ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

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第34話 未来の仲間

 草むらに身を潜めていたトーヴェは、ふと顔を上げた瞬間、十数メートル先にいるコロンの姿を見つけた。

 

 幼い頃からずっと一緒に育ってきた、あの無邪気な少年は、今や全身を血で染めた存在になっていた。

 服は何か所も裂け、その下にはめくれ上がった傷口がむき出しになっている。血は腕を伝い、一滴ずつ土の上へ落ちていた。

 

 それでもなお、彼は一本の短剣を握りしめ、まるで石像のように道の真ん中へ立っていた。

 その前には十数体のゴブリン兵。

 彼は、たった一人でそのすべての前に立ち塞がっていた。

 

 ゴブリン兵たちは臆病ではあるが、感覚まで鈍いわけではない。

 獣じみた本能が告げているのだ。目の前の人間の命の気配は、もうかなり弱っている、と。

 

 だからこそ、彼らは足を止めなかった。

 むしろじわじわと距離を詰め、様子を窺い、探るように近づいていく。

 まるで獲物の匂いを嗅ぎつけたハイエナの群れのようだった。

 

 トーヴェは目の前の茨草をかき分けた。

 いつもは好奇心で満ちているその瞳には、今は張り詰めた緊張と重さしかなかった。

 

 彼女はさらに数メートル前へ這い進み、距離を測る。

 そしてようやく腰の小さな竹筒をそっと開け、その中から白い丸いものを慎重に取り出した。

 

 それは林檎ほどの大きさがあり、手触りはやわらかく、まるで生地を丸めた玉のようだった。

 

 トーヴェは深く息を吸い込み、腕を後ろへ引く。

 今まさにその白い球を投げようとした、その時だった。

 

 背後から、突然、激しい蹄の音が響いてきた。

 

 ……

 

 耳元では風が唸っていた。

 ペトラは、すでに馬の速度を限界まで引き上げている。

 

 跨っている軍馬の口元には白い泡が浮かび、胸は激しく上下していた。

 だが彼女には、それを気遣う余裕などなかった。

 

 山を下る途中、彼女は避難してくる住民たちとすれ違った。

 そして彼らの口から、住民全員が逃げられたのは、前方でたった一人の若い戦士がゴブリン軍を食い止めていたからだと聞かされた。

 

 最初は信じられなかった。

 

 ゴブリン精英戦士の恐ろしさなど、彼女は骨身に染みて知っている。

 あれは普通の冒険者がどうにかできる相手ではない。

 

 それでも彼女は深く考えなかった。

 ただ馬を必死に駆り、少しでも早くその人のもとへ辿り着こうとした。

 

 下山の途中では、涙まみれの顔をした金髪の青年とも出会った。

 その男は短剣を握りしめたまま、狂ったように山下へ向かって駆けていた。

 

 彼の視線の先を追った時、ペトラはついに見た。

 遠くに立つ、たった一人の影を。

 そしてその背後に、道を埋め尽くすほど積み重なったゴブリンたちの死体を。

 

 だが、その戦士の状態は、すでに限界を大きく超えていた。

 全身傷だらけで、立っているのもやっとに見える。

 その前では、十数体のゴブリン兵がじわじわと包囲を狭めていた。

 

「もっと……もっと速く!」

 

 ペトラは奥歯を噛み締め、馬靴の踵に付いた拍車を、容赦なく馬の腹へ突き立てた。

 軍馬は甲高く嘶き、さらにもう一段速度を上げる。

 

 そしてその瞬間、彼女は生涯忘れられない光景を目にした。

 

 迫りくるゴブリン兵を前に、その今にも倒れそうな若い戦士が、震える腕で短剣を水平に持ち上げ、前方へ向けて軽く一振りしたのだ。

 

 その動きはあまりにも弱々しく、まるで剣すらまともに握れていないように見えた。

 切っ先は最も近い敵にすら届かない。数歩も離れていて、とても何かを傷つけられる距離ではない。

 

 だが。

 

 刃の先から、音もなく一本の白い線が走った。

 

 その白線は、水面の波紋のように彼を中心として外側へ広がっていく。

 速度自体は遅く見える。

 だが瞬く間に十数メートル先まで到達し、目の前のゴブリン兵すべての腰を無言のまま薙ぎ払い、そのまま空気の中へ溶けるように消えていった。

 

「あれは……」

 

 ペトラの瞳が大きく見開かれる。

 

「剣気……? 一つの剣術を極限まで修めた者だけが、ようやく掴めるかもしれない剣気……!」

 

 彼女が驚愕から立ち直るより先に、その場にいたゴブリン兵たちは一斉に動きを止めた。

 まるで時間ごと縫い留められたように、その場で固まる。

 

 二秒後。

 

 彼らの上半身が、揃って滑り落ちた。

 黄緑色の血が噴き上がり、十数体の身体がどさどさと地面へ崩れ落ちる。

 

 そして、それを放った若い戦士の身体もまた、ふっと力を失い、そのまま地面へ倒れ込もうとした。

 

 ちょうどその瞬間、道脇の背の高い草むらから、一つの細い影が飛び出した。

 その影は迷いなく彼のもとへ駆け寄り、倒れ込む身体をしっかりと抱き止める。

 

 トーヴェだった。

 

 その頃には、ペトラもすでに二人のすぐそばまで到達していた。

 彼女は馬から飛び降り、そのまま一気に駆け寄る。

 

 戦士を抱えたままの女の子は、慌てて鞄の中をまさぐり、包帯を取り出して止血しようとしていた。

 だが手元が落ち着かず、うまく巻けない。

 

 ペトラはその場にしゃがみ込み、意識を失いかけている少年を一瞥し、それから辺りに散らばる無数のゴブリンの死体を見渡した。

 そして何も言わず、トーヴェの手から包帯を受け取ると、慣れた手つきで手早く傷口を巻き始めた。

 

「げほっ、げほっ……」

 

 その時、少年が小さく咳き込み、かろうじて目を開けた。

 

「おれ……もう、死にそうかな……」

「ちゃんと巻けば、だいじょぶだからぁ」

 

 トーヴェが低い声で言う。

 

「ちゃんと巻けば、大丈夫だから」

「包帯じゃ……もう、たぶん無理だよ……」

 

 声は、どんどん弱くなっていく。

 

「安心しろ。英雄を、こんなところで死なせたりしない」

 

 ペトラは包帯を脇へ置き、懐から小さなガラス瓶を取り出した。

 その中の液体は、火の光を受けてルビーのように赤く輝いている。

 

 少年の目が、かすかに見開かれた。

 

「血瓶、か……助かった……ありがとう……きみ、は……」

 

 だが次の瞬間、その目はペトラの顔にぴたりと止まり、信じられないものを見るような表情へ変わる。

 

「えっ……反乱軍のリーダー、ペトラ……?」

「ん?」

 

 ペトラは一瞬だけきょとんとした。

 

「俺を知っているのか? 何だ、その反乱軍って」

 

 問い返そうとした、その時には、もう目の前の少年は再び両目を閉じ、そのまま完全に意識を失っていた。

 

 背後では、山道の方から激しい足音が迫ってくる。

 金髪の青年レオナルドが、涙だらけの顔で一心不乱に駆け下りてきていた。

 さらにそのもっと後ろ。

 山道の奥からは、雷のような馬蹄の音がごうごうと近づいてきていた……

 

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 第一幕も、ようやくここで一区切りとなりました。

 主人公の周囲の人物たちも、少しずつ形になってきたように思います。

 

 ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

 そして、たくさんの応援や感想、アドバイスもありがとうございました~~~

 

 第二幕については、だいたいの方向性は決まっているのですが、細かい部分はもう少し練りたいと思っています。

 そのため、数日ほど更新をお休みするかもしれません。

 

 また、何かご意見やアイデアなどがありましたら、ぜひ気軽に教えていただけると嬉しいです。

 それと、よろしければいいねや評価もいただけると、とても励みになります。

 

 皆さまの応援が、書き続ける一番の力です。

 本当にありがとうございます!

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