最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
眩い白光が、剣の柄からいきなり弾けた。
まるで、誰かが太陽そのものを俺の掌の中へ押し込んだみたいだった。
その光は一瞬で、周囲のすべてを呑み込んでいく。
オークの木々も、木のテーブルも、狂ったように食べ続けていた難民たちも、レシオのあの嘲るような顔も――全部まとめて、真っ白な奔流の中へ消えていった。
俺はとっさに目を閉じることしかできなかった。
次の瞬間には、身体から重さそのものが抜け落ちていた。
どれほど時間が経ったのか分からない。
だが、最初に目覚めたのは鼻だった。
湿り気を含んだ、青草の匂いのする空気が肺へ流れ込んでくる。
ロニクス王国南部の辺境に特有の匂いだ。四月の草地とオーク林が混ざり合った、雨上がりみたいに清々しい空気。
俺はゆっくりと目を開けた。
陽の光が梢の隙間から差し込み、金色の光の柱になって目の前の空き地へ落ちている。草の上に残った露が、その光を受けてきらきらと輝いていた。
少し離れた場所では、立て型の水車が小川の流れに押されて、ゆっくりと回っている。
ざぁ、ざぁ、と一定の音を立てながら。
その周りを、小さな赤雀たちが水しぶきの上で上下に飛び交い、澄んだ鳴き声を響かせていた。
俺が立っていたのは、小さな木造家屋の脇にある空き地だった。
そして、その正面には一人の男が立っている。
金髪の中年男だった。
顔つきは厳格で、薄い灰色の瞳は凪いだ湖みたいに静かだ。身には真っ白な武装服をまとい、手には真っ黒な長剣を握っている。まっすぐ伸びたその立ち姿は、黙した山みたいに揺るぎなかった。
男は俺を見下ろし、わずかに眉をひそめ、不満を隠そうともせず口を開いた。
「ロン、これが最後だ。この剣術をお前に見せるのは今回で最後にする」
声は低く、抑揚が少ない。
「これでも覚えられないなら、騎士になりたいなどという夢は、さっさと諦めろ」
......ロン?
俺は一瞬、思考が止まった。
それは、あの幽霊の少年の名前じゃなかったか?
どうして、この男は俺を“ロン”と呼ぶんだ?
慌てて自分の手元を見下ろす。
そこで初めて、自分の手が小さくなっていることに気づいた。
幼い手の甲には浅い擦り傷がいくつか走っており、その手には、見慣れない短剣が握られている。
背丈も、明らかに低い。
身に着けている服も、くたびれた麻のシャツに変わっていた。
俺が......あの少年になった?
いや、違う。
“なった”んじゃない。
これは、誰かの記憶の中に入り込んでいるんだ。
――ロンという名の少年の記憶の中に。
そう理解したところで、正面の中年男はもう動き始めていた。
彼の剣は速くない。
むしろ、落ち着き払っていて、ゆっくりに見えるほどだった。
だが、一つひとつの動きには、肌を刺すような気迫が満ちている。
俺は息を呑んだ。
見れば見るほど分かる。
これは、一つの剣術を極限まで磨き上げた人間だけが辿り着ける境地だ!!
派手な見せ技はない。
余計な回転もない。
一太刀ごとに、正確で、簡潔で、致命的だった。
本来なら複雑になりそうな流れが、彼の中では徹底的に削ぎ落とされている。
突く。
薙ぐ。
斬り下ろす。
跳ね上げる。
受ける。
それだけだ。
単純なのに、あまりにも実戦的だった。
しかも妙なことに、その剣筋には説明のつかない“既視感”があった。
俺はこの型を、どこかで使ったことがある気がする。
あるいは、ずっと昔の何かで、見たことがあるような気もする。
だが、その違和感を追う余裕はなかった。
俺はすぐに意識を切り替え、目の前の剣技へ全神経を注ぎ込む。
先に何が待っているにせよ、今は少しでも多く学べるものを学んでおくしかない。
時間は、驚くほど速く過ぎた。
その剣術は見た目ほど複雑ではない。しかも中年男の解説は簡潔で、余計な言葉が一つもない。
二十分もしないうちに、彼は剣を収めて静かに立ち止まった。
呼吸は乱れていない。
額に汗一つ浮かんでいない。
「この剣術は、型そのものは単純だ。入りも早い」
男は低く言った。
「だが、真に使えるレベルまで持っていくには、何よりも剣への悟性が要る」
そこで、ほんのわずかだけ言葉を切る。
「この俺ですら――」
声音の奥に、ごくわずかな誇りが滲んだ。
「当時、これをものにするまで三ヶ月かかった。その速度ですら、ロニクス王国の歴史の中では最上位に入る」
だが、それを言い終えたあと、再び俺へ向けられた眼差しからは温度が消えた。
あっという間に、もとの厳しさへ戻る。
「これで最後だ」
一語ずつ、はっきりと告げる。
「この剣術で俺を倒せないなら、お前にその才はない」
さらに続ける。
「そのときは家へ残れ。母さんと妹を守って、俺の帰りを待て」
まるで、最後の判決を下すみたいな口ぶりだった。
「さあ、答えろ」
男は俺を見据える。
「お前に、まだ騎士の夢を追う資格があると思うか?」
俺は黙った。
迷ったからじゃない。
考えていたんだ。
ここまでの推測が正しいなら、この幻の核心はおそらく《泣くロン》という任務そのもの――つまり、ロンという少年に騎士の夢を叶えさせることにある。
もしここで俺が「資格はない」と答えたら、おそらくそこで終わる。
あの木のテーブルのどこかへ戻され、他の失踪者たちと同じように、永遠に腹が満たされない食事を続けるだけの存在になる。
そんな結末は願い下げだった。
そして、それ以上に――
俺の目の前に、突然光の幕が浮かび上がる。
【新規スキルを検出――白獅子剣術】
【スキルポイントを10消費して習得しますか?】
白獅子剣術――!?
心臓が、どくんと大きく跳ねた。
短剣を握る手にも思わず力がこもる。
この名は知っている。
いや、ロニクス王国の歴史を少しでも知るプレイヤーなら、誰でも一度は聞いたことがあるはずだ。
初代国王に仕えた近衛軍――白獅軍団。
その者たちだけに伝わる秘剣、それが白獅子剣術だと伝えられている。
建国王が国土を切り拓いていった時代、白獅子剣術は白獅軍団の軍靴とともに各地で武功を立てた。彼らは王国にとって、最も鋭い矛であり、最も堅牢な盾でもあった。
だが、その後、貴族は腐敗し、軍は衰退し、白獅子剣術の継承もまた途絶えていった。
数百年後の今、“白獅軍団”という名だけは残っている。
しかし実態は、もはや飾りに近い。
白獅の鎧を着ているのは、大半が官僚や貴族の子弟で、箔をつけるために配属されるだけの連中だ。戦闘力は低く、最低限の軍規すら保てない。
そんな伝説の剣術を、俺はまさかここで、自分の目で見るどころか――
習得する機会まで得るとは思わなかった。
必要なのは、たった10ポイントのスキルポイント。
安くはない。
俺の手持ちは全部で62ポイント、そのうちいくつかはすでに使っている。
それでも、10ポイントで伝説級の剣術が手に入るのなら――安い。
迷う理由は、一つもなかった。
俺は即座に“習得”を選ぶ。
その瞬間、無数の記憶が雪崩のように流れ込んできた。
剣筋。
足運び。
間合い。
力の乗せ方。
呼吸。
角度。
細部の一つひとつが、まるで自分で何百回も、何千回も繰り返してきたみたいに身体へ馴染んでいく。
数秒後、光幕の表示も変化していた。
【白獅子剣術を習得しました】
【残りスキルポイント:52】
【白獅子剣術 Lv1(1/50)】
【剣術説明:ロニクス王国・白獅軍団専用剣術。使用時、アンデッド系生物に対して追加100%ダメージを与える。白獅軍団専用鎧を装備している場合、『鼓舞』効果が発動し、周囲の味方の能力値を10%上昇させる】
その必要熟練度を見て、俺は思わず内心で舌を巻いた。
50!!
基礎剣術なら、Lv1の上昇に必要なのはたった10ポイントだ。
それが白獅子剣術では、その五倍。
習得難度の高さが、それだけで分かる。
だが、見返りもとんでもない。
亡霊や幽霊を含む不死系統への与ダメージが二倍。
さらに、専用装備と組み合わせれば周囲への強化オーラまで発動する。
もし将来、自分の領地で白獅子剣術を修めた兵を育て上げられたなら――
その想像だけで、血が熱くなった。
「どうした?」
中年男の声が、耳元で低く響いた。
「まだ答えが出ないのか?」
彼はあからさまに不機嫌そうだった。
眉間には皺が刻まれ、目は鋭く俺を射抜いている。
俺はゆっくり顔を上げ、彼を見返した。
もう迷いはない。
短剣を静かに持ち上げる。
切っ先は地面を向き、重心を少しだけ落とし、膝を柔らかく曲げる。
白獅子剣術の起手式。
ついさっきまで知らなかったはずのそれが、今ではごく自然に身体から出てきた。
「夢を追う資格があるかどうかなんて」
俺は男の目をまっすぐ見て言った。
声は静かだったが、芯だけは揺れない。
「やってみれば分かるでしょう」
中年男は一瞬だけ目を見開いた。
そのあと、口元がほんのわずかに動く。
笑った、と呼ぶにはあまりにも小さな変化だった。
「いいだろう」
彼もまた黒い長剣を持ち上げ、同じ起手式を取る。
「なら、来い」
風の音が、一瞬だけ止まった。
陽光が、刃の上で跳ねる。
小屋の前の小さな空き地で、二つの世代の剣が、今まさにぶつかろうとしていた......