ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
《栄光の玉座(Throne of Glory)》は、まさに時代を変えた大規模ネットゲームだった。
その中には、きちんと整備された戦闘力の基準が存在している。
プレイヤー側は、属性画面に表示される職業Lvで強さを測る。
それに対して、ゲーム世界の住人たちは、職業認定の等級で実力が区分される。
単純に能力値だけを比べるなら、“鉄”級はおおよそLv5プレイヤー相当。“銅”級はLv10相当。“銀”級はLv20相当。“金”級はLv30、そして“ダイヤモンド”級ならLv50に届く。
もちろん、これはあくまで身体能力の比較にすぎない。
職業者の本当の強さは、そんな数字だけでは決まらない。
技能。
装備。
魔法。
それどころか、毒や罠、戦う場所の環境までもが、一戦の勝敗を大きく左右する。
実際、俺は以前、“銅”級に過ぎないアサシンが、隠身魔法と完成度の高い暗殺技術を駆使して、“銀”級のメイジを仕留めた場面を見たことがある。
だが、それも結局は、戦力差がそこまで開いていない場合の話だ。
絶対的な力の差がある相手には、そういった小細工も意味を失う。
どんな職業でも、等級が一つ違えば、そこには天と地ほどの差がある。
今の俺自身が、いい例だ。
まだ職業認定は終えていないが、それでも今の実力なら、普通の冒険者を七、八人まとめて相手にしても、そう簡単には負けない自信がある。
だからこそ、レシオみたいな“鉄”級の職業戦士が、冒険者ギルドであれほど持ち上げられていたわけだ。
この時代では、強い者を頼るのは恥でも何でもない。
むしろ強者についていくことこそ、自分の実力をいちばん早く伸ばせる道だし、命の値段がやたら高い冒険者稼業では、それがそのまま生き残る確率にも繋がる。
ちょうど今、先頭を走っているレシオの周囲には、すでに四、五人の冒険者が集まっていた。
人柄は最悪でも、この局面で“職業戦士”についていくほうが、一人で逃げるよりはるかに安全に見える。
人数がいて、なおかつ前に立つのが職業者ならなおさらだ。
本来なら、この程度の陣容があれば、ゴブリン斥候二十体前後の小隊とだって十分に渡り合える。
連携さえ取れていれば、ゴブリン精鋭戦士が一、二体混じっていても、勝ち目がないわけじゃない。
なのに、目の前のレシオたちからは、勝ち抜いてきた者の気配がまるで感じられなかった。
あれは、敵を蹴散らしてきた部隊じゃない。
どう見ても、尻尾を巻いて逃げてきた敗残兵だ。
「……あいつら、主力にぶつかったのか?」
胸の奥に嫌な予感が湧く。
レシオは見たまんま、功名心の塊みたいな男だ。そんな奴が必死で逃げてくるとなれば、相手は相当なものだ。
そう考えた俺は、群衆へ速度を上げるよう促し、少しでも別の方向へ逸れるように誘導した。
多く戦ってきた経験があるから分かる、自分が何度も死んできたからこそ、もっと分かる。
――信用できない味方は、ときに強敵より厄介だ。
「彼ら……冒険者ですか?」
そのとき、レオナルドも俺の視線の先に気づいたらしい。
相手の装備を見た瞬間、顔がぱっと明るくなる。
「コロン様、あの人たちをこちらへ加えられませんか?そうすれば、ずっと安全になります!」
さっき名乗り合って以来、この若い民兵訓練生は、どうしても俺を“様”付けで呼びたがる。
何度かやめさせようとしたが効かなかったので、もう半ば諦めていた。
今のレオナルドも、他の住民たちと同じで、あいつらを“頼れる援軍”だと思っている。
けれど、こいつらは知らない。
冒険者の世界の汚さも、レシオという男の品性も。
「構わなくていいです。全員に速度を上げさせてください。予定通り、東側の林へ」
俺は首を振り、その提案を却下した。
説明はしない。
ただ彼には、先に隊列を動かすように頼んだ。
俺自身は隊の脇へ回り、レシオたちの動きを見張る。
どうか、このまま別方向へ行ってくれ。
そう願ったが、今回は幸運の女神は味方してくれなかった。
レシオは俺に気づくと、ほんの一瞬だけ考え、それからそのまま隊を率いてこちらへ向かってきた。
錯覚じゃなければ、さっきより走る速度まで上がっている。
「コロン様!あの冒険者の隊、こちらへ来ます!」
レオナルドはすっかり希望に満ちた目をしていた。
周囲の住民たちも同じだ。
武器も装備も、そして戦闘力も自分たちより上の冒険者が加わるなら、少なくとも生き残る可能性は上がる。
「きっと、あの方々も誇りある冒険者なんですね。でなければ、自分からこちらへ来るはずがありません。コロン様、僕が話をつけてきます!」
そう言って前へ出ようとしたレオナルドを、俺は腕を掴んで止めた。
「コロン様?」
「俺が行きます。あなたは他の人たちを見ていてください。予定通り進むこと」
不思議そうな顔をする彼を残し、俺は道の脇へ出る。
そのまま、レシオたちの来る方向へ歩いていった。
「コロンぉ、あの人たち、なんだかいい人じゃなさそうだねぇ?」
いつの間にか、トーヴが俺の横に立っていた。
目を細めて、前方をじっと見ている。
「……トーヴさん、あなたは人の後ろについていくべきじゃないですか。それに、こんな暗いのに、どうしてそんなことが分かるんです?」
「だってぇ、動きとお顔だもん。いちばん前のあの大きいおじさん、口の端がちょっと上がってるでしょぉ?あれ、意地悪く笑ってるときのお顔だよ。それに、剣の柄を握ってる右手も、さっきよりぎゅって力が入ってるの。助けに来る人のお顔じゃなくってぇ、奪いに来る人のお顔かなぁって」
「……そ、それ、見えてるんですか?」
「えっ?見えないのぉ?」
俺は思わず目をこすって、改めてレシオを見た。
見えるのは顔の刀傷くらいで、トーヴの言う“吊り上がった口元”だの、“力の入った指”だのは、さっぱり分からない。
「……まあ、俺にも少しは見えてましたけどね。はは……トーヴさん、よく見てますね……」
冗談じゃない。
こんな場面で、“俺には見えませんでした”なんて言えるわけがない。
「コロン、今ちょっと嘘ついたでしょぉ……?」
「はは、どうでしょうね。それよりトーヴさんは、皆さんと先に林へ。ここは俺が何とかしますから」
まずい。
まずいまずい。
このパン屋見習いを、あんまり長くそばに置いておくのは危険だ。
勘が鋭い女は怖い。
目も良くて、しかも直感まで鋭い女なんて、もっと怖い。
一瞬、本気で不安になった。
俺が別人であることまで、そのうち見抜かれるんじゃないかと。
「うん、分かったぁ。でもコロン、絶対に気をつけてねぇ!」
幸い、トーヴはそれ以上その話を引っ張らなかった。
大人しく群衆のほうへ戻っていく。
周囲に誰もいなくなったのを確認して、俺は改めてレシオへ目を向ける。
同時に、手は自然と剣の柄へかかっていた。
もし向こうが何か仕掛けてきても、すぐに動けるように。
二百メートル程度の距離なら、走り慣れた冒険者にとって大したものじゃない。
あちらは全員どこかしら傷を負っているようだったが、それでもすぐに俺の前まで来た。
だが、そこで俺は意外なことに気づく。
止まる気配がない。
レシオは剣の柄を握ったまま、俺を見ても挑発の一つも口にしない。
そのまま、速度を落とさず真正面から走り抜けていった。
一瞬のうちに、レシオもその部下たちも、動きの遅い群衆を追い越して林へ飛び込んでいく。
誰一人、言葉を発しない。
群衆の中で、レオナルドが声をかけても、見向きすらしなかった。
「……何だ?」
違和感が胸をかすめた、そのときだった。
レシオたちが現れた方向から、また別の足音が聞こえてくる。
今度は、速いだけじゃない。
重い。
地面そのものが鳴っているみたいな、鈍い足音だ。
やがて、道の奥に八つの大きな影が浮かび上がった。
その瞬間、薄い雲を抜けた月光が地面へ落ちる。
俺はその姿を見た途端、思わず罵声を吐き、同時に踵を返して走り出していた。
なぜなら、そこにいたのは他でもない。
八体ものゴブリン精鋭戦士!!
その後ろには、数え切れないほどのゴブリン斥候がぞろぞろと続いていたからだ!!