最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第44話 石の中の剣

 勢いよく燃え上がるいくつもの焚き火が、木屋の前の広場を明るく照らしていた。火の舌が乾いた薪を舐め、ときおり「ぱちっ」と爆ぜる音を立てる。

 

 レシオは一つの木のテーブルの後ろにどっかり座り、残った右手でローストチキンの腿肉を掴んでは、夢中で口へ押し込んでいた。歯がこんがり焼けた皮を簡単に引き裂き、噛むたびに脂が口元から垂れ、火の明かりを受けてぬらぬらと光る。

 

 だが、気分は最悪だった。

 見た目は鶏の腿肉そのものだし、匂いだってそうだ。腹も一応は満たされる。

 なのに、味だけがまるでない。

 まるで蝋燭でも噛んでいるみたいだった。

 

 もっとも、今となってはそんなことはどうでもよかった。

 なにしろ、自分の腕を斬り飛ばしたあの小僧も、とうとうあの幻の中へ入ったのだから。

 

 そう思うと、レシオの目にはじわりと得意げな光が浮かぶ。

 もちろん、彼自身もすでにあの幻境へ入ったことがある。あの金髪の戦士にも会ったし、あの男が見せた剣術も一通り見せつけられた。

 だが、レシオの目には、あの剣術はまったく美しく映らなかった。

 どの型も平凡で、どの一撃も地味だ。まるで一度も戦場に立ったことのない山奥の農夫が、見よう見まねで剣を振っているだけのように見えた。

 最初は自信満々だった。

 自分はれっきとした“鉄級”戦士だ。相手がそんな田舎剣士崩れなら、叩きのめすくらい造作もない――そう思っていた。

 だが、現実は違った。

 二太刀。

 たった二太刀で、相手は彼の短剣を弾き飛ばした。

 

 正直なところ、あのときのレシオは完全に腰を抜かした。あの金髪の男は、決して農夫なんかではない。自分の感覚で測るかぎり、あの実力は少なくとも“銅級”戦士を超えていた。

 とはいえ、その直後には腹立たしさも湧いてきた。

 なにしろ、こちらは子どもの姿に変えられていたのだ。身体能力の差が、ごっそり消されてしまっている。

 卑怯だ。汚い。ずるい。

 強いだけでも腹が立つのに、そのうえこういう形で条件まで弄るのか。

 怒りと不満が胸いっぱいに膨れ上がったが、文句を言う暇もなく、気づけば彼は幻の外へ弾き出されていた。

 幸い、大きな怪我はしていない。

 ただ他の連中と同じく、ひたすら物を食べ続けるだけの操り人形になっただけだ。

 それでも、自分の仇もまもなく同じ目に遭うのだと思えば、不思議と胸がすく思いがした。

 

「さて、あの小僧はどの席に座ることになるかな。まさか俺と同じ卓じゃないだろうな? ……いや、それはそれで悪くない。口は利けなくても、目つきだけで十分伝わるしな」

 そんなことを考えながら、レシオは上機嫌で太いソーセージを一本、また口へ押し込んだ。当然、それにも味はなかった。

 だが、広場の中央に据えられたあの巨大な黒い岩へ目をやったとき、ふいに違和感が胸をよぎった。

「……なんだ? あの小僧、妙に長く中で粘ってないか?」

 

 そう胸の内で呟いた、そのときだった。

 大地が震えた。

 最初はほんの小さな揺れだった。卓の上の皿がかたかたと跳ね、果物がいくつかころころと地面へ転がり落ちる。

 だが、揺れはすぐに強くなった。

 遠くで太いオークが組み合わさってできていた“壁”が、「ぎし、ぎし」と嫌な音を立てて軋み始める。濃い霧はまるで煮え立つ湯みたいに激しくうねり、渦巻いた。

 

 レシオの胸に、嫌な予感が込み上げる。

 次の瞬間、彼の向かいに座っていた老夫婦が、何の前触れもなく消えた。

 立ち上がって去ったわけでもない。

 霧の中へ溶けたわけでもない。

 まるで絵の上から布で拭い取られたみたいに、すっと跡形もなく消えたのだ。

「な……?」

 レシオの喉がひくりと鳴る。

 そして、それを皮切りに、一人、二人、三人と、周囲に座っていた者たちが次々と消え始めた。

 

「どうなってやがる!?」

 心臓がどすんと沈み込む。

 そこで、ある最悪の可能性が頭をもたげた。

 まさか――あのコロンという戦士が、幻境の中の金髪の男を打ち破ったのか?

 あり得ない。

 そんなはずはない。

 あんな化け物じみた相手に勝てる人間なんているものか。

 そうやって必死に否定しようとした、その矢先。

 

 今度は「かきききっ」と硬いものが砕ける音が広場の中央から響いた。

 レシオの視線がそちらへ吸い寄せられる。

 

 あの黒い巨石が――割れていた。

 剣の柄が刺さった中心部から、蜘蛛の巣のような亀裂が四方へ走っている。ひびはみるみる増え、密になり、やがて鈍い破裂音とともに、巨石全体が粉々に砕け散った。

 灰黒い粉塵が一面に舞い上がる。

 その中から、一人の黒髪の少年が、剣の柄を握ったままゆっくりと目を開いた。

 

 まだ幻境の余韻から抜け切っていないのか、その視線はほんのわずかに揺れ、焦点が定まらない。

 だが次の瞬間、その目はぴたりとレシオの上で止まった。

 そして――

 少年は一切ためらうことなく、手にした黒い剣を軽くひと振りした。

 刃から白い光が奔り、一直線にレシオへ向かって飛んでくる。

 

 …………

 

「……惜しかったな。あと少しだったのに」

 少し離れた場所で、剣気によって真っ二つにされた木の机を見ながら、俺は小さく首を振った。

 

 あのレシオとかいう“鉄級”戦士は、剣気が命中する寸前で、唐突に姿を消したのだ。

 それが意味するところは分かっている。

 任務は完了した。

 この亜空間はいま崩壊の最中にあり、中へ閉じ込められていた者たちは順次外へ転送されていく。

 あいつは単に運が良かっただけだ。最後の一秒で、たまたま外へ弾き出されたにすぎない。

 

 俺は視線を戻し、手にした長剣を見下ろした。

 刃渡りは一メートルほど、幅は指二本分ほど。全体は墨を流し込んだように真っ黒で、鍔には複雑な蔓草模様が彫り込まれている。その中央には、小豆ほどの大きさの暗紅色の宝石が埋め込まれており、火の明かりを受けてかすかに輝いていた。

 俺は試しに属性画面を開き、この剣の正体を確認しようとした。

 だが、光幕に表示されたのは名前でも詳細な性能でもなく、たった三行の文章だけだった。

 

【この武器は装備後、使用者と魂の結びつきを持つ】

【使用者が死亡しない限り、他者は使用不可】

【装備しますか? Y/N】

 

 魂と結びつく?

 ゲームの中で、魂の結びつきを要求する装備は、たいてい極めて高品質だった。普通の鍛冶屋が打てるような代物ではない。そして一度魂が結びつけば、持ち主が死なないかぎり、誰にも奪えなくなる。

 この世界へ来てからというもの、俺はまともな武器一本持っていなかった。ずっとゴブリンの死体から剥ぎ取った粗悪品で誤魔化してきたのだ。

 今ここで手に入るなら、迷う理由なんてない。

 

「はい。武器を装備する」

 

 その言葉が落ちた瞬間、剣全体がびくりと震えた。

 次の瞬間、周囲の空気が剣を中心にして一気に外側へ押し広がり、すぐさま反動のように吸い戻された。三メートルほどの範囲に生えていた野草が、一斉にこちらへ向かって伏した。まるで王へ拝礼する臣下のように。

 草が倒れ込んだその姿勢は、数呼吸のあいだ保たれ、やがてゆっくり元へ戻っていった。

 同時に、温かな流れが柄から掌へ流れ込んできた。

 それは腕を伝い、肩を抜け、首筋を通って、最後には心臓のあたりで静かに溶けていく。そこで、言葉にしづらい、不思議な安心感へ変わった。

 

 俺は思わず息を呑んだ。

 こんな感覚は、ゲームの中では一度も味わったことがない。

 数値の増減でもない。

 演出のエフェクトでもない。

 もっと生々しい、魂の奥から湧き上がるような“繋がり”だった。

 まるで、この剣が最初から自分の身体の一部だったみたいに。

 

 俺は深く息を吸い、もう一度属性画面を開いた。

 今度は、完全な情報が表示された。

 

【石の中の剣】

【品質――銀】

【筋力+5】

【敏捷-1】

【耐久+2】

【特殊効果:スキル『聖火浄化』を発動可能。法力値を5消費し、対象に付与されている負の状態を一つ解除する】

【備考:石の中の剣、水の中の月、夢の中の人、光の中の火】

 

 銀品質!!

 俺は思わず息を吸い込んだ。

 

 この世界における装備の希少度は、下から順に灰、銅、銀、金、伝説の五段階に分かれている。

 銀品質の装備ともなれば、ロニクス王国全体を見渡してもそう多くはない。普通は大貴族の嫡流子弟か、長年名を馳せた老練な将くらいしか持てない代物だ。

 性能も実に優秀だった。

 筋力+5、耐久+2。敏捷が1点下がるのは痛いと言えば痛いが、この程度なら十分許容範囲だ。それよりも大きいのは特殊効果のほうだった。

『聖火浄化』――負の状態異常を一つ取り除く。

 野外を常に行き来する傭兵にとって、これはまさに命綱そのものだ。

 

 問題は備考に書かれていたあの一文だ。

「石の中の剣、水の中の月、夢の中の人、光の中の火」

 これについては、俺が知る限りのゲーム知識を総動員しても、何一つ手がかりがなかった。ひどく意味深で、詩的な比喩にも見える。だが、結局何を指しているのかはさっぱり分からない。

 ……まあ、分からないものは今は放っておくしかない。

 

 俺は顔を上げ、周囲を見回した。

 亜空間は、目に見えて崩れ始めている。

 遠くを囲んでいたオークの壁は、溶ける蝋みたいに歪み、霧は渦を巻きながら後退していく。木の机も、焚き火も、料理も、そこにあったものすべてが次第に透けていった。

 そう長くは持たないだろう。

 もうすぐ、この場所そのものが完全に消える。

 

 そこでふと、俺は少しだけ後悔した。

 どうせなら混乱に紛れて、何か食べ物でも持ち出しておけばよかった。特にあの焼き豚のステーキなんて、見るからに旨そうだったのに……

 

 だが俺は、そのときまだ知らなかった。

 俺がそんなことをぼんやり考えている、まさに同じ頃。

 数千キロ離れたロニクス王国の王宮では、議事大広間の壁に掛けられていた一振りの黄金の大剣が、何の前触れもなく眩い白光を放ったのだ。

 その白光は天井を貫き、まっすぐ雲上へと突き抜けていく。

 そして同時に、広大なロニクス王国の領土の中にある、別の二つの目立たない場所でも、よく似た魔力の波動が静かに生まれていた……

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