ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
そのときにはもう、家の中の火の勢いはどんどん強くなっていた。
立ち上る炎が、わずかに湿り気を含んだ丸太を舐めるたび、熱に炙られた木材からはもうもうと濃い煙が噴き出していく。
俺もその煙にむせ返り、何度も咳き込みながら、じりじりと階段のほうへ後退していた。同時に、手にした松明を何度も振り回し、じわじわ包囲を狭めてくるゴブリン兵を追い払おうとする。
だが、その効果はほとんどなかった。
どんどん上がっていく室温のせいで、家の中にいるゴブリン兵たちもますます苛立っている。
いちばん前の兵士との距離は、もう三歩もない。何度も何度も長剣が突き出される。だが、それでも本当に突っ込んで来る奴は一体もいなかった。
ゴブリン精鋭戦士という指揮官を失ったことで、普通の兵士たちは遺伝子に刻まれた本性を完全にむき出しにしていたんだ。
野蛮で、しかも臆病。
狂暴なのに、肝心な一歩を踏み出す勇気がない。
そして、まさにそのためらいのおかげで、俺は階段を上がり、二階へ続く狭い通路まで下がることができた。
細い通路に立ち、下の客間を埋め尽くす緑皮の化け物どもを見下ろしながら、俺の胸にはどうしようもない悔しさが渦巻いていた。
「転生するときに、せめてゲームのレベルも一緒に持ってこれてればな……。こんなゴブリン兵ども、一撃で片づけられたのに……」
――待てよ。
その瞬間、俺は自分が見落としていたことに気づいた。
さっき俺は《洞察の指輪》でゴブリンを三体倒した。その中には、あの精鋭戦士も含まれている。さらに二階では、最初のゴブリン斥候も倒している。
だったら、経験値が入っているはずだ。
量は多くなくても、ゲームのルール通りなら、もう職業レベルを上げられるだけの経験値は貯まっていておかしくない。
なのに、どうしてこんなに時間が経っても何の反応もなかったんだ?
俺は慌てて脳内で人物ステータス画面を呼び出した。
【名前:コロン】
【種族:人間】
【職業:見習い傭兵(Lv1)】
【経験値:16/5】
【経験値を消費して『見習い傭兵』の職業レベルを上昇させますか?YES/NO】
「俺の馬鹿っ……!」
見慣れたレベルアップ確認が表示された瞬間、俺は心底ほっとするのと同時に、自分の間抜けさに腹が立った。
そうだ。ベテランプレイヤーのくせに、キャラのレベルアップには対応する職業を選んで上げる必要があることを、すっかり忘れていたんだ。
もちろん、傭兵なんて職業は将来の昇格先も大して良くない。貴重な経験値を突っ込む価値なんて本来はほとんどない。
だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
多少無駄でも、死体になるよりはずっとましだ。
「YES!経験値は全部、レベルアップに使え!早く!」
俺は心の中で叫ぶように念じた。
ちょうどそのとき、俺の足は最後の一段を踏み切り、背後には冷たい壁。前方では三本の長剣が煙を裂いて飛び出してくる。
光の画面が一瞬だけ明滅し、数値が書き換わった。
【職業:見習い傭兵(Lv3)】
【経験値:3/20】
そしてその瞬間、心臓の奥から熱い流れが湧き上がった。
それはあっという間に四肢へ広がり、全身を駆け巡る。
まるで真冬に温泉へ沈んだときみたいな、芯から温まる感覚だった。
たまっていた痛みも疲労も、その一瞬で全部洗い流されていく。
職業レベル上昇による回復効果だけじゃない。俺自身の能力値もはっきりと変化していた。
【筋力:4→6】
【知力:3(+1)】
【敏捷:3→4】
【耐久:5→6】
だが、それでも平均してみれば、せいぜい「体格のいい平民」程度だ。
今の窮地をひっくり返せるほどの劇的な差にはならない。
……けれど、そんなことはどうでもよかった。
なぜなら、俺は知っているからだ。
ゲームキャラクターがLv1からLv2へ上がるとき、一生に一度だけ――たった一度だけ――「天賦技能」を得る機会があることを。
そう、たった一回!
完全にランダムな一回!
そして、ある意味で最も公平な一回だ!!!
時間が引き延ばされたみたいに感じられた。
三本の長剣の切っ先が、もう俺の皮膚へ届こうとしていたその瞬間。
目の前の光幕が、ついに眩い光を放つ。
そして、個人天賦を示す彩色の紋章が、はっきりと浮かび上がった。
【天賦:無畏】
【効果説明:生命力が10%以下になったとき発動可能】
【発動中、各能力値上限が300%上昇。行動阻害・出血を無効化し、痛覚を90%軽減。効果時間1分】
【注意!発動中でも即死級攻撃は無効化できません】
【注意!効果終了後、1時間の衰弱状態に入り、各能力値が50%低下します】
その瞬間、熱い炎が目の奥に灯ったような感覚が走った。
迫る長剣を見ながら、俺はほんのわずかに体をずらす。
心臓や下腹部みたいな致命部位だけを外すための、最低限の回避だ。
ズッ。ブシュッ。グサッ。
一振りが腰を裂き、残る二本が太腿へ深く突き刺さる。
さっき満タンまで戻った生命力が、一気に底まで削り取られた!
俺は深く息を吸い込み、その瞬間に《無畏》を発動した。
今まで感じたこともない力が、魂の奥底から全身へと爆発するように広がっていく。
筋力18! 知力9+1! 敏捷12! 耐久18!
たった一瞬で、俺の能力値はLv7相当まで跳ね上がった。
いや、あのゴブリン精鋭戦士すら上回っている。
さっきまで痛みで震えていた傷口も、存在そのものが急に消えたみたいだった。
手の中の長剣はもう重くない。
目の前の敵の動きは、亀みたいに遅く見える。
その変化はあまりに極端で、一瞬だけ、自分が神にでもなったような錯覚さえ覚えた。
「来いよ!追い詰められた奴が、どれだけの覚悟を見せるか教えてやる!」
俺は長剣を前方へ一気に薙ぎ払った。
三体のゴブリン兵の首が、ほとんど同時に裂ける。
黄色い血が噴き出すより早く、俺はその隙間をすり抜けていた。
そのまま剣先を後ろの一体の胸へ突き込み、柄を押し込んで死体ごと盾にする。そしてそのまま階段を駆け下りた。
筋力18!!
その数字が意味する力は圧倒的だった。
立ちはだかるゴブリン兵には、俺を止める力なんてまるでない。死体を盾に突進する俺に押され、次々とよろめいて後退していく。
一階の客間の床へ再び踏み込んだ瞬間、俺は剣に串刺しになった死体を頭上へ持ち上げ、そのまま脇へ思い切り投げ捨てた。
命懸けで暴れ回る俺の狂気じみた姿に気圧されたのか、周囲のゴブリンたちはもう誰も前へ出てこなかった。
その隙を逃さず、俺はついに家の外へ飛び出す。
俺は分かっている。
この天賦が持続するのは、たった一分だけだ。
この短い時間のうちに突破できなければ、衰弱状態に入った瞬間、ゴブリンに手を下されるまでもなく、俺は失血で死ぬ。
荒い息を吐きながら森の縁まで駆け着いた頃には、もう周囲の景色がぼやけ始めていた。
考えるまでもない。
天賦の効果時間が、もう切れかけているんだ。
「もう少し……!もっと遠くまで……!もっと速く……!」
耳に残るのは、風を切る音だけだった。
いつの間にか手の中の長剣はこぼれ落ち、頭もひどくぼんやりしている。周囲のあらゆる音が、急に遠のいていく。
それでも俺は立ち止まらなかった。
感覚のなくなった足を、ただ本能のまま前へ運び続ける。
村の西にある鉱洞へ向かって――。