ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

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第4話 群敵来襲

 ゼス村はロニクス最南端に位置している。東西の両側を、百里にも及ぶ山脈が連なっていた。

 このあたりは一年を通して湿り気が多く、少し肌寒い。そのせいで木々は異様なほど高く、密に育ち、木材交易はこの地の基幹産業としてかなり栄えていた。

 

 最も近いチカ町は、周囲百里で最大の町だ。木材流通の拠点であると同時に、国境防衛の役目も担っている。

 

 だが、長年続いた平和のせいで、ここの軍備はひどく緩んでいた。町に残されている巡回隊も、最後には五十人に満たない規模にまで減っていたし、その隊員たちのレベルも情けないほど低い。せいぜいLv3からLv5程度だ。

 

 それでも、今の俺にとっては最大の頼みの綱だった。

 

「今いちばん大事なのは、まず仲間と合流して、ゴブリンの大軍が攻め込んできてるって知らせをチカ町の巡回隊に伝えることだ」

 

 だが、どうすればゴブリン兵に気づかれずにゼス村から脱出できる?

 

 今の俺が思いつく一番いい方法は――放火だ。

 

 明るい炎は夜の中で警報代わりになる。煙と混乱は、ゴブリン精鋭戦士の判断も鈍らせる。その隙に逃げ出せれば理想的だ。

 

 そう考えた俺は、ゆっくりとカーテンを下ろし、一階の台所へ火打石と灯油を探しに向かおうとした。

 

 だが、ついていないことに、俺が振り返ろうとしたその瞬間、遠くにいたゴブリン精鋭戦士もちょうどこちらを向いた。

 

 あの異常な知覚能力が、わずかに揺れたカーテンを見逃さなかったらしい。

 

「うそだろ……こんなに運が悪いのか!?」

 

 まだ気のせいで済んでくれと願っていたが、その願いはあっさり砕かれた。

 

 精鋭戦士の命令を受けた五体のゴブリン兵が、長剣を手に列から飛び出し、俺のいる木の家へ一気に駆けてくる。

 

 たとえ相手がただ様子を見に来ただけだったとしても、それでも十分にまずい。

 

 あいつらが家に入れば、二階にあるゴブリン斥候の死体は確実に見つかる。そうなれば、すぐに増援を呼ばれる。そしてゴブリン精鋭戦士まで来たら、包囲された俺に逃げ場はない。

 

「もう迷ってる暇はない!」

 

 そう思った俺は、胸の傷の痛みも無視して一階へ駆け下りた。

 五体のゴブリン兵が到着する前に、まずは灯油ランプへ火をつける。

 

 たぶん、急に灯ったその弱い明かりが、かえって家の中に人間がいる証拠になったんだろう。

 外から迫ってくる足音はさらに慌ただしくなり、もっと遠くからは、さっきのゴブリン精鋭戦士の怒鳴り声まで聞こえてきた。

 

 考えるまでもない。

 あいつが、もっと多くのゴブリン兵をこっちへ向かわせているんだ。

 

 俺は急いで正面の扉へ向かい、長柄の鍬を取って、片側をドアノブに、もう片側を床板の隙間に押し込んだ。

 こんな心もとない木の扉でも、少しでも時間を稼いでくれればいい。

 

 そう思ってやったが、すべてを終えた直後、木の扉は五、六本の剣に一斉に突き刺された。

 もし扉を押さえたままその場にいたら、今ごろ剣先は俺の体を貫いていたはずだ。

 

「危なっ……!」

 

 扉は激しく叩かれ、何本もの刃が突き込まれては引き抜かれる。

 先鋒として突っ込んできたこのゴブリン兵たちの武器は、人間が捨てた中古品なんかじゃなかった。むしろ獣の牙みたいに鋭く、殺意に満ちている。

 

「落ち着け……ゲームだと思え。相手はただの緑皮のチビどもだ」

 

 ひとまず向こうはすぐには押し入れない。

 そう判断した俺は、意識を「放火」の準備へ切り替えた。

 

 弱い灯りを頼りに、俺は灯油を染み込ませたぼろ布を、束ねた藁と薪へ巻きつける。それをブラジャーの肩紐でぎゅっと縛る。

 一分もかからず、即席の松明が一本できあがった。

 

 こういう作業は、実はかなり慣れている。長年ゲームの中で山や森を歩き回ってきた俺は、昔、乾いた苔や低木を使って似たような松明を作ったことすらあった。

 

 だが、ようやく松明が完成したところで、今度は外から何かが真正面から扉へ激突した。

 轟音とともに屋根から大量の埃が落ち、右側の扉枠にははっきりとした亀裂が走る。

 

 考えるまでもない。

 ゴブリン精鋭戦士が来たんだ。

 

 俺は、今にも壊れそうな扉をもう気にしなかった。すぐに立ち上がり、点火した松明で部屋の中のベッドカーテンや家具へ次々と火を移していく。

 

 背後で火が躍り、濃い煙が立ち始める。

 

 俺が家の中をぐるりと回り終えた、まさにそのときだった。

 扉が役目を終えた。

 バキッ、と鈍い音を立てて、扉は真ん中から真っ二つに裂ける。

 

 その直後、大きな音とともに、革鎧をまとった長身のゴブリン精鋭戦士が一歩で家の中へ踏み込んできた。

 

 そいつはまず、部屋じゅうへ広がる火の手を一瞥した。そしてすぐに、その視線を松明を持った俺へ向ける。

 顔に浮かんでいたのは、隠しようもない怒りだった。

 

 それも当然だろう。

 本来なら秘密裏に終わるはずだった夜襲が、たった一人の弱い人間のせいで足止めされているんだ。愉快なはずがない。

 

 もともと大して頭の回る相手じゃない。

 その脳内にあるのは、今やたった一つだけだ。

 目の前の、この邪魔な鼠を肉塊に変えること。

 

 そいつは一切ためらうことなく長刀を振り上げ、そのまま俺に向かって突進してきた。

 

 だが、俺の反応のほうが一瞬早かった。

 

 いや、ほとんど反射だった。

 相手が長刀を持ち上げた、その瞬間にはもう、俺は左手を突き出していた。

 中指にはめた指輪を正面へ向け、何度も見てきた、あまりにも馴染みのあるあの起動語を叫ぶ。

 

「Zako!」

 

 指先がわずかに熱を帯びた。

 次の瞬間、指輪の透明な宝石の内側に、赤い光点がひとつ凝縮される。

 そして刹那のうちに、指ほどの太さしかない赤い光線が一直線に撃ち出された。

 

 ブゥン――

 

 灼けつくような熱を放つその光線は、真正面のゴブリン精鋭戦士の腹部を一瞬で貫通した。

 それだけでは止まらない。

 勢いを失わないまま、その背後にいた二体の兵士の頭部まで撃ち抜き、そこでようやく消えていった。

 

 赤光が消える。

 家の中にいた全てのゴブリン兵が、まるで時間を止められたみたいに動かなくなった。

 

 いちばん前のゴブリン精鋭戦士は目を限界まで見開き、信じられないとでも言いたげに、煙を上げる自分の腹へ視線を落とす。

 そして数秒後、どすん、と仰向けに倒れた。

 

 その直後だった。

 三つの死体の中から、それぞれ金色の光点が飛び出し、合わせて七つの光が一直線に俺の胸へ吸い込まれていく。

 

 すべて一瞬の出来事だった。

 常に前方を注視していなければ、たぶん見落としていたと思う。

 

 周囲が静まり返ったあとも、残ったゴブリン兵たちは一歩も踏み出せなかった。

 俺を見る目は、まるで人間じゃなく、凶暴な獣でも見ているみたいだった。

 

 ……いや、驚いていたのは俺も同じだ。

 

 ゲーム内で灼熱の光線が三十点のエネルギーダメージを与えるのは知っている。

 だが、本来ならゴブリン精鋭戦士を一撃で即死させられるほどの威力じゃないはずだ。

 あいつの生命力は三十五から四十五ほど。さらに装備の防御補正もある。普通に考えれば、最低でも二発は当てないと倒しきれない。

 

「もしかして……急所に入って、クリティカルみたいな扱いになったのか?」

 

 そう考えたが、今は確かめている暇なんてない。

 検証は、あとで生き残れたらだ。

 

 なにしろ、ほんの十数秒の間に、外からまた七、八体のゴブリン兵が雪崩れ込んできたんだから。

 

 そいつらは、さっき何が起きたのかを知らない。足元に転がる上官がもう死んでいることにすら気づいていない。

 ただ喚きながら剣を振り回し、まっすぐ俺へ突っ込んでくる。

 

 追い詰められた俺は、再び腕を上げた。

 指輪を先頭のゴブリン兵へ向け、もう一度、灼熱の光線を撃とうとする。

 

「Zako!」

 

 だが、予想していた赤い光は現れなかった。

 代わりに目の前へ浮かび上がったのは、たった一行の文字だった。

 

【警告!魔力が不足しています!】

 

 それを見た瞬間、俺の頭は真っ白になった。

 俺はまだ、自分をゲーム最強クラスの戦士だと錯覚していたんだ。

 

 でも現実の俺は違う。

 ただのLv1見習い傭兵にすぎない。

 

《洞察の指輪》の起動に必要な魔力はたった3点。けれど、今の俺の最大魔力は4点しかない。

 さっき一度使った時点で、残りは1点。

 当然、もう一発なんて撃てるはずがなかった。

 

「前のレベルのままなら……!」

 

 けれど、この世界に「もしも」なんてない。

 

 煙はもう家の中へ広がり始めている。

 ゴブリン兵たちは今にも飛びかかってきそうだ。

 周囲を見回しても、もう使えそうなものはほとんどない。

 

 現実ってやつは、本当に容赦がない。

 

「どうする……!?このまま、何もできずに死ぬのか……!」

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