ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

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第37話 立ち合い敗北

 レシオの吊り上がった口元が元に戻るより先に、ペトラは七、八メートルの間合いを一気に詰め、真正面まで踏み込んできた。

 そのまま、迷いなく一太刀。

 切っ先はレシオの左肩を狙って走り、彼は慌てて剣を持ち上げて受ける。

 だが、それは最初から囮だった。

 ペトラは踏み込んだ足を急に止めると、次の瞬間にはもうレシオの右側へ回り込み、逆手気味に剣を返して腰を薙いだ。

 

 レシオは最初、相手をからかうつもりでわざと半拍遅らせて動いていた。

 だからこそ、その一撃の速さと鋭さに対応が遅れた。

 わずかに躱したものの、腰の革鎧には白い筋が一本、はっきり刻まれる。

 

「このアマァ!!」

 レシオの顔が一気に怒りで歪んだ。

 十数人の手下の前で、巡回隊の小娘にあわや斬られかけたとなれば、面子が丸潰れだ。

「今夜はたっぷり相手してもらうぞ!」

 怒鳴ると同時に、彼はもう手加減を捨てた。

“鉄”級戦士の膂力が一気に解放され、幅広の重剣が横薙ぎに唸りを上げる。

 距離が近すぎたせいで、ペトラは避けられず、咄嗟に剣で受けるしかなかった。

 

 ガァンッ!!

 凄まじい音とともに、彼女の長剣は手から弾き飛ばされ、そのまま空高く舞い上がる。

 レシオはそこへさらに踏み込み、今度は剣の柄を思いきりペトラの腹へ叩き込んだ。

 ぐっ、と鈍い声が漏れる。

 ペトラの体はえびみたいに折れ、そのまま地面へ崩れ落ちた。両腕で腹を抱えたまま、しばらく息すらできない。

 

 戦いは、始まりも唐突だったが、終わりもまたあまりに早かった。

 互いに二度刃を交えただけで、もう勝敗は決していた。

 さっきまでペトラを女神みたいな目で見ていた難民たちは、その彼女がこんなにもあっさり倒されたのを見て、顔から希望を一気に失っていく。

 

「誰か来い、こいつを縛れ!」

 レシオは鼻で笑い、背後へ手を振った。

「残りは、食い物を“買い”に行け」

 

 言い方だけ聞けば穏やかだが、その場にいた誰もが分かっていた。

 そんなものは買うんじゃない。

 ただの略奪だ。

 

 そして、すでに目をぎらつかせていた傭兵たちは、飢えた狼みたいに難民の列へ飛びかかっていく。

 

 難民たちも、もう何が起きるか分かっていたのだろう。

 悲鳴も上げず、逃げもせず、ただ諦めたように、それぞれの荷物からわずかな食べ物を取り出し始めた。

 

 そのときだった。一つの影が、いちばん前へ進み出る。

 レオナルドだった。

 両手で剣を握り、脚は震えている。それでも彼は人々の前に立ち、なんとか道を塞いだ。少し遅れて、残っていた巡回隊の二人も顔を見合わせ、歯を食いしばってその横に並ぶ。

 

「やめろ! それは略奪だ!」

 レオナルドの声は震えていた。だが、訓練所で何度も何度も頭の中で練習した文句を、彼はどうにか叫び切る。

「ぼ、僕はトゥー・リバーズ・シティ民兵訓練所の訓練生だ! お前たちみたいな強盗行為は、町に出たら絞首台行きだぞ!」

 

 声だけは立派だった。

 そのせいで、逆に場が一瞬だけ静まり返る。

 

 両手を縛られたまま地面に転がされていたペトラは、内心でひやりとした。

 ――この馬鹿!

 こんな場面で身元を明かすなんて、それこそ口封じに殺してくれと言っているようなものだ。

 

 案の定、レシオは目を細め、周囲をゆっくり見回した。

 傭兵たちは皆、彼の顔色を窺っている。その目には、はっきりした迷いがあった。

 さらにその先では、難民たちが息を潜めて震えている。

 そんな光景を一通り眺めてから、レシオは突然、腹を抱えるみたいに笑い始めた。

 ひとしきり笑ったあと、ぴたりと表情を消す。

 

「トゥー・リバーズ・シティ? 絞首台?」

 一語ずつ噛みしめるように口にするその声は小さい。だが、刃物みたいに鋭く、全員の耳を撫でていった。

「俺たちはな、このクソみたいな場所にもう四日も閉じ込められてるんだ。いつ外へ出られるかなんて、誰にも分からねえ。だが一つだけは分かってる」

 彼は一歩前へ出る。声音はさらに低く、陰惨になる。

「このまま食わずにいたら、ここにいる全員、揃って飢え死にだ」

 少し間を置いてから、吐き捨てるように続けた。

「だったら俺は、強盗にでも何にでもなってやる」

 そして最後に、脅しを隠そうともせず、肩をすくめて言い足す。

「それに、この霧の中でお前ら全員が獣か怪物に食われたとしても……そんなの、どう考えても自然なことだろうが?」

 

 その言葉を聞いて、傭兵たちの顔つきがじわじわ変わっていった。

 腹の中の飢えが、毒蛇みたいに最後の理性を噛み砕いているのだ。

 あいつらにも家族はいるだろう。夢だってあったかもしれない。

 だが、自分が死ねば、そんなものは全部泡みたいに消える。

 そう思ったのだろう。ある者は腰の剣へ手をかけ、ある者は乾いた唇を舐めた。その目に残っていた迷いは、次第に凶暴な光へ変わっていく。

 

 生きるか死ぬかのときに、誰かのために身を引くなんて芸当は、聖人のやることだ。

 こいつらはただの底辺傭兵にすぎない。荒野を這って日銭を稼ぐ、どこにでもいる連中だ。

 

 レシオは、その変化を見て満足そうにうなずいた。それ以上、言葉を重ねる必要はなかった。

 彼はそのまま、一人の震え上がった老婆の前まで歩み寄る。

 老婆が大事そうに抱えていた黒パン二つを叩き落とし、そのまま腕の中の荷物袋を乱暴に引ったくった。

 

「や、やめて……! それはうちの全部の食べ物だよ! そんなことされたら、うちの家族みんな死んでしまう!」

 老婆は狂ったようにレシオへしがみついた。両腕で彼の腕に食らいつき、爪が肉へ食い込むほど力を込める。

 

「ちっ、うっぜえ!」

 レシオは何度か振り払おうとしたが、うまく離れない。苛立ちと恥が混ざって、一気に怒りへ変わった。

 次の瞬間、彼は老婆を思いきり蹴り飛ばした。

「失せろ、クソババア!」

 

「母さん!!」

 人混みの中から、レオナルドが叫んだ。

 目は真っ赤に血走っている。

 彼は短剣を握りしめたまま、一直線にレシオへ斬りかかった。

 

 レシオは半身だけでそれを避ける。顔に浮かんだ苛立ちは、そのまま冷たい殺意へ変わっていた。

 今夜は何なんだ。

 手下は女一人に転がされ、自分も一度は傷を入れられかけた。そのうえ今度は、こんな青臭いガキまでが自分へ剣を向けてくる。“鉄”級戦士の威厳というものは、そんなに安く見られるものなのか?

 ……もういい。

 血を見せるべきだ。

 恐怖を教えなければ、誰がこの場の支配者か理解しない。

 

 レシオは剣を返し、レオナルドの刃へ横から叩きつけた。

“鉄”級戦士の筋力を、普通の若者が受けきれるはずがない。

 短剣は手から吹き飛び、レオナルド自身も数歩後ろへよろめいた末、三メートルほど先の泥へ尻から倒れ込む。

 右手は痺れてしまい、もうしばらく力が入らない。

 

「身の程を知れよ、ガキ」

 レシオは長剣を引きずるようにしながら、ゆっくりと近づいていく。

「今日はお前の血で、ここにいる全員へ教えてやる。生き残るってのがどういうことか、な」

 

 難民たちは誰一人、前へ出られなかった。

 ただ一人、レオナルドの父親だけが人垣を掻き分け、必死にこちらへ走ってくる。

 だが距離がありすぎる。

 どう考えても間に合わない。

 

 レシオはレオナルドの目の前で立ち止まり、重剣を高々と掲げた。

 冷たい光を帯びた刃に映っているのは、青ざめ、絶望した若者の顔。

 

 そのとき――

「レシオ!! 死にたくなかったら、そこでやめろ!!」

 

 大きな声ではなかった。

 だが、その一言は、まるで氷水みたいにその場の全員の頭へぶちまけられた。

 人々が一斉に振り返る。

 誰かが最初に一歩引いたのをきっかけに、人垣は水が割れるみたいに左右へ分かれていった。

 その隙間の向こうから、一人の黒髪の少年が現れる。

 

 その横では、美しい少女が彼の体を支えるように肩を貸していた。

 少年の全身は包帯だらけで、立っているだけでも危なっかしい。歩き方もふらついていて、今にもその場へ倒れそうだった。

 けれど、その目だけは静かだった。

 まるで風一つない湖面みたいに、どこまでも平らで、冷たい。

 

 レシオは、重剣を持ち上げたまま固まった。

 顔からみるみる血の気が引いていく.........

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