最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第64話 重大な発見

 その牢房は、外から見る限り、ほかの牢房と何の違いもなかった。

 厚く朽ちかけた牢門。

 石を積んだ壁。

 低い丸天井。

 

 だが、細い牢門の小窓から流れ出てくる空気には、あの湿った酸臭さがなかった。

 代わりに、淡い白檀の香りが漂っている。

 

 俺は小窓から中を覗き込んだ。

 牢房の中央に置かれた低い卓の上には、真鍮のランタンが一つ置かれている。

 灯芯の上では、頼りない小さな火が揺れていた。

 その薄明かりを頼りに奥を見やると、牢房の突き当たりに、人型の影が横たわっているのがぼんやりと見えた。

 

「まずい。なぜ守衛の兵士がこんなところで休んでいるんだ?」

 俺はその光景にぎょっとし、慌てて顔を引っ込めた。

 だがオリアンは動かなかった。

 

 何かを感じ取るように、眉をひそめている。

 しばらくしてから、彼は俺のほうを向き、声を潜めて言った。

「中にいるあの人影は、恐らく兵士ではございませぬ。仮に兵士だとしても、とっくに死人でございましょう」

 

 俺は意味が分からず、彼を見る。

 オリアンは何かに気づいたに違いない。

 

「貴殿、あのランタンにお気づきですかな?」

 彼が小声で促した。

 

 俺はもう一度、小窓の前へ身を寄せ、ランタンをじっくり観察する。

 すぐに違和感に気づいた。

 

 ランタン全体は菱形をしており、灯体には蔓草のような文様が彫り込まれている。

 一見すると精巧で美しい。

 だが注意して見れば、一本一本の接続部が、骨のような形に削り出されていることが分かる。

 美しい外見の下に、言葉にしがたい不気味さが潜んでいた。

 

「このランタン……ロニクス王国南部でよく見る様式ではなさそうですね」

 俺はやや自信なく口にした。

 

「正確に申せば、これはパニーニ古王国の品でございましょう」

 オリアンの声はひどく低かった。

 まるで、何か恐ろしいものを思い出したかのようだった。

 

「何ですって?パニーニ古王国?」

 俺の胸が、どくりと跳ねた。

 

 ゲーム時代にアンデッド族と何度も関わったプレイヤーとして、俺はよく知っている。

 そのすでに滅んだ国には、プレイヤーたちの間で広く知られた別名があった――“野外墓地《やがいぼち》”。

 

 かつてそれは、アラレン大陸南西角の沖積平野に存在していた。

 国土全体で、主城と呼べるものは一つしかない小国だった。

 記録によれば、最後の国王が禁忌魔法に溺れ、神々の怒りに触れた結果、一夜にして全国の民が不可解な死を遂げ、都市そのものが死の都へと変わったという。

 その後、第二次尖嶺戦争が勃発し、アンデッド族が世に姿を現した。

 あの骨どもは、パニーニ古王国の遺跡の上に新たな都市を築き、そこを最初の兵源地としたのだ。

 

 俺はこれまで、今のアンデッド族はまだ山々の奥に潜んでいるものだと思っていた。

 だが、今の状況を見る限り、奴らはすでに密かに動き始めている可能性が高い。

 

「それに」

 オリアンは続けた。

「先ほど周囲の奥術粒子を感知してみたところ、この牢房に漂う粒子は非常に奇妙でございました。死と衰敗に満ちていながら、同時に新生の気配も混じっております」

 彼は低く息を吐く。

「このような環境に置かれて、感覚のない死人ならまだしも、生きた人間であれば、その死と再生の狭間を行き来するような苦痛には到底耐えられますまい。まして、安らかに眠ることなど不可能です」

 

 その言葉を聞いて、俺はゲーム内に確かにそういう効果を持つ魔法があったことを思い出した――【封蔵術《ふうぞうじゅつ》】。

 

 この魔法は、現代社会で言う冷蔵庫に近い。

 低濃度の【生命】系奥術粒子を継続的に供給することで、肉や野菜などの新鮮な食材を腐敗から守る。

 氷系魔法のように大きな消耗を必要とせず、簡単な魔法道具だけでも設置できる。

 そのため、登場して以降は商隊に広く利用されることになった。

 

 だが問題は、この魔法が本来、十数年後になってようやく研究されるはずのものだということだ。

 なぜ、今ここに存在している?

 それに、なぜ牢房の中で、誰かがこの魔法を使って死体を保存している?

 

 その瞬間、俺の中に強い予感が浮かんだ。

 中にあるあの遺体は、まさか“泣くロン”の任務を発生させる、あの遺体なのではないか?

 

「行きましょう。中を確認します」

 そう思った俺は、もう迷わなかった。

 手を伸ばして扉を押す。

 

「お待ちを……」

 オリアンが止めようとした。

 だが、もう遅い。

 

 牢門は俺の手で押し開かれ、彼も慌てて後に続いた。

 

 中へ入って初めて、俺たちはさらに多くの異常に気づいた。

 あまりにも、清潔すぎるのだ。

 

 石板の床は、一粒の埃すら残らないほど丁寧に掃き清められている。

 ほかの牢房にはどこにでも転がっていた干し草も、ここには一本も見当たらない。

 壁の隅に張る蜘蛛の巣さえ、きちんと取り払われていた。

 さらに不気味なのは、低い卓の上に置かれたランタンだった。

 その灯芯に宿る火は、普通の黄橙色ではない。

 奇妙な紫紅色をしている。

 

 俺はランタンの置かれた卓を回り込み、寝台に横たわる人影を見た。

 それは、ひどく美しい女性だった。

 三十を少し過ぎた程度に見える。

 顔立ちは整っており、柔らかい。

 身にまとった深藍色の長裙は、少し色褪せてはいるものの、今も清潔に整えられている。

 両手は腹の上で重ねられ、その姿は穏やかだった。

 

 胸がまったく上下していないこと。

 そして首筋に残る、見る者の息を詰まらせるような絞め痕。

 それさえなければ、彼女はただ眠っているだけに見えただろう。

 

 俺がさらに近づこうとした、その時だった。

「ご主人、こちらへ」

 オリアンが低く呼んだ。

 

 俺はそちらへ寄り、ランタンの弱い光を頼りに壁を見る。

 斑に汚れた石壁には、歪んだ文字が一行、刻まれていた。

 筆跡は浅く、ところどころすでにかすれている。

 だが、それでも読み取ることはできた。

 

『愛しい娘へ。あなたがこの文字を見る時、母はもうこの世にはいません。悲しまないで。苦しまないで。強く生きなさい。必ず父を見つけなさい。そして、弟のロンも』

 

「ロン?」

 オリアンが弾かれたように顔を上げた。

「それは、貴殿が橡の森で出会った、あの男の子の名ではございませぬか?」

 

「ええ」

 俺は壁の刻み跡を指先でそっとなぞった。

 石の表面は粗く、冷たかった。

 

 これは恐らく、ロンの母親が遺した言葉だ。

 理由は分からない。

 だが彼女は自ら死を選び、壁にこの数行を刻んだ。

 しかし、ロンの父親は戦場で死んでいる。

 ロンもまた、橡の森で命を落とした。

 俺は、また間に合わなかった。

 今、残っているのは、あの少女だけだ。

 

 だが彼女は今、どこにいる?

 そして、なぜこの牢房はここまで清潔に保たれている?

 なぜ誰かが、この遺体をわざわざ保存している?

 すべてが絡まり合った釣り糸のように乱れ、俺にはまだ、ほんのわずかな手がかりさえ掴めなかった。

 

 だが、俺が深く考えるより早く、牢房の外、廊下の奥から、ぱた、ぱた、という足音が響いてきた。

 音から判断するに、人数は多くない。

 二人だけだ。

 

 足音は遠くから近づき、やがて俺たちのいる牢房からそう離れていない場所で止まった。

 

 俺とオリアンは目を合わせた。

 それからそっと牢門を閉め、扉の陰になる隅へ下がり、息を潜める。

 

「これが最後の一組か?人数は合っているの?」

 冷たい女の声が、がらんとした地下牢に響いた。

 

「はっ!旦那様!人数に誤りはございません!」

 同時に、男の声が答える。

 

 だが、気のせいだろうか。

 その声には、どこか聞き覚えがあった。

 以前、どこかで耳にしたような気がする。

 

「ふふ。返事だけはいいわね。けれど、昨日また三人死んだと聞いたけれど?」

「そ、それは……」

「無能!!この程度のことも満足にできないの?!」

「で、ですが旦那様、あの三人は全員、耐えきれずに自害したのです。我々が見つけた時には、すでに手遅れで……」

 

「自害?自害ですって?言い訳など聞きたくない!」

 女の声が、急に鋭く跳ね上がった。

「城主様は厳命を下された。運び出す前に、これ以上一人でも死なせたら、理由など関係ない。あなたのところの女房たちで数を埋めるわ」

 

「はっ!キャサリン団長――」

 

 ぱんっ!——

 乾いた平手打ちの音が、幾重もの壁を隔ててもはっきり聞こえた。

 

「何度言わせるの。ここで私の名を呼ぶな」

 女の声は低くなった。

 だが、その分だけいっそう陰冷だった。

「次があれば、もう片方の腕も外すわよ」

 

「は、はい……はい……」

「ふん……あとで、もう一度数え直させなさい」

「はっ!」

 

 まだほかに用事があるのだろう。

 二人はさらに数言交わした後、足早に去っていった。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、俺は暗がりに身を屈めたまま、ゆっくりと剣柄を握りしめる。

 

 キャサリン!

 あの貴族の手紙で、“双流城《トゥー・リバーズ・シティ》城主の娘”を名乗っていた女だ。

 

 そしてもう一つの声の主も、俺は思い出した。

 レシオだ。

 まさか、こんな場所で再び出会うとは思わなかった。

 しかも鉄級戦士である彼が、キャサリンの命令に従っている。

 

 どうやら、双流城の秘密は本当に少なくないらしい!

 ただし、この場所にこれ以上留まるわけにはいかない。

 この後、兵士が来るなら、俺たちが見つかる可能性は高い。

 

 俺はしばらく耳を澄ませ、彼らが十分に離れたことを確認した。

 それから振り返り、オリアンに離脱の合図を送る。

 

 だが、その時だった。

 突然、目の前に光幕が跳ね上がる。

 

【騎士職業認定任務:開始】

【以下の条件を達成すれば、認定成功】

【一、正当なる名分】

 自らの貴族血統を証明し、かつ自分より地位の高い者を少なくとも三名、信じさせること。(現在進度:0/3)

【二、轟く名声】

 少なくとも百人に、自らの騎士精神を語り継がせること。(現在進度:62/100)

【三、抜きん出た実力】

 実戦において、自分より等級の高い敵を少なくとも三名、正面から受け止める、あるいは撃退し、生き延びること。(現在進度:0/3)

 

 …………

 

 そこに書かれた文字を読み終えた瞬間、俺は心の中で盛大に罵声を上げた。

 

 ふざけるな!!

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