ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
【名前:コロン】
【種族:人間】
【職業:落魄貴族(Lv5)】
【経験値:21/50】
【職業認定任務を完了すると、『タワーナイト(Tower Knight)』へ昇格し、レベル上昇機能が解放されます】
薄暗い民家の中で、俺は属性画面を素早く一瞥し、心の中で小さくため息をついた。
実のところ、がカエル湖であの手紙を開いた時点で、職業はすでに【見習い傭兵】から【落魄貴族】へ変わっていた。
だが厄介なのは、そこに肝心の“職業認定任務”の内容がまるで書かれていないことだ。
おそらく、トゥー・リバーズ・シティへ行って、あの“キャサリン”とやらを見つけて初めて、話が進むんだろう。
けれど、そんなのは後回しだ。
今の俺は、レベルアップによる即時回復という、これまで何度も頼ってきた大きな強みを失っている。
つまり、ここで傷を負えば、回復手段は血瓶か包帯しかない。
だが問題は、昨日、チカ町をほとんど歩き回って分かったことだ。
この辺境の町には、血瓶を扱う店が存在しない。
調べてみて初めて知ったが、現実世界の血瓶は、ゲームみたいに誰でも気軽に持てる代物じゃないらしい。各地の錬金術師組合や、魔女の薬剤工房にほぼ独占されていて、数そのものが少ないうえ、値段も馬鹿みたいに高い。
カッセがあの半瓶の血瓶を使うとき、あれほど苦い顔をしていたのも、それでようやく腑に落ちた。
だが、そういう事情があるからといって、見殺しにしていい理由にはならない。
「トーヴ、ここで待っててください。いいですか、絶対に声を出さないで!!」
俺は急いでそれだけ言い残し、長剣を手に飛び出した。
外へ出た瞬間、少し先に、完全に足を止めてしまっている一家三人の姿が見えた。
さっきまで笑っていた小さな女の子は、今は母親に抱き込まれている。顔は涙でぐしゃぐしゃで、手にした布人形を口に押しつけて、必死に泣き声を漏らさないようにしていた。
父親のほうも全身が震えていた。
目の前から二体のゴブリン精鋭戦士が迫っているというのに、それでも両手で木の棒を握りしめ、家族を庇うように前へ立っている。
「こっちへ!早く!」
俺が声をかけようとしたそのとき、背後から思いがけない声が飛んだ。
「こっちだよぉ、はやくぅ!」
トーヴだ。
「隠れてろって言ったでしょう!なんで出てくるんですか!」
振り返ると、トーヴはこっちへぱちぱち瞬きをしていた。
もう笑うしかない。
まさかこの幼なじみが、ここまで肝が据わっているとは思わなかった。
普通の人間なら、灰熊みたいな体格のゴブリン戦士を目にした時点で、足がすくんで当然だ。
なのにこいつは、何でもないことみたいな顔をしている。
「コロン、わたし、じゃましちゃったぁ……?」
パン職人見習いの少女は、ちょっとだけしゅんとした目で俺を見た。
「あなたは……もう、いいから、その人たちを先に家の中へ」
責めても状況は変わらない。
俺は歯を食いしばりながら、そう言うしかなかった。
「うんっ。ねえ、こっち来てぇ!」
遠くにいた一家三人は、その声を聞いて、まるで救いの糸でも見つけたみたいに慌ててこちらへ駆けてくる。
父親は俺の横を通るとき、手伝おうかと聞いてきた。
だが俺は、相手の握っている木の棒を一目見て、静かに首を振った。
あんなもの、援護どころか、当たっても少し痛い程度だ。
俺は改めて、迫ってくる二体のゴブリン精鋭戦士へ意識を向ける。
今の俺はもうLv5だ。
能力値は以前よりはるかに高いし、実戦経験も一度や二度じゃない。
それでも、戦士級の敵を二体同時に相手にするとなると、さすがに心臓は激しく脈打った。
仲間の援護はない。
《洞察の指輪》も、できればここで切りたくない。
頼れるのは、記憶に叩き込まれた剣術と、目の前の敵の弱点だけだ。
ふぅ――
俺は深く息を吐き、長剣をゆっくり引き抜く。
月光を受けた刃が、冷たい銀色に光った。
二体のゴブリン精鋭戦士は、もうすぐそこまで迫っている。先頭の個体の口元では、粘ついた唾液まで揺れているのが見えた。
――待て。
立ち位置が、ほんの少しずれた。
その瞬間、頭の中に稲妻が走る。
俺は迎え撃つのをやめ、逆に敵へ向かって走り出した。
狙いは右側、わずかに前へ出ていた個体。
向こうは明らかに一瞬戸惑った。
まさかこの弱い人間が、自分から死にに来るとは思わなかったんだろう。
だがすぐに顔を歪め、ニヤリと笑いながら釘付きのメイスを振り上げた。俺の進路を読んで、その頭上から叩き潰そうとしてくる。
次の瞬間には、俺はあの一撃で挽き肉になっていてもおかしくなかった。
だが、あいつが計算に入れていなかったことが一つある。
――俺は、まだ全力を出していなかった。
武器が上がった、その瞬間。
俺は地面を蹴り、速度を一気に倍まで引き上げた。
同時に、体を深く沈める。
魚が水を裂くみたいに、相手の脇の下の空間へ滑り込み、右手首を返して剣先に弧を描かせた。
狙うのは、鎧に守られていない左脚の腱。
斬る。
切断。
俺が相手の背後へ抜けた直後、メイスはようやく地面へ叩きつけられた。
ドン、と鈍い音が響く。
その直後、腱を断たれた激痛で、ゴブリンはその場に膝をついた。
もう一体も、俺が前へ回り込んだのを見て、即座に反応した。
迷わずメイスを横薙ぎに振り抜いてくる。
この距離じゃ避けきれない。
俺は剣を立てて受けるしかなかった。
ガンッ――
山でもぶつかったみたいな衝撃が、腕から全身へ一気に流れ込んだ。
全力で踏ん張ったのに、それでも俺の体はそのまま吹き飛ばされる。
これまで《洞察の指輪》でしか倒してこなかったから、こいつらの膂力を実感したのはこれが初めてだった。
まるで全速力の荷馬車に跳ね飛ばされたみたいだ。
一瞬、思考まで止まりかける。
胸に走った激痛だけで、意識が飛びそうになる。
だが、その吹き飛ばされた勢いが、逆に俺を最初の個体の背後へ戻してくれた。
――好機!
俺は振り向きもしなかった。
頭の中に叩き込んだ位置だけを頼りに、そのまま長剣を背後へ突き出す。
刃は皮鎧を貫き、正確に肋骨の隙間へ潜り込んだ。
「グォォッ!!」
背後で苦悶の咆哮が上がる。
だが、剣がさらに深く入った途端、その叫びは一秒も経たずに途切れた。
その間に、もう一体が目の前まで迫ってきている。
再びメイスが振り下ろされる。
今度は受けない。
俺はほんの少し頭を傾け、髪をかすめるぎりぎりでその一撃をやり過ごした。
次の瞬間、背後の死体から剣を引き抜き、その勢いのまま銀光を反転させる。
斬る。
敵のメイスを握る手首が、手ごと飛んだ。
鈍い音を立てて武器が落ちる。
悲鳴が上がる前に、俺の剣先はもうその喉を貫いていた。
ぶしゅっ――
刃を引き抜く。
振り返る。
二つの巨大な体が、ほぼ同時に地面へ崩れ落ちた。
「コロン!す、すごぉい……!なんだか、すっごく強くなってるぅ……!」
トーヴが目をまん丸にして、信じられないものでも見るように俺を見ていた。
その後ろでは、さっきの一家三人がもっと露骨だった。
父親は口をあんぐり開け、握っていた木の棒をぽろりと取り落とし、女の子のほうは布人形を高く掲げて、きゃあきゃあと興奮した声を漏らしている。
俺は何も答えず、ただ大きく肩で息をした。
片手を軽く振って、無事だとだけ示す。
……本当に無事か?
自分の胸にそっと手を当てると、すぐに鋭い痛みが返ってきた。
「今のは……さすがに危なかったな……」
だが、そこで立ち止まっている場合じゃない。
喜んでいる暇なんてない。
ゴブリンの本隊が異変に気づく前に、この場を離れなければならない。
俺はすぐにトーヴへ声をかけ、一家三人を連れて移動するよう促した。
ところが、トーヴたちがこちらへ来る前に、さっきまで静まり返っていた周囲の民家から、次々と人影が現れ始めた。
近づいてきたのを見て、俺は思わず目を細める。
そこにいたのは、大半が老人だった。
あとは女たちと子どもたち。
ざっと見ただけでも、三十人近くいる。
誰も声を出さない。
ただ、一定の距離を保ったまま、じっとこちらを見つめている。
夜は暗い。
けれど、それでも分かった。
あの視線の奥にあるのが、願いだということが。
「コロン……?」
トーヴが小さな声で呼ぶ。
「分かってますよ……」
俺は肩をすくめ、それからその人たちへ向かって手を振った。
「後ろについてきてください。ただし、できるだけ音を立てないように」
「コロン、ありがとぉ……」
「トーヴさん、そういうのは映画のラストで言う台詞です。縁起が悪いからやめてください」
「えっ?えいがって何ぃ?」
「……何でもないです」