最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第54話 追い剥ぎ

“野良犬”ドグは、ギルドから出てきた黒髪の若者を目の端で捉え、口元をわずかに吊り上げた。

 それから向かい側にいたボニーと視線を交わす。すると、互いの目の奥に浮かんでいたのは、まったく同じ種類の欲だった。

 

 しばらく様子を見て、黒髪の若者が十分に離れたのを確認すると、ボニーがようやくドグに目配せを送る。

 ドグもすぐに察し、相手のあとについて少し離れた石柱の陰へ移動した。

 

「いつもの取り分だ。山分け、半々でいこうや」

 ドグは回りくどい前置きもなく、いきなり本題へ入った。

 

「今回は駄目だなァ。どう転んでも、ウチの人間が受けた仕事で、ウチの人間が道案内してんだ」

 ボニーは即座に首を横へ振る。

 

「じゃあ、どう分けるつもりだ?」

「巻き上げた金は、こっちが七割もらう」

「六割だ。それ以上はくれてやれねえな。忘れんなよ、俺があんたの手下を一度引かせなきゃ、そもそも案内役の仕事自体、取れてねえんだぜ」

「そりゃ……」

 

 ボニーは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 六割――つまり銀貨四十三枚のうち、十七枚を向こうへ渡すことになる。考えただけで胸が痛む。

 

「まだグズグズ言ってんならよ、そのうち別の傭兵団が横からかっさらっていくぜ」

 ドグは鼻で笑いながら言った。

「……チッ、分かったよ」

 ボニーは乱暴に頭を掻きむしり、最後には渋々頷いた。

 

「よし、それじゃさっさと追うぞ。あのガキを見失ったら全部パーだ」

 話がまとまり、ドグが手下どもへ声をかけようとしたところで、ボニーがぐいとその腕を掴んだ。

 

「安心しな。見失うわけがねぇ。こっちは先に手ぇ回してある。わざと遠回りさせて、西の“鼠小路《ねずみこうじ》”へ連れ込むように仕込んどいた」

 

 さっきまでの鈍重そうな面構えとは打って変わって、陰湿な笑みを浮かべるボニーを見て、ドグは内心で一気に警戒を強めた。だが口から出たのは、愛想のいいおべっかだった。

「そいつぁ上出来だ。さすがは兄弟、やることが抜かりねえな」

 

 ……

 

 前を歩く猟師《りょうし》風の男は足取りが妙に速かった。

 だが道中、何度も角を曲がり、やたらと入り組んだ路地ばかりを進む。かなり歩いたはずなのに、肝心の酒場らしき建物はいっこうに見えてこない。

 

 途中で何度か尋ねても、返ってくるのは「ちょいと奥まった場所なんでね」とか、「もうすぐですぜ」といった、曖昧な答えばかりだった。

 

 やがて道は石畳からぬかるんだ土道へ変わり、人通りもどんどん減っていく。

 その頃には、俺もさすがにおかしいと気づいていた。

 

 どれだけ場末で寂れた酒場だろうが、墓場の近くなんかに店を構えるものか。

 そんな場所で誰が酒を飲む?死人か?

 だから、汚水が流れ、ゴミが散乱する一本の路地へ案内された時点で、こいつを取り押さえて、何を企んでいるのかきっちり吐かせるべきだと判断した。

 

 だが、俺が動こうとしたその直前だった。

 路地の奥――出口を塞ぐように、四人の大男がぬっと姿を現した。

 全員、傭兵の格好をしている。

 それぞれ武器を手にし、横一列に並ぶことで、もともと狭い出口を完全に塞いでいた。

 

「……やっぱり、こうなるよな」

 俺は思わずため息をついた。

 さっきまで抱いていた疑問も、今や確認するまでもない。用心していたつもりだったのに、それでも結局こういう面倒に巻き込まれる。

 

「おいガキ、逃げようなんざ考えんなよ。助け呼んだって無駄だ。この辺はなァ、打ち捨てられた民家か、死体埋める墓しかねぇ。昼間ですら人影なんざねえし、夜になりゃ犬一匹歩いてねぇんだよ」

 背後から、野太い声が飛んできた。

 

 振り返ると、俺が少し考え込んでいたほんの隙に、反対側の出口にも八人の傭兵が回り込んでいた。

 先頭に立っているのは、背の高い巨漢と、痩せた小男――ボニーとドグだ。

 

 外号のせいで、ドグは“犬”という言葉に妙に過敏だった。さっきボニーが「犬一匹歩いてねぇ」と言った時も、まるで自分に当てつけられたような気がしてならなかった。普段なら即座に言い返していたところだが、今はあくまで共同戦線の最中。苛立ちをぶつける相手を変えるしかない。

「てめぇら、何ぼさっと突っ立ってやがる!食っちゃ寝しか能のねぇ木偶どもが、さっさとやれ!!」

 

 その言葉が落ちた瞬間、今にも飛びかかろうとしていた傭兵たちが、一斉に武器を振り上げて俺へ襲いかかってきた。

 途端に、入り乱れた足音と興奮した怒号が、狭い路地の中に何度も反響する。

 

 迫ってくる傭兵たちを見ながら、俺の胸の奥には妙な苛立ちが込み上げてきた。

 ゴブリンの大軍がもうすぐ双流城《トゥー・リバーズ・シティ》にまで押し寄せようとしているというのに、こいつらはまだこんな真似をしている。しかも、その慣れた様子からして、どう考えても初めてじゃない。

 

「まったく……死にたいらしいな」

 

 俺は腰の剣柄を握り、そのまま手首を軽くひねった。

 すると、全身が黒く沈んだ石の中の剣が、するりと鞘から抜き放たれる。

 躊躇はない。

 そのまま爪先で地面を蹴り、人数の少ない側へ自分から踏み込んだ。

 

 人垣まで三歩。

 その間合いに入った瞬間、肩を深く落とし、握った長剣を蛇の頭のように鋭く突き出す。

 それは【白獅子剣術】の刺突。

 単純で! 真っ直ぐで! それでいて凄まじく鋭い一撃だった!!!

 

 ヒュッ――

 

 黒い刀身は、月明かりの下で周囲の闇と溶け合うように走り、あまりにも速かった。

 

 先頭の傭兵は、目の前で何かが一瞬きらめいたように見えただけだった。

 次の瞬間には額がひやりと冷え、そのまま硬く冷たいものが脳の奥へ潜り込んでくる。

 男は短く呻き、手にしていた斧をガランと落とした。

 両手を滅茶苦茶に振り回し、額に突き立った剣を掴もうともがく。だが、その指先が届くより早く、剣は横へ流れ、頭蓋の半分近くを削ぎ飛ばしていた。

 ほんの一瞬で、男は泥の中へうつ伏せに倒れ込む。

 

 その後ろにいた三人の傭兵は、その光景を見て思わず足を止めた。

 だが次の瞬間には、顔を引きつらせながらも獰猛な笑みを浮かべ、再び飛び込んでくる。

 今のは、たまたまだ。

 黒い剣だったせいで見切れなかっただけ。

 次は気をつければ問題ない。

 そんな考えが、そのまま顔に出ていた。

 慎重にやればどうとでもなる。

 この狭い路地なら人数が多いほうが有利だ。相手がたとえ“鉄”級の戦士でも、最後は乱刀で押し潰せる。まして、ただの若造だ。

 

 だが、俺は思わず鼻で笑った。

 身の程知らずが。

 たしかに【生命本源損傷】のせいで、今の俺の能力値は六割も落ちている。

 だが、石の中の剣の補正によって、俺の筋力は再び七まで戻っていた。それは“鉄”級戦士の基準すら上回る数値だ。

 その上に、Lv2の【白獅子剣術】がある。

 たとえ【剣気斬】を使わなくても、こいつら程度なら十分すぎる!

 

 最初に、山刀を振りかざした傭兵が真っ先に飛び込んできた。

 だが、その刃が振り下ろされるより早く、黒い長剣はすでに男の腹を貫いていた。

 そのまま剣をひねり、脇腹から一気に切り裂いて引き抜く。

 

 横にいた二人の傭兵は、目を見開いてその一部始终を見ていた。

 だが身体が理解に追いついていないのか、なおも前へ出る勢いを止められない。

 

 黒い刃はその隙を逃さなかった。

 次の一閃は、ほとんど残像だけを残して、中ほどの男の首筋を薙いで通り過ぎる。

 

 最後の一人。

 半歩遅れていたそいつは、ようやく危険を悟り、とっさに腕を上げて防ごうとした。

 

 だが、石の中の剣の切れ味は常軌を逸していた。

 四本の指など豆腐のように何の抵抗もなく落ち、そのまま喉仏、そして頸椎まで一息に断ち切る。

 

 どさっ。

 

 どさっ——

 

 見開いたままの首が二つ、泥水の中へ転がった。黒い汚泥がその顔に張りつき、まるで滑稽な化粧のような模様を残していく。

 

 さっきまで辺りに響いていた足音は、その瞬間ぴたりと止んだ。

 残った傭兵たちは足元の死体を見下ろし、一斉に顔色を変える。

 振り上げた武器は宙で固まり、そのまま突っ込むべきかどうか迷っていた。

 

 ドグとボニーの顔色もひどく悪かった。

 どうやら二人とも、俺の実力を完全に見誤っていたらしい。落ちぶれた坊ちゃんなどではない。剣を握れば平然と人を斬り殺せる側の人間だ。

 そして、その時ようやく二人の頭に同じ考えが浮かんだのだろう。

 ――今回の追い剥ぎ、下手をすればかなりの人数が死ぬ。

 

 ドグは胸の奥から湧き上がってきた不吉な予感を無理やり押し込み、大声で怒鳴った。

「こいつを殺った奴にはなァ、俺の取り分の銀貨ァ、そっくりそのまま全部くれてやる!」

 もっとも、その怒鳴り声とは裏腹に、足だけはこっそりと人垣の後ろへ下がっていっていた……

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