最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
傭兵。
それは、アラレン大陸における最も基本的な戦力単位であり、武力を伴う有償依頼の九割以上を請け負う存在だ。
人探しや道案内のような細かな仕事から、竜殺しや国家転覆のような途方もない仕事まで、依頼主さえ十分な金貨を積めば、どれほど危険な任務でも引き受ける者は必ずいる。
もっとも、難度が高く、報酬も大きい依頼ほど、一人でやり遂げるのはほとんど不可能だ。事前の情報集め、作戦立案、武器や装備の準備、職能の違う人材の組み合わせ、さらには戦後処理に至るまで、膨大な人手と資材が必要になる。
そのため、一攫千金を狙う傭兵たちは自然と寄り集まり、複数人単位の組織を作るようになった。
一般に、十人未満の集団は傭兵小隊と呼ばれる。そうした連中は村や町のような小さな土地に散らばり、比較的危険の少ない依頼をこなして日々の生活費を稼いでいる。
一方、十人を超える集団は傭兵団と呼ばれる。彼らの多くは各地の主城に拠点を置く。人口が多く、街も栄えている主城でなければ、高額報酬の依頼など滅多に出ないからだ。
当然ながら、金の匂いがする場所には争いも生まれる。傭兵団同士の競争はいつだって苛烈であり、その日常の“職場”こそが冒険者ギルドだった。
ドグ――双流城《トゥー・リバーズ・シティ》生まれの男で、小規模傭兵団【森狼団《しんろうだん》】の団長だ。
容貌は卑しく、体つきも貧相。だが、人の顔色を窺い、媚びを売り、取り入ることにかけては妙に長けており、その才を見込んだ先代団長から後継に指名された。
もっとも、その経緯のせいで同業者からは鼻で笑われ、いつしか「野良犬《のらいぬ》」というあだ名まで付けられていた。
この日も、ドグはいつものように夕飯を食い終えてから、のそのそと冒険者ギルドの前へやって来た。部下たちの仕事の成果でも聞いてやろうというつもりだ。
「おう、親分! お疲れっス!」
「親分、こいつぁ俺がわざわざ用意しやした、採れたての果物でさぁ! どうぞ一口!」
ドグは適当に頷き、すでに切り分けられていた甘瓜をひとかけ受け取ると、軽く噛みついた。舌の上に広がる甘みと同時に、機嫌まで少しよくなる。
――人にかしずかれる暮らしってのは、たまらねぇな。
「おうおう、出やがったぞ。うちの“野良犬《のらいぬ》”様のお通りだ」
「なんだぁ? 今日は家で犬っころでも増やしてたのか? ずいぶん遅ぇじゃねえか」
「違ぇよ、飯時だから餌を漁りに出てきただけだろ。ギャハハハ!」
少し離れたところから、そんな嘲り交じりの笑い声が飛んできた。
さっきまで上がっていたドグの口元が、すっと下がる。
ゆっくり首を回し、ギルド入口の反対側へ視線を向ける。そして、そこに立っているのがでっぷり太った大男だと確認した瞬間、今まさに開きかけていた罵声を、またそっと飲み込んだ。
代わりに、目だけでぎろりと相手を睨みつける。
“鉄槌《てっつい》”ボニー――【血骨団《けっこつだん》】を率いる団長で、腕前は“鉄級”の戦士に限りなく近いと噂されている男だ。
同時に、ドグが最も憎み、そして最も警戒している相手でもあった。
もし冒険者ギルドが「この野郎をブチ殺した者に報酬を出す」なんて依頼を出してくれたなら、団長の座と引き換えでも喜んで受ける――ドグは本気でそう思っている。
もっとも、このご時世、たった十二人しかいないような小規模傭兵団など、ゴブリン大軍が迫る現状では、執着するほどの価値ももう残っていないのだが。
“鉄槌《てっつい》”ボニーが率いる【血骨団《けっこつだん》】もまた、実力的には【森狼団《しんろうだん》】と大差ない。双流城の中では、所詮どんぐりの背比べ、最底辺に位置する三流傭兵団の一つに過ぎなかった。
だからこそ、請ける仕事の内容もよく似る。
仲介屋まがいの雑用、落とし物探し、そういった小銭仕事が主だ。たまには尾行や素行調査のような、少し灰色がかった依頼も受ける。金さえ積まれれば、借金取り立て、脅し、誘拐、強盗だって“相談次第”だ。
仕事の種類が似ていれば、当然“依頼の取り合い”も起きる。
そのせいで、この二つの傭兵団は互いを憎み合っていた。顔を合わせれば罵声の応酬、ひどい時には今にも剣を抜いて斬り合いになりそうなほどだ。
もっとも、ここ冒険者ギルドは、双流城で最大規模を誇る傭兵団【至福の刻《しふくのとき》】の縄張りでもある。
そのため、ドグもボニーも、さすがに本気で刃傷沙汰を起こすことだけは避けていた。
……とはいえ、口汚く罵り合うのまでは止められない。
「おいおい、てめぇら知ってるか? なんでハンマーは釘打っても怪我しねぇと思う?」
「なんでだよ?」
「脳味噌入ってねぇからに決まってんだろ、バカが! ギャハハハ!」
「なるほどなぁ! “鉄槌”ってのは、中身スッカラカンの鉄の塊ってわけか!」
その言葉を聞いた途端、さっきまで余裕ぶっていたボニーの顔色も一気に冷えた。
一方のドグは機嫌よく笑い、手に残っていた甘瓜を近くの部下へ押しつけると、満足げにその肩を叩く。
それを見たボニーの手下たちも黙ってはいられない。すぐさま口汚い罵倒があちこちから飛び出し、気づけば二つの傭兵団は、冒険者ギルド前の回廊を挟んで、本格的な罵り合いを始めていた。
だが、まさに口角泡を飛ばしてやり合っている、その最中だった。
先ほどドグに果物を差し出した部下の一人が、ふいに喚くのをやめ、ドグへ意味ありげな目配せをした。
「親分、仕事の匂いがしやすぜ」
声そのものは小さかった。
だが、野山を這い回って生きてきた傭兵連中の耳は、その程度の声を聞き逃したりしない。
ぴたり、と。
まるで合図でもあったかのように、両方の傭兵団が一瞬で罵り合いをやめ、そろって回廊の先を振り向いた。
そこへ、一人の黒髪の若者が姿を現した。
だがドグは、その青年を一目見ただけで大きな欠伸を漏らし、部下たちへ手を振って台階のほうへ戻るよう促した。
「ちっ、何が仕事だ。くだらねぇ。お前ら、引っ込んで休んどけ」
「えぇ? でも親分、あの若ぇの、見たとこ肌も綺麗だし、苦労知らずっぽいじゃねえですか。家もそこそこ太そうだし……ああいうの、いいカモなんじゃ――」
「おう、観察眼は前よりちったぁマシになったな」
ドグはそう言って、にやりと笑った。
「だが、お前ぁ一番大事なもんを見落としてる」
「大事なもん?」
「靴だよ、靴。あの黒いマントに気ぃ取られてんじゃねぇ。服は隠せても、歩くたびに靴先は見えるだろうが」
部下たちは慌てて視線を落とした。
すると確かに、その若者の靴先は泥まみれだった。まるで泥濘の中を何度も転がったみたいに汚れている。
「だからよ、あいつぁ田舎から双流城に逃げ込んできた難民の一人だ。家はまぁ多少マシなほうかもしれねぇが、“金持ち”ってほどじゃねえ。今この瞬間の懐なんざ、半欠けのパンすら入っちゃいねぇだろうよ」
「じゃあ親分、この仕事、どうしやす?」
「どうするもこうするもあるか。空から降ってきた金を拾わねぇ馬鹿がどこにいる?」
ドグは舌なめずりしながら言った。
「いつものやり方だ。金を貸してやる。利息は……そうだな、いちばんキツいのでいけ」
「へい、親分!」
「家の事情、根こそぎ洗ってこいよ。あとで回収できませんでした、じゃ話にならねぇからな」
「へい、任しといてくだせぇ!」
ドグの手下がすぐさま若者のあとを追いかけていく。
だが、同じ場面を見ていたのは、もちろん向こうも同じだった。
ボニーのそばからも、ほぼ同時に一人の手下が飛び出し、若者の後ろを追い始める。
たしかに、高利貸しそのものは短期で大金になる仕事じゃない。
だが、借金を背負わせれば、そのあとは好きに使える。港で荷役でもさせればいいし、野に放り出してゴブリン退治に使ってもいい。
要するに、金のかからねぇ便利な労働力ってわけだ。
そこまで考えたところで、ドグはまた意識を現実へ戻した。
そして、もう一切の警戒を解いたような顔で、残っていた甘瓜を一切れ摘み上げると、気持ちよさそうに冒険者ギルドの台階へ腰を下ろした。
大きく一口、甘い果肉を噛みしめる。
――仕事ってやつは、向こうから転がり込んでくる時が、いちばん美味ぇんだよな。