最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第42話 【白獅子剣術】

 眩い白光が、剣の柄からいきなり弾けた。

 まるで、誰かが太陽そのものを俺の掌の中へ押し込んだみたいだった。

 

 その光は一瞬で、周囲のすべてを呑み込んでいく。

 オークの木々も、木のテーブルも、狂ったように食べ続けていた難民たちも、レシオのあの嘲るような顔も――全部まとめて、真っ白な奔流の中へ消えていった。

 

 俺はとっさに目を閉じることしかできなかった。

 次の瞬間には、身体から重さそのものが抜け落ちていた。

 どれほど時間が経ったのか分からない。

 

 だが、最初に目覚めたのは鼻だった。

 湿り気を含んだ、青草の匂いのする空気が肺へ流れ込んでくる。

 ロニクス王国南部の辺境に特有の匂いだ。四月の草地とオーク林が混ざり合った、雨上がりみたいに清々しい空気。

 

 俺はゆっくりと目を開けた。

 陽の光が梢の隙間から差し込み、金色の光の柱になって目の前の空き地へ落ちている。草の上に残った露が、その光を受けてきらきらと輝いていた。

 少し離れた場所では、立て型の水車が小川の流れに押されて、ゆっくりと回っている。

 ざぁ、ざぁ、と一定の音を立てながら。

 その周りを、小さな赤雀たちが水しぶきの上で上下に飛び交い、澄んだ鳴き声を響かせていた。

 

 俺が立っていたのは、小さな木造家屋の脇にある空き地だった。

 そして、その正面には一人の男が立っている。

 

 金髪の中年男だった。

 顔つきは厳格で、薄い灰色の瞳は凪いだ湖みたいに静かだ。身には真っ白な武装服をまとい、手には真っ黒な長剣を握っている。まっすぐ伸びたその立ち姿は、黙した山みたいに揺るぎなかった。

 男は俺を見下ろし、わずかに眉をひそめ、不満を隠そうともせず口を開いた。

「ロン、これが最後だ。この剣術をお前に見せるのは今回で最後にする」

 声は低く、抑揚が少ない。

「これでも覚えられないなら、騎士になりたいなどという夢は、さっさと諦めろ」

 

 ......ロン?

 俺は一瞬、思考が止まった。

 それは、あの幽霊の少年の名前じゃなかったか?

 どうして、この男は俺を“ロン”と呼ぶんだ?

 

 慌てて自分の手元を見下ろす。

 そこで初めて、自分の手が小さくなっていることに気づいた。

 幼い手の甲には浅い擦り傷がいくつか走っており、その手には、見慣れない短剣が握られている。

 背丈も、明らかに低い。

 身に着けている服も、くたびれた麻のシャツに変わっていた。

 

 俺が......あの少年になった?

 いや、違う。

“なった”んじゃない。

 これは、誰かの記憶の中に入り込んでいるんだ。

 ――ロンという名の少年の記憶の中に。

 

 そう理解したところで、正面の中年男はもう動き始めていた。

 彼の剣は速くない。

 むしろ、落ち着き払っていて、ゆっくりに見えるほどだった。

 だが、一つひとつの動きには、肌を刺すような気迫が満ちている。

 

 俺は息を呑んだ。

 見れば見るほど分かる。

 これは、一つの剣術を極限まで磨き上げた人間だけが辿り着ける境地だ!!

 

 派手な見せ技はない。

 余計な回転もない。

 一太刀ごとに、正確で、簡潔で、致命的だった。

 本来なら複雑になりそうな流れが、彼の中では徹底的に削ぎ落とされている。

 突く。

 薙ぐ。

 斬り下ろす。

 跳ね上げる。

 受ける。

 それだけだ。

 単純なのに、あまりにも実戦的だった。

 

 しかも妙なことに、その剣筋には説明のつかない“既視感”があった。

 俺はこの型を、どこかで使ったことがある気がする。

 あるいは、ずっと昔の何かで、見たことがあるような気もする。

 だが、その違和感を追う余裕はなかった。

 俺はすぐに意識を切り替え、目の前の剣技へ全神経を注ぎ込む。

 先に何が待っているにせよ、今は少しでも多く学べるものを学んでおくしかない。

 

 時間は、驚くほど速く過ぎた。

 その剣術は見た目ほど複雑ではない。しかも中年男の解説は簡潔で、余計な言葉が一つもない。

 二十分もしないうちに、彼は剣を収めて静かに立ち止まった。

 呼吸は乱れていない。

 額に汗一つ浮かんでいない。

 

「この剣術は、型そのものは単純だ。入りも早い」

 男は低く言った。

「だが、真に使えるレベルまで持っていくには、何よりも剣への悟性が要る」

 そこで、ほんのわずかだけ言葉を切る。

「この俺ですら――」

 声音の奥に、ごくわずかな誇りが滲んだ。

「当時、これをものにするまで三ヶ月かかった。その速度ですら、ロニクス王国の歴史の中では最上位に入る」

 だが、それを言い終えたあと、再び俺へ向けられた眼差しからは温度が消えた。

 あっという間に、もとの厳しさへ戻る。

「これで最後だ」

 一語ずつ、はっきりと告げる。

「この剣術で俺を倒せないなら、お前にその才はない」

 さらに続ける。

「そのときは家へ残れ。母さんと妹を守って、俺の帰りを待て」

 まるで、最後の判決を下すみたいな口ぶりだった。

「さあ、答えろ」

 男は俺を見据える。

「お前に、まだ騎士の夢を追う資格があると思うか?」

 

 俺は黙った。

 迷ったからじゃない。

 考えていたんだ。

 

 ここまでの推測が正しいなら、この幻の核心はおそらく《泣くロン》という任務そのもの――つまり、ロンという少年に騎士の夢を叶えさせることにある。

 もしここで俺が「資格はない」と答えたら、おそらくそこで終わる。

 あの木のテーブルのどこかへ戻され、他の失踪者たちと同じように、永遠に腹が満たされない食事を続けるだけの存在になる。

 そんな結末は願い下げだった。

 そして、それ以上に――

 俺の目の前に、突然光の幕が浮かび上がる。

 

【新規スキルを検出――白獅子剣術】

【スキルポイントを10消費して習得しますか?】

 

 白獅子剣術――!?

 心臓が、どくんと大きく跳ねた。

 短剣を握る手にも思わず力がこもる。

 この名は知っている。

 いや、ロニクス王国の歴史を少しでも知るプレイヤーなら、誰でも一度は聞いたことがあるはずだ。

 

 初代国王に仕えた近衛軍――白獅軍団。

 その者たちだけに伝わる秘剣、それが白獅子剣術だと伝えられている。

 建国王が国土を切り拓いていった時代、白獅子剣術は白獅軍団の軍靴とともに各地で武功を立てた。彼らは王国にとって、最も鋭い矛であり、最も堅牢な盾でもあった。

 だが、その後、貴族は腐敗し、軍は衰退し、白獅子剣術の継承もまた途絶えていった。

 数百年後の今、“白獅軍団”という名だけは残っている。

 しかし実態は、もはや飾りに近い。

 白獅の鎧を着ているのは、大半が官僚や貴族の子弟で、箔をつけるために配属されるだけの連中だ。戦闘力は低く、最低限の軍規すら保てない。

 

 そんな伝説の剣術を、俺はまさかここで、自分の目で見るどころか――

 習得する機会まで得るとは思わなかった。

 必要なのは、たった10ポイントのスキルポイント。

 安くはない。

 俺の手持ちは全部で62ポイント、そのうちいくつかはすでに使っている。

 それでも、10ポイントで伝説級の剣術が手に入るのなら――安い。

 迷う理由は、一つもなかった。

 俺は即座に“習得”を選ぶ。

 

 その瞬間、無数の記憶が雪崩のように流れ込んできた。

 剣筋。

 足運び。

 間合い。

 力の乗せ方。

 呼吸。

 角度。

 細部の一つひとつが、まるで自分で何百回も、何千回も繰り返してきたみたいに身体へ馴染んでいく。

 

 数秒後、光幕の表示も変化していた。

【白獅子剣術を習得しました】

【残りスキルポイント:52】

【白獅子剣術 Lv1(1/50)】

【剣術説明:ロニクス王国・白獅軍団専用剣術。使用時、アンデッド系生物に対して追加100%ダメージを与える。白獅軍団専用鎧を装備している場合、『鼓舞』効果が発動し、周囲の味方の能力値を10%上昇させる】

 

 その必要熟練度を見て、俺は思わず内心で舌を巻いた。

 50!!

 基礎剣術なら、Lv1の上昇に必要なのはたった10ポイントだ。

 それが白獅子剣術では、その五倍。

 習得難度の高さが、それだけで分かる。

 だが、見返りもとんでもない。

 亡霊や幽霊を含む不死系統への与ダメージが二倍。

 さらに、専用装備と組み合わせれば周囲への強化オーラまで発動する。

 もし将来、自分の領地で白獅子剣術を修めた兵を育て上げられたなら――

 その想像だけで、血が熱くなった。

 

「どうした?」

 中年男の声が、耳元で低く響いた。

「まだ答えが出ないのか?」

 彼はあからさまに不機嫌そうだった。

 眉間には皺が刻まれ、目は鋭く俺を射抜いている。

 

 俺はゆっくり顔を上げ、彼を見返した。

 もう迷いはない。

 短剣を静かに持ち上げる。

 切っ先は地面を向き、重心を少しだけ落とし、膝を柔らかく曲げる。

 白獅子剣術の起手式。

 ついさっきまで知らなかったはずのそれが、今ではごく自然に身体から出てきた。

 

「夢を追う資格があるかどうかなんて」

 俺は男の目をまっすぐ見て言った。

 声は静かだったが、芯だけは揺れない。

「やってみれば分かるでしょう」

 

 中年男は一瞬だけ目を見開いた。

 そのあと、口元がほんのわずかに動く。

 笑った、と呼ぶにはあまりにも小さな変化だった。

「いいだろう」

 彼もまた黒い長剣を持ち上げ、同じ起手式を取る。

「なら、来い」

 

 風の音が、一瞬だけ止まった。

 陽光が、刃の上で跳ねる。

 小屋の前の小さな空き地で、二つの世代の剣が、今まさにぶつかろうとしていた......

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