ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

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第3話 治療

「ドンッ!」

 

 ようやく手に入れた喜びに胸を躍らせながら、俺がさらに属性画面を確かめようとした、そのときだった。

 

 屋外から突然、木が砕けるような大きな音が響いた。

 

 その音を聞いた瞬間、俺はすぐに警戒態勢に入る。

 

 これまでのゲーム経験からして、ゴブリン斥候が一体現れたということは、たいていその後ろにゴブリンの一団が迫っているという意味だ。

 

 そう判断した俺は、手にしていた装飾箱をすぐ放り出し、ゴブリンの死体に突き刺さっていた短剣を引き抜いた。そして二階の廊下の壁に体をぴたりと寄せ、半開きの扉の隙間から、一階へ続く階段の先をじっと見下ろした。

 

 しばらくして、小柄な影がひとつ、のんびりと階段の前までやって来るのが見えた。

 

 それもまた、腰の下をぼろ布で隠しただけのゴブリン斥候だった。

 

 だが違っていたのは、その頭にピンク色の女物ブラジャーをかぶっていたことだ。武器は腰に差した小さな鉄槌。空いた両手には女物の下着を何枚も抱えている。

 

 しかもこいつ、二階の異変にはまるで気づいていないらしい。ときどき顔を下着の山に埋めて匂いを嗅ぎ、十分に堪能すると、うっとりした顔で頭を上げていた。

 

 その股間が不自然なほど大きく膨らんでいるのを見て、俺は心の底から吐き気を覚えた。

 

 昔はゲームの中で、こいつらがなぜモザイクでもかかったみたいな姿をしているのか、ただ腰布の掛け方が雑なだけだと思っていた。

 

 だが今なら分かる。

 

 こいつらは純粋な雄だけの種族で、自力では繁殖できない。他種族の雌を攫うことでしか、数を維持できないんだ。

 

 だからこそ、ゴブリンには独特の狩り方がある。

 

 雄は殺す。雌は生かして連れ去る。

 

 しばらく仲間と合流できていなかったせいか、そいつは階段口まで来ると、二階へ向かって何かを二言三言叫んだ。

 

「ギィ、グルルッ!」

 

 言葉の意味は分からない。けれど、たぶん内容は想像できる。仲間の様子を尋ねる程度の、そんな声だろう。

 

 俺は息を殺したまま、一切物音を立てなかった。

 

 背後に転がっているゴブリンの死体が、仲間に返事を返すことも当然ない。

 

 さらに少し待っていると、階下のゴブリン斥候は待ちくたびれたらしい。女物の下着を脇に挟み、鉄槌を提げたまま、のしのしと二階へ上がってきた。

 

 近づいてくる足音を聞きながら、俺は素早く脇へ身を隠す。

 

 そして両手で短剣の柄を握り締め、半開きの扉の隙間を死ぬほど見つめた。

 

 もうすぐ、自分の手で本物の生き物を殺すことになる。

 

 そう思うだけで緊張が一気に高まり、気づけば手のひらは汗でびっしょりになっていた。

 

「ここはもうゲームじゃない。本物の世界だ」

「抵抗しなきゃ、俺に待ってるのは死だけだ」

「落ち着け。やれる。絶対に勝て……!」

 

 心の中で何度も自分を奮い立たせる。

 

 なのに、手の中の短剣はどんどん重く感じられた。

 

 相手が入ってきたらどうする。

 

 首を斬るべきか。それとも、剣先で胴を突くべきか。

 

 頭の中で何度も戦い方をシミュレートしていた、そのとき。

 

 扉が勢いよく押し開けられた。

 

 俺と、腰ほどの高さしかないゴブリンは、ほぼ同時に互いの姿を見つけた。

 

 相手は一瞬だけ硬直し、次の瞬間には叫び声を上げながら鉄槌を振り上げる。

 

 その叫びで、逆に俺の意識ははっきりした。

 

 長年の戦闘経験が、考えるより先に体を動かす。

 

 俺は反射的に、手にした短剣を突き出していた。

 

「っ――!」

 

 ぶすり、という鈍い感触とともに、鋭い刃先が正確に相手の喉へ突き刺さる。

 そのまま何の抵抗もなく貫通し、大量の黄色い血が噴き出した。

 

 ゴブリンの叫びは途中でぴたりと止まり、全身をこわばらせたまま、恐怖に見開かれた目で俺を見上げる。

 

 そして二秒ほど遅れて、そいつの手から鉄槌がガランと音を立てて床へ落ちた。

 

「え……これで、終わったのか?」

 

 初めて自分の手で魔物を殺した俺は、しばらく信じられなかった。

 

 もっと苦しい戦いになると思っていたのに、終わってみればあっけないほど簡単だったからだ。

 

 床に倒れ込んだゴブリンの死体を見下ろしながら、俺はまだ少し早い鼓動を抑えつつ、さっきの一瞬を頭の中で反芻する。

 

 奇襲!

 

 長年の戦闘で染みついた身体の反応。そして何より、相手が弱かったこと。

 その全部が噛み合ったからこそ、あそこまでうまく仕留められたんだ。それに、もうひとつ嬉しい変化もあった。

 

 たった今の戦いを経たことで、記憶の中に眠っていた剣技の感覚が、少しずつ目を覚まし始めていたのだ。まるで、最初から知っていたことを思い出していくような、不思議な感覚だった。

 

「俺、もしかして剣の才能あるんじゃ――うっ……!」

 

 浮かれかけた次の瞬間、胸に走った裂けるような激痛が、俺を無理やり現実へ引き戻した。

 

 さっきの一撃で、まだ塞がっていなかった傷がまた開いたらしい。

 

 だが幸い、そのゴブリンは背嚢を背負っていた。

 

 俺はすぐにしゃがみ込み、中をひっくり返すように漁る。

 

 すると、女物の下着の山に混じって、未使用の包帯がひと巻き見つかった。

 

「女神様、今だけは本気で感謝する……!」

 

 心の中で祈りながら、俺は包帯を取り出した。けれど、次の問題ですぐ動きが止まる。

 ゲームの中なら応急処置は自動で済む。だが現実の包帯は、ちゃんとした知識が必要な行為だ。ただ傷口に適当に巻きつければいいってものじゃない。

 

 それでも、やらないよりはましだ。そう腹をくくって、俺は服を緩め、胸の傷を中心に包帯を何重にも巻きつけていった。長年ゲームで見慣れてきた処置動作のおかげか、手つきは思ったより悪くなかった。

 

 最後に不器用ながら端を結んだ、その瞬間。傷の上に、淡い緑色の「+1」という数字がふわりと浮かび上がった。

 

「……っ!」

 

 その一瞬、まるで命を取り戻したみたいな幸福感が胸いっぱいに広がる。

 

 同時に俺は、頭の中で夢中になって属性画面を呼び出した。

 

 ほどなくして、さっき一度だけ現れた半透明の画面が、再び目の前に浮かび上がる。

 

【名前:コロン】

【種族:人間】

【職業:見習い傭兵(Lv1)】

【経験値:4/5】

【生命力:3/15(衰弱状態・治療中。1日ごとに生命力を2回復)】

【魔力:4/4】

【筋力:4】

【知力:3(+1)】

【敏捷:3】

【耐久:5】

【技能:基礎剣術Lv1(1/10)、基礎格闘Lv1(4/10)、応急手当】

【スキルポイント:0】

 ……

「やっぱり……やっぱりあったんだ。ステータス画面!」

 

 俺は思わず目を見開き、両手をぐっと握り締めた。

 

 確かに、今のこの体はまだ弱い。

 

 ゲーム開始時のプレイヤーは、初期能力として基本ステータスが5ずつ与えられていた。単純な戦闘力で言えば、ゴブリン二体分くらいにはなる。

 それに比べれば、今の俺はようやくゴブリンを少し上回る程度にすぎない。

 

 けど、それでも構わない。

 

 職業レベルは魔物を倒して得る経験値で上げられる。

 技能レベルはスキルポイントで伸ばせる。

 レベルも、技能も、能力値も、すべてが数値として見えるなら、進むべき道ははっきりする。

 何をすれば強くなれるのかが、明確に分かるんだから。

 

 そう考えながら、昔のレベリング経験を思い返していた、そのとき。

 静まり返っていた外の通りから、ばらばらと乱れた足音が聞こえてきた。

 

 しかも、一人や二人じゃない。

 

「間違いない。ゴブリンの先遣隊が、もう来たんだ……!」

 

 想定より早い。

 ゴブリン部隊の到着は、俺の予想よりもずっと早かった。

 

 しかも今この瞬間、ロニクス王国辺境の町や村は、まだ誰もが眠りの中にいる。これから国を滅ぼす災厄が迫っているなんて、誰一人として予想していない。

 

 俺以外は。

 

「急がないと……!自分の冒険者パーティーを見つけて、ゴブリン軍侵攻の情報を伝えなきゃならない!」

 

 時間の猶予はない。

 このまま木の家に隠れているわけにはいかなかった。

 俺は部屋の北側にある窓へ歩み寄り、そっとカーテンをめくって外をうかがう。

 

 月明かりの下、村の広場には、黒々とした影がびっしり並んでいた。

 数えてみると、およそ30体。二つの小隊に分かれたゴブリン兵だ。

 

 そして隊列の先頭には、ひときわ大きな個体が一体いた。

 ゴブリン精鋭戦士。

 体格はほとんど人間に近く、盛り上がった筋肉をむき出しにし、革鎧を身につけている。手にしているのも、もはや粗末な棍棒や小槌じゃない。巨大な鋼の刀だ。

 

 その姿を見た瞬間、俺は事態がかなり厄介だと悟った。

 

 相手が普通のゴブリン兵だけなら、夜の暗さと地形への土地勘を利用して、こっそり逃げ出す自信はあった。

 

 だが、ゴブリン精鋭戦士が一体いるだけで、その前提は全部崩れる。

 

 ゲームの中では、ゴブリン精鋭戦士一体の各種能力値は、おおむねLv5プレイヤーに匹敵していた。

 しかもこいつらは人間並みの知性を持つうえに、「夜目」と「強化聴覚」まで備えている。

 野外なら、鍛えられた民兵が七、八人いても正面から勝てる相手じゃない。

 

 まして俺は、まだLv1の見習い傭兵にすぎない。

 そのうえ、相手は一個分隊を率いている。

 

「……状況は、かなりまずいな」

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