今のは……さすがに危なかったな……」

 

 だが、そこで立ち止まっている場合じゃない。

 喜んでいる暇なんてない。

 ゴブリンの本隊が異変に気づく前に、この場を離れなければならない。

 

 俺はすぐにトーヴへ声をかけ、一家三人を連れて移動するよう促した。

 ところが、トーヴたちがこちらへ来る前に、さっきまで静まり返っていた周囲の民家から、次々と人影が現れ始めた。

 近づいてきたのを見て、俺は思わず目を細める。

 そこにいたのは、大半が老人だった。

 あとは女たちと子どもたち。

 ざっと見ただけでも、三十人近くいる。

 

 誰も声を出さない。

 ただ、一定の距離を保ったまま、じっとこちらを見つめている。

 夜は暗い。

 けれど、それでも分かった。

 あの視線の奥にあるのが、願いだということが。

 

「コロン……?」

 トーヴが小さな声で呼ぶ。

 

「分かってますよ……」

 俺は肩をすくめ、それからその人たちへ向かって手を振った。

 

「後ろについてきてください。ただし、できるだけ音を立てないように」

「コロン、ありがとぉ……」

「トーヴさん、そういうのは映画のラストで言う台詞です。縁起が悪いからやめてください」

「えっ?えいがって何ぃ?」

「……何でもないです」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。