最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第51話 仕事の匂い

 傭兵。

 それは、アラレン大陸における最も基本的な戦力単位であり、武力を伴う有償依頼の九割以上を請け負う存在だ。

 人探しや道案内のような細かな仕事から、竜殺しや国家転覆のような途方もない仕事まで、依頼主さえ十分な金貨を積めば、どれほど危険な任務でも引き受ける者は必ずいる。

 

 もっとも、難度が高く、報酬も大きい依頼ほど、一人でやり遂げるのはほとんど不可能だ。事前の情報集め、作戦立案、武器や装備の準備、職能の違う人材の組み合わせ、さらには戦後処理に至るまで、膨大な人手と資材が必要になる。

 そのため、一攫千金を狙う傭兵たちは自然と寄り集まり、複数人単位の組織を作るようになった。

 

 一般に、十人未満の集団は傭兵小隊と呼ばれる。そうした連中は村や町のような小さな土地に散らばり、比較的危険の少ない依頼をこなして日々の生活費を稼いでいる。

 一方、十人を超える集団は傭兵団と呼ばれる。彼らの多くは各地の主城に拠点を置く。人口が多く、街も栄えている主城でなければ、高額報酬の依頼など滅多に出ないからだ。

 

 当然ながら、金の匂いがする場所には争いも生まれる。傭兵団同士の競争はいつだって苛烈であり、その日常の“職場”こそが冒険者ギルドだった。

 

 ドグ――双流城《トゥー・リバーズ・シティ》生まれの男で、小規模傭兵団【森狼団《しんろうだん》】の団長だ。

 容貌は卑しく、体つきも貧相。だが、人の顔色を窺い、媚びを売り、取り入ることにかけては妙に長けており、その才を見込んだ先代団長から後継に指名された。

 もっとも、その経緯のせいで同業者からは鼻で笑われ、いつしか「野良犬《のらいぬ》」というあだ名まで付けられていた。

 

 この日も、ドグはいつものように夕飯を食い終えてから、のそのそと冒険者ギルドの前へやって来た。部下たちの仕事の成果でも聞いてやろうというつもりだ。

 

「おう、親分! お疲れっス!」

「親分、こいつぁ俺がわざわざ用意しやした、採れたての果物でさぁ! どうぞ一口!」

 

 ドグは適当に頷き、すでに切り分けられていた甘瓜をひとかけ受け取ると、軽く噛みついた。舌の上に広がる甘みと同時に、機嫌まで少しよくなる。

 ――人にかしずかれる暮らしってのは、たまらねぇな。

 

「おうおう、出やがったぞ。うちの“野良犬《のらいぬ》”様のお通りだ」

「なんだぁ? 今日は家で犬っころでも増やしてたのか? ずいぶん遅ぇじゃねえか」

「違ぇよ、飯時だから餌を漁りに出てきただけだろ。ギャハハハ!」

 

 少し離れたところから、そんな嘲り交じりの笑い声が飛んできた。

 さっきまで上がっていたドグの口元が、すっと下がる。

 

 ゆっくり首を回し、ギルド入口の反対側へ視線を向ける。そして、そこに立っているのがでっぷり太った大男だと確認した瞬間、今まさに開きかけていた罵声を、またそっと飲み込んだ。

 代わりに、目だけでぎろりと相手を睨みつける。

 

“鉄槌《てっつい》”ボニー――【血骨団《けっこつだん》】を率いる団長で、腕前は“鉄級”の戦士に限りなく近いと噂されている男だ。

 同時に、ドグが最も憎み、そして最も警戒している相手でもあった。

 

 もし冒険者ギルドが「この野郎をブチ殺した者に報酬を出す」なんて依頼を出してくれたなら、団長の座と引き換えでも喜んで受ける――ドグは本気でそう思っている。

 もっとも、このご時世、たった十二人しかいないような小規模傭兵団など、ゴブリン大軍が迫る現状では、執着するほどの価値ももう残っていないのだが。

 

“鉄槌《てっつい》”ボニーが率いる【血骨団《けっこつだん》】もまた、実力的には【森狼団《しんろうだん》】と大差ない。双流城の中では、所詮どんぐりの背比べ、最底辺に位置する三流傭兵団の一つに過ぎなかった。

 だからこそ、請ける仕事の内容もよく似る。

 仲介屋まがいの雑用、落とし物探し、そういった小銭仕事が主だ。たまには尾行や素行調査のような、少し灰色がかった依頼も受ける。金さえ積まれれば、借金取り立て、脅し、誘拐、強盗だって“相談次第”だ。

 

 仕事の種類が似ていれば、当然“依頼の取り合い”も起きる。

 そのせいで、この二つの傭兵団は互いを憎み合っていた。顔を合わせれば罵声の応酬、ひどい時には今にも剣を抜いて斬り合いになりそうなほどだ。

 

 もっとも、ここ冒険者ギルドは、双流城で最大規模を誇る傭兵団【至福の刻《しふくのとき》】の縄張りでもある。

 そのため、ドグもボニーも、さすがに本気で刃傷沙汰を起こすことだけは避けていた。

 ……とはいえ、口汚く罵り合うのまでは止められない。

 

「おいおい、てめぇら知ってるか? なんでハンマーは釘打っても怪我しねぇと思う?」

「なんでだよ?」

「脳味噌入ってねぇからに決まってんだろ、バカが! ギャハハハ!」

「なるほどなぁ! “鉄槌”ってのは、中身スッカラカンの鉄の塊ってわけか!」

 

 その言葉を聞いた途端、さっきまで余裕ぶっていたボニーの顔色も一気に冷えた。

 一方のドグは機嫌よく笑い、手に残っていた甘瓜を近くの部下へ押しつけると、満足げにその肩を叩く。

 それを見たボニーの手下たちも黙ってはいられない。すぐさま口汚い罵倒があちこちから飛び出し、気づけば二つの傭兵団は、冒険者ギルド前の回廊を挟んで、本格的な罵り合いを始めていた。

 

 だが、まさに口角泡を飛ばしてやり合っている、その最中だった。

 先ほどドグに果物を差し出した部下の一人が、ふいに喚くのをやめ、ドグへ意味ありげな目配せをした。

「親分、仕事の匂いがしやすぜ」

 

 声そのものは小さかった。

 だが、野山を這い回って生きてきた傭兵連中の耳は、その程度の声を聞き逃したりしない。

 ぴたり、と。

 まるで合図でもあったかのように、両方の傭兵団が一瞬で罵り合いをやめ、そろって回廊の先を振り向いた。

 

 そこへ、一人の黒髪の若者が姿を現した。

 

 だがドグは、その青年を一目見ただけで大きな欠伸を漏らし、部下たちへ手を振って台階のほうへ戻るよう促した。

 

「ちっ、何が仕事だ。くだらねぇ。お前ら、引っ込んで休んどけ」

「えぇ? でも親分、あの若ぇの、見たとこ肌も綺麗だし、苦労知らずっぽいじゃねえですか。家もそこそこ太そうだし……ああいうの、いいカモなんじゃ――」

「おう、観察眼は前よりちったぁマシになったな」

 ドグはそう言って、にやりと笑った。

「だが、お前ぁ一番大事なもんを見落としてる」

「大事なもん?」

「靴だよ、靴。あの黒いマントに気ぃ取られてんじゃねぇ。服は隠せても、歩くたびに靴先は見えるだろうが」

 

 部下たちは慌てて視線を落とした。

 すると確かに、その若者の靴先は泥まみれだった。まるで泥濘の中を何度も転がったみたいに汚れている。

 

「だからよ、あいつぁ田舎から双流城に逃げ込んできた難民の一人だ。家はまぁ多少マシなほうかもしれねぇが、“金持ち”ってほどじゃねえ。今この瞬間の懐なんざ、半欠けのパンすら入っちゃいねぇだろうよ」

「じゃあ親分、この仕事、どうしやす?」

「どうするもこうするもあるか。空から降ってきた金を拾わねぇ馬鹿がどこにいる?」

 ドグは舌なめずりしながら言った。

「いつものやり方だ。金を貸してやる。利息は……そうだな、いちばんキツいのでいけ」

「へい、親分!」

「家の事情、根こそぎ洗ってこいよ。あとで回収できませんでした、じゃ話にならねぇからな」

「へい、任しといてくだせぇ!」

 

 ドグの手下がすぐさま若者のあとを追いかけていく。

 だが、同じ場面を見ていたのは、もちろん向こうも同じだった。

 ボニーのそばからも、ほぼ同時に一人の手下が飛び出し、若者の後ろを追い始める。

 

 たしかに、高利貸しそのものは短期で大金になる仕事じゃない。

 だが、借金を背負わせれば、そのあとは好きに使える。港で荷役でもさせればいいし、野に放り出してゴブリン退治に使ってもいい。

 要するに、金のかからねぇ便利な労働力ってわけだ。

 

 そこまで考えたところで、ドグはまた意識を現実へ戻した。

 そして、もう一切の警戒を解いたような顔で、残っていた甘瓜を一切れ摘み上げると、気持ちよさそうに冒険者ギルドの台階へ腰を下ろした。

 大きく一口、甘い果肉を噛みしめる。

 ――仕事ってやつは、向こうから転がり込んでくる時が、いちばん美味ぇんだよな。

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